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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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使徒見習い2

 炊き出しに向けた準備を終え、いよいよ教会に向けて出発する。まだ夜明け前だが、こういうときは早めに動いたほうがいいだろう。

 持っていく食材は、狩りすぎた魔物の肉だ。野菜は足りないのに、肉はかなり余っている。このまま持っていても腐らせるだけなので、これを機に大放出だ。


 俺はすべての余り物をエルフに寄付してもいいと思っているんだけど、あいつらはどうにかしてお返しをしようとするからなあ……。大量に寄付をしても、逆に負担をかけることになりかねないんだよ。


「では、出発しましょうか」


 ルナが笑顔で言う。昨日は遅くまで準備をしていたはずなんだけど、ずいぶん元気だ。


「ああ、準備はいいよな。行こうか」


 今回の炊き出しは、炊き出しそのものが目的ではない。使徒としての業務を、俺でも普通にこなせるということを証明するというのが主な目的だ。そのため、気は進まないが教会とも連携しなければならない。


 まずは王都の西側に転移して、そのまま徒歩で教会を目指す。朝が早いこともあり、街の中を歩く人はまばらだ。以前教会の周りにいたような、監視員の姿はない。

 つかつかと歩みを進め、教会の正門を視界に捉えた。すると、門番をしていた神官がこちらに気づき、慌てた様子で門の中に駆け込んだ。


 正門がガラ空きになったんだけど、いいのかなあ……。


「……ねぇ、行っちゃったけど、どうする?」


 クレアが不安げに呟く。

 門番は、本来なら最初に挨拶をすべき相手だ。しかし、挨拶を待たずにどこかへ行ってしまった。クレアは、彼らが戻ってくるのを待つべきか思案しているのだろう。


「どうって、入るしかないだろ。俺たちに気づいたみたいだし、入れってことじゃないのか?」


 持ち場を離れたのは門番の責任だ。俺は『自由に入れ』ということだと解釈した。というか、誰も居ないんだから入るしかないだろ。


「いいのでしょうか……」


「大丈夫だよ。問題があるなら、持ち場を離れたりしないって」


 そう言って、鉄格子の門を押し開く。ちょっと重いな……。押す力をさらに強める。


『ガコン! バキバキ!』


「あ……」


 門の蝶番が根本からへし折れ、支えを失った門がズゥンと音を立てて倒れた。


()()()だったみたいね……」


 引いて開けるタイプの門だったらしい。そういうことは先に言っておいてほしいよ。こういう門は内開きにするのが一般的なんだから、不可抗力だよね。持ち場を離れた門番が悪いんだ。


「よし、中に入ろう」


「よくないでしょ……」


 ちょっと壊れちゃったけど、気にしたら負けだと思う。開けたら壊れる門だった、そう思うことにする。


 正門を抜けると、広い庭を突っ切るように石畳の道がある。その道の先には、今回の目的地である教会の本館がある。教会の敷地内の中で、一番豪華な建物だ。

 この敷地内には宿舎や研究棟なんかも建っていて、本館以外に行けと言われたら迷う。まあ、本館以外には行く理由がないけど。


 本館の扉を開けると、眠そうな顔をしたカムロンが立っていた。寝起きなのか、服装が乱れている上に顔色が良くない。さらに、少し息が切れているようだ。


「……ハァ……ハァ……ふぅ……。突然どうした? 何か問題が発生したか?」


 カムロンは、息を整えて声を出した。どうやら大急ぎで出迎えてくれたらしい。


「寝ていたか。起こして悪かったな」


「いや、それはいい。こんな朝早くから、今日は何用だ?」


 カムロンは冷静を装って言うが、寝癖の付いた頭が緊張感をそいでいる。ちょっと早すぎたようだ。でも、今日は飛び入りで参加させてもらうんだから、いろいろと準備があるはず。朝早く来たほうがよかっただろう。


「たまには使徒としての活動をしようと思ったんだよ。王都内の清掃と炊き出しに参加したい」


 カムロン本人は寝起きであることに触れてほしくない様子だから、さっさと本題に入った。ほら、俺はこんなに気遣いができるんだぜ。クレアは俺のことを常識知らずみたいに言うけど、決してそんなことはないんだよ。


「ふむ……それはよい心がけだ。人手が足りていないから、私としても助かるよ」


「できれば今日これから行きたいんだ。そのための準備もしてきた。俺たちも参加できるか?」


 炊き出しや清掃は教会の日常業務らしいから、毎日やっているだろう。そう考えての提案だ。


「……これから?」


 カムロンの表情が曇った。難しい提案だったのかな……。まあ、打ち合わせや説明もあるだろうから、飛び入り参加はできないのかもしれない。それなら見学や雑用をさせてもらうだけでもいいだろう。


「そうだな。そのために予定も開けてあるよ」


「わかった。しばし待たれよ」


 カムロンは、そう言って近くにいた神官に話しかけた。小声で喋っているが、玄関ホールは声がよく響くので、内容は丸聞こえだ。


「ただちに手が空いている文官を集めよ」


「……本当に行くのですか?」


「これは彼らの気まぐれである。彼らの気が変わらぬうちに行動しなければならぬ。下手に日を空けたら、二度とこのような提案はもらえぬだろう」


 確かに俺の気まぐれなんだけど、そんな大事でもないぞ。今日は無理だったとしても、食材が余ったタイミングでもう一度話を持ちかけてもいい。それがいつになるかはわからないけどね。


「それは理解しました。しかし、炊き出しに行くには護衛が必要でしょう。今人員を割くのは辛いですが、どうにか非番の者を連れて参ります」


「彼らほどの者に護衛は要らぬ。そもそも、彼らは神官と一悶着あったであろう……。揉め事が増えるだけだ」


「左様ですか……。承知いたしました。手が空いている文官を招集して参ります」


 カムロンの側近らしき人がこの場を離れると、カムロンはこちらに向き直って口を開いた。


「コーくん、待たせて悪いね。同行する者を募っているから、もうしばらく待機していてくれたまえ」


 なんだか気を使わせているなあ……。もっと気軽に参加できると思ったんだけど、そうでもなかったらしい。


「いや、こちらこそ悪いな。炊き出しや清掃なんて、毎日やっているものだと思っていたよ」


「ははは……。毎日できるものなら、やりたいよ。だがな、まだ教会の復旧が終わっていないのだ。それが終わるまでは……な」


 カムロンは乾いた笑い声をあげながら言う。善たちの口ぶりでは毎日やっているようようだったが、今の教会はそれどころではないらしい。


 都内の建物だけを見るなら、すっかり元通りだ。しかし、地方の教会の建物は魔物に荒らされてボロボロになっているという話だった。

 以前にも俺が依頼を受けて復旧を手伝ったが、情報に不備が認められたためにキャンセルになった。そのときに依頼されていた建物は、まだ復旧が進んでいないのだろう。


「なるほど。急な話で悪かったな」


 今日じゃなくてもいい、と言おうとして言葉を引っ込めた。食材を準備してあるんだ。今日じゃないと困る。今にも腐りそうな食材をかき集めたから、早く炊き出しをしないと本格的に腐ってしまう。


「いや……それはよい。ただし、食材がな……。寄付に頼っているから、すぐには準備できない。今日は規模が小さいものになるだろう」


「ああ、それなら問題ないぞ。今日の食材は俺たちが負担する。そのつもりで準備をしてきたよ」


「それはありがたい! 本当に助かるよ」


 カムロンの顔が綻んだ。こちらの気分も良くなってくる。やっぱり善行はやっておくものだね。


「器材や食器は足りていないから、その準備は任せたよ」


「うむ。それくらいのことはこちらでやっておこう」


 カムロンは笑みを浮かべて頷くと、大声で誰かを呼んで何やら命令を下した。聞き慣れない単語が出てきたから聞き流したけど、器材のセットを準備するように命令したんだと思う。



 しばらく無言で待っていると、ようやく準備が整ったようだ。複数のマジックバッグを腰にぶら下げた数人が玄関ホールに集結した。カムロンが名前を呼んで紹介してくれたけど、肝心の名前を聞き逃した。もう誰が誰だかわからない。


 今回同行する人は、若い男性が1人とおばさんが1人、くたびれたおじさんが1人だ。まあ、名前がわからなくてもコミュニケーションと取るのは可能だな。


 まずは3人を代表して、おじさんが挨拶をする。


「あなたがコー様でございますね。本日はよろしくお願い申し上げます」


「……ああ。俺は慣れてないから面倒をかけると思うが、よろしく頼むよ」


 いやに丁寧な挨拶だったせいで、返事に戸惑ってしまった。カムロンの推薦だけあって、礼儀がしっかりしているようだ。


「それでは出発いたしましょうか。私がご案内を差し上げます」


 若い男がこちらに軽く会釈し、先頭に立って歩き出した。カムロンに見送られながら玄関ホールを後にする。


 本館の外に出ると、正門のあたりに人だかりが……。数人の神官が、「何者かに門を破壊された」と騒いでいる。修理したばかりだと言うのに、大変そうだなあ。下手なことを言うと揉めそうだから、騒ぐ神官たちを無視して進む。


「……あの、いいんですか?」


 ルナが心配そうな表情を浮かべ、俺の耳元で呟いた。


「俺たちは修理なんてできないんだから、プロに任せよう」


 冒険者の中には、建造物の修理を専門にしている人もいる。俺たちも昇給試験のときに勉強したけど、知識を持っているだけで技術はないんだ。俺たちは手を出さないほうがいい。



 若い男の後を追って歩き続ける。派遣された神官たちは無言で無表情だ。まるで葬式にでも行くかのよう……。あたりに重い空気が漂う。


「おい、もっと楽しそうにしないのか?」


 もう我慢ができなかった。ルナやリリィさんは今朝までは楽しそうだったのに、今は神官たちと同じように葬式の雰囲気だ。神官たちの余計な緊張感が伝わってきているのだろう。自由人のリーズですら、無言で歩き続けている。ちょっとした異常事態だ。


「これから行く場所は、楽しいところではないのです。食うや食わずの生活を送っている方々が大勢いらっしゃいます故、我々が楽しむことは許されません」


 おじさんが真剣な表情を浮かべて言う。今日の現場はスラム街だということだろうか……。この国にスラム街があるなんて話は始めて聞いた。まあ、どこの国でもあるか。


「それはわかったけど、楽しんではいけないなんて話にはならないだろ」


 こっちがつまらなそうにしていたら、スラム街の住民だって気を悪くするんじゃないかな。こういう緊張は伝わるものだから。

 どうせやるんだったら、全力で楽しんだほうがいいだろ。ルナやリリィさんの様子を見る限り、俺はそういうイベントだと思っていたよ。


「いえ、これは真剣な業務なのです。真剣に取り組んでください」


 おじさんは少し苛ついたような口調で言う。


「ちょっと待て。真剣にやっていても楽しめるだろ」


 むしろ真剣にやっているからこそ楽しいんだ。今の状況を客観的に見ると、嫌々やらされている苦行にしか見えないと思うぞ。


「……規則で定められております。ご理解ください」


「はあ? どういう規則だよ。守る理由が見当たらないわ」


 規則というのは、双方が納得しているから守られるものだ。『規則で決められているから』なんて、なんの理由にもならない。守るべき理由を提示してくれないと、納得なんてできない。


「……さっそく揉めてるじゃない。大丈夫?」


 クレアが不安げな表情を浮かべて話に割り込んだ。


「おいおい。この程度のこと、揉め事のうちに入らないだろ。俺はこの重い空気の理由を聞いただけだ」


 俺は軽く笑みを浮かべながら言った。

 このままじゃクソつまらない一日になりそうだったから、今のうちに聞いておきたかったんだ。


「規則は規則でございます。皆様も、決して笑みをこぼすこと無きよう、よろしくお願いします」


「いや、だから。どうして守らなければならない? 答えになってないだろ」


「ちょっと! そんなに突っかからないの! 大した問題じゃないでしょ?」


 困り顔のクレアが俺の言葉を遮った。


「突っかかってるつもりはないんだけどなあ……」


 俺はただ質問をしているだけのつもりだった。無言で歩くよりはマシだと思ったんだけどなあ。楽しい話題ではないけど、賑やかしにはなるだろ。何か喋ってないと雰囲気が最悪なんだよ。


「アタシにはそう見えたの。まだ始まってもいないんだから、少しは我慢しなさいよ……」


 俺はただこの雰囲気の理由が知りたかっただけなのに、揉めているように見えてしまうのか。ちょっと先が思いやられるぞ……。

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