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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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使徒見習い1

 カレンダーが無いせいで、日付の感覚がおかしい。おそらくなんだけど、俺がこの世界に来てから、もうすぐ一年が経とうとしているんじゃないかと思う。


 この世界には慣れたもので、エルミンスールの宮殿を自宅にしてのんびりと暮らしている。他のみんなもこの宮殿の住心地がいいらしく、不満を聞くことがない。


 特に気に入っている様子なのが、アーヴィンだ。オマリィから預かっているだけなのだが、おそらく本人には帰る気がない。

 図書室の本が面白いようで、暇さえあれば本を読んでいる。たまに外に出て熊のダイキチと遊び、射撃の練習をして、また本を読む……。優雅な暮らしをしているなあ。セレブかよ。あ、貴族の子どもだからセレブだったわ。



 今日もいつものようにエルミンスールのリビングで寛いでいると、ルナがふと漏らした。


「そういえば、コーさんは家に帰らなくてもいいんですか?」


「家? ここが家だけど……」


「そうではなくて、生まれた家のことです」


 ああ、何だ。地球にある実家のことか。帰る方法が確立していつでも帰れるようになったから、完全に忘れていた。


 俺にはまだ用事が残っているため、帰るのを後回しにしている。もう一度こっちに戻ってこられるという保証がないから、その用事が終わらないことには自由に動けないんだよなあ。


「ルミアに『復旧を手伝え』って言われただろ? それが終わるまでは帰れないよ」


 これが俺の用事。本来は俺の仕事じゃないと思うのだが、ルミアだけに任せられることではないから仕方なく手伝うことにした。


「手伝うって、コーは特に何もしてないわよね?」


 クレアがボソリと呟く。事実、俺は何もしていない。俺は「報酬を貰う」と宣言したから、人々は依頼するのを躊躇しているんだと思う。


 冒険者としての報酬だから、俺は法外な金を請求するつもりはない。それでも、払う側としては不安なんだろう。


「依頼が来ないんだから、仕方がないよ。手伝うつもりが無いわけじゃないんだ」


「……窓口は決めたんでしたっけ?」


「……忘れてたな」


 どうりで依頼が来ないわけだ。俺に手伝いを依頼したくても、どこに依頼したらいいのかわからないのだろう。

 一応、俺への依頼は冒険者ギルドに出してもいいし、王城に言ってもいい。俺はそのつもりだったのだが、人々はそんなことは知らない。


「ま、別にいいんじゃない? 依頼が来すぎて自由がなくなるほうが嫌よ」


 冒険者としてはどうかと思う発言だが、俺もその意見に同意だ。自由に生きるために冒険者になったのに、自由がなくなるんじゃあ本末転倒。金に困っているわけじゃないから、面白くない仕事はできるだけセーブしたい。しかし……。


「クレアがそういうことを言うって、なんだか珍しいな。仕事好きのイメージだったんだけど」


「そんなことないわよ。アタシは面白そうな仕事しか受けないから。使徒に来る依頼って、つまらない仕事ばかりな気がするのよね」


 冒険者は、冒険者ギルドに張り出された依頼票を見て、やりたい仕事を選ぶことができる。指名依頼は受けなければならないが、それ以外は受けなくてもいい。やりたくない仕事はやらなくてもいいわけだ。


 しかし、使徒として活動するのであれば、やりたくない仕事も引き受けなければならないだろう。


 使徒としての仕事……善に聞いていた限りだと、あまり気乗りしない仕事ばかりだった。教会と一緒に炊き出しをするとか、教会と一緒に街の中を掃除するとか。

 ネックなのは()()()()()()の部分である。使徒として活動するとなると、教会が同時に動くみたいなんだよなあ。


「確かにそうだろうな。教会と力を合わせて仕事をするなんて、俺には向いていないと思うよ」


 教会の体制は以前と違うから、不快なことにはならないと思う。でも、教会がなんだか面倒そうな集団だというイメージは、払拭できないままだ。あまり一緒に仕事をしたいとは思えない。


「……向いてないでしょうね。あんたって、協調性があるように見えてまったく無いから」


 クレアが呆れ顔で言う。「向いていない」というのは自分で言いだしたことではあるが、面と向かって言われると反発したくなる。それに、「協調性がない」とは言っていない。


「失礼な。少しはあると思うぞ」


「ホントに? すぐに音を上げると思うわよ?」


 クレアがニヤニヤしながら聞くと、リーズが話に割り込んできた。


「ムリだと思うよー」


「リーズにだけは言われたくないな」


 ザ・自由人のリーズよりはマシだ。俺はちゃんと空気を読める。


「アタシには同じに見えるわよ……」


 マジで同じにされたくないな。俺はリーズほど自由な振る舞いはできないし、そんなに落ち着きがないわけでもない。


「さっきから失礼だな。そこまで言うんだったら、一度教会と一緒に奉仕活動をやってみるよ」


「え? やるの?」


 クレアが意外そうに聞き返す。本心ではやりたくないのだが、そこまで「できない」と言われたら、意地でもやってやろうと思うよ。まあ、クレアには手伝わせるけど。


「やるよ。できるさ。できるところを見せてやるから、クレアも来いよ」


「えぇ……アタシも?」


 めちゃくちゃ嫌そう……。いや、絶対に連れて行くけどね。俺だって嫌なんだから。


「私もお付き合いします」


 何か言いたげなクレアを無視して、ルナが手を挙げた。ちょっと張り切っている様子だ。まあ、ルナは卒なくこなすだろうな。ルナなら、どんな集団に混じったとしても上手くやっていけそうだ。


 ルナに続いて、リリィさんも静かに手を挙げた。


「ふふふ……私も行こう」


「……いいのか? リリィはやめておいたほうが……」


「大丈夫だっ!」


 リリィさんも張り切っている様子だが、本当に大丈夫なのかなあ……。リリィさんも、リーズと同じくらい自由人な気がするんだけど。


 まあ、来るというのなら止めない。リリィさんは魔道具さえ絡まなければ普通の人だから、特に問題ないだろう。


「まあいいや。よろしくな。じゃ、リーズは留守番で」


「行くよっ!」


 リーズが俺の言葉を遮って叫んだ。来るのか……。問題を起こす未来しか見えないんだけど。


「リーズだけお留守番というのは可哀想ね。連れていきましょう」


 クレアがそう言うなら、まあいいだろう。リーズのお守りはクレアに任せる。


 結局、フルメンバーでの活動になったな。売り言葉に買い言葉で始まったことだが、若干気が重い……。


「それで、何をするの?」


 クレアが言うのは活動内容のことだ。それにルナが答える。


「炊き出しじゃないんですか?」


 ルナは炊き出しをやりたいようだけど、使徒の活動はそれだけじゃないと思う。せっかく経験者がいるんだから、聞いておこうかな。


「アーヴィン、使徒の活動内容について教えてくれないか?」


 アーヴィンは元ミルジアの使徒だ。国は違うが、活動内容は同じはず。


「ふぇ?」


 アーヴィンは自分が関係ないと思っていたのか、間の抜けた返事をした。


「使徒の活動内容だよ。ミルジアではどんなことをしていたんだ?」


「待って! ボクは行かないからね!?」


「いや、一緒に来いなんて言っていないだろ……。活動内容を知りたいだけだよ。俺は使徒の活動に関わらなかったから、何をしたらいいかを知らないんだ」


 アーヴィンは、アレンシアの身分証を持っていない。王都に入るなら不法入国になる。正規の門を通るわけじゃないからバレないとは思うが、不用意に近づかないほうがいいだろう。

 端からエルミンスールを出る気がないというのは引っかかるが、連れて行く気はないので安心して欲しい。


「そっか、なるほど。これはミルジアでの話だけど、魔物の討伐と食料の確保ばかりだったかな。他には、井戸掘りなんてのもあったよ」


 なんだかミルジアならではの活動だな……。ミルジアは国土のほとんどが荒野だから、食料と水の確保が難しい。少しでも人手がほしいのだろう。でも、水が豊富で作物が育ちやすいアレンシアでは、それほど必要のないことだ。


 強いて言うなら、魔物の討伐はアレンシアとも共通している。とは言え、俺の中ではそれは冒険者の仕事だという認識だ。


「他にはないのか?」


「……初めは街の掃除みたいなこともやってたよ。でも、それは最初だけ。戦えるようになってからはね……」


 こき使われたようだ。噂によると、使徒には莫大な予算が掛けられているらしいから、少しでも効率良く使いたいのだろう。……使徒じゃなくて良かったと、心から思うよ。


「ありがとう。それだけ聞ければ十分だ」


「どういたしまして」


 アーヴィンは、そう言って手元の本に意識を移した。ここにある本は、半分以上が古代語で書かれていて普通には読めない。今アーヴィンが読んでいる本は、共通語(コモン)で書かれている。

 翻訳の指輪を貸してやろうかな……いや、ダメだ。アーヴィンの引きこもりに拍車がかかる。


 それはいいとして、今は使徒としての活動の話だ。アーヴィンの経験は参考にならなかったから、善たちに聞いていた定番の活動でいいか。俺にも定番の業務が問題なくこなせるということを証明できるしね。


「活動内容は、炊き出しと街の中の清掃でいいかな。いい場所はあるか?」


「そうですね……。教会の方とも相談が必要ですが、王都の中でしたら西側あたりでしょうか」


 王都の西側というと、ボナンザさんの店がある歓楽街や、住宅街なんかがある、王都に住む人のための区域だ。


 俺たちが活動の拠点としていたのは、冒険者ギルドがある王都の南側。そこに居るのは王都を出入りする人が多く、街の外に出る人のための店が揃っている。西側にはめったに用事がないから、あまり行ったことがない。


 歓楽街があるんだから、他の区域よりは汚れやすいだろうな。掃除のしがいがありそうだ。


「なるほどね。じゃあ、明日の朝一番に教会に行こうか」


「事前連絡は要らないの?」


「え? 要るの?」


 要らないでしょ。カムロンは教会のトップなんだから、あまりノコノコと外をうろつかないはずだ。もし不在だったとしても、教会で行き先を聞けばいい。


 この世界では連絡手段が限られているから、たかが事前連絡がものすごく大変なんだよ。電話もない、メールもない、手紙ですら届く保証はない。


 一番確実なのは、一度直接会って予定をすり合わせること。会うための連絡をするためだけに会うって、ただのアホだと思うよ。そのときに用事を済ませろ。


「……そういうところが『協調性がない』っていうのよね」


 クレアがため息交じりに呟いた。だって、しょうがないじゃないか。連絡を取る手段が無いんだから。クレアのクレームは無視だ。


「そういうわけだから、明日の早朝に出発だ。みんなも準備をしておいてくれ」


「アタシ、炊き出しってやったことが無いのよね。何が必要?」


 クレアは初めての体験で戸惑っているらしい。俺だって、こんなことは初めてだ。地球にいた頃ですらやったことがない。

 たぶんテーブルと鍋と食器が必要なんだと思うんだけど、必要な数は見当がつかない。普段使っているような器材じゃ、絶対に足りないだろうし……。


「悪い、俺も初めてだ。勝手がよくわからない。足りないものがあれば王都で買おう」


「待ってくれ。我々は何度かやっているぞ。王城主催の炊き出しだ。準備は任せてくれたまえ」


 リリィさんが得意げに言う。ルナとリリィさんは経験者だったようだ。だから張り切っていたのか。


「助かるよ。頼む」


 本当なら言い出しっぺの俺が準備するべきなんだろうけど、リリィさんがやる気を出しているから全面的に任せる。こういうことは慣れている人がやらないと、面倒が増えるだけなんだよ。俺は後ろから見て勉強させてもらう。


「よし。それじゃあ、腐りそうな食料はすべて持っていくぞ」


 リリィさんは、そう言って先日買った超絶臭い瓶詰めをテーブルの上に出した。すると、ルナが大声をあげる。


「リリィさん! それはもう腐っています!」


 違う! 惜しい! そのツッコミはちょっと違うんだ!


「いや、そうじゃないだろ。そんなものを持っていったら兵士が動く。治安維持のために、それは置いていけ」


「……ルミアが食べるって言ってるんだから、ルミアに任せなさいよ……」


 クレアの呟きに、瓶詰めはマジックバッグの中にそっと戻された。都市の平和は保たれたようだ。あんなのもを街の中で開けたら、異臭騒ぎを通り越して毒ガス騒ぎになっちゃうからね。



 気を取り直して準備を進める。張り切っているルナとリリィさんを見ていたら、なんだか楽しみになってきたなあ。

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― 新着の感想 ―
[一言] >  一番確実なのは、一度直接会って予定をすり合わせること。会うための連絡をするためだけに会うって、ただのアホだと思うよ。そのときに用事を済ませろ。 うん、気持ちはわかるけど。そういうのが…
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