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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
239/317

海1

 昨日はリーズが万能薬を勝手に舐めて、大変な目に遭った。万能薬が万能薬として機能したから良かったものの……まあ、大事に至らなくて良かった。あの後も一晩様子を見たが、副作用のような症状は現れなかったから、一安心だ。


 ただ、ほんの一舐めしただけなのに、クレアが予想する以上の効果が出た。試作の万能薬は濃すぎたんだ。

 クレアと話し合いをした結果、万能薬は200倍に薄めることになった。リーズの勝手な行動には困ったものだが、一度の摂取量が検証できたから、結果的には良かったと思う。


 特に使う当てが無い万能薬は、しばらくマジックバッグの中に放置だ。魔法薬は腐らないらしいから、適当に放置しても大丈夫。風邪をひいた時にでも使おう。


 ワイバーンの角に関しては、一通り検証できた。魔道具への利用については追加検証が必要だが、概ね満足だ。この検証は暇を見てやっていくとして、今日はまた外出しようと思う。行きたい場所があるんだ。知っていそうなクレアに訊ねる。


「クレア。レイモンドが言っていた、北の街について聞きたいんだけど。行ったことある?」


 王都の冒険者ギルドでレイモンドに会った時、そこに行くと言っていた。海の魚を使った料理が食べられるらしい。クレアは俺たちと出会う前から冒険者をやっていたから、ひょっとしたら何か知っているかもしれないと考えたのだ。


「……叔父さんは海って言っていたわよね。ごめん、そこまでは行ったことが無いわ」


 クレアは少し考えながら言う。クレアでも行ったことがないらしい。行きたいと思っても、詳しい場所がわからないと行けないんだよなあ。


「そっか……」


「何? 行きたいの?」


「そうだなあ。少し気になっているよ」


 俺がそう答えると、リリィさんが会話に割り込んできた。


「私は何度か行ったぞ。魚料理以外、何もない街だ」


 リリィさんは元宮廷魔道士で、宮廷魔道士時代には仕事であちこちを飛び回って魔道具の調査をしていたそうだ。その時に行ったことがあるらしい。その街には魚料理しか無いようだが……。


「それがいいんだよ。この世界に来てから肉ばかりだったから、たまには魚が食べたいんだ」


 王都付近で提供される食事は、尽く肉ばかりだった。アレンシアだけじゃない。ミルジアに行った時だって、店に並んでいたのは謎の肉ばかりだ。肉に飽きたわけではないが、たまには違ったものが食べたい。


「ふむ……。それなら私が案内しよう。街の中に詳しいわけではないが、行くための道順は覚えている」


「冒険者ギルドで調べようかと思ったんだけど……手間が省けたわね。お願いするわ」


 クレアは調べてくれるつもりだったらしい……。ギルドには地図や図鑑などの資料が多く置かれていて、正式な冒険者はそれらを自由に見ることができる。クレアは、その資料をあてにしていたようだ。

 リリィさんが道を知っているのなら、わざわざ調べる必要はないな。


「ああ、頼むよ」


 次の行き先が決まった。そう考えた矢先、ルナが申し訳無さそうに口を開く。


「あの……私はちょっと……魚が苦手で……」


「そうなの?」


 ルナが買ってくる食材はいつも肉ばかりだなあ、とは思っていたけど、魚が嫌いだったのか……。

 となると、ちょっと拙いか。魚料理しか無いらしいから、行ったところで何も食べられないだろう。1人だけ別のものを食べるというのも可哀相だから、今回の案は無かったことにしようかなあ……。


「もしかして、ルナくんは海の魚を食べたことが無いんじゃないか?」


 リリィさんが腕を組みながら、ルナに訊ねた。


「え……? はい、そうですね。王都の魚しか食べたことがありません」


「それとは別物だよ。食べてから判断した方がいい」


 リリィさんは堂々とした態度で言う。俺はこの世界の魚を食べたことが無いが、日本の基準で言うなら確かに別物だと言えるかもしれない。岩魚や鮎のような川魚と鰯のような海魚、サイズは似ているが味の特徴は全く違う。


「……そうなんですね。分かりました。試してみます」


「あたしも食べたこと無ーい! 食べたいっ!」


 リーズが嬉しそうだ。リーズは貧しい農村の出身らしいし、食べたことが無くても不思議じゃないな。全員の賛同を得られたから、海辺の街に向けて出発しよう。


 あとは引きこもり気味のアーヴィンだが……。


「アーヴィンはどうする?」


「……海辺の街なんだよね? お土産をお願いしてもいい?」


 なるほど。自分が行くつもりは無い、と。無理に連れ出しても仕方がないから、アーヴィンはいつものように留守番だな。


「分かったよ。何が欲しい?」


「海産だったら何でもいいよ。任せる」


「任せる……か。いいだろう。後から文句を言うなよ」


 魚の街なんだから、干物的な保存食は作っているだろう。土産にはちょうどいいはずだ。


「コーに任せて大丈夫……?」


 クレアが心配そうに呟く。いったい何が心配だというのか。


「大丈夫だよ、売っているものを買うんだから。変なものは売ってないだろ」


「それもそうね。まあ、変なものを買おうとしてたら、アタシたちが全力で止めるわ」


 いまいち釈然としないけど、郷土料理にはたまにとんでもないゲテモノがあったりするからなあ。意外と美味しかったりして油断できないが、買うものの判断はクレアに任せよう。


「さっそくだけど、出発しようか」


 少し前に長期間の外出をしたばかりなので、マジックバッグの中には装備が揃っている。テントなども特に異常がなく、保存食もほとんど消費していない。このまま出発しても大丈夫だ。


 俺たちがスッと立ち上がると、食堂に忍び寄る影があった。


「食べ物の話をしていますね……」


 ルミアだ。


「うわっ! ルミア、居たのか!」


 普段は二階の自室で食っちゃ寝していて、俺たちとともに外出することはない。まあ、連れて歩いても面倒なことしか無いから、できれば食っちゃ寝していてほしい。こう見えても、アレンシアで崇められている神だからなあ。存在がバレたら大変だ。


「お魚……私にも買ってきていただけませんか?」


 食っちゃ寝の上位スキル、『おねだり』が発動したらしい。「一緒に行く」とか言い出さなくて良かった……。アーヴィンにも買ってくるんだから、そのついでだ。いいだろう。


「分かったよ。何か適当に買ってくる」


「よろしくお願いします」


 ルミアはそう言って深々と頭を下げた。ルミアからは対価になるものを要求していないが、たまに知識を貰っているので問題ない。そもそも、ルミアは知識以外何も持っていないからね。


 話を終え、さっそく出発する。目的地である海辺の街は、王都の北側にある。少しでも近いところから出発したいので、教会に依頼で立ち寄った村の付近に転移した。少し東寄りではあるが、王都よりは北だ。今回はここから走って進む。


「それで、街まではどれくらいの距離があるんだ?」


 それによって野営のタイミングを決める。


「王都から旧エルフの村くらいの距離だよ。ここからなら、もう少し近いだろう」


 リリィさんが答える。王都からの距離で計算したようで、中途半端なこの場所からだとちょっと違うらしい。その距離なら、全力で走れば日が暮れるまでに到着できる。今から進む草原は障害物が少ないから、もっと早いだろう。


「なるほど。案外近いな」


「まあ、馬車なら3日は掛かる距離なんだがな」


 リリィさんは苦笑いを浮かべながら言うが、馬車は馬を休ませる必要があるから、歩いて進むのと大差ない。重いものを運べるとか、歩くよりは楽とか、そういったメリットのために使われる。早く行きたいなら走った方がいい。


 でも、距離が微妙なんだよなあ。途中で一度キャンプを挟んでもいい距離なんだけど、野営地を探したりテントを設営したりで時間が取られる。今回の目的は、キャンプじゃなくて魚料理だ。目的を優先するべきだろう。


「十分近いよ。問題が起きなければ、今日中に行ってしまおう」


「分かった。では、ついてきてくれ」


 今日の先頭は、リーズではなくリリィさんが務める。主な索敵はリーズなので、リーズが2番目。あとはいつも通りだ。


 リリィさんは石畳の街道をガン無視して突き進む。まあ、いつも通りだ。ただ、街道の様子は王都の南側とは少し違う。南側の街道はアップダウンを避けるために曲がっていたが、北側の草原はそんなにアップダウンが激しくない。


 最後尾から先頭に移動して、リリィさんに訊いてみる。


「なんでこんなに曲がりくねっているんだ?」


「曲がった先に農村や街があるのだ。寄りたいのか?」


 あくまでも、目的地は海辺の街だ。他の街に寄るくらいなら、途中でキャンプをするよ。


「いや、無視でいいよ。このまま進んでくれ」


 俺はそう言って最後尾に戻った。


 目の前にたまに現れる街道は、北に行くに従ってきれいなものになっていく。

 たぶん、増設を繰り返した跡なのだろう。北側の街や村は近年新しくできたもので、そこに合わせて街道を敷設しているんだと思う。それなら、無計画に曲がりくねった街道にも納得できる。


 いずれは曲がった先の街にも行ってみたい。この付近にならいつでも転移できるから、先に一番奥へ行くのは悪くないだろう。



 そのまま走ること数時間……地平線の向こう側に、多くの人間の気配が感じられた。すると、先頭を走るリリィさんが少し速度を緩めた。


「どうした!?」


 大きな声で問い掛ける。


「この先だ。まもなく到着するよ」


「了解!」


 問題らしい問題は何もなく、すんなりと到着できたようだ。


 少し進むと、高い防壁で囲まれた大きな街が見えてきた。街の外観は他の街と大差ない。5mほどの石壁があり、そこからチラリと建物の屋根が見えている。

 街に入る時の検査も他の街と同じ。門の内側には複数の門番が居て、数人で通過する人の身体検査をしている。と言っても、身分証を見せて、マジックバッグの蓋を開けるだけのザル検査だ。問題が起きるはずもなく、これもまたすんなりと……呼び止められた。


「恐れ入ります、コーさまですね」


 門番の兵士が、こちらを気遣うように言った。


「……そうだけど、何か問題あった?」


「使徒様ですよね……。ようこそいらっしゃいました」


 ずいぶんと丁寧に迎えられた……。こんなことは久しぶりだ。前回は、俺に与えられた『騎士相当』という身分のせいだったわけだが、今回は使徒という役目が邪魔をしたようだ。いつものように、ただの冒険者で通そう。


「丁寧すぎないか? 俺は冒険者として立ち寄っただけだぞ?」


「いえ。冒険者だとしても、皆様はAランクですから。失礼は許されません」


 門番は、そう言って満面の笑みを浮かべる。

 あまり活動していないから忘れがちだが、俺たちは全員がAランク冒険者だ。どうやら丁寧に迎えられるようなランクらしい。もしプライベートで来たと言っても、今度は俺の騎士相当という身分が仕事を始める……。どうあっても丁寧に迎えられてしまうなあ。


 いちいち呼び止められるのは面倒だし、こんな特別扱いをされると目立ちすぎる。誰もが通る門なんだから、目立つのは避けたいんだよ。


「頼むから、普通の冒険者として接してくれ。あまり目立ちたくないんだ」


「なるほど。それは大変申し訳ございませんでした。でしたら、こちらに裏口がございますので、どうぞ」


 意味が通じてないよ! 逆に目立つだろうが。普通の冒険者は裏口なんか使わないよ。


「いや、間に合っている。問題がないなら、通してくれないか?」


「ああっ! 失礼しました! お詫びに、お茶でもいかがでしょうか……」


 話が通じないよ……。彼なりに気を使っているんだと思うけど、俺はそれを求めていない。もう強引に通過してしまおう。


「今は間に合っているよ。急ぐから通してくれ。話があるなら、冒険者ギルドで聞くよ」


「そうですか……。お急ぎのところ、失礼しました。後ほど、冒険者ギルドにお詫びをしに伺います」


 門番は、そう言って深々と頭を下げた。声を大にして「いらない」と言いたいのだが、きっと話が通じない。ここはサラッと流した方が良さそうだな。


「そういうことだから、通らせてもらうよ」


 とだけ言って、強引に門を抜けた。すると、ルナたちはすでに街の中で待っていた。


「遅かったですね……大丈夫でしたか?」


「いや、予定外に絡まれて驚いたよ。もう大丈夫だ」


 どういうわけか、門番にウザ絡みされたのは俺だけだったらしいな……。


 まあ何にせよ、無事に街に入ることができた。まずは宿を探して、それから街の中を散策しよう。

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