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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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万能薬

 俺たちはワイバーンの素材を使った魔道具の実験を中断し、宮殿に帰ってきた。実験の結果、懐中電灯の魔道具からはなぜかレーザーが出た。懐中電灯は改良するが、ランタンは危険なので実験を中止して解体だ。


 懐中電灯は、本気でレーザーを出すつもりで改良する。そうすれば、実用できるレベルのレーザー光が出るだろう。この改良は後でゆっくりやるとして、今日はさっさと休む。

 クレアは単独で魔法薬の実験をしていて、俺たちが実験を終えても、クレアはまだ作業中のようだ。クレアの邪魔をしないように、俺たちは先に就寝した。



 次の日の朝、朝食の時間になると、クレアが眠そうな目をこすりながらリビングに顔を出した。クレアが作っていたのはワイバーンの角を使った万能薬らしいが、完成したのだろうか。


「クレアさん、例のお薬は完成したんですか?」


 俺も気になっていたのだが、ルナも気になっていたようだ。ルナは、席につくなりクレアに質問した。


「一応完成したんだけど、どうかな」


 クレアは得意げな表情で、テーブルの上にポーションの瓶を置いた。入れ物はポーションと同じだが、中身の色が違う。

 市販のポーションは、毒々しい深緑色のドロッとした液体。今テーブルの上に置かれているのは、泥水のように濃いグレーの、毒々しい液体だ。……ポーションに負けず劣らず、不味そうである。


 俺がテーブルの上に置かれた瓶を眺めていると、リーズはその瓶を手に取り、パンを咥えながらマジマジと見つめて呟く。


「うっ……不味そう……」


 言いにくいことをズバッと言うなあ。


「そうね……味が良くなるような材料は、何も入っていないわ。たぶん不味いと思うわよ」


 作った張本人のクレアでさえ認める不味さ……。酷い味なんだろうなあ。 クレアは、前に既存のポーションを改良して、ミント風味の不味くないポーションを作った。その時の経験は生かされていないようだ。これは飲みたくない。


「それで、これにはどういう効果があるんだ?」


「……ごめん。分からないわ。噂の通りなら、病気を治す薬になっていると思うんだけど……」


 ……不確かな情報だが、本当に万能薬だったら凄いことだぞ。


 この世界の医療は遅れていて、病気になると治せない。怪我なら治癒魔法ですぐに治るが、病気になると自然治癒に任せるしか無い。ちょっとした風邪でも、こじらせたら大変だ。

 どんな病気でも治せるのなら、とんでもない良薬ということになる。そんな都合のいい薬が存在するとは思えないんだけど、魔法薬だからなあ。地球ならありえないことでも、この世界なら普通にありえる。


 ただ、どうしても『噂』という部分が気になる。レシピが存在しているのなら、過去に誰かが試したはずだと思うんだけど……。


「誰も試してないのか?」


「これでも薬だから、誰かが飲まないと検証できないのよ」


「いや、作ったという噂があるんなら、誰かが試しているんだろ?」


「あくまでも噂だからね……。効果だって、噂でしかないわ。実物を見たこともなければ、実際に作った人に会ったこともないの」


 この薬については、全てが噂でしかないようだ。まあ、都市伝説の類だからなあ……。


「聞けば聞くほど怪しい薬なんだけど、本当に大丈夫なのか?」


「自分で試さないと分からないわ。あとで試してみるから、ちょっと付き合って」


 クレアは自分で人体実験をするつもりらしい。どんな薬でも、結局は人間が試すしか無いんだけど、最初は動物とかで試さないと拙い。懐中電灯の前例があるから、不用意に試すことはできない。


「いや、それはやめておけ。危ない」


「でも……効果がはっきりとしないと気持ちが悪いわ。せっかく作ったんだから……」


 クレアは困ったような表情を浮かべて言う。もう試す気でいるようだ。


「健康なときに試すものではないだろ」


 どうしようもない重病になったのであれば、試してみてもいいと思う。放っておいても死ぬだけなら、試す価値は十分ある。

 でも、俺たちの中に体を壊している人は居ない。エルフたちもそうだ。軽く風邪気味になるくらいのことはあっても、命に関わるような重病になってはいない。


「そっか……。本当に危ない薬じゃないんだけど……」


 クレアはまだ試すつもりでいるようだ。俺が心配しすぎているのかな……。そもそも、成功しているとは限らないか。エリシアさんは、作成に成功した例を知らないと言っていた。もし失敗していたら、飲んでも何も起こらないはずだ。

 それに、何らかの悪い効果が出たとしても、それは魔法による毒だ。治癒魔法で簡単に解毒できる。よく考えたら、それほど危険ではないな。


 確かに作りっぱなしで放置するのは気持ち悪いから、風邪をひいた時にでも試してみようと思う。


「でも、試すのは今日じゃなくてもいいだろ。準備をしてからの方がいいよ」


 話をしているうちに、朝食が終わった。話も終わりだ。この魔法薬はマジックバッグに仕舞っておこう。


 ただ、この魔法薬はまだリーズが不思議そうに眺めているから、飽きるまではリーズに持たせておく。……と思ったら、リーズが瓶の蓋を開けた。瓶の口に鼻を近づけ、ニオイを確認している。


「ニオイは普通だねー。臭くないよ」


「おい、開けるなよ。中身をぶちまけたら大変だから、すぐに蓋を閉めろ」


「うーん、もうちょっと……」


 リーズはまだ何かが気になるらしい。まあ、好奇心の塊みたいな子だからなあ。どうせすぐ飽きるだろうから、しばらくはそっとしておこう。


 クレアに向き直り、魔法薬の処遇を決める。


「この薬はしばらく封印だ。風邪を引いた時にでも試してみよう」


「そうね。今日は諦める。とりあえず水浴びをしてくるわ」


 クレアはそう言って立ち上がった。


「待て待て! わざわざ風邪をひくつもりか!」


 この宮殿の中は快適な温度に保たれているが、それでも水浴びをするような季節ではないぞ。


「……昨日お風呂に入れなかったから、水浴びで済まそうとしただけなんだけど……それもアリね」


「ナシだよ。風邪をひいたら大変だ。俺も手伝うから、ちゃんと湯を沸かせ」


 単純に、湯を沸かすのが面倒だっただけみたいだ。余計なことを言っちゃったな……。

 風呂のお湯は魔道具で沸かせる。作業自体はとても簡単なのだが、魔力の消費量が半端じゃない。1人で沸かそうと思うと、それだけでぐったりとしてしまうほどだ。面倒に感じるのも無理はない。


「ありがとう……。じゃあ、準備をしてくるわ」


 クレアは照れくさそうに言い、俺に背を向けた。その瞬間、リーズが魔法薬が入った瓶に指を突っ込み、その指を口の中に入れた。


「不味……くはないかなぁ……。ちょっと苦いけど」


「おいっ! 何してんだよ!」


「え? 味見だよ?」


 リーズはキョトンとした顔で言う。俺とクレアの話を聞いていなかったようだ。しまったな……リーズに持たせておくべきではなかった。いずれ試すつもりではいたけど、それは今じゃないぞ。


「どうしたの!?」


「リーズさんが勝手に……」


 クレアが慌てて振り向くと、ルナが軽く状況を説明した。


「飲んだの?」


「ううん? 舐めただけ。思ったほど不味くないねー」


 市販のポーションほどは不味くないらしい。そんなことよりも、実験前の薬を舐めて、本当に大丈夫なのか?


「どうして勝手なことを……。クレア、どうしたらいい?」


 飲んだものによっては、無理に吐き出す方が拙い場合もある。行動を起こす前に、専門家に聞いておくべきだろう。


「……とりあえず、水で薄めましょう。リーズ、水を飲んで」


 クレアがそう言うと、ルナはすぐに水をカップに注ぎ、リーズに渡した。リーズはその水を一気に飲み干す。


「体に変化は無いか?」


「……なんか、すごく元気になった気がする」


 リーズは要領を得ない返事をした。聞く限り、ただの強壮剤っぽい感想だな……。


「他には?」


「あれ……? 身体強化が勝手に動いてるみたい。すごく遠くの気配が分かる……」


 身体強化は普段から使っているが、その強度は常に調整している。今は戦闘中や移動中ではないので、省エネのアイドル状態だ。それが勝手に強くなっているらしい。


「魔力が暴走しているのか?」


「違うっぽい……。でも、なんだか上手く調整できないよ」


 よく分からないけど、とにかく魔力が不安定になっているようだ。


「クレア、この薬はそもそもどんな効果が出るんだ?」


「アタシが持ってる資料には万能薬としか書かれていなかったけど……」


 魔力が調整できなくなるのは万能薬の効果とは思えないな。


「じゃあ、薬は失敗したのか?」


 俺がそう訊くと、クレアは気まずそうに言う。


「……違うわ。こんな時に言うのは気が引けるんだけど、薬は成功しちゃったみたい」


「どういうことだ?」


「この効果を見る限り、魔力を強化して体の内側を治癒する薬だったみたいね。万能薬って、そういう意味だったんだ……」


 クレアは勝手に納得して頷いた。俺もなんとなく理解できた。

 俺が使っている治癒魔法に近いものが、体の中で勝手に発生しているらしい。そのせいで魔力が不安定になっているんだ。


 俺の治癒魔法は、巷で使われている詠唱魔法の治癒魔法とは違う。詠唱魔法に似せて作った、オリジナルの魔法だ。自然治癒力を限界まで高める効果がある。

 おそらく、内臓の自然治癒力が高まっているのだろう。万能薬というのは、あながち間違いではなかったようだ。


 俺の魔法との違いはと言うと、効果の方向性だ。俺の魔法は外傷にしか効かなくて、この魔法薬は病気にも対応できる。これを魔法で再現するのは……できなくはないと思うけど、大変そうだな。


 ただ、どんな副作用が現れるか分からないから、今日は下手に動かない方がいいだろう。リーズの寝具をリビングに運び込み、全員でリーズの様子を見る。


「リーズ、今日のところは一日休んでいろ。動くなよ」


「えー? 退屈ー!」


 リーズは元気いっぱいに抗議してきた。なんだかいつも以上に元気な気がするけど、寝ていた方がいいと思う。


「少し舐めただけだから大丈夫だとは思うけど、念のために寝てなさい」


「はぁい……」


 リーズはクレアからも注意され、渋々シュラフの中に入った。


 リーズはこのまま寝かせておくとして、クレアに意見を求める。


「この薬の副作用について、噂を聞いたことがないか?」


「聞いたことがないわね……。でも基本はポーションと同じだから、変な効果が出ても1日で収まるわ」


 ポーションの変な効果……知らないな。ポーションは何度も飲んでいるが、魔力が回復する以外の効果が現れたことはない。


「ポーションには、どんな副作用があるんだ?」


「気分が悪くなったり、魔法が安定しなくなったりするわ」


 気分が悪くなるのは味のせいなんじゃないかな……。あまりにも不味いから、普通は飲みすぎることはないだろう。しかし、クレアが作った改良版ポーションは不味くない。あれは飲みやすいから、気を付けた方がよさそうだ。


「なるほどな。じゃあ、今回の魔法薬も同じってことか?」


「しばらく様子を見ないと分からないけど、たぶんそうね……」


 身体強化が調整できないのは、薬の副作用で間違いないようだ。でも、まだ油断はできないな。そのまま昼過ぎまでリーズの観察を続ける。

 リーズはしばらく元気だったが、俺たちの行動で、ことの重大さに気付いたらしい。急にしおらしくなり、おとなしく眠った。



 そして昼。リーズはむくりと起き上がり、声を出した。


「おはよう……」


「おはよう、じゃないだろ。具合はどうだ? おかしなことは無いか?」


「大丈夫。普通だよ。身体強化ももとに戻ったみたい」


 リーズはバツの悪い顔で言う。

 見たところ顔色も悪くないし、おかしなことは見当たらない。それどころか、顔色は良好でとても健康そうだ。もう大丈夫だろう。変な副作用がある薬じゃなくて良かった。


「それなら良かったけど……心配したぞ」


「勝手なことをしてごめんなさい……」


 リーズは深々と頭を下げた。珍しく本気で反省しているらしい。


「まあ、これに懲りたら、なんでも口の中に入れないことだ。今後は気を付けろよ」


「今回は病気を治す薬だから良かったけど……危ない薬もあるんだから。もうしないでね」


「はぁい……ごめんなさい……」


 リーズはめちゃくちゃ反省しているみたいだから、これ以上の追求はしない。それに、今回に関しては俺も反省が必要だ。リーズが薬を持っていた時点で、警戒しておくべきだった。リーズが危険物を手にしたら要注意だ。今後は気を付けよう。

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