超懐中電灯
王都から帰ってきて、一晩が経った。レイモンドに聞いたアレンシアの北側も気になるのだが、先にワイバーンの角について検証しておきたい。
ワイバーンの角にはいくつかの都市伝説があり、どれも真偽不明だ。今から手元にある2本の角を使って、効果を確認したい。1本あたり金貨40枚……決して安くない材料だ。無駄にはできない。
ワイバーンの角をテーブルの上に並べて話を始める。
「1本はクレアの実験に使うとして、問題はもう1本なんだけど……」
ポーションの材料になるらしいから、1本はクレアに任せる。それは決まっていたことだから問題ない。
「魔道具にするんじゃないのか?」
リリィさんは不思議そうに言う。魔道具にするという話は、角を受け取った時に決めていた。そのため、いまさら議論を蒸し返したことが不自然に思えたのだろう。
「そうなんだけど、その前に話をまとめたい。いいか?」
「なんだ?」
「ワイバーンの角は何に使えるんだ?」
俺は用途をよく知らないから、話を聞いておく必要がある。それによって作るものを決めたい。
「アタシは薬の材料になるとしか……」
クレアはそう言って考え込んだ。どうも、『薬』という言い方を強調しているみたいだ。
「ポーションじゃなくて?」
「そう。ポーションとは違う魔法薬よ」
別物らしい。ポーションは、軽い外傷を治したり、消費した魔力を回復させたりする薬だ。それとは違うとなると……。
「どう違うんだ?」
「噂じゃ万能薬だなんて言われているけど、どうなのかしらね」
クレアもよく分かっていないらしい。クレアも実物を見たことが無いのだろう。まあ、都市伝説だもんなあ。全く効果の無いものになる可能性も考えられるよ。
「なるほど。ルナたちは他に何か知ってる?」
「……私も噂程度ですから、なんとも言えないです」
ルナは不確かなことを言うのは無責任だと考えているようだ。俺はその噂話が聞きたかったんだけど……と思ったら、リリィさんが答えてくれた。
「私は魔石の代わりに使うとしか知らない。リーズくんはどうだ?」
「あたしは効率を上げるって聞いたよ。少ない魔力で何倍も効果が出るんだって」
意外と汎用性のある材料だな……。上手くいけば重宝するかもしれない。
噂の域を出ない話ではあるが、方向性は決まった。魔石は砕いて使う。それと同じように、この角も砕けばいいのだろう。
「なるほどね。じゃあ、試しに何か作ってみよう」
俺たちが話を進める中、クレアが何か言いたげにソワソワしていた。
「どうかしたか?」
と聞くと、クレアはバツの悪い顔をして答える。
「ごめん。その話、長くなる? アタシはポーションの実験に行きたいんだけど……」
ああ、クレアには関係のない話だったな。クレアは早く実験をしたいようだ。魔道具作りの会議には、クレアは同席しなくても問題ない。
「あ、悪い。大丈夫だ。その1本は全部実験に使っていいから、存分に試してくれ」
「……ありがと。行ってくるわ」
クレアはワイバーンの角を抱え、いそいそと部屋を出ていった。クレアを見送って話を続ける。
「で、なんの話だっけ?」
「ワイバーンの角を材料にした魔道具です。何かありますかね……」
ルナがそう言うと、リリィさんが即答した。
「それなら、今開発中の昇降機で使おうと考えている」
昇降機とは、リリィさんが開発を進めている簡易エレベーターのことだ。開発はかなり難航していて、未だ完成していない。リリィさんは、「この材料を使えば完成に近付ける」と考えているのだろう。
「いや、それだと効果が検証しにくいんだ。ワイバーンの角を使った場合と普通の製法の場合で、効果の違いを比べてみたい」
「む……それもそうか……」
リリィさんは残念そうに頷いた。
今回の検証で重要なのは、ワイバーンの角を使ったことで起きる変化を確認すること。普通の製法で作れるものじゃないと意味がない。
「じゃあ、点火器?」
リーズが軽い口調で提案すると、リリィさんがすぐに肯定した。
「ふむ……いいんじゃないか? 多くの魔道具職人が最初に作る魔道具だ」
点火器とは、ライターみたいな魔道具だ。細長い棒の先端から、小さな火が出る。作りが単純で比較的安価に作れるため、見習いの練習用になっているらしい。
「確かにいいかも……いや、ダメだな。効果が強く出過ぎた場合、かなり危険だろう」
一瞬いいと思ったんだけど、よく考えたら拙いことに気付いた。この角は魔道具の効率を上げるのだから、火力が上がるはずだ。点火のつもりが火炎放射器になりかねない。それはそれで面白いんだけど、結果が予想できないから物凄く危ない。
「でしたら……灯りの魔道具ですかね」
「うん、いいんじゃないかな。明るさなら判断しやすいし、危なくもない」
「うむ。今回は灯りの魔道具にしておこう」
作るものが決まったので、さっそく作業に移る。
「じゃあ、とりあえず形成を頼むよ。形は普段使っているものと同じでいい」
「了解ー! ちょっと待っててね」
リーズが作業をする姿をしばらく眺めた。器用に木を削り、ランタンの形を作っていく。本体はこれで完成だ。光が発生する部分は銀製で、そこに魔法陣を刻む。それはルナの仕事だ。
俺は正しい作り方を習ったわけではないので、検証には向いていない。そのため、今日はルナとリリィさんとリーズに任せるつもりだ。できるだけ一般的な方法で作業してもらう。
日が沈むまで作業を続け、やがて試作品が完成した。試作をしたのは、光を拡散させるランタン型と直線的に光を飛ばす懐中電灯型の2種類。外が明るくて実験ができなかったので、ついでに作った。
実験は夕食後ということにして、まずは食事を摂ることにした。
みんな揃って食事をしていると、アーヴィンが気まずそうに話し掛けてきた。
「ねえ、さっきから何をしてるの?」
「新しい材料の検証だ。この後実験をするんだけど、お前も来るか?」
「…………やめとく。どう考えても嫌な予感しかしないよ」
アーヴィンは深く考えてから答えた。ただのランタンなんだけどなあ……。アーヴィンは何を心配しているのやら。
でも、アーヴィンの嫌な予感には前例がある。安全だと思われた温泉に、大ムカデが出没したりね。というわけで、ただのランタンでも用心した方がいいだろう。
それはいいとして、クレアの薬は上手くいっているのだろうか。
「クレアはどうだ?」
「アタシはまだ終わってないわ。もう少し時間が掛かりそう。悪いけど、夜中まで作業を続けるわね」
「そっか……。無理はするなよ」
クレアは実験に立ち会えそうにない。薬の方も気になるから、今はそっちに集中してもらおう。
食事を終えて、みんなで外に出た。念のため、宮殿からもエルフの村からも離れた場所まで移動した。熊のダイキチと出会った付近だ。少し開けたスペースがあるので、そこで実験する。
「じゃあ、始めようか」
試作のランタンと懐中電灯を両手に握り、みんなに声を掛けた。
「お願いしますっ」
ルナは声を弾ませた。ちょっと楽しみにしていたようだ。
俺も楽しみではあるんだけど、不安でもある。未知の材料を使っているから、どんな効果が出るか分かったものではないんだ。突然爆発したりとか……無いよね?
「まずは懐中電灯を使ってみる。みんなは下がっていてくれ」
「そんなに用心しなくても、ただの灯りだぞ?」
「いや、何が起きるか分からない。爆発したら危険だから、前に出ないでくれ」
そう言って耐熱魔法を展開した。念のためだ。みんなが後ろに下がったことを確認したら、実験を開始する。
数十メートル先に立っている木に向けて光を当てた……。つもりだったのだが、何かが起きているようには見えない。あたりは暗いままだ。
少し間をおいて、リリィさんが一歩前に出た。
「光らないな……失敗か?」
「いや、待ってくれ。手応えはあった。近付かない方がいいぞ」
懐中電灯の様子がおかしい。時間差で強烈な光が出るのかもしれない。何が起きたかを把握するまでは、用心を続けた方がいい。
……しばらく待ったが、何も起きない。強いて言うなら、少し木が焦げたような匂いがするだけだ。
「普通の懐中電灯を使ってみてくれないか?」
そう声を掛けると、ルナが「分かりました……」と言ってマジックバッグを漁り始めた。
これが失敗だったとは思いたくないから、とりあえず普通の懐中電灯でも試す。これが光らなければ、別の問題が起きているということだ……が、しっかりと光ったよ。普通に。
ルナの手に握られた懐中電灯は、真っ直ぐに進んで木を照らしている。何が問題だったのだろうか。作り方には問題なかったし、魔道具が発動した手応えもあった。
原因を調べるために、目標の木まで歩く。一歩、二歩……不自然な点は見当たらない。やっぱり失敗だったのかなあ。
原因が分からないまま、目標の木に到着した。そこで懐中電灯を照射した部分を見ると、木が少し焦げている。
見えない光が樹皮を焼いたのか……。
……CO2レーザーかな?
「これはヤバイ。使えたものじゃないわ」
レーザーは光源から離れると大きく減衰するはずなんだけど、数十メートル離れた木を焦がした。ということは、とんでもない出力の光が発生している。遠く離れていたから少し焦がしただけだったが、近くから照射したら木が燃えていたはずだ。
「あの、何が起きたんでしょうか……?」
ルナが不安げな表情を浮かべて言う。レーザーの存在を知らないのだろう。
「強すぎる光は物を焼くんだよ」
「いや、光っているようには見えなかったが……」
リリィさんも不思議そうだ。まあ、そうだろうな。光が目に見えないと聞いても、ピンとは来ないだろう。
以前物理の授業で習ったのだが、CO2レーザーから照射される光は、可視光よりもずっと下の波長らしい。だから目で見ることができず、使う時は赤色のレーザーで光軸を合わせる。
「簡単に言うと、目に見える光は光の中でもごく一部なんだよ。長い紐の摘んでいる部分だけ、みたいなものだ。それ以外は目に見えない」
両手を大きく開くジェスチャーをした。少しは分かりやすいと思う。
X線とか紫外線とか赤外線については説明しない。面倒だし、そんなことを言っても話が長くなるだけだ。
「いや、よく分からない……。どういう意味だ?」
リリィさんはさらに食い下がってきた。上手く伝わってないな……。今は、この光が危険であるということを理解してもらえれば十分だ。
「とにかく、危険なくらい強い光だと思ってくれ」
「私は仕組みの方が気になるのだが……説明してくれないか?」
無理! 物理は苦手なんだって。教科書に載っていることの半分くらいしか覚えていないぞ。そんなんで、まともに説明できるとは思えない。
「知っていることだけで良ければ、教えてもいいけど……詳しいことは聞くなよ」
「うむ。頼む」
今は実験中だから、リリィさんへの解説は後回し。次はランタンの実験だ。でもなあ……。
「このランタンなんだけど、危ないから解体しよう」
レーザーの光と普通の光は明確に違いがある。レーザーの光を出すには、波長を揃えて増幅させる処理が必要だ。この懐中電灯はそんなつもりで作っていないから、そもそもレーザー光が出ることがおかしい。
「え? 実験しないの?」
リーズは不満げに言うが……。
「危なすぎるって」
下手をしたら、四方八方にレーザーが飛び散るというトンデモ仕様になっている可能性すら考えられる。なんたって魔法だからね……。
灯りをつけた瞬間に、自分が火だるまになるかもしれない。そんな危ない魔道具は、世に残したらいけないと思う。酷い罠だよ。
「実験は中止か……」
俺の決定を、リリィさんも不満に思っているらしい。でも、ちょっと勘違いしているな。
「いや、懐中電灯は改良して継続するぞ。これは武器になるから」
言わば、これは見えない炎だ。目標到達までも一瞬だから、かなり強力な武器になる。調整次第でどうにかなるだろう。
「え……? 危ないんですよね?」
「使い方次第だよ」
「こんさんが悪い顔をしてるー!」
リーズが笑いながら茶化すように言うと、ルナは心配そうな表情を浮かべる。
「危ないことはやめてくださいね?」
「本当に危なくないって」
たぶん。
威力や射程の調整とか、やることは多い。でも、ワイバーンのような大型の空を飛ぶ魔物には効果覿面だろう。ワイバーンの素材でワイバーン特効の武器を作る……。なかなかいいじゃないか。少しずつ調整していこう。






