教会からの依頼4
モリフクロウの危機は去った。若干腑に落ちない終わり方だったが、居なくなったので問題ないと判断した。俺が駆除するべき魔物は、もっと奥にいるはずだ。さらに奥へと進む。
登山道に住み着いた魔物も駆除しなければならないため、不本意だが今日は登山道に沿って移動している。真っ直ぐ上に向かった方が、絶対に早いのになあ。
やがて崖に差し掛かった。道はその先にも続いている。崖を切り崩し、50cmも無いくらいの細い登山道が作られている。
「ここを歩くの……?」
アーヴィンが先の道を見つめ、心配そうに呟いた。広い登山道はここで終わりだ。眼下には、麓の森が広がっている。
落ちたら死……にはしないか。たぶん、アトラスに殴られた時の方が痛い。でも、落ちたら振り出しに戻るじゃないか。
「面倒だから落ちるなよ」
「分かってる! 面倒じゃ済まないじゃん!」
アーヴィンが落ちたら厄介だろうなあ。たぶん1人で登り直すのは無理だ。助けに行く必要がある。
「修行僧の人たちって、こんな道を使っているのね……」
考えてみたら、確かにそうだ。なかなか過酷だと思う。こんな崖では落ち着いて休憩することもできず、一気に進む必要がある。魔法があるとは言え、一般人には辛いはずだ。
兵士なら……たぶん平気だろうな。こんな道があると知ったら、喜んで訓練コースに加えるだろう。新人兵士が可哀想だから、教えない方が良さそうだ。
しばらく道なりに進んでいると、先頭を行くリーズが突然立ち止まった。
「何か来るよ!」
魔物の襲来だ。開けた場所なので、俺にもその気配が感じられた。崖のある方の空から、鷲のような鳥が大群で押し寄せてくる。
「フレスベルグ! こんなのが居るなんて聞いてない!」
クレアはそう叫ぶと、マジックバッグから武器を取り出して構えた。ルナたちもそれに倣う。
足場が悪いので、俺はマチェットを出していない。アンチマテリアルライフルの弾丸だけを出して、鷲らしき魔物を観察する。
見た目は鷲っぽいんだけど、絶対に違う。なぜなら、口から火を吐いているからだ。地球の鷲が火を吐くなんていう話は、今までに一度も聞いたことがない。
「凄いな。この世界の鷲は火を吐くのか」
「のんきなことを言わないでよ! こんなところで、どうやってあの火を避けるの!」
アーヴィンはたいそう焦っている様子だが、火を防ぐ方法なんていくらでもあるぞ。そもそも、俺は火の魔法を多用している。そのたびに耐熱の魔法を使っているんだから、アーヴィンだって分かるはずなのになあ。
「耐熱魔法を展開したから、不用意に動くなよ。動かなければ、火は効かない」
耐熱魔法は熱を防ぐ魔法だが、熱の塊である火の魔法も防ぐことができる。どんなに強烈な火を吐いてきたところで、俺たちのもとに届く頃にはそよ風になっている。
「……便利な魔法よね」
クレアが呆れ顔で呟いた。火を使う魔物が相手なら、まったく負ける気がしないよ。
フレスベルグはひとしきり火を吐き、やがて火を吐くのをやめた。効かないと理解したのだろう。
「アーヴィン、リボルバーの準備を」
俺がそう言った瞬間、フレスベルグは一斉に俺たちに腹を見せた。野生動物は腹を見せたら降伏、という話を聞いたことがあるが、この鳥たちは戦意を喪失したわけではないようだ。敵意剥き出しのまま、こちらを睨みつけている。
すると、フレスベルグの翼から、鋭い何かが一斉に向かってきた。どうやら羽根を飛ばしたらしい。
「きゃぁっ!」
アーヴィンが女の子のような悲鳴を上げた。
耐熱魔法が防げるのは熱だけだ。物理的な攻撃は、何事もなく素通りする。
俺もマチェットを取り出し、飛んでくる羽根に応じた。何発かは叩き落としたが、いくつかの羽根はそれをくぐり抜けて被弾した。服が少し破れ、肌に突き刺さっている。地味に痛い。
この羽根の原理は、俺のアンチマテリアルライフルと同じだ。自分の羽根を強化して、それを勢いよく飛ばしている。弾速はリボルバーの全力と同じくらいだろうか。かなり速い。
「意外と厄介だな……」
見た目はただの鳥の羽根だが、先端は矢のように鋭い。ダーツの矢を高速で飛ばしているようなものだ。
「意外でもなんでもないでしょ……。普通に厄介な敵なんだから」
クレアは淡々と呟いた。飛んできた羽根を、全て叩き落としたらしい。ルナとリリィさんもだ。リーズは狭い足場に慣れておらず、足に数発被弾。アーヴィンも全身に数発被弾。俺? めっちゃ刺さってる。さすがに舐めすぎたらしいよ。
「あの……刺さってますけど……大丈夫ですか?」
ルナが戸惑いながら心配そうに言う。俺が被弾したことに驚いているらしい。俺は武器を出すのが遅かったから、対処が遅れた。少し先が見えたとしても、刺さる瞬間が見えるだけだ。
しかし、弾速が速いだけで、強力な攻撃ではない。
「ああ、うん。ちょっと痛いだけだよ。大丈夫」
とは言え、受け続けたら危険だろう。とりあえず怪我を負った2人と俺に治癒魔法を掛け、反撃に出る。
「まずはアーヴィンだけで頑張ってみろ。俺は討ち漏らしと危険な奴を落とす」
「えぇ……?」
アーヴィンは嫌そうな顔で返事をするが、これはアーヴィンの訓練だ。嫌とは言わせない。
「いいから早く構えろ。次の攻撃が来る前に、一気に片付けるぞ」
羽根を飛ばす攻撃は、インターバルがあるらしい。フレスベルグは少し上空に移動し、旋回している。敵意が消えたわけではないので、次の攻撃に向けて準備をしているだけだろう。
フレスベルグまでの距離は30mくらいだろうか。アーヴィンのリボルバーでも、十分に射程内だ。
アーヴィンはリボルバーを構えると、慣れた手付きで丁寧に弾丸を発射した。『パァン』という乾いた音が鳴り、フレスベルグの翼を貫く。
「やるじゃないか」
「まぁね。これでも、結構練習してるんだよ」
アーヴィンは得意げな笑みを俺に向けると、すぐにフレスベルグに向き直した。そして、次々と撃ち落としていく。
「その調子で、どんどんいこう!」
30発ほど撃っただろうか。アーヴィンが肩で息をしながら崖にもたれかかった。
「ぷはぁっ……ふぅぅ……もう、ムリ……」
最大出力は魔力消費が激しく、アーヴィンはもう限界らしい。連射性能は良くないようだ。もともとそういう設計にしてあったので、予定通りとも言える。
「ま、上出来だな。あとは俺が片付けるよ」
無数のアンチマテリアルライフルの弾丸を、一斉に打ち上げた。フレスベルグはズタズタに切り裂かれ、流れるように墜落していく。
一通り片付けたんだけど、立地が悪すぎた。撃ち落としたフレスベルグは、すべて遥か下の地面に叩きつけられた。
「参ったな……素材が……」
回収できなかったよ。崖の下まで行けば拾えるんだけど、さすがに手間だ。それに、この高さから落ちたフレスベルグが、原形を留めている気がしない。
「仕方がないわ。諦めましょう」
「タダ働きじゃないか……」
今回の依頼の報酬は、現金で支払われるものではない。そのため、道中で仕留めた魔物を売る必要があった。しかし、温泉施設の魔物はレイモンドたちに取られ、フレスベルグの素材は回収不能。タダ働き確定だよ……。
「……山頂に、まだ何か居るかも知れませんから。気を取り直して、先に進みましょう」
「そっか。そうだよな。まだ希望はあるな」
住み着いた魔物が、これだけとは限らない。望みはまだある。
しばらく進んでいると、とうとう登山道と呼べるようなものが無くなった。岩肌が剥き出しになった斜面を、ただひたすら駆け抜けるだけだ。
「待って……ハァ……ハァ……」
アーヴィンが息を切らしている。子どもが簡単についてこられるような速度ではなかったようだ。
「悪い。ちょっとペースが早すぎたか」
「そういう問題じゃないと思うわよ……?」
クレアが呆れた様子で呟くが、言っている意味がよく分からない。無視だ。
「どうする? 今日も抱えて行こうか?」
「帰らせるっていう選択肢は無いのね……」
アーヴィンを連れてきた目的は、すでに達成した。魔物が集中している区域は抜けたはずなので、もう帰らせても問題ない。でも……。
「いや、せっかく来たんだから、アーヴィンも頂上に行きたいだろ?」
一度登り始めた山なんだから、頂上の景色を見ないと損だ。体が悲鳴を上げない限り、多少無理をしても連れていってやる。俺なりの優しさだ。
「……帰りたい……」
アーヴィンは今にも泣き出しそうな顔で嘆いた。泣き言は泣いてから言おう。泣いてないうちは、まだ大丈夫だ。
「そう言うなよ。とりあえず、少し休もう」
アーヴィンのために、適当な石に腰掛けて休憩を取ることにした。
「では、お茶の準備をしますね」
ルナがマジックバッグから休憩セットを取り出し、お茶を沸かし始めた。
すると、リーズの耳がピクリと動く。その理由は、俺にも理解できた。山の上の方から、何やら強い気配が感じられたのだ。さっきから他の生き物が少ないので、俺の気配察知が最大性能を発揮している。
「何か来るな……」
「うん! かなり速い!」
リーズが答えると、それに合わせて全員が武器を構えて立ち上がった。同時に、俺たちのもとに大きな灰色の物体が飛来した。空飛ぶオオトカゲだ。
「ワイバーンです!」
初めて見る魔物だなあ。大きさは小型飛行機くらい。下から見ると、大きなトカゲにしか見えない。背中に申し訳程度の小さな翼が生えているが、そんな翼で飛べるとは……到底思えないよ?
でも、そんなことはどうでもいい。
「買い取り価格は?」
「状態が良ければ金貨500枚ですけど……逃げないんですか?」
「絶対に逃さない!」
いやいや、たった一匹で金貨500枚だぞ? こんなに高額で買い取ってもらえる魔物は初めてだ。今を逃したら、次にいつ遭遇できるか分からない。そして、こいつを逃したらタダ働きが確定する。
「戦うつもりなのね……。私とリーズは役に立たないわよ?」
「私とルナくんもだ。我々の魔法では、太刀打ちできない」
リリィさんとルナが使う攻撃魔法は、詠唱魔法と呼ばれる低威力の魔法だ。買取価格が金貨100枚を超えるような魔物には、ほとんど効かない。普段大きな相手と戦う時は、接近戦に頼っている。
今回のように空を飛ぶ大きな魔物が相手では、2人は攻撃に参加することはできない。
「大丈夫。今日はアーヴィンも居るから、2人で戦えば大丈夫だ」
「ボクも!?」
「当たり前だろう。なかなかできる経験じゃないんだから、戦っておいた方がいいぞ」
ルナとリリィさんは回復要員として、サポートに回ってもらう。相手の攻撃方法が分からない以上、用心に越したことはない。
まずはアーヴィンのリボルバーで様子を見る。アーヴィンが放った弾丸は、翼に当たって弾かれた。狙いは悪くないと思う。おそらく、翼を潰せば地上に降りてくると考えたのだろう。
「ダメ! 効いてないっ!」
「みたいだなあ……」
アーヴィンの特訓を諦めて、アンチマテリアルライフルを準備する。通常弾では効かないみたいだから、特大の弾丸だ。
弾丸の準備を終える前に、突然リーズが飛び出して俺の前に立った。そして、手に持っていた石を放り投げる。
「あたしもやるっ! えーいっ! ストーンバレットぉ!」
リーズは「ストーンバレット」と言ったけど、拾った石を投げただけだ。俺が普段から言っている、『魔法で石を出して飛ばすくらいなら、石を拾って投げろ』を忠実に再現したらしい。
ワイバーンの腹部に命中し、動きが少し止まった。効いているらしい。それどころか、リボルバーよりも効果があるように見える。
「効いてるみたいだな。どんどんやれ」
「はーい!」
リーズは元気に返事をして、石を投げ続けた。ワイバーンは石に警戒し、小刻みに動いて石を避けている。
「ボクは!?」
アーヴィンが焦ったような声を出した。
「気にするな。撃ち続けろ」
アーヴィンが再び攻撃を始めると、ワイバーンはあからさまに嫌そうな顔をして、空高く飛び上がった。そして、そのまま空の彼方に消えていく。
「あれ?」
「行っちゃいましたね……」
最悪だ。金貨500枚が飛んでいく……。アーヴィンの訓練なんか、やっている場合じゃなかった。さっさと特大の弾丸をぶっ放しておくべきだった。
「まだ分からないわよ。距離を取っただけかも。警戒は続けてね」
クレアが緊張した面持ちで言う。その言葉、信じてもいいんだよね? また来てくれるよね? 一縷の望みをかけて、先に進むことにした。






