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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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教会からの依頼3

 温泉は使える状態になっていたが、今日は入れない。諦めて現地の状況を確認する。

 俺たちが受けた依頼は、教会施設に住み着いた魔物の駆除だ。温泉施設の魔物はレイモンドがすでに駆除していたので、その近くにある修行場へ向かうことにした。


 温泉施設があるのは山の中腹で、これから向かう先はこの山の頂上。遠くから、薄っすらと雪がかぶっているのが見える。たぶん結構高い山なんだと思う。


「魔物の様子を確認したら、一度エルミンスールに帰ろうか。明日、アーヴィンを連れてくるよ」


 今日はただの様子見なので、頂上までは行かない。途中まで登ったらエルミンスールに転移する。アーヴィンは遠距離攻撃の手段を持っているので、本格的に登りだす前に連れてきた方がいい。


「そうね。アタシは役に立ちそうにないから、そうしてくれた方が助かるわ」


 ルナとリリィさんは魔法で遠距離攻撃ができるけど、クレアとリーズは飛ぶ鳥に攻撃する手段を持たない。リーズには索敵に集中してもらうとして、クレアにはできることが何もない。ただついてくるだけになりそうだ。


「まあ、それは仕方がないだろ。接近してくる鳥に警戒してくれ」


 俺は接近戦に拘りすぎていたかもしれないな。どれだけナイフの扱いに慣れていても、空を飛ばれたらどうしようもない。


「そうさせてもらうわ……」


 軽く雑談を挟みつつ、山を登る。あたりは少し薄暗くなり始めていた。もうすぐ日没だ。さっさと下見を済ませて、エルミンスールに帰ろう。


 そう考えていた矢先、突然頭上からこぶし大の石が降り注いだ。頭に直撃し、ちょっと痛い。


「なんだ!?」


「ストーンバレットです!」


 ああ、本物のストーンバレットか。アンチマテリアルライフルの元になった魔法だ。魔力で石を出し、その石を飛ばす魔法。使い勝手は悪い。


「どこから飛んできた?」


「森の賢者ね……近くにいるわよ」


 クレアが緊張した面持ちで呟いた。警戒している様子だ。


「森の……?」


「モリフクロウの俗称です。気配を隠すのが上手くて、魔法にも長けています。縄張り意識が強く、射程内に入ったら見境なく攻撃をしてくるそうです」


「へぇ……」


 嫌な奴だな。危害を加える気がない人に対しても、無条件で攻撃をしてくるようだ。


 しかし、辺りを探っても、それらしき気配は感じられない。俺の索敵半径どころか、マップの探索範囲も越えているらしい。リーズじゃないと分からないな。


「リーズ、気配は分かるか?」


「たぶん……あっちだと思う」


 リーズは首を傾げながら、西の方向を指差した。リーズにも明確な場所が分からないようだ。かなり遠くから攻撃を仕掛けてきている。リーズよりも鋭い勘をしているとは、なかなかやるなあ。


「結構遠いみたいだな……。明日になったら居なくなっている、なんてことはないよな?」


「無いわ。そんな都合がいい魔物だったら、冒険者に恐れられていないわよ」


 よし。それなら明日にしても問題ない。今から捜索をして駆除をしていたら、確実に日が暮れてしまう。それは避けたい。


「今日は無視しよう。明日になったら、改めてモリフクロウを捜索する」


 目的が変わってしまった気がしないでもないが、本来の目的、『修行場の安全確保』を忘れたわけではない。モリフクロウはこの道の一番の脅威だろうから、こいつの駆除を最優先にしているだけだ。


「え? 討伐しちゃダメよ?」


 クレアが慌てて口を挟んだ。


「はぁ? 危険だろ。駆除しないでどうするんだ」


 俺がそう返すと、ルナが教会から受け取った資料を取り出して、俺に見せる。


「モリフクロウの存在が、試練の一環になっているようなんです。この資料にも注意しろとしか書かれていません」


 ああ……なるほどね。魔物すらも修行に使っているのか。うっかり狩っちゃったら、かなり面倒なことになるな。


「そっか。そういうことなら仕方がないな」


 今日の探索はこれで終わりだ。モリフクロウの縄張りを横切るなら、一気に走り抜けないと拙い。今日は時間がないから、これ以上は奥に行かない方がいいだろう。



 エルミンスールに転移して、食堂へと移動した。そこでは、アーヴィンがいつものようにくつろいでいる。


「ただいま。変わりは無いか?」


「おかえり。いつも通りだよ。今回は早かったね」


 アーヴィンは意外そうな顔をしている。外出が長引くと予想していたようだ。


「明日も外出だよ。今日はテントを設営する時間が無かっただけだ」


 ついでに場所も無かった。あるとすれば、瓦礫にまみれた温泉施設の中か、モリフクロウが石を飛ばしてくる森の中。どっちも落ち着かないよ。


「そっか。大変だねぇ」


 アーヴィンは、まるで他人事のように言う。いつもなら他人事で間違いないんだけど、明日は付き合わせるよ。


「ところで、リボルバーの調子はどうだ? 動かない的ばかりでは飽きたんじゃないか?」


「そうだね。動かない的だったら、もう百発百中……え? もしかして、動く的でも開発したの?」


 アーヴィンが愉快な勘違いをしている。今度開発してやろうかな。それはいいとして。


「違う、そうじゃない。お前に最適な訓練場を見つけたんだ。明日は一緒に行こう」


「え……嫌だ……」


 アーヴィンは、眉間にシワを寄せて顔を歪ませた。物凄く嫌そうだ。


「なんでだよ。リボルバーの威力を試す、絶好の機会だぞ?」


「だって……嫌な予感しかしないよ。どうせ魔物でしょ?」


「よく分かっているじゃないか。空を飛ぶ魔物だ。別に危険があるわけじゃない。地上から、空に向けて銃を撃つだけだ」


 石は飛んでくるけど、危険ではない。ちょっと痛いだけだ。


「そんなに簡単なワケ無いじゃん! 絶対!」


「大丈夫だって。俺たちもついてるから。早朝には出発するから、準備をしておけよ」


「……行きたくない……」


 アーヴィンは必死で抵抗しているが、今回は絶対に同行させる。相手は空を飛んで弾丸を避けるので、とてもいい訓練になるはずだ。この訓練が終わった後、アーヴィンは俺に感謝するだろう。


 もともと、アーヴィンはミルズの討伐を目標に生きていた。そのために性別を偽るくらいだから、かなりの覚悟を持ってたのだろう。

 しかし目標を失った今、アーヴィンはだらけきっている。特訓を望んで俺たちに同行したはずなのに、訓練らしいことはほとんどしていない。ダイキチの世話を任せなかったら、ルミアと一緒に食っちゃ寝をしていたところだ。


 さすがに良くない。父親のオマリィだって、遊ばせるつもりで俺に預けたわけではないはずだ。



 朝を迎え、まだ寝ているアーヴィンを抱きかかえて昨日の森に転移した。すると、アーヴィンが目を覚まして辺りを見渡す。


「え……? ここどこ?」


「アーヴィンさん、ごめんなさい。勝手に連れてきてしまいました……」


「アタシも止めたんだけど、ムダだったわ」


 ルナとクレアが申し訳無さそうに言う。さすがに起こすべきだったかな……。アーヴィンは顔も洗っていないぞ。身支度くらいはさせるべきだった。


「悪かったな。タープを貸してやるから、それで回りを囲って身支度をしろ」


「そういう問題じゃない……帰りたい……」


 アーヴィンは、寝起きの掠れた声で呟いた。まだ少し寝ぼけているようだ。この状況で、帰れるわけがないだろうに。


 木にタープを引っ掛けて、簡易的なカーテンを作った。アーヴィンはその向こう側で着替えをしている。俺たちは、アーヴィンの身支度が終わるのを待った。やっぱり叩き起こしてから連れてくるべきだったな。この待ち時間がダルい。


「おまたせ……」


 アーヴィンは、諦めたような表情を浮かべてタープから出てきた。服装は、以前買った革の服。普段から着ているらしく、かなり着慣れた様子だ。


「じゃあ、行こうか」


 タープを外し、さっそく出発する。アーヴィンは嫌そうな表情を浮かべながら、クレアの横を歩く。クレアは妙に面倒見が良いから、こういう時に助かる。



 少し歩いたところで、今日も石が降ってきた。モリフクロウの攻撃だ。またしても俺の頭上を狙っている。俺たちは6人も居るのに、ピンポイントで俺を狙っているらしい。俺に恨みでもあるのか?


「え? 石?」


 アーヴィンが驚いて声を上げた。アーヴィンは昨日居なかったから、わけが分からないのだろう。説明が必要だ。


「この森では、たまに石が降ってくるんだよ。晴れ時々石だ。普通のことだから気にするな」


「へぇ、そうなんだ……」


 アーヴィンが真剣な顔で頷くと、クレアが呆れ顔で言う。


「ちょっと……いい加減なことを教えないでよ……」


 ちょっとした冗談なのに……。クレアがアーヴィンに正しい情報を伝えているようだから、今のうちにリーズに確認しておこう。


「リーズ、どこに居るか分かるか?」


「うーん……たぶん、あっちかなあ……」


 リーズは、困惑した様子で西を指差した。潜伏先は、昨日から変わっていないようだ。


「了解。警戒して進もう」


 俺とリーズがやり取りをしている間、アーヴィンは俺に非難の目を向けていた。ちょっとした冗談だったのに……。


 たまに降ってくる石は鬱陶しいが、無視だ。モリフクロウを刺激しないように、ゆっくりと走る。


 しばらく進んでいると、強い気配が物凄い速度で急接近してくることに気が付いた。


「なんだ!?」


 慌てて止まる。不意に声を出してしまったが、モリフクロウで間違いないだろう。


「来るよっ! モリフクロウ!」


 リーズはそう言って身構えた。全員がそれに倣う。


 すると、目の前の地面に、音もなく大きな影ができた。上空を見上げると、丸い顔をした大きな鳥がぐるぐると旋回している。これがモリフクロウか……。


 モリフクロウは、地球産のフクロウよりもずいぶんと大きい。俺の背丈と同じくらいだ。その大きさで飛べるわけないだろ、というのは甘い考えだ。ツバメのような機敏さで飛び回っている。

 でも、ちょっと待ってほしい。フクロウは、猛禽類の中では飛ぶのが遅い。その分、感覚が鋭くて、静かに飛べる。


 この世界のフクロウは、そんな法則はガン無視しているらしい。感覚が鋭いうえに動きも機敏で、気配を消すのが上手い。飛ぶ音だって、ほとんど聞こえない。すべての鳥類の上位互換みたいだ。


「どうやって追い払おうか……」


 駆除したらダメって、地味に難しいよ。追い払うことに特化した魔法なんて、俺には使えない。


「刺激しちゃダメだからね?」


「分かってるって。アーヴィン、リボルバーの威力を最弱にして、何発か撃ってみてくれ」


「分かった……」


 リボルバーの威力を最弱にすれば、殺傷力は無くなる。エアガン程度の威力だ。モリフクロウにしてみれば、鬱陶しいだけで何の効果も無いだろう。追い払いたいだけだから、それでいい。


 アーヴィンがモリフクロウに向けて数発の弾丸を打ち込む。放たれた弾丸は、モリフクロウのスレスレを掠めて空に消えた。アーヴィンも、当てる気は無いようだ。


「よし、その調子だ。この場を離れるまで撃ち続けてくれ」


 俺はそう指示したのだが、クレアがアーヴィンの腕を掴んで制止した。


「ダメっ! すぐにやめて!」


 クレアの叫び声に驚いてモリフクロウに視線を移すと、モリフクロウはこちらを睨みつけて急降下してきた。アーヴィンの攻撃は、相手を刺激しただけだったようだ。


 そして、モリフクロウは俺に向かって突進してくる。だから、どうして俺なんだよ! 攻撃をしていたのはアーヴィンだろうが!


 まあ、俺を狙ってくれた方が危険が少なくて助かるんだけどね。


 まともにやり合うのは面倒だから、威圧の魔法で気絶させよう。


 モリフクロウに向けて威圧の魔法を使った。すると、モリフクロウは突進してきた勢いのまま地面に激突して動かなくなった。


「よし。行くぞ」


 しばらくは足止めできるはずだ。これで襲われる心配は無い。今のうちに縄張りから抜けよう。


「死んでないわよね……?」


 歩き出そうとする俺の尻目に、クレアが心配そうに呟いた。確かに、ずいぶんと勢いよく墜落したけど。大丈夫かな……。


「治癒魔法を掛けておこうか。みんなは警戒を続けてくれ」


 ……なんというか、前にもこんなことをした覚えがあるなあ。ダイキチの時みたいだ。モリフクロウにも懐かれるなんてことは無いよね……?



 治癒を終えると、モリフクロウはガタガタと震えながら後ずさりをした。そして、おぼつかない足取りで地面を蹴り、すぐにこの場から飛び去った。懐かれる心配は無かったようだ。しかし……。


 威圧の効果は切れているはずなのに、どうしてあんなに怯えていたんだろう……?

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