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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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教会からの依頼2

 カムロンとの話を終えて、教会を後にした。周囲を取り囲んでいた監視の人たちは、すでに姿を消している。もう用が終わったのだろう。


 転移魔法で移動するために、まずは目立たない場所に移動する。その間に、今後のことを考えておきたい。カムロンから依頼された場所は、全部で5箇所。どの場所も人里から離れた辺鄙なところだ。

 普段は神官たちが接近する魔物を駆除しているらしい。しかし、神官たちは俺たちとの諍いに対応するために教会本部に呼ばれ、その後は壊れた協会本部の修復のために王都に留まった。そのせいで施設が無人になり、その間に魔物が住み着いて危険な状態になっているそうだ。


 どの場所も、解決を急いでいるわけではない。緊急性が高い施設は、すでに対応が始まっているそうだ。神官たちはそっちの対応に追われていて、辺鄙な場所までは手が回らないらしい。そのため、俺たちに依頼が来た。


「急がなくてもいいって話だったけど、さっさと終わらせたいな」


「うん! 早く温泉に行こうっ!」


 リーズがウキウキした様子で言う。もう依頼を達成したつもりでいるらしい。


「温泉は仕事が終わってからだぞ……」


「でも、もらった資料をよく見て?」


 クレアがカムロンから受け取った資料を指差した。そこには、『温泉修行場』の文字が……。


「あ……温泉も使えなくなっているのか」


 それは困る。俺たちの目的地だ。さっさと使える状態にしないと。


「では、まずはそこに行きませんか?」


「そうだな。場所は……西側の山奥か。急げば今日中に到着できそうだ。さっそく行ってみよう」


 おそらく、施設の内部は荒らされている。魔物を駆除したからと言って、すぐに使えるようになるわけではないだろう。でも、真っ先に対処しておけば、他の場所が終わる頃には復旧しているはずだ。



 詳しい場所を確認すると、以前訪れた村からだと比較的近い、ということが分かった。俺たちは、さっそく村の近くに転移した。


 現場の温泉地までは、全力で走れば日が暮れる前には到着できるだろう。とりあえず今日中に現地入りしておけば、転移魔法で移動できるようになる。今日はエルミンスールに帰って一晩休み、明日の早朝から魔物の駆除に乗り出す。


 移動を開始する前に、現地の情報を確認する。

 近づくのも危険なので、教会は詳しい被害状況を把握していない。そのため、付近に生息している魔物から、現場にいる魔物を推測しなければならない。


「付近には、どんな魔物が居るんだ?」


「資料によると、猿系が多いみたいよ」


「バブーンみたいなやつか?」


 嫌な思い出が蘇る。大集団で積極的に襲いかかってくる、凶暴な連中だ。力も強いし頭も回る。かなり面倒だった思い出がある。


「最悪、そいつらかもね。もっと弱いのも居るから、そっちであることを願いたいわ」


 クレアがうんざりとした様子で言う。それは同感だよ……。

 打ち合わせを終え、行動を開始した。



 地図を見る時、俺は直線距離でしか考えない。これは王城での訓練の教訓だ。キツイ道を迂回するのはただの逃げでしかなく、真っ直ぐ突っ走った方が確実に早い。目の前が川だろうが壁だろうが、関係なく突き進むだけだ。


 今も、かなりの急坂を駆け抜けている。地面が崩落した後なのか、地面が柔らかくて木が一本も生えていない。かなり走りにくい道だが、勢いをつければ問題ない。


「ねぇ。これは崖っていうんじゃないの?」


 クレアが呆れ顔で言う。でも、俺は前にも一度説明したような気がするぞ。


「だから、走れる場所は崖じゃないって。ただの急坂だよ」


「……聞いたアタシがバカだったわ……」


 ため息をつくクレアを無視して、一気に駆け抜ける。


 崖というのは、90°以上の角度が付いた斜面のことを指す。そこまでの角度がついていると、さすがに普通には走れない。壁走りの魔法が必要になる。その魔法は俺しか使えないので、その場合は迂回をしなければならない。

 でも、今回は全員がついてこられるような普通の急坂だ。迂回をする理由は無い。


 木も生えていない急坂をさっと走り抜け、緩やかな坂道に出た。少し走りやすくなったな。


 さらに奥へと進む。


「こんさん、あっちに魔物。どうする?」


「森の中までは、駆除しなくていいだろ。依頼を受けたのは現場周辺だけだ」


 道中の魔物は無視だ。いちいち戦っていては、日が暮れるまでに現地入りできなくなってしまう。駆除が必要であっても、作業をするのは明日だ。今日は移動に専念する。



 しばらく進んでいると、突然開けた場所に出た。ボロボロの大きな建物が並んでいる。魔物に占拠されたという話だったが、周囲には魔物の気配が感じられない。どういうことだろうか……。


「ここ、だよな?」


「そのはずです。間違っていないと思いますけど……」


 ルナと2人で辺りを見渡すが、やはり目視できる範囲には魔物が居ないようだ。

 すると、リーズが何かを発見したようで、しっぽをピンと立てて警戒する様子を見せた。


「こんさん、あっちに誰か居るよ?」


「え? 誰?」


 神官が先回りしていたのだろうか。俺たちが依頼を受けたということを、知らないのかもしれない。


「挨拶くらいはしておいた方がいいだろうな。行ってみよう」


 崩れかけた建物が並ぶ中、さらに奥へと進んでいく。その中のひときわ大きな建物の奥に、人間らしき気配を感じた。気配察知の反応は『注意』だ。魔物ではない。


 建物の中に足を踏み入れる。中は机や棚などの残骸が散らばっていて、とても人が生活できるような環境ではない。誰かが住んでいるわけではないだろう。


 人間の気配は、この建物のもっと奥だ。次の部屋は、大広間だったらしい。散乱している物が少ない。まだまだ奥に行く。かなり広いな……。たぶん、修復には何カ月も掛かる。俺たちが温泉に入れるのは、いつになるだろうか……。


 たぶん、次の部屋だ。目の前の壁の向こうに人間が居る。警戒しつつ扉を開けた。


 すると、『ザパァン!』という音が響き、誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。


「誰だ!」


 声の主を確認する。口元に髭を蓄えた、小太りのゴツいおっさん……レイモンドじゃないか。


「え……? 叔父さん!?」


 クレアが驚いて声を漏らした。


「ん? クレア? なぜここに?」


「それはこっちのセリフだ。なんでこんなところに居るんだよ……」


 クレアとレイモンドの会話に割り込んだ。猿の魔物の代わりに、猿の魔物みたいな人間が居たよ。敵じゃないと分かって、ひとまずは安心だ。

 しかし、今の教会には、冒険者ギルドに依頼を出せるほどの金銭的余裕なんか無いはずだ。でなければ、王経由で俺に依頼が来るはずが無い。俺たちへの報酬が権利だけだったのも、金が無いからだ。


「いや、教会がここを放棄したって聞いてな。せっかくの機会だから、温泉に浸かりに来たんだ」


 レイモンドは、風呂の真ん中で堂々と立ったまま、こともなげに言う。腰に手を当てて、『どうぞ見てください』とでも言わんばかりだ。


「まずは前を隠せよ……」


 見苦しいものが目の前にぶら下がっているんだって。気が散って会話にならない。ルナたちも、気まずそうに目を伏せている。ここには若い女性が居るんだから、少しは気を使ってほしい。


「いや、悪い。でも、お前もそうだろ? せっかく直したんだから、お前も入っていけよ」


 レイモンドは近くに置いてあったタオルを手に取り、腰に巻き付けた。今度はモジャモジャな胸毛が気になるが、こっちは我慢しよう。


 どうやら、レイモンドたち一行は、無人の温泉に勝手に侵入して温泉に浸かっていたらしい。しかも、この湯船はレイモンドたちが勝手に直したそうだ。無報酬だというのに、ご苦労さまだな。


「まあ、そうなんだけど、お前らとは違うぞ。俺たちは、教会から正式に依頼を受けている」


「依頼? 教会からか?」


 レイモンドは怪訝そうに言う。俺が教会と揉めたことは知っているはずなので、その俺が教会の依頼を受けることが意外だったのだろう。


「そうだな。その報酬として、自由に温泉に入る権利を貰ったんだ」


「なるほど……。で、その依頼ってのは?」


「この周辺の安全の確保だ。魔物が占拠していると聞いたのだが……」


「悪い。その魔物なら、俺たちが狩り尽くした。そうしないと、ゆっくり温泉に浸かれないからな」


 マジかよ……。俺たちの仕事が無くなっちゃったじゃないか。ありがたいことではあるんだけど、カムロンにどう説明したらいいんだ?


「……教会への報告、どうしましょう?」


 ルナが困った顔で聞いてきた。


「俺もちょうどそのことを考えていた。なあ、レイモンド。どうしたらいい?」


「拙いな……。オレたちは不法侵入だ。できれば黙っていてくれないか?」


 面倒なことを言ってくれる。黙っておいてやってもいいが、それではレイモンドの手柄を奪うことになる。それは気持ちが悪いから、できれば避けたい。


「黙っておくから、言い訳はレイモンドが考えてくれよ」


 教会に報告するのは俺たちだが、レイモンドのために言い訳を考えるのは面倒だ。それくらいは自分でやってほしい。


「分かった。すまんが……頼むよ」


 レイモンドはバツの悪そうな顔で答えた。


「それで、駆除したのはここだけか?」


 レイモンドたちは依頼を受けたわけじゃないから、仕事が雑になっているかもしれない。討ち漏らしがあっては大変だから、何をやったかは確認しておかなければならない。


「温泉がある周辺だけだ。ここよりも上には手を出していないぞ」


「上?」


 俺がそう聞き返すと、ルナが資料を見ながら補足をした。


「この山の頂上付近に、天元の社というお堂が建っています。そこも依頼の対象ですよ」


 ルナにそう言われ、資料を確認する。温泉に気を取られていたが、確かにこの上の地域も依頼の対象になっているようだ。


「なるほどね。俺たちはそっちに行ってくるから、それまでに言い訳を考えておいてくれ」


「なんだ、入っていかないのか?」


「俺たちは後にするよ。今日はレイモンドたちが使ってくれ」


 レイモンドが修復した湯船は、1つしか無い。他の湯船は壊れていて使えないので、この1つを共同で使うことになる。ゆっくりとはできそうにないだろうから、今日のところは諦める。


「じゃ、アタシたちはもう行くから。叔父さんたちはゆっくりしてってね」


 俺が勝手に決めたことだが、ルナたちにも異論は無いようだ。今日この温泉を使うなら、強制的に混浴になりそうだからなあ。嫌がるのも無理はない。



 レイモンドたちは相当頑張ったらしく、温泉がある施設周辺の魔物は、完全に狩り尽くされているようだ。外周をぐるりと回ったが、魔物の気配がまったく感じられない。


「ここは本当に安全みたいだな。まだ時間があるから、上の様子も見ておこうか」


「そうね。でも、深入りは禁物よ」


 クレアが真剣な面持ちで言う。クレアの言う通り、今日は少し様子を見るだけだ。足場や魔物の状況が確認できたら、すぐに引き返す。


「分かっている。それで、この先の魔物も猿系か?」


「いえ、鳥類が多いみたいです」


 ルナが資料を見ながら答える。鳥の魔物と戦うのは初めてだ。東の森で気配を感じることはあったが、積極的に襲ってこないから無視していた。上質な鶏肉が期待できるかもしれない。


「美味い?」


「え? 何が?」


 クレアが間の抜けた声を出した。俺の質問が意外だったようだ。


「肉だよ。食べられないのか?」


「食べられなくはないけど、この辺りの鳥は美味しくないわ」


「そっか……残念……」


 鶏肉は期待できないらしい。現金収入が無い依頼だから、素材だけは確保したかったんだよなあ。


「そんなに残念でもないわよ。羽根が高く売れるの。一羽分の羽根が金貨1枚になるわ」


「おお、いいじゃないか。狩れるだけ狩ろう」


 肉はダメでも、収入は確保できるようだ。買取金額も悪くない。100羽狩れば金貨100枚だ。大量に居着いたというのだから、それくらいは居てほしい。


「簡単に言わないでよ……。鳥の魔物と戦うのって、結構大変なんだからね?」


 俺はアンチマテリアルライフルで撃ち落とすだけなんだけど、普通の冒険者は剣で戦うわけだから、かなり大変だと思う。弓か何かを使わないと、手を出すこともできないだろう。


 しかし、俺たちは誰も弓を扱えない。強いて言うなら、アーヴィンのリボルバーが有効か……。


 魔物の強さを確認して、もし弱そうな相手だったらアーヴィンを連れてこよう。まだ実戦でリボルバーを使ったことがないから、いい訓練になるはずだ。

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