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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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王城に行こう3

 成り行きとは言え、ハードな訓練に参加することになった。

 今回の訓練は、少数対多数の集団戦闘訓練だ。それだけではない。リッキーとケイトという足手まとい(護衛対象)が居る。この2人のどちらかが撃破されたら、俺たちの負けになる。

 今一緒にいるパーティメンバーは、ルナとリーズだけ。クレアとリリィさんはエルミンスールに残っている。俺たちはたった3人で、2人の護衛対象を守りきらなければならない。雑魚魔物が相手なら楽勝なんだけど、相手はグラッド隊だ。油断は許されない。


 訓練は間もなく開始されるのだが、開始の前に両陣営に作戦タイムが設けられた。

 向こうでは、グラッド教官を中心に何かを話し合っている。今回は声が聞こえない。作戦を隠すという知恵を身に着けたようだ。前回は向こうの作戦がダダ漏れだったからなあ。


「じゃ、俺たちも作戦を決めようか。リッキーとケイトは、とにかく邪魔をするな。俺たちの間合いに入らないことだ。俺が前衛を務めるから、ルナとリーズの背後でおとなしくしておいてくれ」


 リッキーとケイトは戦力にならないので、武器を持たせない。重くなるだけだ。ルナはリッキーを、リーズはケイトを守りながら戦う。俺は教官とギルバートを抑えつつ、全体の状況を把握して指示を出す予定だ。


「それだけですか?」


 リッキーが怪訝な表情を浮かべて聞く。


「それだけだ。俺が一歩前に出て、教官とギルバートを止める。隊員たちはルナとリーズを狙うだろうから、2人はとにかく突破されないように気を付けてくれ」


 要注意なのは教官とギルバートだ。名もなき兵士も頑張っているらしいけど……ヤバイ。もう顔を忘れた。どいつだったかな……? まあいいか。対峙すれば思い出すだろ。


「がんばるー!」


「わかりました……でも、本当にそれだけでいいんですか?」


 リーズが元気に返事をすると、ルナが怪訝そうな表情を浮かべた。


「ああ。相手の出方が分からないから、作戦の立てようが無いんだ。分かっているのは、リッキーとケイトを狙いに来るということだけ。だから、目の前の敵を倒すことだけに専念してくれ」


 まあ、狙いが分かっている分、やりやすいんだけどな。


「分かりました……」


「それと、スマホを通話状態にしておこう。何か気付いたことがあれば、すぐに知らせてくれ」


「はーい」


 スマホはヘッドセットがあるので、戦闘中でも邪魔にならない。通話状態にして戦えば、状況の変化に即座に対応できる。少しは有利になるだろう。ただでさえ激不利の状況なんだから、遠慮なく使わせてもらう。


 俺たちの準備は完了した。開始の前に、グラッド隊の人数と装備を確認しよう。教官を含めて31人。前回より少ないのかな?

 装備はかなり本格的だ。昼間の訓練は鎧を身につけないはずだったのに、今日はフル装備だ。それも訓練用のショボい鎧じゃない。有事の際に着るような、本格的な鎧を着ている。反乱軍を制圧した時と同じ装備みたいだが……。


 俺たちは反乱軍かよ! というツッコミはさておき、今日のグラッド隊は本気だ。

 グラッド教官とギルバート、そして名もなき兵士は軽装のままだが、これはおそらく『鎧を着ない方が身軽だ』という判断だと思う。本気で練気法を使えば、鎧なんか関係ないからな。要するに、全員が本気。


 持っている剣はマチマチで、大剣のやつも居れば片手剣のやつも居る。盾の装備も人によりけりだ。片手剣なのに盾を装備していないやつも居る。



 観察はこれで終わりだ。俺たちは、とにかく相手の人数を減らすことに注力しなければならない。

 少人数対大人数の勝負になった場合、少人数側が取るべき戦法は相手の人数を減らすことだけだ。『一番強いやつを狙え』という作戦は通用しない。戦争じゃないんだから、将を叩いても勝負は終わらないんだよ。


 治癒魔法使いのスタンバイが終わり、全ての準備が完了した。


「準備はいいか!」


「はい」


 教官の大声が響いたので、返事をした。こっちはいつでも大丈夫だ。


「よし! はじめ!」


 教官の掛け声で、訓練が始まった。まずは相手の出方を窺う。


 最前線にはグラッド教官とギルバート。これは前回と同じだ。前回と違うのは、そのすぐ後ろに名もなき兵士が控えていることだ。俺はこの3人を相手にすることになるだろう。


 その他の兵士は、後ろから二手に分かれた。ルナとリーズに向かっていくのだろう。ただ戦うだけなら問題無いが、今日は護衛対象がいる。あまり余裕がない。早く3人をどうにかして、2人の援護をしないと拙いな。



 先に潰しておきたいのは名もなき兵士だ。舐めているわけではない。むしろ逆だ。俺が教官とギルバートに集中している間に、こいつがスキを突いてくる作戦だと思う。今回の一番の要注意人物は、この名もなき兵士だろう。


 しんがりに居る名もなき兵士に接近するため、教官とギルバートの間を駆ける。すると、すかさず教官が俺の前に躍り出た。大剣を振って俺の脇腹を狙う。

 剣を警棒で受け止めると、すぐにギルバートが横から飛びかかってきた。片手剣が俺の頭を狙う。俺は後ろに飛び退いて、ギルバートの剣を躱した。


 不気味なのは名もなき兵士だ。まだ動かない。時期じゃないということか。


 教官とギルバートの剣を躱しながら、気配察知でルナとリーズの様子を確認する。

 グラッド隊は二手に分かれ、同時に攻め込んでいる。2人は敵に突破されないように、必死でガードする。今回は撃破よりも進軍を止めることが重要だ。そのため、2人の攻撃はいつもより浅い。強い一撃を当てる余裕が無いんだと思う。


 リーズが持つ武器は長い鉄の棒なので、少し離れた場所からでも遠慮なく攻撃できる。その壁を突破するのは容易ではないだろう。リーズは特に問題なさそうだ。

 しかし、ルナの武器はナイフだ。敵の懐に入らないと攻撃できない。リーチが短いので、離れたところから突撃されると突破されてしまう。今回は自分の背後に敵を通したら負けだ。ルナのスタイルには難しかったかな……。


『ルナ! 後ろのリッキーをリーズに預けろ』


『はい!』


 ルナの返事とともに、リーズが動く。立ち位置を変えて、リッキーを背負った。リッキーも空気を読んで、ケイトの近くに寄っていく。リーズは1人で2人を守るような格好になったが、今はその方が安心だ。


『ルナは敵の殲滅に専念! リーズはそのまま戦っていいぞ』


「おい、コー。何を1人で喋っているんだ?」


 ギルバートは、剣を振りながら不思議そうに言う。


「気にするな。そういう戦い方だ」


 スマホは軍事転用されると厄介なので、存在を隠している。目の前で使っているわけだが、まさか仲間内で会話をしているとは思わないだろう。


 ひとまずの対処はできたが、ギルバートと教官の存在が厄介すぎる。1対1では負けなくても、1対多数となると話が変わる。

 グラッド隊は2人から5人程度の小隊で活動しているので、少人数での連携に長けている。1人に斬りかかると、もう1人が攻撃してくる。俺からは下手に手を出せないのだ。現に今も、有効打を与えられないでいる。


 ただ、ちょっと不自然だな。


 さっきから付かず離れずで牽制しあっている。倒す気があるなら、教官たちはもっと強く踏み込んでくるはず。しかし、ずっと時間稼ぎをしているみたいだ。

 今日は隊全体がそんな感じ。俺たちを倒すというより、体力を消耗させようとしているように思う。それに、名もなき兵士も動かない。じわじわと距離を詰めるだけで、教官に加勢する様子が見られない。疲れたところを叩く気なのか?



 すると突然、状況が動いた。名もなき兵士が急に走り出す。向かう先は俺じゃない。俺の射程圏外から、一気にリーズの方に駆け抜けていった。グラッド隊の作戦が分かったぞ。


 グラッド隊の基本戦術、『最後方から突進してターゲットを撃破する』というイカれた戦術だ。


 やはり名もなき兵士がキーマンだった。あいつが単独で突進して、リッキーたちを叩く気だろう。そうはさせるか。


『奇襲だ! 動向に注意!』


『はい!』


 ルナが返事をした頃には、名もなき兵士はルナをすり抜けていた。かなり素早い。すると、リーズが動きに気付いて声を上げる。


『あー! こっちに来たー!』


『よし、そのまま叩け!』


『はーい』


 リーズの気の抜けた返事が聞こえ、俺の足元に名もなき兵士が転がってきた。まだ戦闘エリア内だから、立ち上がれば戦線復帰……白目を剥いているな。リタイアだ。


『よし! あとは一気に押し切るぞ!』


 不穏な空気を出していた名もなき兵士は倒れた。あれがグラッド隊の切り札だったはず。後は以前と同じように、兵を殲滅できれば俺たちの勝ちだ。


「くぅっ! 上手く油断させたはずだったのに!」


 ギルバートは叫びながら突進してきた。

 確かに油断した。名もなき兵士は、てっきり俺に向かってくるものだと思っていた。スマホが無かったら危なかったかな。スマホですぐに指示を出せたから、リーズは上手く止めることができたんだ。


 ギルバートの捨て身の一撃を躱し、カウンターで顔面に振り抜く。ギルバートは彼方に飛んでいった。リタイアだな。

 1対1に持ち込めば、教官が相手でも楽勝。すっと懐に入って胸に掌底を当てる。体勢を崩したところに、顎に向けて警棒を振り上げた。教官は、天高く舞ってズシャッと地面に落ちた。立ち上がるようなら起き攻めをするんだけど……。


 教官は立ち上がらなかった。そして治癒魔法使いが慌てて駆け寄ってくる。リタイアだな。


 あたりを見回すと、立っているのは俺とリーズとルナだけだった。リッキーとケイトは守りきれたのだが、2人とも腰を抜かして座り込んでいる。

 グラッド隊の作戦は、名もなき兵士を突破させるためだけに組み立てられたものだった。狙いは悪くない。だが、失敗した後の対処が拙い。冷静さを失って、あっという間に瓦解していった。


「俺たちの勝ちでいいですよね?」


 仰向けに倒れた教官に、声を掛けながら手を差し伸べた。すると、教官は俺の手を無視して立ち上がり、悔しそうに呟く。


「く……これでも勝てぬか……」


 教官はまだうまく立てないようで、その場に座り込んだ。


「いや、かなりキツかったですよ。正直、こんなに大変だとは思いませんでした」


 俺がそう言うと、治癒を終えたギルバートが近くに来た。


「勝っておいて、よく言うよ。大人数で囲んでもダメ、足手まといを狙ってもダメ……。どうやったら勝てるんだ?」


 ギルバートは呆れ半分、悔しさ半分といった様子だ。


「今回はマジでキツかったぞ。奇襲の兵があと2人いたら、俺たちに勝ち目はなかったと思う」


 名もなき兵士の足は、予想以上に速かった。あのレベルの兵士が数人で同時に向かってきたら、さすがに対処しきれない。危なかった。


「そうか……参考になった。次回はそうさせてもらおう」


 教官は、そう言ってニヤリと笑った。

 え? まだやるの? かなり疲れたんだけど……。まあでも、この訓練は物凄く為になった。護衛対象が居るというだけで、こんなにキツくなるとは思わなかったよ。護衛依頼を受ける時は注意しないとなあ。


 それに、クレアとリリィさんもこの訓練をやった方が良さそうだ。あの2人も、護衛依頼は受けたことが無いはずだ。ルールやマナーは昇格試験で出題されたが、実際に経験しないと分からないことは多い。


「今日はいい経験をさせてもらいました。ありがとうございます。他の仲間にも経験させたいですから、またお付き合いください」


「うむ。次こそは絶対に勝つから、暇ができたらまた来い。いつでも戦えるよう、準備をしておく」


「またやるんですか……?」


 リッキーは、戦々恐々としている。戦闘中の空気が怖かったのかな。まあ、100匹のゴブリンに囲まれるより、今日の訓練の方が怖いはずだ。


「戦いの空気がなんとなく分かっただろ? 2人にとってもいい経験だから、次回も付き合ってくれ」


「わかりました……。次は少しでも役に立てるよう、頑張って訓練を受けます」


 リッキーは強い眼差しを俺に向けて言うが、たった1カ月で戦力になるとは考えにくいんだよな。当てにしないで待っていよう。



 さて。気を取り直して王のもとに行こうかな。ここでこれだけ大騒ぎしたので、俺が来ていることは知られたはずだ。このまま帰ったら、今晩あたり転写機が鳴りっぱなしになるだろう。面倒だけど、行くしかない。

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