危ないことをしているつもりはない。結果的に危なくなっているだけ
露店までの三日間、俺たちは適当に狩りと訓練をして過ごすことにした。
丸腰でというわけには行かないので、武器屋に寄ってから行く。
正直、武器の良し悪しはわからない。材質とかが書いてあればわかるんだけどなあ。
店主に選んでもらうことになるので、信用できる店で買いたい。
適当に店を選んで中に入る。今日のお店の選考基準は、朝早くから開いていること。今は早朝なのだから仕方がない。
カウンターの中では、店主らしきおっさんが不機嫌な顔をして座っている。一瞬こちらを見たが、興味なさげに視線を離した。
「おい、店主。俺は武器に詳しくない。俺でも使いやすくて安い剣はあるか?」
「あん? てめえみたいなヤツが武器だあ?
ふん。それでいいだろ。使えるようになったらまた来な」
面倒臭そうに指を指すのは、1.5m以上もあるごつい大剣だった。刀身は長くて太い。10kg以上あるかもしれない。価格は金貨10枚。
いや、振れなくはないよ。普段から常にうっすらと身体強化を掛けているから、持ち歩きも苦にはならない。
「これか?」
「そうだ。持ち上がらねえのか?
だったらてめえに売るもんはねえよ」
使えないことはないが、俺に向いている剣ではない。なぜなら、俺は痩せ型で、身長も170cmほどしか無いからだ。
この世界の重量級の大剣は、練気法を使って力ずくでぶん回す。上背と体重がないと剣の重量に負けて逆に振り回されてしまうということを、王城での訓練で学んだ。
逆に使いこなしてやりたい気持ちはある。細身の男が自分の身長よりも長い大剣を振り回すとか、中二心を震わせる。
だが、俺が「あの大剣が欲しい」とか言ったら、まともな店員なら止める。
俺は筋肉質な方ではないし、ごつい鎧を着ているわけでもない。どう見てもあの大剣を使いこなせるようには見えないはずだ。
俺はルナの手を引いて無言で店を出た。
「どうしたんですか?」
「あの店はダメだな。客を見ていない。信用できないよ」
「少し高いですが、悪い品ではありませんでしたよ?」
「そうだね。品質は良かったかもしれない。
でも、俺の体型には合わないよ。まともな店員が勧める剣じゃない」
「そうなんですか……」
なんであんな店が潰れずに残っているんだろう……。上級冒険者に常連が居るとか?
この世界に来てから今まで良い店にしか出会わなかったが、全ての店が良い店とは限らないな。気を引き締めたほうがいい。
あらためて武器屋に入り直す。次の店はかなり狭い。八畳ほどの店内に、所狭しと武器が並べてある。
「いらっしゃい。こんな朝早くから、どこの坊っちゃんだ?
決闘でもあるのか?」
「いや。新人の冒険者だ。狩りに行きたいが、武器が無い。良し悪しはわからないから選んでほしい」
「ふむ。冒険者だったか。
予算は?」
「金貨5枚までなら出せる」
「戦闘経験はあるのか?」
「そこそこな。兵士に混じって訓練を受けた」
「そうか。じゃあこれだな」
店主は、小ぶりの両手剣を出してきた。訓練で使っていた剣によく似ているが、それよりも細くて小さい。
持ってみたが悪くないな。片手でも振れそうだ。
「なかなかいいな。これを貰うよ」
「ありがとよ。その価格の剣はどれも曲がりやすいから、乱暴に扱うなよ。壊したら持ってこい」
材料が悪いのか? 鋼は曲がるよりも折れるイメージなんだが……。
そういえば鋼の包丁も扱いが悪いと曲がるな。折れたら終わりだから逆に良いかもしれない。
「了解。彼女にも何か選んでくれないか。予算は同じ」
「あんたも訓練を受けていたのか?」
「いえ、私は魔法使いですので……」
「そうか。じゃあナイフだな」
そう言って渡してきたのは、刃渡り30cmほどのナイフ。ナイフにしては長いな。マチェットみたいな物だ。
ルナが握りを確認して、俺も借りてみたが、なかなかしっくり来る。これはよく切れそうだ。
キャンプの時すげえ便利なんだよな。俺も欲しい。
「合計で金貨10枚でいいか?」
「剣が金貨4枚と大銀貨5枚、ナイフが金貨3枚だ。
合計で金貨7枚と大銀貨5枚だ」
「意外と安いな。じゃあナイフを2本だ。俺の分も欲しい」
「いいのか? じゃあ全部合わせて金貨10枚にしておく」
「悪いな。助かる」
金貨10枚を出そうとして、ルナに腕を掴まれた。
「私の分は自分で払います」
「いや、いらないよ。この前の報酬はパーティのために使うと言っただろう」
「いえ、でも……」
「お嬢ちゃん、男が払いたいって言っているんだ。素直に従っておけばいい」
店主がルナに話しかけているスキに、金貨10枚を店主に支払った。
二人でナイフを腰にぶら下げ、店を出た。
剣は外でしか使わないと思うからバッグの中だ。
「良かったんですか? また支払ってもらいました……」
「ああ、いいんだ。武器はパーティの物だし、このナイフはテントで泊まる時に役に立つ」
「ありがとうございます」
初期投資はこんなもんかな。
ここの店主は信頼できそうだ。王都にいる時はこの店で買おう。
店の名前は……『大鷲屋武器店』
よし。覚えた。
今日は王都の外で狩りと訓練。良い獲物が居るといいんだが……。こればっかりは運だ。
ルナの身体強化は実戦レベルとは言えないものの、だいぶ慣れてきている。
走ることはできそうだ。
王都の東にあるらしい森まで走ろう。早朝訓練で使っていた森はもっと北にある。初めて行く場所だな。
「もう限界です……」
30分ほど突っ走った。森には無事到着したが、ルナの魔力が尽きた。
「ごめん、速すぎたかな?」
「少し休めば大丈夫です。お気になさらず」
「じゃあ俺は適当に魔法の訓練をしているから、少し離れていて。あまり遠くへは行かないでね」
あまり離れると寂しい……じゃなくて、魔物が出た時に対処できないからね。
「はい……。危ないこととか怖いことは控えてくださいね?」
危ないことも怖いこともした覚えは……あるな。アンチマテリアルとか、威圧とか。
自重しよう。
「わかった」
今日の訓練は雷と炎かな。広範囲の攻撃手段としてとても優れている。
現状のアンチマテリアルは散弾銃みたいに飛んでいくけど、本来は長距離単体攻撃だ。
まずは雷から。
実は以前から挑戦している。スタンガンをやりたくて試したのだが、自分が感電して気絶するかと思った。
怖くなったのでそれ以来封印した。
スタンガンの威力は確か電圧と電流量だ。電圧が高くても電流量が少なければ「痛い!」で済む。
まずは電圧を3万ボルトまで上げて実験だな。
『バチン!』
「痛い!」
ガッツリ感電してるわー。どうしよう。さっき買ったナイフに帯電させて、近くの木に当ててみる。
『バチン!』
「痛い!」
持ち手の通電良すぎじゃね? ……自分を絶縁体で覆えばいいじゃないか。
右腕をゴムで……ゴムの組成がわからん。無理だ。
そういえば完全なH2Oは絶縁体だな。水が電気を通すのは不純物のせいだ。
右手をH2Oで覆って……。
『バチン!』
「痛い!」
汗が混じったよー。水はだめだ。次は空気だな。窒素を発生させて……。
手のひらの前の空中に発生させれば良くない?
『バチン!』
「痛くない!」
成功した。あとは電流量を調整するだけだ。実験体が居ないので実戦で試しながら調整だな。
電流量は5mA以上になると人体に対して危険だ。
盗賊みたいなヤバイ敵には100万ボルト10mAくらいブチ込めばいいか。
……絶縁破壊起きないよな? 心配だから絶縁体の魔法を開発しておく。
魔法はイメージだ。物理法則を無視して現象だけを発生させる。
あれ? 最初から絶縁体の魔法を作るべきだった……。
ちなみに、スタンガンの魔法はかなりヤバイ。鉄の鎧を貫通して身体強化も効かない。
身体強化には多少の耐性はあるのだが、神経伝達を麻痺させるので強化が意味を成さなくなる。
遠隔地に雷を発生させる魔法はスタンガンの応用でなんとかなった。
『バァン!』
衝撃音が木霊する。有効射程は10m半径くらいかな。囲まれた時に不意打ちすれば効果的だ。
足元がピリッとするけど大丈夫。痛いほどではない。
次は炎の魔法。高温の火球を投げる魔法と、高温の火柱を発生させる魔法。ファイヤーボールとファイヤーストームだな。
魔法で出した炎は調整次第で10秒ほどで消えるが、引火した可燃物は燃え続ける。
自分の服に火がついて焦ったのは良い思い出。
自分に引火しない距離感を掴むのが今日の目的だ。目の前に火の玉があるだけでも火が付きそうなほど熱い。
空気の層で断熱できないかな……。真空にしたほうが早いな。
いや、ちょっと待て。断熱の魔法を作ったほうが早い。
目の前に断熱の壁を作って、その向こう側に火球。温度は、鉄が溶ける程度で良いだろう。
大丈夫。熱くない。手に断熱の層を作って火球の中に入れてみたが、熱くなかった。
炎の魔法もこれで使えるようになったな。
これで団体さんが来ても対処できるぞ。どんと来い!