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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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森のくまさん

 リッキーとケイトが王城に旅立ったことを見届け、今回の任務は終了となった。

 2人はかなり早い昇格だったが、薬草採取の技術にはなんの問題もない。クレアよりも早いくらいだ。知識はまだまだの様子だったが、追々身に付けていけばいい。

 しかし戦闘技術はかなり不安だったので、グラッド教官に丸投げした。あそこで1カ月も訓練すれば、Eランク相当になるだろう。2、3日経ったら訓練の様子を見に行こうと思う。


「じゃあ、このままエルミンスールに帰ろうか」


 宿の手配もしていないのに、もう日が暮れそうだ。今から手配をしても食事の準備が間に合わないかもしれない。宿も迷惑だろうから、転移魔法でさっさと帰る。


「そうですね。アーヴィンさんも退屈をしている頃でしょう」


 アーヴィンやその他居残り組には、今回の長期滞在を告げていない。スマホを持たせていないので、連絡の取りようがなかった。

 まあ、勝手に出掛けることは初めてではないので、特に問題はないだろう。



 転移先はエルミンスールの宮殿の中庭。直接中に飛ぶと驚かせるかもしれないので、いつも外に転移してから中に入るようにしている。

 外に居座っても仕方がない。すぐに宮殿の中に移動する。食堂にしている部屋に入ると、アーヴィンが机に突っ伏して退屈そうにしていた。


「ただいま」


 俺が声を掛けると、アーヴィンは驚いて飛び上がった。


「えっ? おかえり! 何してたの? 大丈夫だった?」


 アーヴィンは心配そうに言う。


「何がだ? 冒険者としての任務を受けていただけだぞ?」


「何も言わずに何日も帰ってこないから……」


「ああ、それは悪かったな……。依頼主が近くに居たから、帰ってこれなかったんだ。次回から気を付けるよ」


 アーヴィンにもスマホを渡しておくべきだったかな。今後もこういうことがありそうだから、後で渡しておこう。


 ちなみに、ルミアは我関せずといった様子で普段通り過ごしていたそうだ。なんでも、アレンシア付近に居ればなんとなく気配が分かるらしい。話だけを聞くと神っぽいけど、普段の行いがなあ……。ぐうたら引きこもり少女にしか見えない。



 落ち着いたところで食事にした。簡単な料理だったけど、時間が遅いから仕方がない。食べ終えたところで、いつもの雑談タイムだ。

 話題は明日の予定について。特に決めていないので、自由行動になりそうだ。


 そう思っていると、クレアから提案があった。


「ところで、明日なんだけど……」


「どうした?」


「薬草採取に付き合ってくれない?」


「いいけど、突然どうしたんだ?」


 昨日まで散々やったと思うんだけど、まだ足りないのかな。


「初心者の2人に負けたのが悔しくて……」


 なるほどね。先輩として、負けたままというのは許せないようだ。


「じゃあ、朝イチで出掛けようか。他に行きたい人居る?」


 そう問いかけると、ルナが真っ先に手を挙げた。


「私はお付き合いします」


「あたしも行くー!」


 続けてリーズ。暇なんだろう。リーズは外に出るのが好きらしく、外出の誘いはまず断らない。

 最後にリリィさんから返事があった。


「ああ、悪いけど私はやめておく。作りたい物があるんだ」


 リリィさんはパスだ。また新しい魔道具の案でも思い付いたのだろう。

 アーヴィンは無言で去っていった。参加の意思無しということでいいのかな。キャンプだったら強制参加だけど、今回はただの薬草採取だ。無理に参加させることもないかな。


「了解。じゃ、明日は久々に4人だな」


 軽く打ち合わせをして、今日は就寝した。



 次の日、夜明けとともに行動を開始する。今回の採取ポイントは、うちの庭とも言うべきエルミンスールのジャングルだ。未知の植物を探す練習をしたいということで、この森に決まった。クレアはあの2人のことを相当意識しているみたいだな……。


「知らない植物ばかりだから、何が薬草になるかさっぱり分からない。まずは食べられる物を探すつもりで動こう」


「そうね。私も知らない植物ばかりだから、それ以外ないと思うわ。後でカベルに聞きましょう」


 困った時はカベルの知識を使う。エルミンスールの宮殿で食っちゃ寝をしているので、見せればすぐに鑑定してくれる。普段は全く働かないのだから、それくらいの仕事はやってほしい。


 採取をしながら周囲を探索していると、リーズがそわそわしながら立ち止まった。


「待って! 何か居るっ!」


「魔物か?」


「そうだと思う。でも……」


 リーズは不思議そうに呟く。

 この森は結界に守られているので、魔物は居ないはずだ。居たとしても、大きめのネズミが居るくらい。


「ネズミか?」


 ネズミはアレンシア周辺で出没するウサギと同レベルの魔物なので、大した脅威にはならない。普段なら無視だ。


「違う……。もっと大きいんだけど、様子がヘンみたい……」


 リーズは要領を得ない返事をする。大型の魔物だったら放置できない。とりあえず見に行ったほうがいいな。


「案内してくれ。確認しよう」


「わかった。あっちだよー」


 リーズの先導で、魔物の反応があった場所へと急いだ。少し移動したところで、俺の気配察知でも確認できた。

 すると、様子がおかしいという理由が分かる。魔物の反応は、基本的にどれも『敵意あり』になる。しかし、この先に居る魔物は『友好』である。魔物とは思えない反応だが、状況から判断して魔物であることは間違いない。



 魔物が目視できる位置に来たところで、魔物側も俺たちの存在に気が付いた。大きな熊の魔物だ。物凄い勢いで突進してくる。


「危ないっ!」


 クレアが叫んだ。だが、冷静に見ると全く危なくないことが分かる。


「いや、大丈夫だ。武器を仕舞ってくれ」


 熊は俺に体当たりをしてきたので、その体を受け止める。攻撃ではない。ただじゃれてきているだけだ。


「あの……この熊……」


 ルナは不安そうな声を漏らしたが、思い出したようだ。


「気付いたか? この前のキャンプで出会った熊だよ」


「そうですね……。首輪もあります」


 放置したまま外出していたため、様子を見に来ることを忘れていた。以前解毒治療を施した熊だ。なぜか懐かれたのだが、毒のせいで混乱しているのかもしれないと思って森に帰した。


「どうやら本当に懐いたみたいだな」


「本当ね……。とても珍しいことよ? 一部の例外を除いて、魔物は記憶力が無いっていうのが定説なの」


 ゴブリンやサイクロプスを見る限り、懐くことはあり得ない。極端に頭が悪いので、人間の顔を上手く識別することができないと思う。おそらく、生まれたての状態から餌付けをしたとしても懐かない。

 一部の例外というのは、エルフが飼っている残念ドラゴンのような魔物だ。あのドラゴン以外では初めて見た。


 俺以外のみんなに危害を加える様子もないし、懐かれたのなら飼ってもいいかな。泥棒が入る心配はないが、それなりに強力な番犬になるだろう。


「こいつはその例外みたいだな。宮殿に連れていこうか」


「さんせーい! あたし乗りたーい!」


 リーズが元気に言うと、熊は足を畳んで背中を下げた。『乗れ』と言っているみたいだ。人の言葉を理解しているように思える……。


「いいみたいだぞ。乗ってみろ」


 俺がそう声を掛けると、リーズは勢いよく熊に飛び乗った。すると熊は、得意げな顔で歩き出す。


「……すごい光景ね。これなら大丈夫そう。詳しく観察したいから、連れて帰りましょう」


 クレアはまだ少し不安げだが、好奇心が勝ったらしい。まあ、万が一暴れたとしても取り押さえるのは簡単だ。特に問題ないだろう。


「あの……連れていくなら名前を決めませんか?」


 ルナが熊の足を撫でながら言う。何故か俺よりも乗り気になっているような気がするぞ。


「そうだな。何がいいだろう」


 俺はネーミングセンスに自信がないんだよなあ。どうしよう。昔飼っていたペットの名前でも付けようか……。


 腕を組んで考え込んでいると、クレアが得意げな様子で言う。


「悩んでいるみたいね。いいわ。私が付けてあげる。『ステラスプレンデンスアリクオイトミリアスペスグロリアェ』なんでどう?」


「なんて……?」


 思わず聞き返した。


「だから……『ステラスプレンデンスアリクオイトミリアスペスグロリアェ』よ」


 分からない! 覚えられない! 意味が分からない!


「却下……」


「なんでよ! いい名前でしょ?」


 クレアは不満げに頬を膨らませた。

 でも、どこがどういいのか、さっぱり理解できない……。


「長いんだよ。絶対に覚えられない。なんの呪文だ?」


「なんだか光の魔法みたいです……」


 ルナにも魔法の詠唱に聞こえたらしい。だが、俺にも発音が聞き取れたということは、魔法の詠唱ではない。


「そもそも意味が分からないんだよ。せめてわかる言葉にしてくれ」


「そう? 結構有名な古代語なんだけど……。『光り輝く栄光の星と幾千の希望』っていう意味よ」


「十分長い! そしてやっぱり意味が分からない!」


 それっぽい単語を並べただけじゃないのか? 大層なことを言っていそうで、全く意味が理解できない。何かの詩? だとしても若干ダサくね?


「じゃあどうするの?」


「いいよ。俺が付ける。『ダイキチ』でいいんじゃないか?」


 昔飼っていたペットの名前だ。他にも『クマ』という名前の猫も飼っていたのだが、熊に『クマ』という名前を付けるわけにもいくまい。


「それでいいみたいだよー!」


 リーズの声が上から聞こえた。リーズの下にいる熊を見ると、首を縦に振っている。賛成らしい。


「そう……。本人? がいいって言うんだから、仕方がないわね……」


 クレアは残念そうに言うが、ステラなんとかっていうクソ長い名前よりは、よっぽどいいんじゃないかな。



 熊を宮殿に移動させるため、薬草採取を中断して帰ることにした。宮殿の中庭に転移する。

 当たり前だが、大きな熊を連れて転移をするのは慣れていない。目測を誤り、ダイキチが尻餅をついた。『ズゥン!』という音が周囲に響く。


 すると、宮殿の中からアーヴィンが大慌てで出てきた。


「どうしたの!?」


「ああ、悪い。驚かせたな。転移を失敗しただけだ。大丈夫だぞ」


 俺が答える間に、ダイキチは体勢を整えて座り込んだ。その姿を見たアーヴィンは、顔を強張らせて叫ぶ。


「ディザスターグリズリー!」


「ん? どうした?」


「なんで生きたまま連れてきたの! 早く倒して!」


 前回連れ帰った時は夜遅くだったうえにすぐ森に帰したので、アーヴィンとは初対面だ。ずいぶんと驚いているようだが……。


「いや、ペットのつもりで連れてきたんだけど……」


「……ペット? 何を言ってるの?」


「森で懐かれたの。珍しいことだったから、ここで様子を見ることにしたのよ」


 アーヴィンが怪訝な表情を浮かべて聞くと、即座にクレアが答えた。すると、アーヴィンはさらに混乱した様子で言う。


「懐か……? え? 意味が分からないっ! 本当に危ないんだよ? 街が滅ぶよ?」


「そんな大げさなものじゃない。ちゃんと躾をすれば大丈夫だ」


「今もコーくんの腕を噛んでるじゃん……?」


 気付いたら、ダイキチは俺の右腕をガジガジしている。服がよだれまみれだが、後で洗えば問題ない。


「心配ない。ただの甘噛だよ」


「普通の人なら腕が無くなる……」


 確かに、身体強化を使っていなかったら甘噛でも危険かもしれない。と言っても、ここには危険に晒されるような人は居ないだろう。アーヴィンも身体強化が使えるし、ルミアはあんなんでも一応神だ。

 あ……エルフの連中は危ないかな。エルフには近付かないように言っておこう。


「身体強化を使っていれば問題ないよ。俺たちが居ない時はアーヴィンが世話をしてくれ」


「え……?」


「たぶん大丈夫だと思います。すみませんが、よろしくお願いします」


()()()とか()()とかじゃ安心できない!」


「人の言葉を理解しているみたいだから、言えば分かると思うよ。問題ないはずだ」


「だからっ! ()()()とか()()っていうのをやめてよ! 全然安心できない!」


 アーヴィンが涙目で叫ぶと、ダイキチはアーヴィンの頭にそっと手を置いた。『心配ない』とでも言っているようだ。


「な? 大丈夫だろ?」


「そう……みたいだね……」


「そういうことだから。頼んだよ」


 一件落着。エルミンスールの愉快な仲間が増えた。あとは餌だが……何を与えればいいんだろう。熊はどんぐりとか鮭とか蜂蜜を食べるイメージだけど、この森にはそんな物は無いしなあ。

 まあ、雑食だろうから俺たちと同じでいいか。



 その後はリリィさんも飛び出してきて、ダイキチとじゃれ合っていた。掃除の手伝いに来ていたエルフたちは、顔を引き攣らせていたが……。


 夕方、長老がエルフを代表して聞きに来た。


「アレは大丈夫なのか?」


「何がです?」


「森に居たグリズリーじゃろ? 儂らは近付かないように注意しておった。まさかここに連れてくるとは……」


「俺のペットだよ。エルフには近付くなと言ってある。刺激しなければ大丈夫だ」


「そうか……。村のみんなには周知しておく」


 長老は深刻な顔で頷き、エルフの居住区に帰っていった。

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