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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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冒険者、営業中7

 山菜を採取して上機嫌になった俺たちは、さらに森の奥に進んだ。今日中に森の手前の野営地に戻るつもりだったが、他にも山菜がある可能性が見えたので、敢えて奥に進むことを決断したのだ。

 少し足を延ばし、いつか残念ドラゴンと出会った沼に向かう。もう引き返せない距離を進んだので、今日はそこで一泊しようと思う。



 沼に近付き、ぬかるみが増えたことろで、突然クレアが大きな声を出して立ち止まった。


「待って! これ!」


「どうした?」


「カントウが出てる! もう出ているんだ……」


 クレアが地面を見つめて興奮気味に呟いたので、俺も地面を覗き込む。


「何が出てるって?」


 茶色い地面から、緑色の玉が頭を出している。フキノトウだ。それもかなり早い時期の。地面から完全に出てしまう前のフキノトウは、ただの蕾のような見た目だ。

 今の時期はまだ寒く、日本で言うところの2月上旬くらいの気温だ。フキノトウが本格的に出てくるのは、本来ならまだまだ先だろう。


「これ、今の時期なら高値で売れるわよ。近くにもまだあるだろうから、もう少し探した方がいいわね」


 時期外れの発見なので、かなりの高値が付くらしい。貴重な山菜だったんだけど、食べることはできないようだ。まあ、言うほど美味しくないからいいんだけどね。


 クレアがやる気を出し、満面の笑みを浮かべて地面を這い回る。その姿を見たリッキーが、遅れてフキノトウを確認した。そして、不思議そうな顔で口を開く。


「え……? 食べないんですか?」


 リッキーは心底残念そうに呟いた。どうやら好物だったようだ。好きな人は好きなんだよな、ユリ根みたいに。


「売って違うものを買った方がいいだろ。これより美味いものはいくらでも売っているんだから」


「美味しいのに……」


 フキノトウを紹介している図鑑はどれを見ても『美味』と書かれているが、実際はかなり好き嫌いが分かれる味をしている。苦味が強く、独特な香りがある。好きな人はそれがクセになるらしいが、俺の口には合わなかった。

 他に食べ物が無ければ食べるけど、好き好んでは食べないかな。だから売り飛ばすことには賛成だ。


「食べたければ自分で採れ。余った分は売ればいいから」


「はいっ!」


 リッキーは元気に返事をすると、四つん這いになってネズミのように駆け回った。その様子を、ケイトが冷ややかな目で眺めている。


「ケイトはいいのか?」


「……はい。兄さんには悪いですけど、好きじゃないです。不味いですよ、アレ……」


 ケイトはうんざりとしたような顔で言う。おそらく、今日の食卓に並ぶことを考えて、今から憂鬱になっているのだろう。


「嫌なら食べなければいいよ。俺も好き好んで食べるものじゃないからな」


「そうしたいですけど、他に食べるものが無かったら、食べるしかありませんから……。アレを探す暇があるなら、他の食べ物を探したいです」


 ああ、もっともな意見だな。だが、しばらくはこの場を離れることができないだろう。フキノトウは地下茎なので、近い所に群生している。他の食べ物を探すなら、まずはフキノトウ採取を手伝うしかない。


 いや……日本では、フキの近くに食べられる野草が生えていることがよくあったな……。探してみよう。



 辺りを見回すと、それはすぐに見つかった。地面に張り付くように、ギザギザの葉っぱが伸びている。まだ葉っぱだけだが、タンポポだ。花が咲くのはもう少し後になりそうだな。

 食べられるはずなんだけど、一応クレアに確認しておらう。


「クレア、これも薬草なんじゃないのか?」


「え? ホコウエイね。買い取りは安いけど、薬草よ」


 クレアはチラッと見て即答した。すでに見つけたうえで、敢えて無視していたらしい。


「了解。じゃあ、俺たちはこっちを採るよ」


「え……カントウの方が高く売れるのに……」


 クレアはフキノトウ採取を手伝ってほしい様子。でも、俺はあまり関心がない。

 タンポポだって苦いが、フキノトウほどではない。それに、根っこでお茶を作れば、コーヒーみたいな味がして美味しい。どうせ採るならこっちだ。


「あの……ありがとうございます」


 一連のやり取りを見ていたケイトが、小声でお礼を言った。


「気にするな。単純に味だけで言ったら、こっちの方が美味いから」


 正直、俺も今日の食卓にフキノトウが並んでいたら嫌だ。当然食べるけど、決して好きな味ではない。タンポポを大量に採っておけば、売値の関係で食卓に並ぶのはタンポポになる。ケイトと協力して、タンポポを採り続けた。


 改めて全員の様子を窺う。クレアとリッキーは相変わらずだ。他のメンバーも、思い思いに行動している。

 ルナは毎度のごとく熱心にスケッチとメモをしている。図鑑でも作る気だろうか。リーズは両手両足が泥まみれ。それはいい。なぜか背中からお腹まで、全身が泥まみれだ。泥遊びでもしているのかな……?

 リリィさんは普通に真面目にフキノトウを採取している。ただ、ブツブツと何か独り言を呟いているみたいだ。


「棒の先に刃物をつけて……風の魔道具で上に運んで籠に入れれば……」


 どうやらフキノトウ採取専用の魔道具を考えているようだ。そんな局地的すぎる魔道具、誰が欲しがるんだよ……。



 採集を続けるうちに、あたりは少し陰ってきた。もうすぐ日が暮れる。採取は中断して、ベース予定地に急がなければ。


「おーい! そろそろ切り上げるぞ!」


「えっ? あ、ごめん! 熱中しすぎちゃった。日が暮れちゃうわね。出発しよっか」


「どれくらい採れた?」


「そうね……30個くらいかしら。いい値段で売れるわよ」


「僕は50個くらいです! お腹いっぱい食べられますね!」


「えっ!」


 クレアは驚き、リッキーを見ると同時に声を上げた。

 ずいぶん採ったな……。クレアよりも多いって、なかなかやるじゃないか。でも、全部食べるなんてとんでもない。


「いや、そんなに食べないぞ。他にも食べられる物を採ったから、半分は売れ」


「え……?」


「せっかく高値で売れるチャンスなんだ。売らないと損だろ」


 俺がそう言うと、クレアは顔を引き攣らせて同意する。


「……そうよ。これだけで半月は暮らせる額になるわよ……」


 クレアの元気が無い。いつもなら、採取直後はもっとテンションが高いはずだが……。


「どうした? なにか問題でもあったか?」


「……数で負けるなんて思わなかった……。アンタに負けるなら納得できるけど、新人に負けるなんて……」


 薬草採取の先輩として、リッキーに負けたことが悔しかったらしい。でも、それは仕方がないんじゃないかな。


「あいつらは生きるためだからなあ。必死さが違うよ」


 クレアは食うに困ったことなんか無いんだろう。クレアは慎重だから食料を余分に持ち歩いているし、親のマリーさんは結構金持ちだ。必死で食料を探した経験が無いんじゃないかと思う。

 それにひきかえ、あの2人は採取しないと餓死する。採らないと生きられないんだから、上達するのは当然だ。


「でも、自信が無くなっちゃうわ……」


「ははは。帰ったら特訓だな」


 軽装ガチキャンプ、定期的に開催した方がいいかな。そうすれば、クレアはまだ上達するだろう。



 落ち込むクレアを宥めつつ目的地の沼に向けて出発したのだが、少し歩いたところで先頭のリーズが突然止まった。


「待って! 沼に何か居るっ!」


 魔物の気配を捕捉したらしい。


「敵は?」


「ゴブリン2匹。近くには他に居ないみたい」


「そっか、了解」


 ゴブリンなら心配ない。このまま進んで接近する。


 沼が目視できる位置に到着すると、丸腰のゴブリンが2匹、沼の近くで水を飲んでいる。リーズの索敵範囲内に仲間が居ないということは、単独行動をしているんだろう。


「あれだな。リッキー、適当に殴り飛ばしてこい」


「簡単に言わないでくださいよ! 1人じゃ無理ですって!」


 ゴブリンは雑魚だと言っても、小さな熊くらいの力を持っている。丸腰の一般人が簡単に勝てる相手ではない。殴られたら痛いし、怪我をする恐れもある。

 しかし、ここに居るのは最も頭が良くないタイプのゴブリンだ。戦闘力で劣っていたとしても、頭を使えば勝てる。


「仕方がないな……じゃあケイトも援護だ」


「え……?」


「来るよっ!」


 ケイトの戸惑い混じりの返事とともに、リーズが声を上げる。するとゴブリンは、リッキーとケイトを視界に捉えて襲いかかってきた。


 ゴブリンには、弱い者を優先して狙う習性がある。ただし、基本的に頭が悪いので、相手の強さは見た目だけで判断する。そのため女性と子どもが狙われやすい。

 俺たちの中で一番狙われやすいのは、女で子どもなケイトだ。次に狙われやすいのは、幼い顔をしているリッキー。向こうが勝手に向かってきてくれるので、訓練の相手としては最適だ。


 迫りくるゴブリンに対し、リッキーが一歩前に出た。リッキーが前衛で、ケイトが後衛になるスタイルらしい。


 リッキーが剣を振り下ろすと、ゴブリンは左腕を突き出してガードする。肉に食い込み、骨で止まった。戸惑うリッキーの顔面に、ゴブリンの拳がめり込んだ。リッキーは剣を手放して後ろに転がる。

 基礎体力が足りていないな……。もう少し筋トレと走り込みをした方がいい。


 ゴブリンは腕に刺さった剣を振り払うと、リッキーに向かって突進した。その剣は振り払わずに持てばいいのに……。そこまで頭が回らないのがゴブリンだ。要するに、頭が悪い。

 リッキーはと言うと、腹を見せて倒れたまま動かない。気絶しているわけでも、戦意を喪失したわけでもない。迫りくるゴブリンを、じっと睨みつけている。


 ついにゴブリンの拳がリッキーに届く距離に来た。リッキーは、待ってましたと言わんばかりの勢いで、懐から小さなナイフを出す。そして、そのままゴブリンの喉元へ。

 そのナイフはお世辞にも上等とは言えない、いい加減な作りの解体用ナイフだ。それでもゴブリンを仕留めるには十分だったようで、ゴブリンは少し転がって動かなくなった。リッキーも動けない様子だが、まあ勝ちは勝ちだな。



 次はケイトを確認する。ケイトも片手剣を持っているのだが、未熟どころではない。振れば空振り、受ければ飛ばされ……。ただ持っているだけで、全く使いこなせていないらしい。


 まずは剣に慣れることからやらないとダメだな……。


 ケイトは剣を上から振り下ろしたが、ゴブリンはそれを避ける。ケイトは体勢を崩し、ゴブリンはそのスキを突いて殴った。ケイトの体はゴムボールのように跳ね、木にぶつかって止まった。


「拙いですっ!」


 ルナが慌てて駆け寄り、回復魔法を使った。ルナとケイトは薄っすらとした光に包まれ、ケイトが立ち上がる。

 一言二言会話を交わしたと思ったら、ルナはこちらに戻ってきた。


「大丈夫だった?」


「はい。ただのお節介だったみたいですね。ケイトさんは元気ですよ」


 ルナは気まずそうな笑みを浮かべて答えた。殴り飛ばされたのも計算のうちだったのだろうか。あの兄妹、意外と打たれ強いみたいだ。


 再びゴブリンに目を向けると、ゴブリンの標的は倒れたままのリッキーに変わっていた。ケイトの動きには目もくれず、リッキーの方に突進している。やはり頭が悪い。倒れていることをチャンスだと判断したようだ。さっきの様子を見てなかったのかな……。


 ゴブリンは、ケイトに背を向けて走る。ケイトもそれを追うが、ケイトの足ではゴブリンに追いつけない。もう少しでリッキーに到達する……その瞬間、リッキーは突然起き上がって横に転がった。

 それと同時に、ケイトの魔法詠唱が始まる。


「■■■■■■■■■■、ファイヤーボール」


 バスケットボールくらいの火の玉が、ゴブリンの頭部を覆った。ゴブリンは首を押さえてのたうち回り、やがて動きを止めた。肺を焼かれたのだろう。威力が弱い炎の魔法の使い方としては、これが最も効果的。なかなかやるじゃないか。


「ふぅ……」


「終わりましたぁ!」


 ケイトが安堵の溜め息をつき、リッキーが元気に叫ぶ。

 2人は嬉しそうに笑顔を浮かべているが、良いことじゃないなあ……。


「油断するな! 周囲の安全を確認しろ!」


 俺の言葉に、2人は姿勢を正して周囲を窺う素振りを見せた。2人は気配察知ができるわけではないが、気を引き締めるということに意味がある。


「何も……居ないみたいです」


「そうだな。それは俺たちも確認しているよ。でも、2人だけだったらどうだ? 終わったと思って油断している時は、狙われやすいんだ。安全を確認するまでは絶対に気を抜くな」


「分かりました……」


「あとな。ゴブリンは集団で行動するから、少数だと思っても、奥から大量に出てくることがあるぞ」


「えっ!?」


 2人はハッとして周囲を見回した。


「大丈夫だ、今日は居ない。でも森の中でゴブリンを相手にする時は、200匹居ると思って対処しろ」


「あんなのが……200?」


 リッキーはそう呟いて青ざめた。


「まあ、大半は兵士が狩っているけどな。そういうこともあるってことだ。気を付けろ」


 そう言いながら2人に回復魔法を掛けると、2人は警戒を解いた。


 2人にはまだ厳しかったかもしれないが、大した怪我もなく戦闘を終えることができた。少しは先輩っぽいことが言えたかな?

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