冒険者、営業中6
昨日は移動と拠点設営だけの1日だった。2人は不慣れなうえに身体強化が使えないので、時間が掛かるのは仕方がない。
そのため、今日は早起きして活動時間を長めに取ることにした。予定しているのは狩りだ。ゴブリン狩りで小遣いを稼ぐ。移動中に薬草が見つかればラッキーだな。
夜明けとともに活動を開始する。リッキーとケイトは自前のボロボロのテントから寒そうに這い出て、撤収の準備を始めた。
今日もここに泊まる予定なのだが、野営道具は一度撤収する。ここは日本ではないので、泥棒に遭う恐れもあるし魔物に荒らされる心配もある。テントをこのままにして長時間外出するのは、どうも落ち着かない。そのため、面倒でも全部片付ける。
「あの、コーさんたちは寒くないんですか?」
リッキーはそう言いながら両手で二の腕を掴み、凍えるように身を縮めている。
「うん……? あ、そうか。お前らは普通の服だもんな。俺たちが着ている服は寒くないんだ。悪いな、それは気が付かなかった。後で毛皮を貸してやるよ」
俺たちは防寒対策は万全なので、全く気が付かなかった。服は仕方がないとして、テント内の防寒対策は協力してやるべきだったな。と言っても、毛皮を貸すくらいのことしかできないが。
王城で貰った謎の毛皮は、テントの中敷きにするために数枚を持ち歩いている。使っていないものもあるので、1枚くらい貸してやっても問題ない。
「そんなつもりじゃなかったんです……。毛皮なんて高価な物、汚したら責任が取れません。お気持ちだけで結構です」
そんなに高いの? 結構な枚数を貰っちゃったんだけど……まあいいか。どうせ貰ったものだし、1枚はこいつらにくれてやる。使わずに腐らせるくらいなら、使い倒してボロボロになった方がいいだろう。
「そっか。それなら仕方がないな。1枚やるから好きに使え。俺も貰ったものだから、遠慮しなくていいぞ」
「ダメです! いただけません!」
「いいから気にするなって。お礼ならアレンシアの王に言うといい」
「それって、どういう……?」
リッキーは何かを言いたげに首を傾げたが、ここで話し込んだら出発が遅れるだけだ。放置して撤収の作業に戻った。
ダイニングテーブルとオイルストーブを残して撤収を済ませると、ルナたちがパンとスープの簡単な朝食を準備した。リッキーとケイトの2人にも食べるように指示を出す。
すると、2人は恐る恐る席に着いて口を開いた。
「昨日に引き続き、僕たちもいただいていいんですか?」
「まあ、気にするな。横で腹を空かせている姿を見る方が落ち着かないよ」
「ありがとうございます……。ごちそうになります」
リッキーとケイトは恐縮そうにお礼を言うと、パンを頬張った。
いつもの俺たちからするとかなり簡素な朝食だが、この2人にとってはそうではなかったようだ。
「朝からこんな柔らかいパンを食べられるなんて、感激です……」
「普段、何を食べているんだよ……」
思わずそう呟いたが、俺にも覚えがある。おそらく冒険者の定番、カッチカチの堅パンだろう。水にふやかさないと歯がおかしくなりそうなほど堅いパン。そのまま食べれば顎が鍛えられる、保存食の一種だ。
不味くはないよ。水にふやかした後はまるでゲロだけど、パン粥みたいな味がする。ただし、常食したいと思えるほどは美味くない。もう買っていないので、最近は存在を忘れるくらい食べていない。
食事を終えたところで、今日の予定について相談しておかなければならない。食後のお茶をすすりながら話を始めた。
「今日は狩りをしながら、薬草を探すつもりだ。まずはリーズ。敵の方角を確認しながら歩いてくれ。クレアは薬草が生えていそうな場所を見つけたら、遠慮なく立ち止まってくれ」
「はーい」
リーズが元気に手を挙げると、クレアが不満げに腕を組んで口を開いた。
「分かったわ。でも、この時期は何も無いと思うわよ?」
「俺も何かが見つかるとは思っていないよ。運が良ければ見つかるかも? って思っているだけだからさ」
今の季節は冬だ。たぶん何もない。しかし、探す気がないと見つかるものも見つからない。探そうとする意思だけは必要だ。
「了解。引き止めてごめんね。さっそく行きましょうか」
「そうだな。リッキー、ケイト! 忘れ物は無いか? 無ければすぐに出発するぞ」
「はい。大丈夫です」
リッキーは、やる気に満ち溢れた表情でハキハキと答えた。この調子なら心配ないな。行動を開始する。
リーズを先頭に、森の中に向かって歩き始めた。俺は最後尾から全体の様子を確認する。いつものスタイルだ。
行軍中、2人をサポートするのはクレアとルナとリリィさんの役目。雑談をしながら2人の横に並んで歩いている。
チラッと聞こえた会話から、それぞれが自分の得意分野について教えていることが分かった。クレアは薬草採取と冒険者の立ち回りについて、ルナとリリィさんは魔法のことを教えている。俺の出番は無さそうだな……。
しばらく何もない道なき道を歩いていると、ふとケイトが立ち止まった。何か気になるものを見つけたようだ。何もないことに油断しているのか、ルナたちはそのことに気付いていない。
最後尾から注意深く観察する。すると、ケイトは突然しゃがみ、地面に生えていた小さな葉っぱを毟った。そしてそのまま口の中に放り込む。
「これ、食べられますね」
「いやいやいや、ちょっと待て! 確認する前に食べるんじゃない!」
慌てて駆け寄り、注意する。しかし、ケイトは意に介さない様子だ。
「……え? 口に入れたら分かりますよ?」
「そうじゃなくて、口に入れただけでも危ない植物があるだろうが」
「そんなの見た目で分かるじゃないですか。見て分からないものも、口に入れた瞬間に分かります。すぐに吐き出せば大丈夫ですよ?」
ケイトがそう言うと、横に居たリーズが身を乗り出してきた。
「ほんと?」
リーズはケイトの真似をして草を千切り、口の中に入れる。流れるような一連の動作に、その行動を止める余裕すら無かった。
「おいっ! 真似するな!」
「うぐっ……まっずぅぅぅ!」
リーズはそう叫びながら緑色の物体を吐き出した。突然のことで見えなかったが、一掴みくらいの草を一度に口に入れたらしい。
「ほら、真似するもんじゃないって。水で口の中を濯ぐんだ」
リーズは口の中を何度も濯いでいる。幸い毒のある植物ではなかったが、こんなことは絶対にやってはいけない。リーズも、これに懲りたら二度とやらないだろう。
「すみません。これは火を通さないと美味しくない草なんです」
「そういう問題じゃない。うちのアホの子が真似しちゃったじゃないか。危ないから、いきなり口に入れるのはやめろ」
「え……? ごめんなさい……。私たち、そんなに危ないことだなんて思ってなくて……」
これだから初心者は……いや、むしろプロなのか? 俺は見た目で判断できるほど植物に精通していないぞ。とは言え、自生している知らない植物を、いきなり口に入れるのは危険すぎる。
「正しい判別法を教えるから、次からはそれで判断してくれ。今はたまたま上手くいっているようだが、味が無い毒もあるんだ」
例えばベラドンナ。ブルーベリーのような果実は甘くて美味しいという。でも猛毒だ。日本の野山で見かける植物ではないが、自生している国では中毒による死者が出ているらしい。
地球での原産地は西ヨーロッパだったかな。なんとなくだけど、アレンシアの気候と似ている気がする。そのため、似たような植物が生えていてもおかしくない。
「正しい? うちの村では、みんなこんな感じですよ?」
ケイトは不思議そうに言う。マジかよ、どんな村だよ……。年中食中毒を起こしているんじゃないか? 野営中に食中毒を起こしたら、軽い症状でも危険だ。
突拍子もない行動を起こすのは、兄のリッキーの方だと思っていた。でもそれは俺の勘違いだったようだ。ケイトの方が危ない。目立たないから余計に危ない。
ケイトは存在感が薄くて目を離しやすいのに、目を離したら何をするか分からないじゃないか。街に帰るまでは要注意だな……。
「少し食べただけで中毒を起こす植物もあるんだ。パッチテストっていう方法があるんだ。俺が手本を見せるから、真似してみろ」
そう言って、リーズの嘔吐物が掛かっていない草を千切った。
パッチテストとは、植物の毒の有無を調べる手段の1つ。二の腕などの肌の弱い部分に植物を擦り付け、経過を観察するやり方だ。
肌につけて15分以上様子を見たら、少し舐めて刺激や苦味の有無を調べる。問題なければ少量を噛んで様子を見る。最後に少量を飲み込み、半日以上体に異変がなければとりあえず安心できる。
2人に流れを説明してパッチテストを始めた。その間は暇なので、少し雑談する。
「参考までに聞きたいんだけど、見た目はどうやって判別しているんだ?」
「そうですね……。ツヤツヤの葉っぱは避けるとか、傘状の花には手を出さないとかですね。あと、木の実は知っているものしか食べないです」
適当に判別しているように見えて、意外とちゃんと考えているじゃないか。
ツヤがある植物は、見た目がきれいなだけで毒があることが多い。傘状の花をつける植物の中には、ドクゼリやドクニンジンのような強烈な毒草がある。食べられるセリなどとの見分けが難しいので、分からないなら手を出さない方が無難だ。
木の実に関しては、さすがに見た目だけで判断することはできないらしい。だいたい、柿と渋柿のようなパターンだって考えられるんだ。それが見ただけで判断できるとは思えない。
「ありがとう。参考になったよ。でも、今後はパッチテストと合わせて判断しろよ」
「わかりました……」
2人は神妙な顔つきで頷いた。納得してもらえたらしい。これで一安心だろう。
ただ、実は俺、この植物を知っているんだよなあ。
直径4cmくらいの丸い葉っぱ、濃い緑だが葉脈に沿って白くなっている。おそらくユキノシタだ。寒さに強く、雪解けの時期に食べられる貴重な野草。俺もこの世界で見るのは初めてだが、同じ特徴で同じ形だから同じものだと判断した。
本当ならパッチテストはかなり時間が掛かるんだけど、知っている植物でやるのは時間の無駄だよな。一度クレアに確認して、テストを中断しよう。
「クレア、そろそろいいぞ。解説してくれないか?」
「もういいの? 最後までやってもいいのよ?」
「流れは説明したから、もう十分だよ。せっかく見つけたんだから、さっさと摘み取って移動しよう」
俺がそう言うと、リッキーが驚いた表情を見せた。
「え? 知っているんですか?」
知らない前提でパッチテストをしていたのだから、その反応は仕方ないだろう。
クレアなら間違いなく知っているはずなので、答え合わせも兼ねて解説をお願いした。
「もちろんよ。これはコジソウね。珍しくもなんともないわ。せっかく見つけたんだけど、無視でいいわよ?」
やっぱり呼び名が違う。ユキノシタはコジソウと呼ばれているのか。うーん、ややこしい。
それはいいとして、ユキノシタはわざわざ採取するようなものでもないようだ。
「薬草じゃないのか?」
「そうなんだけど、買い取りが安すぎるの。誰にでも採れるからね。アタシたちは森の奥に行けるんだから、初心者のために残すべきよ」
「え? 貴重な食料……」
ケイトの悲痛な呟きが聞こえてくる。薬草かどうかよりも、食べられるかどうかの方が重要らしい。
「今日は初心者のリッキーが居るじゃないか。勉強のために採っておこう」
「そう? 本来ならランクなしの子が採るような薬草なんだけど……」
クレアは仕事の横取りになることを心配しているんだろう。でも、これは薬草としてではなく、食料として採るんだ。
「まあ、いいだろ。納品するのが嫌なら食べればいい」
「分かったわ。採っていきましょう」
「えぇ? この草、まっずいよ?」
リーズがキョトンとした表情で呟いた。
「生で食うからだよ……。火を通せば美味しく食べられる」
生のユキノシタは若干の渋みがあり、食べられなくはないが美味しくはない。ひと掴みを生のまま口に放り込んだのだから、不味くて当然だ。
リーズを宥めて夕食分のユキノシタを採取した。
ケイトの突然の行動には驚かされたが、食料が見つかって良かった。ユキノシタは久しぶりに食べたかったんだよな。夕食が楽しみだ。
改めて山の中を見ると、意外と緑があふれている。この様子だと、他にも山菜が見つかるかもしれないな。期待して歩こう。






