冒険者、営業中5
今日の野営ポイントは、王都から東に向かった先の森。森と草原の境界線あたりを陣取り、テントを設営する予定だ。キャンプ道具が入ったマジックバッグを地面に下ろし、設営予定地を眺める。
ここまで来て気が付いたのだが、リッキーとケイトのキャンプ道具を確認していなかった。何を持ってきているんだろう。
この2人は、それぞれ小さなバックパックを背負っている。容量は20Lくらい。これがマジックバッグなら、見た目の容量は関係ない。その数倍は入っているはずだ。
「なあ、とりあえず野営道具を出してくれないか?」
「あ、はい」
2人は軽く頷いてバックパックを地面に下ろすと、その中を漁り始めた。
しばらくして、リッキーが布の塊を取り出し、地面に広げた。1本の支柱で支える円錐型のテント、ティピーだ。たぶん2人用のテントだと思う。新人には似つかわしくないほど使い込まれていて、継ぎ接ぎだらけでかなりボロボロになっている。
「ずいぶん年季が入ったテントだな……」
「実家の近所に住んでいた、元冒険者のおじさんに貰ったんです。魔物避けの魔道具が組み込んである高級品だそうです」
お下がりか。駆け出しにはちょうどいいかもしれないな。ボロボロでも使えればいいんだ。極論を言うと、テントなんて雨と風をしのげればいい。
ただ、年季が入りすぎていろいろ欠品している。ペグも足りていないし、それどころか支柱も無い。
「へえ。いいじゃないか。この手の魔道具は買うと高いからなあ。ところで、支柱は?」
「折れました。今はロープを駆使して設営しています」
リッキーはハキハキと答えたが、ケイトは居心地の悪そうな表情を浮かべて口を挟んだ。
「兄さん、違うでしょ? 折れたのは本当だけど、直せば使えたはずなんです。折れた後に兄さんが薪と間違えて……」
燃やしてしまったらしい。よくあることだ。焚き火の近くに木の棒を置いたらダメだよ。高確率で間違えるから。
「だってしょうがないじゃないか。あの時は暗かったし……」
「暗くなくても間違えるよ。それは仕方がない。ロープで代用できるならいいじゃないか」
「はい、ありがとうございます……。でも、お金に余裕ができたら買います」
リッキーと話をしているうちに、ケイトが荷物を出し終えた。ケイトは食器類と飯盒を持ち歩いていたらしい。1枚の小さな布の上に並べられている。
「他には?」
俺がそう聞くと、リッキーはバツの悪い表情で答える。
「以上です……すみません」
おお! 装備品が少ない! 分かっているじゃないか。キャンプの醍醐味は、装備品をいかに減らすかだ。シンプルでとてもいい。
「感心したぞ。それでこそキャンパーだよ」
「何がです?」
「厳選した装備だけで行うキャンプ。いいよなあ」
自然と笑みが溢れる。同じ価値観を持つ人間は貴重だ。なかなか出会えない。俺がうんうんと頷きながら2人の装備品を眺めていると、ルナが微妙な表情を浮かべて近付いてきた。
「あの……。それはコーさんだけだと思いますよ?」
「すみません。好きで減らしたわけじゃないんです。お金が無くて買えないだけなんで……」
リッキーが申し訳なさそうに呟いた。
まじかー。やっと同好の士を見つけたと持ったのに……。
「そっかぁ。まあ、少ない装備に慣れておくといいよ。いざという時に助かるから」
残念だが、同じ趣味の人間ではなかったようだ。とは言え、少ない装備でキャンプをすることは慣れた方がいい。いつも便利道具があるとは限らないんだ。少ない中で工夫する知恵は必要だ。
「すみません。コーさんが言っても説得力が無いです」
え? と思ってあたりを見回すと、豪華なテントの回りにゴージャスな居住空間が構築されていた。話をしているうちに、他のみんなが設営を終わらせていたようだ。
10人用のベル型テントを中心に日よけタープが掛けられ、ダイニングテーブルセット、焚き火台と調理台が並べられている。とてもキャンプをやっている様子ではない。まるで別荘のようだ。
「豪華だな……」
ルナたちに合わせていたら、いつの間にかキャンプがやたら豪華になっていた。俺の反対意見はことごとく黙殺され、便利道具が次々と増えていった。そして今はこの有様だ。
便利なのは悪いことじゃないんだけど、下手な宿に泊まるよりも快適なんだよなあ……。キャンプ感が皆無だ。キャンプはもっと不自由で不便で大変なもので、その大変さを楽しむものだろうに。
設営が完了したテントを感慨深く見ていると、クレアが話し掛けてきた。
「ほら。そんなとこで突っ立ってないで、アンタも手伝ってよ」
テントは完成している。その周辺の設営も完了している。俺が手を出すまでもない。
「もうやること無くね?」
「……それもそうね。撤収は手伝ってよね?」
クレアは不満そうに言う。俺だって、やりたくないわけじゃないんだ。今日は気が付いたら終わっていただけ。
「分かってるって。あ、火起こしなら手伝えるかな?」
「そうね。じゃあ、とりあえず薪を拾いましょうか」
ただ薪を拾うのって、なんか無駄なんだよなあ。食材調達と同時にやれば効率がいい。今の時期に山菜が採れるとは思えないが、何かは手に入るかもしれない。
「それなら、ついでに食料調達もしよう」
「大丈夫。マジックバッグに入っているわよ」
「いや、せっかくだから、あの2人にも経験させた方がいいんじゃないか?」
「今からだと危ないわ。もうすぐ日が暮れちゃうから」
薪は拠点の周辺でも拾えるが、食料調達だと拠点から離れなければならない。俺たちだけなら問題ないが、今日は初心者を連れている。暗い中森の奥に行くのはちょっと危険かな。
しかし、俺たちには気配察知がある。万が一はぐれてもすぐに見つけられるし、危険な魔物が接近してもすぐに気付く。問題は無いはずだ。
そう考えていると、突然リッキーが手を挙げた。
「いえっ! 大丈夫ですっ! 行けます!」
俺たちの話に聞き耳を立てていたようだ。行きたいと言うのだから、連れていってもいいんじゃないだろうか。
「リッキーはやる気みたいだけど、どう?」
「ダーメッ! アンタはこの子たちの模範にならなきゃいけないのよ? 別れた後にアンタの真似をしたら、どうするのよ」
クレアは両手の人差し指を使って口の前でバツを作り、諭すように言った。
「あ……。確かにそうだな。やめておこうか」
「僕たち、村に居た頃は夜でも森に入っていましたよ?」
俺が中止を宣言すると、リッキーは困ったような表情を浮かべて食い下がった。それを見たクレアは、呆れたように言う。
「危ない村ね……。夜は方向感覚が狂うの。慣れた森でも油断したらダメよ。ましてや、あなたたちが行くのは知らない森でしょ? 迷ったら二度と拠点に帰れないと思った方がいいわ」
リッキーにとって、クレアの言い分は大げさに思えるかもしれない。だが事実だ。俺は気配察知とマップの力で解決しているが、それらが無かったら不用意に夜の森に入るようなことはしない。
クレアの提案を聞いたリッキーは、悲しそうに肩を落とす。すっかり意気消沈してしまったようで、控えめな態度で話し始めた。
「そうですか……。今日は諦めます。すみません、コーさんが調達した食料なんですけど……。少しでいいので分けていただけませんか?」
「……ん? 調達? 食料を持ってきていないのか?」
「保存食は高いので……」
持っていないらしい。ことごとく貧乏だな。これが駆け出し冒険者の標準なのか? 可哀想になってきた。
「今日の食料調達は中止だ。俺たちは余分に持ってきているから、みんなで食べよう」
「えっ? いいんですか?」
「ああ、気にするな。そのかわり、手伝いはちゃんとしろよ?」
「はいっ! ありがとうございます!」
リッキーが元気に言うと、ケイトも小声でお礼を言いながら頭を下げた。ケイトは恐縮すると声が小さくなるらしい。
この場は2人に任せ、俺は薪を拾いに行く。拠点の回りを歩きまわり、1日分の薪を確保した。
拾った薪を拠点に持ってきたのだが、リッキーが焚き火台の前で何かをやっている。火を起こそうとしているようだ。だが、手には見慣れない小さな黒い布切れみたいなものを持っている。
「なあ、それは何だ?」
分からない時は聞く。背後からリッキーに話し掛けると、リッキーは一瞬ビクッとしてこちらに振り返った。
「え? これですか? ただの炭化布ですけど……」
「炭化布って何だよ。初めて見るぞ」
「本当ですか? 火を点ける時に必要じゃないですか」
「へえ……。使い方を見せてくれない?」
「あ、はい。いいですよ」
リッキーは石に炭化布を当てて左手に持つと、右手で火打金を構えた。そのまま石に火打金をぶつける。その動作を数回繰り返すうちに、黒い炭化布に赤い火種が生まれた。
するとリッキーは、その炭化布を解いた麻紐で優しく包み、ふぅふぅと息を吹きかける。次第に煙が大きくなり、見事に火がついた。
悔しいが、俺がやるよりも数倍早い。まさにあっという間だった。
「ふぅ……。こんな感じですね。でも、コーさんは着火の魔道具くらい持っていますよね?」
「ああ、持っているよ。でも、さっきも言ったように、不便な環境に慣れなきゃならないんだ。魔道具が使えない環境だって考えられる。そんな時に火がつけられないのは致命的だからな」
「まあ、そうですね。魔力切れだとどうにもなりませんもんね……」
俺は魔道具の故障や紛失のことを言ったつもりなんだけど、言いたいことの意味は通じているようだ。
着火の魔道具のように熱を操る魔道具は、消費魔力が大きいものが多い。俺たちは特に気にしていないが、駆け出しの冒険者はその魔力ですら節約すると聞いたことがある。
いや、そんなことはどうでもいいんだ。今はその炭化布が欲しい。
「それで、さっきの炭化布って何だ? どこで買える?」
「買うというか、作るんです。元はただのボロ布ですから」
「作る? 作れるのか? 作り方は?」
「えっとですね……。まず適当なボロ布を蓋付きの鍋に入れて、蒸し焼きにします。しばらく待って、鍋から上がる煙が無くなったら完成です」
リッキーの説明ではよく分からない。端折りすぎだ。重要な情報が抜け落ちている。
「どんな布を使うんだ? 蒸し焼きにする時間は?」
「そんなことを聞かれても、僕にはよく分からないです。布はボロボロになった服ですし、あとは感覚でやっていることなんで……」
リッキーは、そう言いながら戸惑いを見せた。
自分で試すしか無いか。布は本当に何でもいいみたいだな。今持っているボロボロの服と言えば、日本で着ていた制服だ。訓練中にしょっちゅう着ていたので、見るも無残な様子になっている。
薪が無い時に燃やしてしまおうと思い、マジックバッグに仕舞っておいた。どうせ燃やす予定なんだから、制服を使えばいいかな。
「分かった。ありがとう。試しに作ってみるよ」
そう言ってリッキーから離れると、ダイニングテーブルの隅の椅子に座って制服を取り出した。
見れば見るほどボロボロだ。ブレザーは袖が千切れかけ、あちこちが裂けている。ズボンも破れて穴だらけ。ジーンズでもやりすぎなくらい大ダメージを受けている。きれいな状態なら高値が付きそうな服だが、こうなってしまっては雑巾にもならない。
潔く燃やしてしまおう。いや、ちょっと待てよ……。蒸し焼きにするなら、化学繊維が入っていると拙くないか?
制服の洗濯表示を確認する。久しぶりに見る日本語だ。懐かしい。
それはいいとして、素材は50%がポリエステルだった。残りの50%はウールだ。どちらも炭化布に使えるか微妙……。いや、たぶん無理だな。制服は却下だ。無難に木綿あたりで試した方がいい。
今持っている木綿と言えば王城で貰った布の服だが、これはまだ着られるんだよなあ。着られる服を燃やすのは気が引ける。もっとボロボロになるまで待とう。
ボロボロの制服をマジックバッグの奥底に沈めていると、不思議そうな顔をしたルナが近付いてきた。
「コーさん、何をなさっているんですか? 食事の準備ができましたよ?」
またしても手伝いをしないうちに準備が終わっていたようだ。炭化布については後回しだな。ボロ布を見つけるまで保留だ。今はキャンプを楽しもう。






