冒険者、営業中4
リッキーとケイトが訓練に行っている間、暇だ。何もすることがない。冒険者の依頼を受けたり王城に挨拶するにしても時間が足りない。かと言って重要な買い物は済ませてあるし、他に用事もない。
「どうしよう。一回エルミンスールに帰る?」
「いえ、せっかくですから、王都を歩きたいです」
ルナは王都を散歩したいらしい。悪くない提案だが、俺はどうだろう……。
「それはいいけど、俺は行けないかな。どう考えても目立ちすぎるだろ」
「そのコートを脱げば良くない?」
「あ……そっか。そうだな。じゃあ行こうか」
普段着の時点でかなり目立つとは思うが、金ボアのコートよりはマシ。王都の街並みを大手を振って歩き回ったのだが、特に声を掛けられるようなことは無かった。俺の気にしすぎだったようだ。
俺の名前は知れ渡っているが、顔までは知られていない。そのため、名乗らなければ問題ない。
夕方まで王都観光を楽しんだら、クレアを連れて王城に向かう。
「私が行ってもいいんだぞ?」
「リリィが良くてもケイトが良くない。体力を使い切っているはずだから、振り落とされるぞ」
「そうか……。残念だが、クレアに譲るよ」
リリィさんは寂しそうな表情を浮かべて辞退した。
俺たちだけならわざわざ走るまでもない。庁舎の裏に転移して、王城の門に近付いた。待ち合わせは門の外だ。訓練が終わっていれば、ここに来ているはず。
「終わっていないのかしら……?」
クレアがあたりを見回して、不思議そうに呟いた。それもそのはず。辺りには2人の姿はなかった。
「いや、この時間ならもう終わっているはずだぞ。マップで確認してみよう」
気配察知ではノイズが多すぎる。マップなら確実なので、マジックバッグからマップを取り出して訓練場の様子を見た。
すると、訓練場は閑散としていて、2人の反応は無かった。やはり解散しているらしい。じゃあ、どこに行ったんだ? 迎えに来ると言ったのだから、不用意にうろつかれると困るんだけど……。
「どうする? 中を見に行く?」
正直気が進まない。王都では目立たなかったが、王城の中では話は別だ。ほぼ全員が俺の顔を知っているので、確実に話し掛けられる。
ただの挨拶なら構わない。でも、今日は絶対に長話になるだろう。食事前で腹も減っているし、話し掛けられるのは避けたい。
「とりあえず、屋根に登って探そう」
「お城の上って、登ってもいいの……? 怒られない?」
いまさら気にすることでも無いだろう。
「大丈夫だ。怒られたら謝ればいい」
屋根に乗って城内を駆ける。謁見の間の屋根の上に立ってマップを再確認すると、医務室に居る2人を発見した。
「居たな……」
「どこに居るの?」
「医務室だよ。たぶん訓練中に倒れたんだな。よくあることだ」
「……よくあったら困るわよ?」
クレアは呆れたように言う。おかしいなあ。俺が王城で訓練していた頃は、必ず1人は倒れていたぞ。医務室が訓練場の真横にあるのも、安心して倒れるまで訓練できるからだと思ったんだけどなあ。
医務室に移動して、2人に声を掛ける。
「よう。大変だったみたいだな」
「あ……コーさん。すみません。訓練中に倒れました」
「私もです……。ごめんなさい」
2人はベッドの上で横たわりながら申し訳なさそうに呟いた。
「いや、謝ることじゃない。教官が加減を誤っただけだろう。珍しいことじゃないよ」
俺も同じ目に遭った。まあ、俺は魔力の使いすぎで倒れたんだけどね。それはそうと、教官に見つかる前にさっさと逃げる。
「行くぞ。立てるか?」
「なんとか……」
2人は足をガクガクと震わせながら、ゆっくりと立ち上がった。
リッキーを小脇に抱え、ケイトはクレアが背負う。そしてそのまま窓から外へ。
「うわぁっ!」
窓の外には巡回中だったギルバートが居た。突然飛び出した俺に驚き、尻餅をついている。しまった。油断して見つかってしまった……。つい警戒を怠っていた。長期にわたる安全な引きこもり生活のせいで、緊張感が抜けているようだ。気を付けないとなあ……。
「よう、ギルバート。元気そうだな」
軽く挨拶をしながら体勢を整え、屋根に上る準備をする。
「いつの間に来ていたんだよ! びっくりしたぜ……」
「今日は長話をする時間はないから、もう行くよ」
「はぁっ? お前、いい加減あの放送の説明をしろよ! みんな困惑しているぞ!」
カベルの放送のことだ。あの放送のせいで、使徒としての仕事を押し付けられることになった。俺は「無報酬では働かない」と宣言しているが、王城に挨拶をしたら正式にこき使われ始めるような気がする。確実に面倒なのでずっと先送りしていた。
いずれは王に会って話をする必要がある。だが、それは今じゃない。
「今日は無理! 近いうちに顔を出すから、その時にしてくれ」
ギルバートの返事を待たず、医務室の屋根に駆け上がった。背後から「ちょっ! 待てよ!」と聞こえてくるが、悪いけど無視だ。
そのまま屋根を走って王城の外へ出ると、いつもの宿屋『風鈴亭』へと急いだ。
「帰りもっ! ひぃ! 屋根なんですねっ! うひゃあ!」
ついさっきまで倒れて寝ていたはずなのに、ずいぶん元気じゃないか。優秀な治癒魔法使いが治癒してくれたのだろう。
治癒魔法は、筋肉の炎症まで治癒してくれる。筋肉の炎症は筋肉痛の元だ。治癒魔法を使えば、どんなにハードな訓練をしても翌日に筋肉痛が残らない。とても便利な魔法だ。
それはともかく、屋根走り程度でいちいち悲鳴を上げられてはなあ……。うるさくて仕方がないぞ。
「これくらい自分でもできるようになれよ。簡単だから」
ボナンザさんやボナンザさんのとこの従業員は、全員できる。普通のメイドや普通の飲み屋のお姉さんも全員だ。ということは、屋根走りは普通のことだ。あまり知られていないだけで、やろうと思えば誰にでもできる。
「むりっ! ひえっ!」
うーん……。この2人にも身体強化を覚えさせるべきなのかな……? 2人は正式なパーティメンバーではないから、身体強化を教える予定はない。だが、物凄く便利な魔法だから教えたい気持ちはある。まあ、もう少し様子を見てからかな。
宿屋に着くと、リッキーとケイトは再び倒れた。余程ハードな訓練だったんだろう。もう起き上がる体力も残っていないらしい。食事も摂らずに寝てしまった。
「食事代がもったいないなあ……」
「え? それ? もっと他に心配することがあるでしょ」
「2人はただ疲れて寝ただけだろ。気にするまでもないぞ」
怪我もしていないし、移動中もずっとはしゃぎっぱなしだった。特に問題は見当たらない。一晩寝れば元気になるだろう。
夜中に目を覚ました時のために、2人の食事は部屋に運び込んでおいた。最悪、明日の朝食にすればいい。
夜明けとともに活動を再開する。薬草を探しつつ、ゴブリン狩りだ。たった1日の訓練で上達したとは思えないが、訓練の方向性を学ぶことはできたはず。あとは実践あるのみだ。
早めの朝食を済ませ、俺の部屋に集合した。
「今日は東の森に行く。目的は狩りだが、同時に薬草も探すぞ。採取してから依頼を受諾しても依頼達成になるからな」
ゴブリンは何匹狩っても依頼達成にならない。あくまでも小遣い稼ぎだ。ただし、グラッド隊の連中も大量に狩っているので、森の浅い部分で遭遇することは少ない。森の奥に踏み入れる必要がある。となれば、珍しい薬草が見つかる可能性も高い。一石二鳥だ。
「あの……。コーさんたちは着替えないんですか?」
ケイトが不思議そうに俺たちの服装を眺めている。
「ん? これが戦闘服だけど?」
「……え? それ、魔物素材の服ですよね……?」
俺は厨二病感満載の黒い服と金色のコート、ルナはOLの休日みたいなおしゃれ着、クレアは某美人大泥棒のようなタイトなライダース、リーズがチャイナドレスみたいなワンピースで、リリィさんはスケバン風セーラー服。服装に一貫性がない。
これ、日本で見たらただのコスプレパーティだな……。
「まあ、そうだぞ。動きやすくて防御力も高い。ちょっと値が張るけど便利だ」
「貴族でもそんなことはしません……」
「そうなの? むしろ、鎧を着込む方が考えられないけどなあ。重いし動きにくいし」
「革の服じゃ危ないじゃないですか!」
リッキーが興奮して叫んだ。
俺たちが普段着ている服は、魔法と斬撃に耐性がある反面、衝撃は全て素通りする。引っ掻かれたり切られたりする分には問題ないが、体当たりや打撃武器で攻撃されるとどうにもならない。
だからといって、鎧にデメリットが無いわけではない。一番の問題は、何と言っても動きにくさ。身軽なら避けられるような攻撃も、鎧だと直撃してしまう。回避に自信があるなら革の服で十分だ。
「要は当たらなければいいんだよ。どんなに危険な攻撃も、当たらなければどうということはない」
「ふふふ……アタシも以前は鎧を着ていたわよ。でも、コーの戦い方を見ていたら馬鹿らしくなったのよ。鎧はすぐに壊れるし……避けることに専念した方がお金が掛からないわ」
クレアが乾いた笑い声を上げながら言う。コスパ……そういう考え方もあるか。クレアは戦うたびに鎧を壊していた気がする。鎧は攻撃を受ける前提なので、どうしてもすぐに壊れてしまう。初期投資は大きいが、やはり革の服の方が得だな。
「でもっ! 当たる時はありますよね! 当たったら大怪我をするじゃないですか!」
「まあ、当たる時は当たるな。でも即死するような衝撃は受けないぞ。多少骨が折れる程度だ」
斬撃に強いので、四肢を切り飛ばされるリスクが無い。刃物で攻撃されても衝撃で骨が折れるだけだ。その時点でかなり安全。即死しなければすぐに治る。
「骨が……やっぱり危険じゃないですか!」
「そんなの危険なうちに入らないぞ。昨日教官に言われなかったか? 『生きていれば死んでいないから問題ない』ってさ」
俺がそう言うと、ケイトが胡乱げな表情をこちらに向けた。
「言われましたけど……あれ、本気で言っているんですか?」
冗談だと思っているらしい。俺も最初は耳を疑ったが、志が高い兵士の心得だと感心した。実際、大怪我をしてもすぐに治してもらえるからな。訓練中の怪我はパンを食べるのと同じくらい日常的なことだ。
「当たり前だろう。何のための治癒魔法だと思っているんだ。怪我は簡単に治るんだよ。あとは痛みに慣れるだけだ」
「ええ……?」
「だから、治癒魔法は覚えておけよ。できれば2人とも使えた方がいい」
理想はパーティ全員が使えることだが、半数が使えれば問題ない。俺たちの場合、俺とルナとリリィさん、それとアーヴィンも少しだけ使える。
「頑張ります……」
「私が教えてやろう。基礎くらいなら数日でなんとかなるはずだ」
魔法はリリィさんが教えてくれるみたいだ。使徒の指導教官を任されていたくらいだから、指導力には定評があるのだろう。詠唱魔法が使えない俺にはできないことだから、リリィさんに任せる。
「よし。じゃあ、さっそく出発しようか」
転移魔法が使えれば一瞬なのだが、この2人の前で使うのは良くない。今日は2人の訓練も兼ねて、自力で走ってもらう。と言っても魔法を使わないとついてこられないので、ルナに強化魔法を掛けてもらった。
詠唱魔法の強化魔法は、俺たちが普段使っている身体強化とは全くの別物。普段使っている身体強化は身体機能を向上させるのに対し、詠唱魔法の強化魔法は魔法の補助で体を動かす。
ロードバイクと電動アシスト自転車みたいな差だ。身体強化は使っているだけでトレーニングになるが、強化魔法は速く動けるようになるだけ。その点だけは注意が必要で、強化魔法を使って走り込みをしても身体能力の向上にならない。
まあ、今日は速さに慣れるというだけの訓練なので、細かいことは気にしない。
「げほぉっ! ハァハァハァ……」
「なんで息を切らしているんだよ……。強化魔法は疲れないはずだろ?」
「ハァハァ……途中で……ゲホッ……効果が……切れたんです……」
「……それは悪かった。今度からは効果が切れたら言ってくれ。少し休んだら野営の準備をするぞ。それまでに息を整えておけ」
今日は王都に帰らない。そのつもりで野営の準備を始める。久しぶりのキャンプだ。前回は途中で打ち切りになってしまったからなあ。今日は存分に楽しもう。






