汚部屋のお掃除
『マリーの魔道具店』
ずいぶんと語呂が良い店名だな。
というわけで、俺たちは魔道具の店に来ていた。
魔道具店はたくさんあるのだが、何となく店名が気に入ったのでここにした。広さはコンビニくらい。中堅の店だ。
「いらっしゃいませ~」
迎えてくれたのは、店主らしきお姉さん。20代後半くらいかな。この世界では子どもが成人していてもおかしくない年だ。
スラッとしていて、ロングスカートがよく似合う。腰まで伸びた緑色っぽい髪。
全然現役の美人さんなんだけど、この世界じゃ年増に分類されるみたい。もったいない。
ちなみに、成人は14歳だそうだ。家を継がない次男や女の子は、成人すると追い出されるらしい。世知辛い。
「今日は見るだけなんだけど、いいかな?」
「どうぞ~」
笑顔で快く了承してくれたので、店内を見て回ることにした。
店内には天井に届くほどの木製の大きな棚が並んでいる。その棚にはぎっしりと魔道具らしきが詰まっているのだが……。
棚が全く仕事をしていない。通路に溢れる謎の箱、棚から突き出た謎の棒。
謎の箱はみかん箱くらいのサイズ。その箱が通路に鎮座しているせいで店の奥に進むこともままならない。
すっげえ散らかってる……。
商品を確認しようと棚から引き出すと、連鎖的にいろんな物が落ちて床に散らばるから下手に触れない。
「ルナ、これ何かわかる?」
「どれのことを言っているかわかりません」
終始この調子だ。品揃えは悪くないと思うんだけどな。
「お姉さん、散らかりすぎでは?」
「あら。お姉さんだなんて。
あなたから見たらママみたいなものですよ。うふふ」
いや、そこに反応しなくても……。
お姉さん、のんきに笑っている場合じゃないぞ?
「これじゃ、どこに何があるかわからないよ」
「そうねぇ。冒険者ギルドに依頼を出しているんだけど、なかなか人が来ないの~」
ん?
見覚えがあるぞ。
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棚卸し作業
報酬:大銀貨2枚
難易度:F
備考:
魔道具店での商品整理。
二人以上推奨。
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コレだ。
重労働でたった大銀貨2枚、報酬が安すぎて誰も受けない地雷依頼だ。
「お姉さん、マリーさんで良かったか? その依頼、俺も見たけどあれじゃ誰も受けないぞ」
「はい。マリーですぅ。そうなの? もう依頼してから結構経つのよ~」
「ルナ、相場だとどうだろう?」
「報酬が安すぎます。今の倍、いえ、この有様だと3倍は必要だと思います」
「あらあら。困ったわねぇ。そんなにお金出せないのよ~」
困った顔はしているんだが、喋り方のせいでいまいち緊張感が伝わってこないわ。
しかし、交渉の余地はあるな。ルナと小声で話をする。
「ルナ、この依頼、場合によっては受けようと思う」
「わかりました、おまかせします」
話が早いな。信頼されているのかな?だとしたら嬉しい。
「なあ、マリーさん。倉庫は無いのか? 一部を倉庫に移すだけでもかなり片付くぞ」
「ダメなのよぅ。倉庫はもっと酷いことになっているの」
「となると、倉庫の整理も必要なわけだな」
「そうなるわねぇ」
「提案なんだが、報酬を増やすことができないなら、現物支給でどうだろう」
「う~ん、魔道具って高いのよ?」
「無理にとは言わない。でも、このままじゃ誰も依頼を受けないぞ」
「そうねぇ。安いものだったら構わないわ」
「そうか。それならこの依頼は俺たちが受ける。
作業はいつやる?」
「今すぐにでもやりたいんだけどねぇ。今日はもう遅いから、明日とかどうかしら?」
「いいぞ。明日だな。ギルドで受付を済ませたらこの店に来るよ」
「はい~。よろしくお願いします~」
魔道具ゲットだぜ!
高級品は手に入らないけどね……。悪くはない。用途不明の謎の物体が山ほどあるんだ。
きっと面白いものがある。
冒険者ギルドで受付を済ませ、宿に戻った。
ギルドの受付では何の警告も無かったのが気になる。受けるかどうかは個人の自由だが……。
地雷感マシマシの依頼なのに。何も教えてくれないのは、ギルドなりの考えがあってのことだな。
失敗するのも勉強だ、ということだろう。
この依頼の地雷ポイント。
散らかりすぎ。仕事中に壊したら弁償。時間が定められていないから、いつ終わるかわからない。報酬が安すぎ。
まともな冒険者なら絶対に受けない。俺たちなら、万が一壊しても直せる。報酬の交渉もした。だから受けても問題ない。
「勝手に依頼を受けちゃってごめんね」
「いえ。相談されましたし、おまかせしたのは私です。
それに、魔道具。楽しみです。防音の魔道具が欲しいですね」
あ、それはマジで欲しい。貰えなかったら買おう。
あとは旅で役立ちそうな魔道具だな。防雨とか防寒とかがあると良いな。
宮廷魔道士は魔道具大好き人間の巣窟だったみたいで、ルナも魔道具に目がない。
研究のためってのもあると思うが……。ウキウキしているルナを見る限り、好きなだけだわ。
「この依頼、受けたかったの?」
「いえ、あの依頼表を見る限りでは危なそうでしたので。実際に店に行って考えが変わりました」
食堂で食事を済ませたら、訓練をして寝る。
この世界ではまだ米を見ていない。インディカ米ならあると思うんだけどなあ。
しかし、小麦が主食で良かった。パンとパスタは好きだからな。イモじゃなくて良かった。イモは毎日食ってると飽きるんだよ。
次の日。朝早くからマリーの魔道具店にやってきた。
「おはようございます~」
「おはよう。今日はよろしく。
早速始めたいが、手順は決まっているのか?」
「昨日考えたんですけどぅ、もう置く場所がないんです~」
マジかよ。まあ予想はしていたけどね。
「商品のマジックバッグがあるだろ? その中に詰め込んで整理しよう。
一時的な処置だ。古いものは安売りして在庫を減らす」
「それだと、マジックバッグが無駄になりませんかぁ? 高いんですよぉ?」
「店が片付くまでだよ。マジックバッグを空にして、売り直せばいい」
「そうですねぇ。そうしましょう。じゃあ、さっそく」
と言って、床に放置されている謎の木箱をマジックバッグに詰め込み始めた。
「ちょっと待て!」
「どうされたんですかぁ?」
「適当に詰めるな。後で陳列する時に困る」
この人、整理整頓が絶望的に下手だ。まあ、この状態になるまで放置できるんだから、そりゃそうだろう。ある意味才能だわ。
「そうですかぁ? でも、あなた方は魔道具の種類、わかりませんよねぇ?」
「私なら大丈夫です。ある程度ならわかります」
「ああ、ルナは元宮廷魔道士だからな。俺はわからないものが多いから、二人に聞きながらやるよ」
「宮廷魔道士さんでしたかぁ。それは失礼しましたぁ」
売り物のマジックバッグのうち、10個を整理用に使うことにした。
カテゴリ分けして詰め込む。棚に並べる物と倉庫に入れる物、そしてすぐにでも売りたい物に分けた。
仕分けしてバッグに放り込む、それだけの作業で昼の鐘が鳴る時間だ。これは手強い。
今日のルナはテンション高めで、「これは安い!」とか「これは高い……」とか言いながら元気に作業していた。
しかし、今日の俺は役立たずだな。知識がものを言う仕事だ。仕方がない。
「お疲れ様です~。休憩しましょう」
マリーさんがお茶と軽食を持ってきてくれた。クッキー的なものだ。
「ありがとう。予想はしていたが、それ以上の大変さだよ」
「そうねぇ。私は魔道具を作るのは早いんだけど、売るのが苦手なの~」
まさか、この店の全部がマリーさん作なのか?
作るけど、売れない。だから商品が溢れ返ると。
「他所の店に卸したり、ギルドに売ったりしないのか?」
「それもやっているわ~。でも、うちでも買い取るから結局商品が増えちゃってぇ」
マリーさん作だけではないんだな。
どうやって生活しているのか謎だったが、他所に売っているなら納得だ。
「あなたたちにお願いがあるんですけどぉ」
「なんだ?」
「報酬は払うのでぇ、売ってきてほしいんですぅ」
「売るって、どこに?」
「近くの公園でぇ、月に一回露店をやっているんですぅ。許可は魔道具ギルド経由ですぐに取れます~」
露店、フリーマーケットか。面白そうだな。
「報酬は?」
「売り上げの一割でどうでしょうかぁ」
「ルナ、どう思う?」
「行きたいです! 魔道具の露店は見るだけでも楽しいですよ。
それに、前から店を出してみたかったんです」
やっぱり魔道具が絡むと目の色が変わる。楽しそうで何よりだ。
「わかった。依頼を受けよう。冒険者として受ければいいか?」
「ありがとうございますぅ。
そうですねぇ。あなたたちのランクだと指名依頼ができないのでぇ、追加依頼にしておきますね~」
追加依頼は、仕事中に他の問題が起きた時に、現場対応で依頼の内容を拡張するための制度だ。
受ける受けないは冒険者の自由。報酬の交渉は冒険者の裁量に任せられる。
そしてありがたいことに、単独の依頼にカウントすることができる。
ランク無しの依頼ノルマはこれで達成したことになる。
掃除は一日では終わらなかった。まるっと二日間、手強い相手だった……。
この依頼のおかげで一般的な魔道具はだいたい分かるようになった。もう聞かなくてもわかるぞ。
魔道具は常に少量の魔力を放出している。道具の中で循環しているみたいだ。
その感覚が何となくわかったので、初めて見る魔道具でも何のための魔道具かわかる。
そろそろ自分でも作れるんじゃないかな。いずれ作ってみたい。
追加依頼の露店の出店まで、あと三日。急な話だが、予定はないので問題ない。
それまでは訓練と狩りでもして過ごそうかな。
「今日は大収穫でした」
宿のベッドの上で、ホクホク顔のルナが機嫌よさそうに魔道具を眺めている。
今回の追加報酬である魔道具だ。全部で三つ。かなり奮発してくれたと思う。
魔道具の価格は、安いものでも金貨1枚。今日貰った魔道具は、普通に買ったら金貨10枚くらいになるんじゃないだろうか。
使用者の周囲に風の壁を作って雨を避ける『防雨の魔道具』
この国は雨が少ないと思っていたのだが、時期によるそうだ。
水を通さない布『防水布』
これはテントの下敷き。畳三畳くらいの広さがある。露店を出す時に使うことが多いと言っていた。
そして『防音の魔道具』だ。
聞かれたくない話をする時、周囲の騒音がうるさい時、会議の時。そしてアレの時。
今日の夜は久しぶりにルナに魔力を通す。
これは訓練です……。この魔法はルナにも覚えてもらおう。
読んでいただいてありがとうございます。
*ランク無しの依頼ノルマと追加依頼
ランクなしとFランクにノルマがあるのは、やる気と最低限の任務遂行能力を確認するためです。
追加依頼が発生したということは、依頼者との間に信頼関係を結べたということなので、ノルマにカウントされます。
やる気無さげにダラダラとやっている奴には、追加依頼の打診はありませんから。