ある日、森の中2
夜明けとともに行動を開始する。今回のキャンプは、便利道具を一切排除した縛りプレイだ。魔道具の使用は禁止だが、それに加えてテントなどのキャンプ道具も使わない。使える道具は、鞄に入れて持ち運べる小道具だけ。
魔法の使用も自粛する。使ってもいいのは、身体強化とそれに付随する魔法だけだ。
森の中を走り回り、小さな川を見つけて拠点にする。最悪、ウツボカズラ的な植物から水を得ることも考えていたのだが、無事川が見つかった。
「ここでいいかな。ハンモックを設置したら、食料を探しに行こう」
「マジックバッグが無いと、本当に不便ね。こんなことは考えたこともなかったわ」
クレアがうんざりしたように呟いた。母親が魔道具職人なので、幼少の頃から魔道具に慣れ親しんでいるのだろう。
「その不便を楽しむのが、本当のキャンプなんだよ」
「ふふふ。それは一理あるぞ。便利なものから離れることで、便利さを知ることができるのだ。たまには不便も悪くない」
リリィさんから同意が得られた。準備の段階では魔道具を手放すことを渋っていたが、いざ手放してみると意見が変わったらしい。
「だろ? じゃあ、荷物を置いて早く行こう。日が暮れる」
食料の探索に向かうため、みんなを急かす。ハンモックは木に結ぶだけなので、設営はすぐに終わる。不要な荷物はハンモックの上に置いて、周辺の探索に出発した。
拠点から少し歩いたところで、リーズが何かを見つけて騒ぎ出した。
「あー! これっ! 食べられるやつだよねっ!」
「そうね……。見覚えがあるわ。ロコカシアの葉っぱね」
一見サトイモの葉のようだが、少し様子がおかしい。異様に大きいし、葉が生い茂っていない。サトイモなら、もっと小さな葉が大量に生えるはずだ。
「ちょっと待って。別種かもしれないぞ。ちゃんと調べた方がいい」
「別種? そんなの聞いたことが無いわよ?」
クレアは訝しげに言う。地球のサトイモとこの世界のサトイモが同じとは限らない。だが、この葉の形状を見る限り、南の方でよく見かけるクワズイモのように思える。
サトイモと言えば美味しい野菜として有名だが、それに似たクワズイモという毒の芋もそれなりに有名だ。熱帯や亜熱帯に生えるので、アレンシアでは見かけないのだろう。
「ん~。とりあえず食べてみる?」
「やめておけ。もしクワズイモだったら、酷い目に遭うぞ」
主な症状は下痢と吐き気。味は物凄く苦い。苦すぎて吐き出すだろうが、口に入れただけでもヤバイ。口の中の違和感が1日続く。
「そうね。怪しいものには手を出さない。薬草採取の鉄則よ。リーズも覚えておいてね」
「まあ、そういうことだ。確実に食べられる物を探そう」
リーズは「はーい」と返事をして探索に戻った。次はリリィさんから声を掛けられる。
「おい、コーくん。このキノコなんかはどうだ? よく似たキノコを市場で見たことがある。食べられるんじゃないか?」
リリィさんが見つけたのは、シメジのような見た目の、白っぽい地味なキノコだ。一見食べられそうだが、この形のキノコが一番危ない。似ている毒キノコが多すぎて、見分けがつかないんだ。
それに……たぶんそのキノコはイッポンシメジ。しっかりと毒である。
「キノコは全部ダメだと思ってくれ。見た目はそっくりなのに毒ということもあるし、生えている環境によって毒を持つこともある。キノコを食べるのは、本当に最後の手段だ」
「そっかぁ。このキノコ、とってもキレイなんだけどなあ。ダメなんだねー」
リーズがキノコを持って言った。白い茎、赤い傘。傘には白い斑点がある。ベニテングタケかな?
「それは毒だぞ。というか、どう見ても毒だろ」
ザ・毒キノコといった見た目の、代表的な毒キノコだ。致死性の毒の含有量は少ないが、だからといって食べてもいいものではない。死ぬほどではないと言っても、確実に下痢を起こす。それに、大量に食べれば死ぬ。
ただ、このキノコは寒冷地で生えるはずなんだよなあ。どうやら地球とは発生条件が違うらしい。ということは、毒性も違うかもしれない。
「そうなってくると、食べられる物なんて見つかりそうにないです……」
ルナが残念そうに言う。この森は高温多湿で、キノコが発生しやすい環境だと思う。その証拠に、辺りはキノコだらけだ。だが、キノコだけは絶対に手を出してはいけない。スープに1本入れただけで全員が中毒を起こす恐れがある。
キノコを採取する場合、絶対に間違わない自信があったとしても、十分に注意する必要がある。それでも間違って中毒するのだから、余程危険なものなんだ。素人が手を出したら拙い。
「アタシはそれなりに詳しいけど、この森では自信が無いわね……。見たことがない植物ばっかり」
アレンシアと違いすぎて、クレアの知識が役に立たないらしい。まあ、それは仕方がないだろうな。
あたりを見渡していると、太い幹の上に巨大なゼンマイのような植物が生えていることに気が付いた。
「あれなら食べられるぞ。たぶんだけど、ヒカゲヘゴだと思う。採取して確認してみよう」
ヒカゲヘゴは、熱帯で見られるシダ植物の一種。葉が開く前の新芽が食べられる。確認が必要だが、今のところ食べられそうなのはこれだけかな。
今回採取した植物は、宮殿に転移してルミアに確認してもらう。転移魔法のせいでキャンプ感が薄れるが、もし毒草だったら拙い。カベルに知識を持つルミアなら、植物の食毒は分かるはずだ。
ちなみに、キノコは無理。生えていた環境や状況が分からないと、同定できない。見た目がそっくりで、生えている環境でしか判別できないキノコがある。
ルミアにヒカゲヘゴを確認してもらったのだが、シアテアと呼ばれる美味しい野菜だそうだ。確認できたので、ベースキャンプに戻って夕食の準備をする。
今日のメニューは、僅かばかりの山菜で作るスープだ。
「質素ね……」
「お肉がほしいよー」
クレアとリーズが口々に不満を漏らす。
「結界のせいで魔物が居ないんだよ。文句はエルフに言ってくれ」
結界を張る前は、多少の魔物が入り込んでいた。今はエルフが積極的に狩りをしているらしく、結界内には魔物が居ない。そのため、肉が手に入らない。誤算だった。次回からは肉くらいは持ち込もう。
のんきに話をしている傍らで、ルナが竈に薪を並べている。火をつけるつもりらしい。
「■■■■■……」
「待って待って! 何をしているの?」
ルナが魔法の詠唱を始めたので、慌てて止める。
「え……? 火をつけようとしただけですよ?」
「魔法禁止!」
「無理ですよ……。魔法も使わないで、どうやって火をつけるんですか?」
ルナが困った表情を見せる。魔法か魔道具以外の選択肢が無いようだ。
「特別なことは必要ないんだよ。ちょっと見てて」
そう言って、火打金と石を取り出した。これは初めてビルバオに行った時に発見した道具だ。魔法か魔道具で簡単に火がつけられるのに、なぜか普通に売られていた。
誰が買うのか不思議だったのだが、貧乏な駆け出し冒険者が使うらしい。僅かな魔力も無駄にできず、魔道具を買う金もない。そんな人が使う道具だ。
こっそりと買って、こっそりと練習していた。今なら一発で火をつけられる。
麻紐をほぐして丸め、火打金の火花をあてる。数回打つと、ほぐした麻紐が燻り始めた。息を吹き込んで、煙を大きくする。さらに麻紐を摘んで軽く振り回す。すると、麻紐は赤い炎を上げて燃え始めた。
その火の塊を、薪の中に放り込む。これで火起こしは完了だ。
「凄いです……。こんな火の付け方は、見たことがありません」
「あー! あたしそれ知ってるー!」
俺の後ろで見ていたリーズが、突然声を上げた。
「うん? 知ってる?」
「村では使う人が多いよー。懐かしー。あたしもやってた」
「そうなのか……」
リーズは経験者だったか。ちょっと負けたような気分になる。頑張って練習したのに……。
燃え上がる炎を確認していると、リーズの耳がピクリと動いた。
「何か居るっ! たぶん魔物だよ」
「ここに? 結界の中だよな?」
「結界の起動前に侵入したんじゃないでしょうか……」
「なるほど。エルフが狩り残していたんだな。せっかくの肉だ。狩りにいこう」
「にくっ! 急ごう!」
リーズの目がキラリと光った。大急ぎで駆け出したリーズの後を追いかけ、肉のもとに辿り着いた。気付いたら、全員が付いてきている。火の番を忘れていた。まあ、すぐに終わらせれば問題ないか。
改めて肉を確認する。そこに居たのは、中型トラックくらいの大きな熊だ。茶色のゴワゴワした太い毛に覆われている。
「グリズリー……?」
「知っているの?」
「アレンシアの南部で、稀に見かける魔物です。かなり危険ですよ。小型でも、緊急討伐依頼が出ます」
緊急討伐依頼ということは、苦労して倒した金ボアと同じレベルと考えていいだろう。それなら、こいつを倒すのもかなり苦労すると思う。
しかし、熊は目の焦点が合っておらず、フラフラしている。足をもつれさせて転び、起き上がってまた転ぶ。まともな状態ではない。俺たちを襲う意思は無いようだが……。
「あれ、どういう状態なんだ?」
「ちょっと。あれを見て!」
クレアが指をさす方向も見ると、食い散らかされたベニテングタケが。あれを食って中毒を起こしているらしい。
ベニテングタケには、微量だが幻覚や酩酊を起こす毒も含まれている。巷で言われているほどの強力な幻覚作用は無いはずなのだが、この世界のベニテングタケはそうではないようだ。
「なるほどなあ。残念だが、肉は諦めよう。あれを食べたら、俺たちも中毒を起こすかもしれない」
中毒を起こしたり病気になったりした動物の肉を食べると、同じ状態になる恐れがある。余程の緊急時でない限り、手を出すべきではない。
「でも、あれを放置するの? 毒が抜けたら、アタシたちが襲われるわよ?」
確かに、今は討伐の大チャンスだ。幻覚を見ているらしいので、反撃のリスク無しで殴れる。だからといって、毒で苦しんでいるやつを殴る趣味は無いんだよなあ。
「ちょっと回復させよう。自然毒に魔法がどれだけ効くか、試してみたい」
「……なんでそうなるの?」
クレアがボソリと呟いたが、気にせず熊に駆け寄った。回復させた後に襲われたなら、心置きなく討伐できる。
魔法毒は魔法で治療できるが、自然毒にはあまり効果がないと言われている。だが、実際にどれだけ効くのかを確認したことはない。確認するチャンスがなかった。こんなことのために毒を飲むことはできないよね。
無意味に転げ回る熊に近付き、回復魔法を掛けた。すると、熊の動きが止まり、蹲っておとなしくなった。多少の効果は出ているようだ。
「意外と効くみたいだね。効かないというのは迷信だった?」
「そんなことはありません。ほとんど効果がないはずです。でも、効いているみたいですよね……」
ルナが不思議そうに言う。
「無詠唱だからなのかな。俺の魔法はみんなの魔法と違うから」
「そうかもしれないですね」
しばらく観察を続けると、熊はムクリと起き上がり、俺の近くに寄ってきた。不思議と敵意を感じない。俺の足に擦り寄って、猫のように俺の足に頭をこすり付けている。
「懐かれた……?」
「そんなわけないでしょ……って言いたいけど、懐かれているわね。どう見ても」
魔物が人間に懐くことは、かなり珍しいがある。長老のペットの残念ドラゴンだって、一応魔物だ。治癒したからかな……。ひょっとしたら、まだ幻覚の効果が残っているのかもしれない。
「首輪をつけて様子を見ようか」
俺は冗談のつもりで提案したのだが、クレアとリリィさんが真剣な眼差しで頷いた。
「そうね。こんな話は聞いたことが無いわ。かなり珍しいから、観察した方がいいと思うわよ」
「うむ。もし本当に懐かれたのなら、大発見だよ。研究が進む」
2人の圧力に押され、一度宮殿に戻って首輪の魔道具を作ることになった。首輪に発信機能を付けて野生に帰し、後日もう一度対峙してみる。その時に襲われなければ、懐かれたということで間違いない。
非常に不本意だが、ここでキャンプは中断だ。火を消して拠点を撤収し、熊を連れて宮殿に転移した。
リーズの魔道具作成セット、持っていくべきだったな。俺は置いていくように指示を出したが、リーズの野生の勘は正しかったのか。今後はリーズの意見を尊重しよう。






