ある日、森の中1
ここしばらくの間、エルミンスールで半引きこもり生活が続いている。『半』というのは、たまに外出するからだ。どんなに遠出をしても日帰りできるので、あまり遠出した気分にならない。
先日もアレンシアのビルバオに行ってきたのだが、日帰りなので「ちょっとコンビニ行ってくる」程度の感覚だった。
引きこもり生活はもう飽きた。そろそろキャンプに行きたい。行くならどこかな……。
「なあ、みんなはどこか行きたいところ、無い?」
みんなに意見を聞いてみる。
「どこって……どんなところですか?」
ルナが困った表情で聞き返した。質問がざっくりしすぎていたかな。
「ただのお遊びなんだけど、キャンプがしたいんだよね。新鮮で楽しい場所、どこか無いかな?」
「え……私は思い付きません。リリィさんはどうです?」
「そうだな……私は街ならわかるけど、外のことはあまり。リーズはどうだ?」
「知らないよー。あたしは生まれた村と王都しか知らない。クレアなら知ってるんじゃない?」
「……楽しい野宿なんて無いわよ。普通は結構大変なんだからね?」
質問リレーの結果、何の案も出なかった。
街の外は魔物が出るので、キャンプをするのも一苦労だ。夜間の警戒がとにかく大変。警報の魔道具もあるのだが、それだけでは心許ない。2人以上居るなら、交代で夜通し警戒するのが一般的だ。
俺たちも交代で寝ずの番をするが、気配察知とマップがあるので、比較的安全にキャンプができる。キャンプができればどこでもいいのだが……。
みんなで「うーん」と唸っていると、ルミアが突然口を挟んだ。
「それなら、この森でいいんじゃないですか?」
「ん? この森? どういうことだ?」
「カベルさんの記憶なんですけど、この森、結構広いみたいですよ? エルフさんの結界が効いていますし、他所よりも安全です」
ルミアは、体の持ち主であるカベルの記憶を持っている。カベルはエルフの女王だったので、その知識量はかなり豊富だ。
確かに、この森という案はいいかもしれない。エルミンスールの周囲は、深い森に囲まれている。森というよりもジャングルだ。自分の庭だと思っていたので、考えから抜けていた。
この森なら強い警戒は必要ないし、ちょうど調査をしたかったところだ。
「いい案をありがとう。行ってみるよ。1泊2日のつもりなんだけど、行きたい人、居る?」
参加者を募る。別に俺1人でソロキャンプでも問題ないのだが、希望者が居れば連れていく。
「ご一緒します」
「行きたーい!」
「今回は私も行こう」
「ただの遊びなのよね? いいんじゃない? あたしも行くわ」
パーティーメンバーが次々に参加を表明する中、アーヴィンが気まずそうに目を泳がせている。
「僕は……ちょっと用事が……」
アーヴィンは不参加か……いや、用事って何だ? 忙しいようには見えないんだけど。
「あ、アーヴィンくんは野宿が好きじゃないみたいだから。聞かないであげて」
クレアがそう言うと、アーヴィンはバツの悪い顔で目を逸らした。
キャンプが嫌いだと? 信じられない……。まあ、趣味は人それぞれだ。今回はお留守番だな。
この案を出したルミアは、興味が無さそうに果物を頬張っている。返事は聞くまでもない。基本的にこの宮殿から出る気がないので、聞くだけ無駄だ。ここでひたすら食っちゃ寝している。
正直、ルミアには来てほしかった。この森の植生が分からないので、カベルの知識が役に立つ。まあ、今回は仕方ないか。自力で調べながらのキャンプも楽しいものだ。
そうなってくると、もう少し遊びの要素を増やしたいな。この世界に来てから、キャンプが快適になりすぎた。テントはもちろん、テーブルや食器、その他の便利グッズに囲まれて、キャンプと言うよりも、ただのレジャーだった。
「せっかくだから、今回は難易度を上げよう」
「難易度……? どういうこと?」
「食材は全て現地調達、魔道具の使用は原則禁止、魔法の使用も控える」
縛りプレイというやつだ。ただのレジャーにしないための、ちょっとした工夫だ。
「え……? これって、ただのお遊びなんですよね?」
「ん? そうだぞ? 遊びだからこそ、難易度を上げるんだよ」
だって、ここは自分の庭だもん。普段は安全のためにできるだけ快適にしているが、過度な安全マージンは必要ない。
魔道具を縛ると言っても、防御の腕輪は外さない。それに、スマホも持っていく。まあ、スマホは置き忘れ防止機能が付いているから、置いていくことができないんだけどね。
「マジックバッグはいいのよね?」
「ダメだ。一番便利な魔道具じゃないか。もちろん禁止だよ」
「待って。キツすぎるわ」
やっぱり、便利に慣れるとダメだなあ。正直言って、マジックバッグは物凄く便利だ。この世界でのキャンプが異常なほどに快適なのは、あれのせいと言っても過言ではない。
「コーくんの意図が理解できないのだが……」
リリィさんが怪訝そうに呟いた。
「簡単なことだよ。便利な道具は、いつ無くなるか分からない。だから、無いことに慣れるんだ」
これは日本でも同じこと。俺が極限まで装備を減らす理由だ。電気、ガス、水道。日本では当たり前にあるが、何かの拍子に使えなくなることは、十分に考えられる。例えば、『突然異世界に召喚される』とかね。
便利は当たり前じゃないんだ。『あれば便利』ということを意識しておかないと、いざ無くなった時に酷く困る。
それに、キャンプは不便な方が楽しい。非日常を味わいに行くんだ。便利すぎたら家にいるのと変わらない。
「やっぱり訓練みたいです……」
アレンシアでの早朝訓練、あれを思い出す。あの訓練中も、魔道具の使用を制限される。重い荷物を運ぶのも訓練のうちだからだ。
「まあ、いいじゃないか。遊びと訓練は紙一重だ。楽しむ余裕があるのなら、遊びと訓練は変わらないよ」
「楽しむ余裕……そんなもの、あるのかしら」
「そう? 楽しそうだよー?」
リーズは能天気に言う。深く考えていないだけかもしれないが、リーズは割と図太い。意外と生命力が強いかもしれないな。
「気の持ちようだよ。楽しむつもりで行けば、キツイ環境も楽しめる」
「まぁ、そうだな。意外と楽しいかもしれない」
リリィさんの同意に、ルナとクレアが首を傾げながら頷いた。了承ということでいいのかな。
「よしっ! じゃあ、さっそく荷造りをしようか!」
食堂兼リビングで、ルミアとアーヴィンに見守られながら荷造りを開始する。
マジックバッグとは別に、普通のバックパックも一応持っている。ミルジアであらぬ疑いを掛けられないために、人数分準備していた。容量は80Lくらいで、かなりの量の荷物が入る。もう使うことは無いと思っていたが、今回は大活躍だ。
マジックバッグの中から、必要な物だけをピックアップする。荷物の厳選も、キャンプの楽しみの1つだ。
まず必要なのが、ナイフ。いつものマチェットと、王城で貰った包丁を取り出す。解体用と調理用だ。最低でも2本は無いと、いざという時に黒曜石のような石を探すハメになる。
次に、ロープ。細くて頑丈なロープを数10m準備する。無ければ無いでどうにかなるが、あった方がいい。
あとは食器類。スキレットと飯盒があれば十分だ。皿は葉っぱを使えばいい。……そういえば、以前ルナに怒られたな。「葉っぱは食器じゃない」と。まあ、気にしない。
今回はテントやシュラフを持っていかない。エルミンスールは暖かく、今の時期は雨が少ない。タープがあれば十分だ。
最後に調味料や細々とした道具を出して、バックパックに詰め込んでいく。俺の荷物は以上だ。かなりコンパクトに収まった。
荷物の準備を終えてみんなを見ると、特大のバックパックがパンパンに膨らむほどの大荷物を抱えていた。
「みんな、多すぎない?」
「そんなことないわ……って、あんたの荷物、少なすぎでしょ!」
クレアは、小さく萎んだ俺のバックパックを見ながら叫んだ。
「厳選すればこんなもんだよ。みんな、余計な物を持ちすぎだ」
全員の荷物を一度全部広げ、中身を確認する。
武器と日用雑貨、タープ、ロープ……必要な物は揃っている。クレアはソロキャンプに慣れているので、ルナたちはクレアに訊きながら準備したのだろう。しかし、無駄な荷物が多すぎる。一人ひとり注意していこう。
まずはクレア。大量の食料と簡易テントが入っている。キャンパーとしては正しいのだが、今回の趣旨と違う。
「食料は現地調達って言ったよな?」
「でも、非常食……」
「非常時は転移魔法で帰れるんだから、そんな物は必要ないぞ。それにテントも要らない。寝床が欲しかったら、ハンモックを持っていくといいよ」
ハンモックは人数分買ってある。網ではなく布で覆われるタイプなので、冬でも意外と温かい。タープで屋根を作ってやれば、下手なテントよりも快適だ。
「着替えの時とか、どうするの?」
「え? 着替えるの?」
「え? 着替えないの?」
「一泊するだけなんだから、着替えは要らないだろ。タオルだけ持っていけば大丈夫」
「そっか……それもそうね」
他のみんなも、少なくない着替えを準備している。無駄な荷物なので、まとめて注意しておこう。
「みんなも、着替えは要らないから。マジックバッグに戻しておいて」
俺がそう言うと、みんなはそそくさと服をマジックバッグに詰め込み始めた。
その間に、ルナの持ち物を確認する。テントや食料は入っていないが、空きスペースの全てが食器と調理器具で埋まっていた。ジャングルの中でレストランでも開く気か?
「ルナは食器を持ちすぎ。ダッチオーブンも重すぎるから、置いていった方がいいよ」
「でも、これが無いとシチューが作れません」
「その前に、シチューの材料が手に入るか分からない。最低限の調理器具だけに絞って」
「あ……そうでした」
ルナはハッとして、食器を片付け始めた。これで荷物の大半が片付くだろう。
次はリーズ。キャンプに必要そうな物は、必要最低限しか無い。それでもバックパックはパンパンだ。その容積の大半を占領しているのは、愛用の魔道具作成道具だった。
「リーズ。魔道具の作成道具なんて要らないだろ。何を作る気だよ」
「思い付いたらすぐに作りたいからー」
「メモを取ればいいだろ。いつもそうしているんだから」
「そっかぁ……」
リーズは寂しそうに、魔道具作成道具一式をマジックバッグに戻した。なぜこれが必要だと思ったんだろう……。謎だ。
最後にリリィさんの荷物を確認する。リリィさんのバックパックの周りには、便利道具が大量に並んでいる。ライター、ランプ、草刈り……携帯型ウォシュレットもあるな。全部魔道具だ。
「リリィ。俺の話、聞いてた? 魔道具が満載じゃないか」
「原則禁止だろう? 分かっている。どれも緊急時のための魔道具だよ。いざという時にしか使わない」
「いざという時は転移魔法で帰るから。危険なことにはならないから。安心して、魔道具は置いていこう」
どれもキャンプに使える魔道具なのだが、便利な物を使わないという趣旨に反する。持っていると頼ってしまうので、はじめから持っていかない方がいい。
「むぅ……手元に魔道具が無いのは不安だ……」
魔道具依存症? スマホ依存症みたいな。まあ、リリィさんにとって、魔道具は人生の一部みたいなところがあるからなあ。不安になるのは仕方がないか。
「じゃあ、携帯型ウォシュレットだけ持っていこうか」
究極の便利道具だと思うのだが、これだけは使用を許そうかな。変な葉っぱを使って肌が荒れるのは良くない。健康のためだ。それに、俺も使いたい。
荷造りが進む中、アーヴィンの呟きが聞こえた。
「断って良かった……」
アーヴィンを見ると、可哀想な人を見るような目でこちらを見ている。誰が可哀想な人だよ。ちょっと腹が立つぞ。よし、次回は強制参加だな。
荷造りだけでかなりの時間を使ってしまった。出発は明日の早朝。今日は早めに寝て、明日に備えよう。






