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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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エルフの村の英雄

 ここエルミンスールには、エルフの村がまるごと移住してきた。居住区が分かれているので関わりは少ないが、近い場所で生活をしている。

 俺が直接関わるのは、エルフの長老だけ。たまに宮殿に現れ、現状報告をもらっている。今日が、その報告の日だ。


「わざわざ時間を取ってもらって、すまんのう」


「いや、問題ないよ。で、最近どうなんだ?」


「全ての家の建設が終わった。これで安心して暮らせるわい」


 掘っ立て小屋のアップデートが完了したらしい。石を作る建築用の魔道具は貸し出しているが、建築は全てエルフたちがやった。遠目に何かやっている姿は見ていたが、完成品はまだ見ていない。


 ちょっと気になるな。


「見せてもらってもいいか?」


「もちろんそのつもりじゃ。新しい村を視察してほしい」


 じいさんは、満足気に頷きながら言った。お言葉に甘え、村を見物させてもらおう。



 新しいエルフの村は、宮殿から少し離れた場所に建設された。宮殿の周囲は壊れた建物が点在しているのだが、満場一致で残すことが決まっている。重要な歴史的資料だ。復元可能な部分は復元し、復元できない部分もできるだけ現状で残す。


 宮殿からエルフの村までは、歩いて10分くらい。俺が住んでいる宮殿は、かつて王宮として使用されていた建物だ。その時代のことを考慮して、城下町があった場所に村を作ったのだ。

 そこは風化が激しく、完全に森に飲まれていた。切り開いて整地したのだが、遺跡らしきものは少ししか見つからなかった。そのため、遠慮なく村と畑を作った。



 新エルフの村には、シンメトリーな石造りの家が建ち並んでいる。旧エルフの村は木造だったのだが、かつてのエルフは石造りの家に住んでいた。その時の様式で作ったのだろう。


 上下水道は整備されている。上水は宮殿から引いていて、下水は森の奥に掘った大きな穴に流れ着く。下水の処理は、専用の魔道具で解決だ。仕組みは知らないが、短時間で肥料になるらしい。


 じいさんの説明を受けながら村を歩く。すると、村のど真ん中に、円形の大きな公園が建設されていた。石畳で舗装されていて、かなり豪華だ。散歩で立ち寄るにはちょうどいい。


「いいところじゃないか。俺もたまに来ていいか?」


「もちろんじゃよ。自慢はこれだけじゃないぞ。真ん中を見てみろ」


 そう言われて公園の中心に視線を移すと、そこには大きな石像が数体並んでいた。真ん中の一際大きな石像は、ちょっと見覚えのある姿……と言うか俺だな。


「やめろよ! なんて物を作ったんだよ! 恥ずかしすぎるわ!」


 俺だけじゃない。よく見ると、ルナとリーズとクレアとリリィさんの石像まである。リーズとリリィさんなら喜びそうだが、ルナとクレアは絶対に嫌がるぞ。


「む……恥ずかしがらんで良い。お主らは、この地を奪還した英雄なのじゃよ?」


 じいさんは、事も無げに言う。本気で良かれと思って作ったようだ。

 ここには来られないな……。何が悲しくて、自分の石像が鎮座する公園に行くんだよ……。恥ずかしすぎて耐えられない。



 この公園は居心地が悪いので、すぐに移動した。さらに村の奥へと進む。

 村人の姿は見かけるのだが、こちらをチラチラと見るだけで、交流を図ろうという意思が見られない。それどころか、少し怯えているようだ。別に不快ではないのだが、ちょっと気になる。


「なあ。どうしてみんな、俺を避けるんだ?」


 旧エルフの村に居た時から少し気になっていた。なぜか俺たちの相手をするのは長老だけで、他の村人は俺に関わろうとしなかった。

 外の人間は珍しいはずなのに、見に来ることもしようとしない。その様子を、少し不自然に思っていた。


「お主のオーラが強すぎるんじゃよ。儂はそれほど気にならんが、他の者には刺激が強すぎる」


「ん? そうなのか? 他所でそんなことを言われたことはないぞ?」


「人間は鈍感じゃと聞いておったが……気付かれておらんのじゃろ」


 なんでだろう……。身体強化のせいなのかな。俺たちは、寝ている時も起きている時も常に身体強化を発動させている。最初は訓練のためだったのだが、今は身体強化を掛けていないと不安になる。

 ただ、俺の身体強化は、体から漏れ出す魔力を抑える技術なんだよなあ。オーラは逆に弱くなるはずだ。エルフにしか分からない感覚なのかもしれない。


「そうか……。じゃあ、この村に来るのは迷惑かな」


「いや、そんなことは無いぞ。お主には、みんな感謝しておる。わかりにくいかもしれんが、敬意も持っておるよ。

 そうじゃな……例えば、王が近くに居たら、緊張して萎縮するじゃろ? そういう話じゃよ」


 例え話が分かりにくいな……。王に萎縮したことなんて、これまでに一度もないぞ。俺は日本に居た時から、そういう感覚が鈍いんだよ。


「よく分からないけど、なんとなく伝わったよ。迷惑じゃないならいいさ」


「まぁ、皆もそのうち慣れるじゃろう。気長に待っていてくれ」


 いやいや、エルフの気長は長すぎるだろ。寿命が違うんだよ。慣れる頃には俺がジジイになっているんじゃないのか? まあ、エルフに用事がある時は、長老を間に挟めばいいか。



 村を歩いていると、旧エルフの村でよく見かけた警備の女の子が、慌てて駆け寄ってきた。


「おじいちゃん! 大変! ウロボロスが出たよっ!」


「む……分かった。広場に戦える者を集めよ。儂が転移で連れていく」


 爺さんが即座に指示を出すと、女の子は大慌てで走り去った。それを見送りながら、じいさんに話し掛ける。


「ウロボロス? まだ居たの?」


「うむ。儂らが把握しておる情報じゃと、あと2匹じゃ。そのうちの1匹じゃな」


「根絶までもう少しだな。しかし、結界はどうした? 結界があれば魔物は入ってこないんだろ?」


「ウロボロスはのう……結界を構成する魔力すらも吸収するのじゃよ。村も何度か襲われておる」


 なるほど……。エルフの天敵じゃないか。

 普通の魔物なら、結界に阻まれて村に到達することができない。空を飛ぶ魔物なら結界を素通りできると思うのだが、残念ドラゴン(長老のペット)が侵入を許さないだろう。

 唯一攻撃を仕掛けてくるのが、エルフが開発した生物兵器ウロボロスだ。皮肉なものだな。


「じゃあ、ちょっと助けに行くか」


「一緒に来てくれるのか?」


「ああ。今日は手が空いているからな。それに、せっかく作った村を荒らされるのも気に入らない」


「うむ、助かる。必勝法があるとは言え、危険な相手であることは間違いないからのう」


 俺が作った『キャパシタ』という魔道具は、ウロボロスの魔力を吸収する。元々は魔力を充填するバッテリーのつもりで作ったのだが、対ウロボロスに絶大な効果を発揮することが分かった。

 空のキャパシタが20個ほどあれば、ウロボロスを消滅させることができる。ついでに、地球へのゲートを開くための魔力が溜まる。一石二鳥で相当お得だ。



 村の住民約20名と共に、ウロボロスの近くに転移した。村からはかなり離れている。

 エルミンスールの結界は馬鹿みたいに広く、俺は全容を把握していない。エルフたちは結界の再起動があったため、あちこちを歩き回って把握しているようだ。いずれは俺も歩き回った方がいいのかな。自分の家の庭だし。


 改めてウロボロスを確認する。今回のウロボロスは、サイズが少し大きめ。結構な量の魔力を溜め込んでいるらしい。

 ウロボロスは、人間やエルフ、魔物など、あらゆる生き物の魔力を吸収し、相手を行動不能にする。魔力を十分に蓄えたら、何らかの攻撃魔法を仕掛けてくるそうだ。このサイズなら、もう少し魔力を吸収したら、攻撃に転じるだろう。


 これまでに、その攻撃を見たことは無い。いつも攻撃される前に燃やしているからな。


「俺も手伝うから、危なくなったらすぐに言ってくれ」


「……ありがとう……ございます」


 辿々しいお礼が返ってきた。ウロボロスよりも怖がられているような気がする。



 エルフだけで対処できるなら、俺は手を出さないつもりだ。エルフとの連携に慣れていないため、下手に手を出すと逆に危ない。エルフだけで倒す手段も確立しているので、まずは静観する。


 エルフがキャパシタを投げつけた。ウロボロスは、体を捩るように避ける。そこに次のキャパシタを投げつけ、ウロボロスの黒い靄を少し削った。

 ウロボロスを構成しているのは、粒子状の核だ。その核が靄のようになって、竜の形を作っている。核の魔力が完全に無くなると、その部分は再生できなくなる。


 ウロボロスを設計したやつは、本当に性格が悪い。魔力を吸収することで完全に足を止め、反撃も逃亡もできなくしてからトドメを刺してくる。

 剣で倒そうにも核が小さすぎて効かず、魔法で倒そうにも吸収してしまう。唯一の弱点は極端な高温だが、詠唱魔法では核を破壊する温度まで上げられない。人間がまともに戦ったら、討伐不可能に近い。現に、作った側であるエルフたちも、かなり苦戦している。

 こんな物を世に放った奴も大概だが、設計した奴は相当性格が歪んでいるぞ。


 ……と、なぜこんな考え事をしているかと言うと、退屈だからだ。

 ウロボロスの性質上、魔力を削られている状態では攻撃魔法を使ってこない。生き物と違い、プログラムされたとおりにしか動けないからだ。

 今のウロボロスの攻撃パターンは、接触して吸収するだけ。しかし、キャパシタを持っている限り、ウロボロスは魔力を吸収できない。


 ピンチになることが無いので、俺の出番が無い。


 そしてエルフの攻撃。エルフたちは善戦していると思う。だが、これが物凄く退屈。キャパシタを投げる、避けられる、投げる、当たる。ずーっとこの繰り返し。何も代わり映えしない。見ていてつまらない。地味だし、暇だし、時間が掛かるし。


「なあ、いつもこんな調子なのか?」


「そうじゃな。前回は1匹討伐するのに、丸1日掛かった。今回は少し早いくらいじゃよ。上達しておる」


 じいさんは、満足げに頷きながら答えた。

 ヤバイ。コスパが悪い。手軽に魔力が溜まるかと思っていたが、そんなに甘くなかった。これなら、人力で魔力を充填したほうが早いぞ。


「悪い。さっさと終わらせるから、みんなを退避させてくれ」


「む……? さっさと?」


 じいさんは、怪訝な表情で呟いた。


「いいから、早く!」


「……うむ。分かった」


 エルフが安全圏に退避したことを確認し、ウロボロスの前に立った。体のあちこちが小さく欠けているのだが、まだ竜の形を残したまま。あの調子では、日が暮れても終わらなかっただろう。

 ウロボロスは分が悪いと感じたのか、踵を返して逃亡を図る。いやいや、逃さないって。


 エルフたちに耐熱の魔法を施すと、ウロボロスに向けて大きめの火球を放った。温度は6000度。勝負は一瞬で終わった。いや、勝負にもならない。火球はウロボロスを飲み込み、地面を溶かしながらウロボロスを蒸発させた。


 ウロボロスの気配が消えたことを念入りに確認すると、長老に向き直った。


「終わったぞ」


「ハァ!? 何をした? お主、今何をした?」


 じいさんが興奮気味に言う。


「何って、前にも話しただろ? ウロボロスは高温に弱いんだよ。燃やせば簡単に終わる」


「あんな炎……見たこと無いわい……」


 顔を引き攣らせて遠い目をしている。そんなに驚くことなのか? エルフなら普通にできると思うんだけどなあ。


「いや、以前教えてくれたじゃないか。エルフの魔法属性。あれの応用だぞ?」


「あんな魔法を教えた覚えは無いわい……」


「練習すればできるよ。ただの無詠唱魔法だから」


 長老は首を傾げているが、まあ気にしない。ウロボロス戦で時間を使いすぎた。新エルフの村の様子も知れたし、今日はもう帰ろう。



 数日後。


 ウロボロス戦で俺の勇姿を見せつけられたかな? なんて思っていたのだが、全くの逆効果だった。ウロボロス戦に参加していたエルフたちは、さらに俺を怯えるようになった。それどころか、俺を見かけると手を合わせて拝む始末。

 さらに、お供え物が届くようになった。もともと地代は受け取っていたのだが、それとは別に、俺個人宛に食べ物や工芸品が送られてくる。


 じいさんから渡された、『奉納』と書かれた包みを持って呟く。


「俺、祟り神扱い?」


「そんなつもりは無い。皆、畏敬の念を抱いておるのじゃよ」


 そう言いながらも、じいさんの顔は引き攣っている。畏敬と言うより、畏怖なんじゃないかな……。まあ、いいんだけどさ。

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