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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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アーヴィンくんの修業日記3

 ビルバオでの用事は2日にわたるものだったのだが、ここで宿泊する必要は無い。エルミンスールの自室でゆっくり休んだ。

 エリンの作業が終わる頃を見計らい、ビルバオの街外れに転移する。



 俺が転移先に選んだ場所は、ビルバオの外れにある小さな空き地だ。大きな工房の陰になっていて、普段は人が来ることがまず無い。

 しかし、今日はなぜか先客が居た。俺たちの転移を悟られることは無かったのだが、空き地の真ん中に誰かが居る。


 目を凝らしてよく見ると、そこには居たのは昨日の兄妹とゲイリーコンビだった。ゲイリーコンビが兄妹を一方的に詰っているように見える。


「だから言ったのに……」


 俺の呟きは空を切ってどこかに飛んでいった。ルナたちは、俺の言葉が耳に入っていないようで、無言のまま心配そうに兄妹を眺めている。


 あの兄妹が嫌がらせを受けることは予想していたし、2人にも早く街を出るように忠告しておいた。案の定、絡まれている。

 でもまあ、今回は仕方がないか。ゲイリーコンビの報復が早すぎた。昨日の今日で街から出ていくというのは、いくらなんでも無理だ。

 乗りかかった船というやつかな。助けよう。


「ちょっと手を出してもいいか?」


「あ、はい。もちろん構いませんが……」


「やりすぎないでね?」


 ルナとアーヴィンが心配そうに言う。俺を何だと思っているんだ……。これでも手加減は得意だと思うぞ。


「あたしがやろうか?」


 リーズは名案を思いついたかのような顔で言うが、もちろん却下だ。リーズの『手加減』は当てにならない。『自分なら死なない』を基準に考えているフシがあるので、相手によってはやりすぎになる。


「いや。話し合いで解決するなら、それでいいんだ。俺が行くよ」


 これ、俺のせいとも言えなくはないんだよなあ。今後のトラブルを避けるなら、報酬を諦めさせるべきだった。ゲイリーに金が渡るというのがどうしても許せなかったので、余計なことをしてしまった。



 ひとまず4人に近付き、声を掛ける。


「よう、今日も元気がいいな。今日は何の嫌がらせをしているんだ?」


「なっ! テメェ!」


「……またあなたですか。今日も我々の邪魔をするつもりですか? 毎度毎度、我々の邪魔ばかりを……。何か恨みでもあるんですか?」


 ヘンリーが気持ち悪い声を出すと、ゲイリーはうんざりしたように言った。


「恨みは……まあ、普通にあるな。お前らのせいで、いろいろ面倒だったんだよ。昨日もそうだ」


「それはこちらのセリフです。ですが、ちょうど良かったですね。我々もあなたを探していたのですよ。この2人とはもう少しで話がつきますので、それまでお待ちください」


 兄妹を見ると、服があちこち破れて顔を腫らしている。すでにかなり殴られているようだ。ゲイリーが言う『話』とは、肉体言語によるものらしい。野蛮人かよ。


「……逃げてください。私たちは大丈夫です……」


 妹がかすれた声で言う。とても大丈夫そうには見えないぞ。兄貴の方はもっと酷く、声も出せないくらい痛めつけられているようだ。


「一方的に殴ることを『話』とは言わない。もうやめておけよ」


「こちらの問題です。口を出さないでいただけますか?」


「そういうわけにもいかないだろ。昨日の件なら俺も関わっている」


 俺がそう言うと、ゲイリーは辺りを見渡して下卑た笑みを浮かべた。何かを企んでいるように見える。


「……そうですね。そこまで言うなら、決闘で話をつけましょうか」


 決闘。決闘ねえ……。どうしようかな。何を企んでいるのかは知らないが、これで方付くならまあいいか。


「いいだろう。受けて立つ。条件は?」


「負けた方が冒険者廃業ということで、どうでしょうか?」


「うーん……。まあ、いいんじゃないか?」


 正直、俺は冒険者を辞めたところで大した問題にはならない。俺が冒険者を続けているのは、素材の売り先の確保のためだ。今は他にも売り先が確保できている。いつもの服屋やいつかの商人など、頼めば買い取ってくれる人は何人か居る。


「では、ルールを確認しましょう。我々は2人組で活動しています。2対2の決闘でいいですよね?」


 ゲイリーは、下品な笑みを浮かべながら言う。

 今日俺と一緒に居るのは、ルナとリーズとアーヴィンの3人。クレアとリリィさんは、背丈と顔つきで戦闘員に見えなくはない。しかし今日連れている3人は、とても戦えるようには見えないはずだ。なかなか卑劣なルールだな。


 非戦闘員を手早く排除して、2対1の状態に持ち込むのが狙いなのだろう。


 残念だったな。俺たちは全員が戦闘員なんだよ。ただし、ルナは決闘に向いた戦い方じゃないし、リーズはたぶん手加減ができない。こんな時にクレアが居ればちょうど良かったんだけどなあ……。


「まあ、いいだろう。アーヴィン、やるぞ!」


「はあっ? 僕?」


 アーヴィンが間の抜けた声で返事をする。まさか自分が指名されるとは、考えていなかったらしい。


「訓練だよ。元々お前の訓練のために来ているんだから、お前がやった方がいいだろう」


「アーヴィンさん……諦めてください。たぶん、王城での訓練よりは優しいと思いますから……」


 ルナが遠い目をして言う。

 ゲイリーとヘンリーは、聞く話によるとそんなに強くない。剣を持った大きなゴブリンと同等くらいだろうか。グラッド隊の連中と比べたら、かなり格が落ちる。優しいというのは間違いないな。


「くふっ。我々は構いませんよ。女性を痛め付ける趣味はありませんからね。少年も、男なら分かるでしょう?」


 ゲイリーは、笑いをこらえながら言う。もう勝った気でいるらしい。

 ちなみに、俺は名前を明かしていない。ゲイリーは俺たちのことを普通の新人冒険者と思っているのだろう。そして、アーヴィンのことも普通の子どもだと思っているようだ。舐めて掛かるのは向こうの勝手。こっちは本気でぶつかるだけだ。


 決闘を始めるにあたり、第三者の見届人を連れてくる必要がある。審判のような役目だ。冒険者同士の決闘の場合、ギルド職員が見届人になることが多い。ギルド職員はTKOの判断が早いので、余計な怪我をするリスクが減る。


「じゃあ、見届人は誰にする?」


「必要ありませんよ。男の約束です。違えることは無いでしょう?」


 ずいぶん男らしいことを言うなあ。ゲイリーはこんなキャラだったか? どうも違和感がある。


「まあ、そうだな。いいだろう。始めるか。とりあえず、ルナは兄妹の怪我を治してやってくれ」


「はいっ」


 ルナは軽快に返事をすると、兄妹に近付いて魔法の詠唱を始めた。


「リーズ。悪いけど、アーヴィンに鉄の棒を貸してやってくれないか?」


「いいよー」


 リーズは、マジックバッグから愛用の鉄の棒を取り出し、アーヴィンに渡した。

 俺は訓練用の警棒を使う。これも地味に使用頻度が高いんだよなあ。俺は警棒と呼んでいるけど、剣を無理やり加工しただけのただの棒だ。これもいずれ新調したい。


 決闘を始める前に、ルナとリーズに小声で話し掛けた。


「悪いんだけど、今の様子をカメラで撮影しておいてくれ。できるだけ多くだ」


「……え? いいですけど……なぜです?」


「ゲイリーの様子が気になるんだ。何をしてきても対処できるとは思うんだけど、念のために証拠を残しておきたい」


 ゲイリーは後でゴネるかもしれない。決闘が無効だと言い出したり、一方的に暴力行為を受けたと騒ぎ出したりする可能性がある。一応は兄妹が証言してくれると思うのだが、これも保険だ。


 アーヴィンと横に並び、ゲイリーコンビと向かい合った。ゲイリーとヘンリーは、かなり近い距離に陣取っている。混戦が狙いなのだろう。

 わざわざ誘いに乗ってやる必要は無い。近すぎると危険なので、アーヴィンには離れるように指示を出した。



 これで準備完了。両者、武器を構えて開始の合図を待つのだが……。


「おい、ゲイリー。ちょっと待て。その武器は何だ?」


 決闘は、両者が何も言わない場合は非殺傷武器を使う。攻撃魔法も禁止だ。『決闘』とは言うものの、中身は試合や模擬戦に近い。刃がついた武器を使う時は、事前に申し合わせるのがマナーだ。


 なぜこんな確認をしたかと言うと、ゲイリーが思いっきり刃が剥き出しになった片手剣を構えているから。「殺しますけど何か?」という明確な意志を感じる。

 さっきの違和感はこれだな。最初から殺すつもりだったから、見届人が必要なかったんだ。と言うか、逆に邪魔だった。


 真剣での決闘は両者の合意が必要だが、相手が死んでしまえば関係無い。死人に口無しというやつだ。それを狙ったのだろう。


「言っていませんでしたか? 我々の決闘は、いつも真剣勝負なんですよ」


 ゲイリーはそう言って、勢いよく向かってきた。武器を持ち替える暇を与えないつもりだな。……あれ? 開始の合図が無かったような……。まあ、それはいつものことか。合図を出す人が居ないから、勝手に始められても文句は言えない。


「それは知らなかった。まあ、俺はどっちでもいいんだけどな」


 そう言って、ゲイリーの右手首を警棒で叩いた。すると、『ベキッ!』と鈍い音が鳴り、ゲイリーは剣を地面に落とした。


「がっ……痛ェェェ……」


 ゲイリーは、苦しそうに顔を歪め、右手首を左手で押さえている。ゲイリーは利き手で剣を持つことができなくなった。勝負は決まったようなものだ。


 ただし、ちょっと気になる。ゲイリーが真剣を使ったのなら、ヘンリーも真剣を構えているはずだ。ヘンリーに視線を移すと、遠くからアーヴィンの叫び声が聞こえた。


「ちょっと! 真剣勝負なんて聞いてないんだけど!」


「関係無い。相手はゴブリンだと思え。ゴブリンの中には、剣を持った奴もいるんだ。それよりはマシだぞ」


 ちょっと大きめのゴブリンは、両手剣を片手剣のように振り回す。ヘンリーが持っている剣は、普通のロングソードだ。重さも速度も大したことはない。冷静に対処すれば大丈夫。むしろ緊張感があっていいかもしれない。


「そういう問題じゃないっ!」


 アーヴィンは、文句を言いながら剣を受け止めている。ささやかな剣戟の響きと共に、小さな火花を散らしている様子が見える。互角……ではないな。アーヴィンにはまだ余裕が見られる。

 精神的に追い詰められているのはアーヴィンだが、技術ではアーヴィンの方が上だ。時間を掛ければ勝てるだろうな。


「■■■■■■■■■■■、ファイヤーウォール!」


 アーヴィンの様子を見ていると、突如として目の前に直径1メートルほどの火柱が現れ、俺を包み込んだ。


「のんきに話をしているからだァ! 焼け死ねェ! フハハハハハ!」


 ゲイリーが静かだとは思っていたのだが、どうやら魔法を詠唱していたらしい。意外と芸達者な奴だな。


「ごきげんなところ悪いんだけど、俺のコートは魔法を弾くんだよ。全く効かないぞ?」


 両手を振って、火柱を掻き消した。

 今回はコートで弾いたが、耐熱魔法を使えばコートも要らない。俺が開発した耐熱魔法は、太陽の表面で昼寝ができるくらいの性能なんだ。この程度の温度では何も感じない。


「な……」


「とりあえず、こっちは俺の勝ちでいいか?」


「くっ! まだだ!」


 ゲイリーは、そう言ってアーヴィンの方に向かって駆け出した。ターゲットを変更するつもりか? いや、違うな。たぶん、アーヴィンを人質にするつもりだ。


「アーヴィン! そっちに行ったぞ! 2対1だが、やれるか?」


「無ー理ー!」


 アーヴィンは、俺の話を聞いてちゃんと返事をするだけの余裕があるらしい。全然大丈夫そうじゃないか。


「よし! 頑張れ!」


「話聞いてる? 無理だってば!」


 ヘンリーの剣を受け止めながら必死な声を出している。


 俺は少し離れたところで静観するが、転移剣の準備だけはしておこう。

 ゲイリーは手負いなので、武器を持つことはできない。警戒するべきは魔法だが、危ないと判断したら、すぐに手を出す。


 たぶんギリギリの戦いになるだろう。アーヴィンにとっては、ちょうどいい負荷になるはずだ。訓練は厳しいくらいが適量なんだよ。頑張れ。

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