アーヴィンくんの修業日記2
エルミンスールで一晩を明かし、武器の修理のためにビルバオに行く。メンバーは昨日と同じだ。
クレアは絶対に行かないと言っていた。Gが出没するので、絶対に嫌だそうだ。クレアは特に用がないので、無理強いはできない。
リリィさんは作りたい魔道具があるから、と言って辞退した。何を作る気か知らないが、楽しみにしておこう。
ビルバオの街外れに転移し、エリンの工房に向かった。工房の扉を豪快に開け、中に声を掛ける。
「エリン! 居るか?」
「はーい。どなたぁ?」
エリンは、そう言いながらパタパタと走ってきた。
「俺だ。覚えているか?」
「あっ! いつかの太客……じゃなくて冒険者さん!」
今、太客って言わなかったか? 水商売でよく使われる、金払いが良い上客という意味の言葉だけど……。本人を前にして使う単語じゃないぞ。
まあいいか。覚えているみたいだから話が早い。
「久しぶりだな。また修理を頼みたいんだ。時間はあるか?」
「うーん……本当はそんな暇、無いんだけど。いいよ。やったげる」
エリンは一瞬顔を曇らせたが、すぐに笑顔を作って答えた。
「悪いな。忙しかったか?」
「そうなの! 冒険者さんのおかげだよっ! 今ねぇ、王都の『大鷲屋武器店』さんに、武器を卸しているの!」
あ、武器屋のおっさんもここに来たのか。
以前、ここで買った武器をあのおっさんに紹介したのだが、ずいぶん気になっている様子だった。もう買い付けに来たらしい。行動が早いな。
「繁盛しているみたいだな」
「うん! ありがとう! 冒険者さんも儲かってるみたいだねっ! 凄いね、その服!」
エリンは、俺の服装を見て興奮気味だ。俺はまだ金ボアコートを着ているので、とても金持ちに見えたらしい。
「ああ、ありがとう。でも目立ち過ぎてなあ」
「そうだね。お金の塊みたいだもんね」
お金の塊? なんだか嫌な表現だな。目立つどころか、そこらじゅうから狙われそうじゃないか。
「いや、今日はそんな話をしに来たんじゃない。エリンの作品じゃないんだけど、修理できるか?」
「いいよー。修理する武器を見せて」
エリンの言葉に合わせてアーヴィンに目配せをすると、アーヴィンは恐る恐る剣を差し出した。
「これなんですけど……」
アーヴィンが使っている剣は、反りが浅くて細い普通の片手剣。ミルジアの軍用装備と同じ形状らしい。安物だが軽くて手入れしやすいので、アーヴィンにはちょうどいい武器だ。
だが刃が欠けやすく、ゴブリンの硬い部分を叩きすぎてボロボロになってしまった。
「これは……酷いね。鍋でも叩いた?」
「そんなわけないだろ。普通に戦ったんだが、こいつはまだ下手糞でなあ。たかがゴブリン相手にこの有様だよ」
アーヴィンは、バツの悪い顔でそっぽを向いている。自分が下手であることを自覚しているようだ。
「そっかぁ。いいよ。すぐに直すから、ちょっと待ってて」
「すぐにって、そんなに早く直るものじゃないだろ。明日また取りに来るから、ゆっくりやってくれ」
「はぁい。じゃ、明日の同じ時間に取りに来て」
エリンは仕事が早い。普通なら、ただの修理でも数日掛かるはずだ。少なくとも、俺がやったら数日掛けても満足に直せない。むしろ、完全に壊す自信がある。
修理をエリンに任せ、工房を後にした。次に向かうのは冒険者ギルドだ。
ゴブリンの討伐報酬を受け取っておきたい。別に急ぐ必要はないのだが、マジックバッグの中にゴブリンの耳が入っているという状態が気持ち悪い。
冒険者ギルドの中に入ると、中がずいぶん騒々しい。カウンターで数人が言い争っているようだ。
「これは僕たちの獲物だって!」
「人の獲物を横取りしておいて、偉そうなことを言うんじゃない。君たちはまだランクなしの新人なんだから、おとなしく引き下がりなさい」
言い争っているのは、若い男女パーティーと2人組の男パーティーだ。男パーティーは、デブとヒョロのコンビ。こいつらには見覚えがあるんだよなあ。
デブがヘンリーで、ヒョロがゲイリー。以前ここに来た時に俺たちと揉めた、小悪党クズ冒険者の当たり屋ゲイリーさんだ。
「新人かどうかなんて、関係無いだろ! 横取りしているのはそっちじゃないか!」
「兄さん……もうやめようよ。時間の無駄だよ?」
若い男女パーティーは、兄妹らしい。
かわいそうに。新人で頼りなさげだから、カモられているな。ちょっと首を突っ込んでみるか。
「どうした? 後が支えているんだ。早く済ませてくれ」
「テメェにゃあ関係ねぇだろ! すっこんでろ!」
デブの方、ヘンリーが唾を飛ばしながら怒鳴った。
「よしなさい、ヘンリーくん。我々はチンピラではないのです。失礼ですが、部外者は……げぇ」
ゲイリーは、俺の顔を見るなり気持ち悪い声を出した。どうやら、こいつも覚えていたらしい。
「テメェら……あの時の……」
ヘンリーは、そう言いながら気持ち悪い顔で俺を睨む。
すると、カウンターの向こうに座っていた青年の職員が、話に割り込んできた。
「お久しぶりです。来ていたのですね」
ギルド職員も俺のことを覚えていたらしい。助けを求めるような目で、俺を見ている。
「こいつら、まだ冒険者を続けていたんだな。てっきり除名になったと思っていたよ」
「フン。君たちのせいで、ずいぶんな目にあわせられましたよ。Eランクにまで落とされたのですよ? この我々が。長年ギルドに貢献し続けた我々が。Eランクですよ? 屈辱以外なにものでもありませんよ」
ここのギルド長は、降格は確実、下手をしたら除名処分になると言っていた。除名は免れ、降格処分だけで済まされたらしい。
「俺たちが文句を言われる筋合いは無いぞ。自業自得だな」
「身から出たサビ?」
「リーズさん、きっとこの方々にはそんな言葉は通じませんよ?」
リーズとルナから嫌味が飛び出した。この2人、嫌いな相手には平気で毒を吐くんだよなあ。
「何をごちゃごちゃ言っているのですか? 我々から報酬を掠め取っておきながら、また邪魔をすると言うのですか?」
ゲイリーには2人の嫌味が通じていない。やはり頭が良くないようだ。
「掠め取ろうとしていたのは、そっちだろ。こんな新人にまで文句を言って。恥ずかしくないのか?」
「フンッ! テメェも冒険者なら分かるだろ! 俺たちは横取りされたんだよ! あと一歩まで追い詰めた獲物をなあ!」
ヘンリーが、新人の少年に唾を飛ばしながら怒鳴る。汚いなあ。唾を飛ばさないと喋れないのかよ。
「あと一歩じゃなかった! 僕たちが見つけた時は無傷だったぞ!」
話は平行線のまま進みそうにない。俺が仲裁に入る義理など無いのだが、これも縁だ。本格的に首を突っ込もう。
どちらが本当のことを言っているのか……。ゲイリーは全く信用できないのだが、先入観を持ったまま話を聞くと判断を誤る。どちらも本当のことを言っているという前提で話を聞く。
「ちょっと状況を教えてくれないか?」
俺がそう言うと、ギルド職員が立ち上がって話し始めた。
「では私から説明します。近頃、この辺りで特殊個体のウルフが目撃されていました。緊急目撃情報を出していたのですが、ゲイリーさんが真っ先に討伐に向かいまして。
しかし、偶然にも彼らが出くわしてしまったんです。焦った彼らがウルフを討伐し、今に至るわけです。現場の状況は当人にしか分からないことですので、揉めているのです」
よくある獲物横取り事例だな。冒険者のルールには、優先権というものがある。最初に手を出した人に優先権があり、他の冒険者が討伐をしても、獲物は優先権を持つ人のものになる。
見つけた獲物が誰かと交戦中だった場合、後から来た冒険者は待たなければならない。
「お前ら、優先権のことは知っているよな?」
「もちろんだっ! あの時、周りには誰も居なかったよ。居たら無理して戦わない」
たぶん、この新人はそれなりに腕が立つのではないだろうか。たかがウルフだが、特殊個体となると多少は強い。
「ねぇ。本当にもういいよ。兄さん、早く諦めて、帰ろう?」
新人の妹の方は、終始そわそわしてこの場を去ろうとしている。もう諦めているのだろう。
それに対して、兄の方は怒りを顕にして譲ろうとしない。
「良くないっ! 僕たちは死にかけたんだぞ? ポーションだって、大量に使った! このまま帰ったら大赤字だ!」
ああ、それは死活問題だな。冒険者の怪我は、全て自己責任だ。怪我はすぐに治るが、治すために掛かった費用は自分持ち。報酬が入らなければ、使った分のポーションを買い足すこともままならない。
「それは君たちの都合だろう? 我々は近くに隠れてスキを窺っていたのだ。本来であれば、もっと良い状態で討伐できていたものを、作戦を台無しにされて困っている」
ゲイリーの言い分も、一応筋が通っているようだ。しかし、気になる点もあるな。ちょっと聞いてみよう。
「お互いがボロボロになるまでって、いったいどれだけの時間を戦っていたんだ?」
「必死だったから、分からない。真上にあった太陽が、大きく傾くくらいかな」
詳しくは分からないが、3時間くらいだろうか。
「なあ、ゲイリー。そんなに長い間戦っていたのに、割って入ろうとは思わなかったのか?」
「言ったでしょう。我々は隠れていたのです。簡単に姿を現すことはできませんでしたよ」
ゲイリーは、堂々とした態度のまま、よどみない口調で言う。
妹が不自然なほど静かだ。気になって見てみると、目が泳いでいた。ゲイリーたちが隠れていたことに、気付いていたらしい。それを言うと不利になると思い、黙って帰ろうとしているようだ。
だいたい分かった。嘘つきの炙り出しに成功したぞ。
「なるほどな。よくわかった。
お前らは新人だから知らないだろうが、優先権のルールには欠陥がある。今みたいに、魔物を見つけておきながらその場で隠れている奴が居るんだよ。
討伐した後で優先権を主張されたら、討伐した人が不利になる。周囲にもっと気を配った方がいいぞ」
「え? どういう意味?」
焦った妹が、慌てて聞き返す。
「ゲイリーには討伐する気がなかった、ということだ。自分の代わりに討伐してくれる奴を待っていたんだよ」
討伐してくれなくても、弱らせるだけで十分だ。いいタイミングで顔を出し、美味しいところだけを奪う。
「なっ! 何を証拠に!」
ゲイリーが興奮して怒鳴った。推理に対して証拠を求める奴は、ほぼ間違いなく犯人だよ。これはクロだな。
「証拠は無い。でも、客観的に証言をまとめると、そういう結論になる」
「ゲイリーさん。詳しくお話ししていただけませんか?」
「話すことなど無いっ! 報酬はそこのクソガキにくれてやるわ! こんなクソギルド、こっちから辞めてやる! 行くぞ、ヘンリー!」
「ハイッス!」
ゲイリーは分が悪いと感じたのか、ズカズカと歩いて出ていった。
「報酬を辞退したということでいいのかな?」
「……そうなりますね。お手を煩わせて、申し訳ありませんでした」
職員の青年は、うんざりした様子で言った。これで一件落着だな。安心して換金をお願いしよう。
「大丈夫だ。話が長引くと俺も困るんだよ。ゴブリンの耳を持ってきているから、換金を頼む」
「承知しました。彼らの方が先ですので、申し訳ありませんが少々お待ちください」
青年は、そう言ってカウンターの奥に消えていった。その姿を見届けると、アーヴィンが不審そうな目で俺を見た。
「ねぇ、今のは何だったの?」
「以前、俺に嫌がらせをしてきた馬鹿だよ。また怪しいことをしていたから、気になったんだ」
「コー君に……嫌がらせ? 死にたいの?」
アーヴィンが呆れたように言うと、すかさずルナが反応した。
「さっきの方は、ちょっと頭が残念なんです。ああいう人も居ますので、気を付けてくださいね?」
子どもをあやすように言うが、アーヴィンの中身は大人だからね。ルナも知っているはずなのだが、忘れているらしい。
報酬を待つ間に、例の兄妹に声を掛けられた。
「あの……。ありがとうございました。助かりました」
「まあ気にするな。ああいう奴は珍しいが、たまには居るんだ。気を付けろよ。
あとなあ、ここに居ると嫌がらせをされると思うぞ。拠点を変えた方がいい」
あの手の奴は、とにかく根に持つ。目を付けられたら最後、ずっと粘着される。面倒だから逃げた方がいい。
「Fランクに上がったら、そうします。あと1つなんですよ」
「そっか。できるだけ急いだ方がいいぞ。何をしてくるか分からないからな」
「ご忠告ありがとうございます。気を付けます」
兄妹は、俺の前に2人並んで深々と頭を下げると、報酬を受け取って帰っていった。
俺の忠告を聞かず、まだしばらくこの街に留まるらしい。どうせまたゲイリーの嫌がらせを受けるんだろうな。かわいそうに。






