魔道具普及大作戦4
2日間、目の前のスライムを潰し続けた。もう一生分のスライムを潰した気がする。この周辺には、もうスライムは残っていない。
スライムどころか、他の魔物もいない。事前情報と違うな……。
「スライムを餌にしている魔物が出てくるんだったよな?」
「そのはずですが……これだけ暴れていれば、近付いてこないと思いますよ?」
ルナは、周囲を見渡しながら言う。
2日に渡って岩を落とし続けた結果、地形がかなり変わってしまった。ボコボコの穴だらけだ。民家どころか街道すらない荒野なので、割と遠慮しなかった。
「知恵が回る魔物なら、この場所を避けると思うわ」
クレアも同意見らしい。ここに居ても意味がないな。
「そういうことなら、少し早いけど街に帰ろうか」
野営セットを撤収し、引き返した。街に近づくにつれ、スライムの数が増えている。スライムは、俺たちが戦っていた場所を避け、北上を続けていたらしい。
せっせとスライムを踏み潰しながら街に近付くと、異様な光景が広がっていた。
オマリィの私兵が、光の玉に翻弄され、ドデカイトカゲに追い回されている。
「何があった!?」
オマリィの私兵を1人呼び止めて聞いた。
「コーさんこそ、どこで何をしていたんですか!
見ての通り、魔物は街の目前に迫っています。もはや手遅れです」
「襲われるまではまだ時間があったはずだろ?
どうしてこんなに早く……」
「それはわかりません。魔物共が、本来のルートを逸れたとしか考えられません」
あ……たぶん俺のせいだわ。俺が調子に乗って派手に動いたから、魔物が危険を察知して俺たちを避けたらしい。餌が少ないルートを通ったので、予定よりも進軍速度が上がったんだ。
ちょっと拙いな。手伝うか。
「ここは俺たちが引き継ぐ。あんたらは逃げろ」
「いえ、そういうわけには……。
コーさんは街の方へ。街を放棄しますので、避難誘導をお願いします」
避難誘導と言いながら、そのまま逃げろという意味だ。これでも俺たちは部外者だから、気を使ったんだろう。
責務を果たさんとする責任感は大したものだが、俺たちは逃げるつもりはない。今この場を離れたら、ほぼタダ働きになる。今回の一番の狙いは、リザードとウィスプの素材なんだ。
「いや、駆除を手伝うぞ。魔物が集中している場所はどこだ?」
「駆除……? 討伐できるんですか?」
「たぶんな。元よりそのつもりだったんだ」
「では、なおさら街の中をお願いします。既に街の中にも相当数が侵入しています。怪我人も多数出ていますので」
この街には防壁がない。魔道具がないので、手軽に建設することができないのだろう。街の周囲は、簡単な木製の柵で覆われているだけだ。魔物だけでなく、人間も容易に侵入できる。
街の中に入ると、何匹かの魔物が暴れていた。家が何軒か倒壊している。元々潰れそうなボロ屋なので、簡単に崩れたのだろう。
ここでもオマリィの私兵が頑張っていた。顔見知りの1人を捕まえ、事情を聞く。
「どういう状況だ?」
「あ……救援ありがとうございます。
たくさんの住民がスライムの駆除を進めてきましたが、間に合いませんでした。まだ多くの住民が街の中を逃げ回っています。手助けを……」
この街の住民は数日前から避難を開始しているが、戦える人は街に残った。スライムの駆除と街の防衛のためだ。
「いや、侵入した魔物を駆除する方が先だな。放置したら被害が拡大するだけだ。避難誘導はあんたらに任せた。魔物の駆除は俺たちに任せろ」
本来なら避難誘導を優先するのが正しいとは思う。だが、今逃げ回っているのは、戦うことを選択した人たちだ。多少の危険は承知の上だろう。
「承知しました。無理はなさらず、怪我をしたら教会に来てください」
教会が一時避難場所になっているらしい。治癒魔法使いが待機しているのだろう。まあ、俺たちには必要無い。
マップで魔物の位置を確認し、みんなに指示を出す。
「一箇所に固まったら効率が悪いから、散開しよう」
「りょーかいー。スマホは?」
「通話状態にしておいてくれ。何か問題が起きたら、すぐに連絡だ」
一斉に分かれ、討伐を開始した。
今日の相手は素材が手に入るので、討伐したら残さず拾う。これが今回の報酬になるので、できるだけ取りこぼさないように注意したい。
まず対峙したのは、バレーボール大の火の玉。ウィスプだ。青白い炎を纏い、地面の近くで怪しく揺れている。色と大きさがぜんぜん違うが、ウロボロスに近い。実体が無く、ただの炎にも見える。
ウィスプは、俺が近付くなり無詠唱で魔法を撃ってきた。小さな火の玉だ。魔法の形は詠唱魔法と同じようだが、威力はルナの魔法の半分くらい。めっちゃ弱い。
火の玉は金ボアコートに阻まれてすぐに消えたが、好き放題撃たせると周辺の家が燃える。優先して潰した方がいいだろう。
物理攻撃が効かないらしいのだが、どれくらい効かないのか確認したい。マチェットを構え、ウィスプを切り裂いた。
すると、『ブフォッ』という鈍い風切り音が響き、ウィスプの塊が消えた。『コツン』と何かが地面に落ちる。確認すると、小さな魔石だった。
「物理攻撃、全然効くじゃん」
人の噂はあてにならない。たった一振りで、簡単に倒すことができた。どういうことなんだろう?
『本当ですね。上手く当てることができれば倒せます』
俺の独り言だったのだが、聞こえていたらしい。ルナも物理で倒せたようだ。
『効きにくいだけね。修復が早いみたい。一発で倒せば問題無いわ』
クレアが冷静に分析して、報告してきた。修復できないダメージを与えれば、物理でも倒せるようだ。
続けてリリィさんの叫び声が聞こえる。
『物理こそ至高の一撃ィッ』
無視しておこう。たぶん、テンションが上がっているだけだ。
身体強化を使うと、何かの追加効果が現れる。リリィさんの追加効果は『複数の物事を同時に考える』というもの。冷静であればとんでもない洞察力を発揮するのだが、使いこなせているようには見えないな。
ちなみに、リーズはこの会話に参加していない。「よいしょー」とか「えーい」という掛け声が聞こえてくるので、元気であることは間違いない。特に用は無いため、放置する。
街の中を縦横無尽に駆け巡り、魔物を討伐していく。
「うぉぉっ! すっげぇ……」
俺たちの戦う姿を見ていた連中が、歓声を上げた。目立つ格好をしているので、戦う姿が華やかに見えるのだろう。
「黄金の騎士団だ……」
この街の住民たちが、ボソリと呟いた。
『すみません、ずいぶん恥ずかしい呼び名で呼ばれているみたいなんですが……』
他のメンバーも耳にしたようだ。
「気にするな……。気にしたら負けだ」
目立つのは仕方がない。金ボアコートは必要以上に目立つ。目立たないように行動するのは無理だ。
街の中は片付いた。次は外だ。魔物の残骸をマジックバッグに放り込み、街の外に出る。
外に向かった俺たちを見た住民たちは、街の柵付近に集まり始めた。外の様子がよく見える場所を陣取って、のんきに観戦するつもりらしい。
はっきり言って邪魔だが、注意するのも面倒だ。無視して駆除を再開する。
目の前のウィスプを、勢いよく斬りつけた。ブフォッと音を立てて消える。
「ウォォォォォ!」
柵に群がる男たちが野太い歓声を上げた。うるさい。
いちいち気にしていたらキリがない。気にせず駆除を続けよう。
街の中ではウィスプを優先したが、外ではリザードを優先したい。燃やされて困る物は無いし、金ボアコートが魔法をブロックしてくれる。ウィスプは何の脅威にもならない。
「ウィスプは後回しにして、先にリザードを駆除しよう」
リザードは比較的動きが速く、少し油断すると街の中に入ろうとする。スマホで指示を出し、全員でリザードの駆除に乗り出した。
リザードの駆除に終わりが見えた頃、放置し続けていたウィスプが、一箇所に集まり始めた。拗ねたのか?
『ウィスプの様子がおかしいです。注意してください』
ルナからも報告が来た。周辺にいる全てのウィスプの様子がおかしいらしい。
集まったウィスプは、渦を巻くように混ざり合い、1つの大きなウィスプになった。その大きさは、大型バイク1台分くらい。スライムは合体しなかったのに、ウィスプはキングに変身するのかよ。
「なんだ、あれ!」
観衆たちのあいだで、どよめきが起きた。長年この地に住む人でも見たことがない、珍しい現象のようだ。観衆の緊張感が高まる。
観衆を背にすると、流れ弾が飛んでいくかもしれない。街の柵と平行になるように位置取り、キングウィスプと対峙した。
キングウィスプはあちこちで生まれ、全部で5匹だ。都合よく俺たちの人数と同じなので、1人1匹ずつ駆除する。
「ちょっと強いかもしれないけど、まあ負けることはないだろう。みんなも頑張ってくれ」
『はーい』
リーズの気の抜けた返事を皮切りに、全員から了承の返事がきた。
ウィスプは魔法以外の攻撃手段を持たず、俺たちには魔法が効かない。どう考えても負ける要素は無い。とは言え、クレアとリーズは苦戦するだろう。魔法が使えないので、物理攻撃で倒しきらなければならない。
普通のウィスプは物理でも楽勝だった。キングはどうだろうか。いざとなったら適当に焼けばいい。まずは物理攻撃の効き具合を調べる。
普通のウィスプを相手にする感覚で、マチェットを振った。すると『スカッ』という感触で青白い炎をすり抜ける。やはり物理では難しそうだな。
飛んでくる火の玉を体で受け止め、マチェットを振り続けた。何度も斬り付けているのだが、修復速度に勝てない。切ったそばからどんどん修復していく。
剣の長さにも問題があるか……。ロングソードなら、もう少し楽に倒せそうだ。
俺が実験を繰り返していると、ルナの近くで大きな火柱が上がり、キングウィスプの気配が1つ消えた。魔法で片付けたらしい。絶対にその方が早い。マチェットでチマチマ削っていく相手ではない。
『討伐しました。魔法じゃないと無理みたいですね……』
ルナも物理で頑張ってみたらしい。ルナの武器は、マチェットよりも少し短いナイフとダガーだ。かなり分が悪い。
ルナからの通信と同時に、リリィさんの近くにいたキングウィスプの気配が消えた。やはり魔法組は早いな。
『そんなことはないぞ。殴っても倒せる!』
魔法かと思ったら、殴っていた。物理でも倒せなくはないんだな。リリィさんからの報告の後、クレアとリーズも討伐を完了した。
『意外と何とかなるものね』
クレアの剣は刀身が長いので、さほど不利にならなかったようだ。
『鉄の棒でいっぱつー!』
リーズはどうして訓練用の鉄の棒を使ったんだろう……。グレイヴの方が確実だと思うのだが。リリィさんとボナンザさんから悪い影響を受けている気がする。鈍器最強説を真に受けているようだ。
「お疲れ様。俺もさっさと終わらせるから、みんなは残りのリザードを片付けておいてくれ」
残るキングウィスプは、俺の前にいる奴だけだ。クレアとリーズは苦戦すると思い、ちょっとのんびりしすぎた。
いまさら魔法で片付けるのもしゃくだし、試したいことがある。後ろに飛び退き、距離を取った。
転移剣の応用で、体の一部を飛ばして戻すという技が使える。腕だけをウィスプの真ん中に転移させ、魔石を掴み取って腕を戻した。
ソフトボールくらいの大きな魔石が手に残る。これがウィスプの核になっているはずだ。スライムや普通のウィスプは、みんな似たような構造になっている。
魔石を抜かれたキングウィスプは、形を留められなくなり、風に揺られて煙のように消えていった。ずいぶん呆気ない終わりだったな……。
だが、予想通りだ。魔物は魔石が抜かれると死ぬ。この法則は、どんな魔物にも適用される。ウィスプも例外では無いはずだと思っていた。
「ウォォォォォ! すげぇぇぇ!」
「今、何が起きたんだぁっ! 何もしてねぇのに消えたぞォ!」
一際大きな歓声が起きた。
確かに、何もしていないように見える。構えて手を振った瞬間、ウィスプが消えたように見えたはずだ。傍目には異様な光景だっただろう。
ちょっと目立ちすぎたかな……。いや、この格好の時点で手遅れだ。諦めよう。
何にせよ、駆除は終わった。街の周囲に魔物の反応は無い。ここに向かってくる様子も見られない。おそらく、スライム駆除の時と同じだ。警戒して進路を変えたのだろう。東の荒野に向かっていったという話なので、もう安心だ。






