まったりとお買い物
「これ、近くで見ると異常な大きさですよ」
俺たちは今、さっき倒したオーガをマジックバッグに詰める作業をしている。
小さなポーチ程度の大きさしか無いのだが、引っ張れば大きくもなる。
マジックバッグの口を大きく広げて、オーガに被せた。
「この腕で殴られたら相当痛かっただろうな」
「痛いだけでは済みません。
普通のオーガの2倍以上の大きさですよ」
「へぇ、でも思ったよりも弱くて助かったよ」
オーガの巨体はマジックバッグに収まりきらなかった。
腕の一本がどうしてもはみ出してしまう。引きちぎれば入りそうだが……。これ以上の損傷は避けたい。
「この腕、どうしましょうか」
「しょうがない。抱えて行こう」
二の腕あたりから先が1.5mほど出てしまっている、青いごっつい腕。腰から下げれば引き摺ってしまう。
マジックバッグが壊れたら嫌なので、ごっつい腕はお姫様だっこだ。
抱えたまま防壁の門へ……。門には門番が居て、外から来る人をチェックしている。
出る時にも軽いチェックがあるが、入る時は厳しい持ち物検査がある。
不審者が相手だと更に厳しくなるそうだが、青いごっつい腕を抱える二人組。
もし怪しくないと判断するなら、その門番の目は節穴だ。
「おい、そりゃ何だ?」
案の定、門番から聞かれた。
「オーガの腕だ。さっき襲われて返り討ちにした。
あまりにもでか過ぎてマジックバッグに入り切らなかったんだ。
仕方なく、はみ出した分を抱えている」
「そうか。君たちは冒険者だったな。それは報告に上がっていたオーガだろう。通っていいぞ」
思ったよりすんなり通れたぞ。そんなんでいいのか? オーガの隙間にヤバイもんを詰めていたらどうする気だ?
まぁ、ザル検査のおかげで楽できるからいいんだけどね。
ルナは、隣でバッグを開けて中身を見せていた。中身を全部出すのではなく、口を開けて見せるだけ。
やっぱりザル検査だ。バッグの底に爆弾を敷き詰めてあったとしても通っちゃうぞ。
さて。冒険者ギルドについたわけだが。このクソでかいオーガはどこに出したものか。
カウンターに置けるサイズではない。ギルドのホールに出しても迷惑だな。
いつものように受付のお姉さんに聞こう。
「あら、おかえりなさい。ずいぶんすごい物を抱えていらっしゃいますね」
「ああ。さっき外で襲われてな。
逃げる方が危険な気がしたから攻撃したら死んだ。
買い取りをお願いしたいんだけど、どこに置いたらいいかな」
「腕を、ですか?」
「全部だ。腕はバッグに収まりきらなくてはみ出しているだけだ」
「え? ……なるほど。相当大きいようですね。査定しますので裏の広場に出してください」
ギルドの裏にある、高い壁に覆われた大きな広場。そこには剣で打ち合うおっさんたちが居た。たぶん訓練所だな。
訓練の邪魔をしないように、隅っこでオーガを引っ張り出す。
入れるのも苦労したが、出すのはもっと苦労した。引っかかるわぶつけるわ。オーガは更にボロボロになった。
門で「出せ」って言われなくて良かった。もうバッグに入れたくないよ。
横たわる、でっかいおっさん(青)、それを覗き込む髭が異常に濃いおっさん。レイモンドじゃねえか。
「よう。これをお前らだけで? すげえじゃねえか」
訓練をしていたのはレイモンドパーティだったようだ。訓練の相手は、壁にもたれ掛かってダウンしている。
髭は元気そうだ。俺とグラッド教官みたいな感じなのかな? 髭は強いらしい。
「おいおい、何をしたらこんなことになるんだ? ボロボロじゃねえか」
「アンチマテリアルライフルの魔法だ」(ドヤ
「あんちま……? 聞いたとこもねえな」
「ストーンバレットの改良だよ」
「特大オーガを穴だらけにする魔法か……。
こいつの皮膚は鋼鉄よりも硬いと言われているんだが、よくこんな穴を開けられたな。
いい剣を使わないと、上級者でもなかなか斬れない」
「まあ、それは思ったより柔らかかった、としか言えないな。
コイツは、剣で斬るよりも槍で突いたほうがダメージが通るんだろ?
槍で突くような魔法だからな」
威力は段違いです。人間の力で音速を超えるのは難しいと思うよ。
しかし、鉛弾なら槍とは違うが、鉄の弾だからなあ。組織を破壊するよりも先に貫通してしまう。
ダメージは鉛の方が上なはず。でも魔力消費が半端じゃないから仕方なく鉄を使っている。
理論上は純金の弾丸が効果的と聞いたことがあるが……。絶対試したくないな。
鋼鉄よりも硬いということは無いな。斬りにくいからそう言われているだけだろう。
「ふむ。よく知っているな。普通は槍で足を狙い、倒れ込んだら剣で首を落とす。
でかい人型の魔物ならこれで安全に倒せるし、損傷も少ない。
次からそうするといい」
「そうだな。気を付けるよ」
次は長距離でヘッドショット一発で仕留めるつもりだがな。
「お待たせしました」
受付のお姉さんがやってきた。その声を聞いたレイモンドは訓練に戻った。
たぶん邪魔をしないようにということだろう。気遣いのできる男だ。
「こちらはどこで?」
「王都から少し歩いたところの草原だよ。訓練していたら突然襲ってきた」
「そんな近くに……。
これは目撃情報があったオーガで間違いないようです。
損傷が激しいので安くなってしまいますが、全て買い取りで金貨53枚ですね」
今朝確認した目撃情報のやつだな。依頼票には70枚と書かれていたのに。
「そんなに安くなるのか……」
「申し訳ございません。
情報よりも大きいサイズですので、状態が良ければ金貨100枚で買い取れたのですが」
半額かよ! でもまあ、勉強代だな。53枚でも十分だ。狙っていたわけでもない。
偶然手に入った金だから、文句を言わず貰っておこうかと思う。
「ルナはどう思う?」
「十分だと思います。実際酷い損傷ですし、53枚なら悪くありません。
ただ、魔石はコーさんが確保した方が良いと思います」
「了解。
魔石はこちらで引き取る。残りを買い取りで頼む」
「魔石は金貨5枚で計算しています。
買い取り金額は金貨48枚になりますが、よろしいですか?」
「問題ない」
「では、カウンターでお渡しします」
金貨48枚。一枚あたりはとても薄い。体積はとても小さいのだが、重みを感じる。
オーガの魔石は、ボアの幼生と違って大きくて重かった。小さな軽石と、河原の小石くらいの差だな。
「緊急時のために10枚ほどは残したほうが良いと思う。
だから38枚、一人19枚でどう?」
「え? 分けるんですか?」
「え? 分けないの?」
「今日は私は何もしていませんから、貰うわけにはいきません」
「いや、二人で居たんだし、パーティなんだから分けるでしょ」
「いえ、今日は訓練中でしたし、私は怯えるだけで何もできませんでした。
ですから貰えません!」
強い口調で受け取りを拒否するルナ。
うーん、貰える物は貰っとけって思うんだけど、意外と頑固だなあ。
次回から揉めないように、分け前ルールを決めておいたほうが良いな。
「わかった、今日は俺が受け取っておく。
そのかわり、次回からは絶対に分けるから、そのつもりでね」
「う……。わかりました」
何かイマイチ納得してないが……まあいいか。
今日は金貨38枚くらいまでは使ってもいい。もちろん無駄遣いするつもりは無いが。
「ちょっと買い物して宿に戻ろうか。何か見たい物はある?」
「そうですね……。服と魔道具を見ておきたいです」
「服?」
俺の服は王城で山ほど貰ってきた。
ルナも私物の服と宮廷魔道士の服を持ってきているので、洗い替えも含めて十分な量があるはずだが。
「私が持っている服は、戦いには向いていないみたいです」
なるほど。確かにそうだ。
鎧が邪魔すぎて全く必要性を感じていなかったが、防具は大事だ。
ケブラー材の服があれば迷わず購入したいところなのだが……。まあ無いだろうな。
合成繊維だ。石油を見つけたとしても合成できる気が全くしない。
「じゃあ、防具屋を見に行こうか」
防具屋や武器屋はギルドの近くにある。職人街からは遠いが、立地の問題だな。
ギルドの近くで鉄を叩くのは許可が下りない。かと言って職人街で店を開いても遠すぎて客が入らない。
ということで、商人が職人から仕入れて、ギルド付近で売るのが一番売れる。
修理やオーダーメイドは職人街まで行く必要があるが。
普段遣いの消耗品だからな。近場で済ませたい。
「これなんか良いんじゃないか?」
防具屋の品揃えは意外と豊富だった。鉄の鎧や革鎧は当然あるが、革製の服も大量にある。
ルナに似合いそう、と思って手に取ったのは、淡いベージュの革でできたジャケットとロングスカートのセットアップ。
「ダメです! 高すぎます!」
おっと、値段を見ていなかった。
金貨8枚。よし。買える。
「気に入らない?」
「そんなことはありませんが……」
「こちらは、オークの革を使った服です。
とても薄くて軽いのですが、厚手の布を何枚も重ねたくらい丈夫です。
動きを阻害しないので、お嬢さんのような女性にぴったりですよ」
営業スマイルの商人が口を挟む。どこの世界でも服屋の店員は似たような物だな。
「じゃあ、着てみなよ」
試着室のようなものは無い。店の奥にある採寸室を借りて試着させた。
店員に話をつけて、今のうちに会計を済ませておく。気に入らないなら返品だ。
ルナは革の靴と帽子を物欲しげに見ていたので、これも合わせて購入。
しめて、金貨12枚也。
「お待たせしました。どうですか?」
「うん、よく似合っているよ。
この靴と帽子も合わせてみてよ」
ロングブーツとハット。今着ているセットアップもそうなのだが、意外とデザイン性を重視している気がする。
革なのだからそれなりに防御力があるとは思うけどね。
ルナに鉄の鎧を着させるつもりは全く無い。
鉄の鎧は可愛くない……じゃなくて重すぎて動きが鈍くなる。
ルナはまだ身体強化が上手くないから、鉄の塊を体に巻き付けて自由に動き回るのはまだ無理だと思う。
「どうでしょうか……」
完全装備のルナが、俺の目の前でクルッと回る。
髪とスカートがふわっと舞い、重力に従って下に向かう。
「とてもよく似合うよ。どう? 気に入った?」
「はい! でも値段が……」
「それは良かった。じゃあ、行こうか」
「え?」
「お買い上げありがとうございました」
「え?」
「さっきまで着ていた服を持っておいで」
「え?」
「本当に良かったんですか?」
「気にしないで。さっきの報酬はパーティのために使うことにしたから。
大事な仲間の防具なんだから、俺が払って当然だろ」
ちなみに、金貨未満のお金は、分けること無くパーティの共有財産にすることにした。
馬車と宿と食事代に充てられる。初日は俺が支払ったが。
「でも、コーさんは買っていませんよね?」
「ああ。俺はまだ必要ないな。
もっと大金が入ったら、いい服を買おうと思う」
オーガの革の服(黒いライダースみたいなやつ)が気に入ったのだが、金貨46枚だってさ。
無理無理。今日の稼ぎが全部飛ぶ。
よし。次は魔道具の店だ。
初評価をいただきました。ありがとうございます。
それも4pt/4ptという高評価。感謝です!