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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第十章 初めて旅は異世界で延長戦
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魔道具普及大作戦3

 カルールに向けて出発しようとした俺達に、オマリィが一通の封筒を持ってきた。


「どうした?」


「これを持っていけィ。身分証を偽造したァ。これがあればァ、ミルジアで自由に動けるゥ」


 ええ……それは助かるけど……。名前を名乗った時点でバレるような気がするぞ。『アレンシアのコー』という名前は、全世界に知れ渡っているんだ。

 まあ、貰って困る物ではないな。少しは動きやすくなりそうだ。


「悪いな、受け取っておくよ。ありがとう。じゃあ、俺たちは行くぞ」


「ン頼んだァ。我々もすぐに後を追うゥ。無理はするなよォ」


 オマリィに見送られ、屋敷を後にした。

 オマリィの私兵は、第一陣がすでに送り込まれている。オマリィ本人は、本隊と共に出陣するらしい。



 屋敷の敷地外に出ると、街の外に転移してカルールの街に急ぐ。

 行ったことが無い街なので、直接の転移はできない。街道の近くを走る。何組か、こちらに向かってくる集団を見かけた。おそらく避難組だな。


 オマリィの話では、全員が避難したわけではないらしい。多少戦える人間は街に残っている。ギリギリまでスライムを駆除し、いよいよとなったら避難を開始するそうだ。

 そのため、避難組は女子供と老人ばかりだ。兵士が付き添っているようだが、おそらく護衛だろう。


 声を掛けられたら面倒なので、気配察知とマップを駆使して、避難組から一定の距離を保っている。



 先に進むにつれ、スライムの数が増えてきた。今回の目的は、スライムの駆除だ。多少遠回りになってしまうが、できるだけ潰す。


「やっぱり、この感触……慣れないです」


 ルナは、ありふれたスライムをプチっと潰しながら呟いた。


「そう? 慣れたら快感に変わるわよ?」


 逆にクレアはお気に入りらしい。感触には個人差があるからなあ。慣れないなら、何か対策を考えた方が良さそうだ。


「武器が必要なら、何か調達してくるぞ?」


 武器を買いに行く程度の時間はある。転移でいつもの武器屋に行き、サクッと買って戻ってくるだけだ。10分も掛からない。


「……いえ、大丈夫です。いざとなったら魔法を使います」


 スライム1匹のために魔法か……。魔力の無駄遣いになりそうだな。ギュッと集まってくれれば魔法で一網打尽にしてやるのだが、残念ながら割とバラけている。集まった時に試してみよう。


「無理はするなよ」


 そう声を掛けると、リリィさんの大きな声が響いた。


「踏むのが嫌なら、殴ればいいじゃないか!」


 スライムに拳をぶつけながら言う。リリィさんは、瓦割りのポーズでブチブチと潰していた。


「もっと嫌ですっ! 足だから我慢できるんですよ……」


 だよねえ……。俺も拳で潰すのは気が引ける。スライムの体液って、臭いから。手についたら気持ちが悪いんだよ。



 リーズが大人しいなあ……と思ってリーズを探すと、少し離れた場所で大暴れしていた。グレイヴではなく、訓練用の鉄の棒を使っている。連続でスイカ割りでもしているかのように、次から次へバシバシと叩き潰している。



 スライムを潰しながらひたすら街を目指す。大型の魔物は居なかった。危険な気配も無い。カルールが見えてきた頃には、すでに数え切れないほどのスライムを駆除していた。


 意外なことに、臭い奴が殆ど居なかった。新鮮なスライムだったらしい。

 スライムは、少し成長すると体液が臭くなる。初めは酢のような臭いで、木酢液のような臭いになり、嘔吐物の臭いを経て強烈な下水の臭いになる。


 スライムの強さと臭いの強さは比例しており、強力になればなるほど臭い。その体液は、鉄を溶かすほどの酸性の毒だそうだ。

 正直、鉄を溶かすと言われても「ふーん」としか思わない。金やプラチナを溶かすレベルなら驚くんだけどなあ。若しくはガラスを溶かすとか。いや、もしガラスを溶かすような毒だったら、全力で逃げる。フッ酸の体液とか、怖すぎるぞ。



 臭くないスライムは、いくら駆除しても金にならない。取れる素材も無いし、残る魔石もちっちゃいクズだ。売り物にもならず、使い物にもならない。拾うだけ時間の無駄なので、全て放置した。


 そうこうしている間に、街の門に到着した。柵を乗り越えて街に侵入してもいいのだが、せっかく偽造身分証を貰ったんだ。堂々と中に入ろうと思う。

 ついでに、門番に街の様子を聞いておきたい。ピリついた様子の門番に声を掛けた。


「俺たちはオマリィ子爵の依頼で救援に来た。中に入れてもらいたい」


「ム……得体の知れない者を街に入れるわけにはいかん。混乱に乗じた火事場泥棒が頻発しているのだ」


 ああ、居るよね、そういうアホ。魔物の対策をしながら人間にも対策しないといけないのか。兵士も大変だな。

 だが、偽造された身分証の身元保証人の欄には、オマリィの名が大きく書かれている。


「身分証をよく見ろ。保証人はオマリィ子爵本人だ。偽物に見えるか?」


 身分証は偽造だが、サインは本物だ。門番は一応オマリィの部下にあたるはずなので、本物のサインを見たことはあるだろう。


「……失礼しました。本物のようですね。お通りください」


 門番の態度が急に変わった。



「いや、その前に。今の状況を教えてくれ。何から手を付けたらいい?」


 ここに来る前にもかなりの数のスライムを踏み潰した。

 スライムは南東から押し寄せているので、俺たちが通った道は比較的少なかったはずだ。それでも大量に居たということは、南ではとんでもないことになっているだろう。


「街の中はスライムで溢れています。外から大量に流れ込んでいるので、どれだけ潰しても終りが見えません。

 できれば、街の外のスライムを少しでも減らしていただきたい」


「なるほどな。本格的な魔物の襲撃までは、どれくらいの猶予があるんだ?」


 デッドラインを知っておきたい。いざとなったら辺り一面を全力で焼く。ただ、それをやってしまうと、しばらく草も生えない状態になるんだよな。本当に最後の手段だ。


「3日くらいでしょうか。3日目の朝までに駆除することができれば、被害を食い止めることができると思います」


「了解。襲ってくるのはサイクロプスだよな?」


 現在、ミルジアではサイクロプスの革が格安で出回っている。ここでさらにサイクロプスを狩ると、値崩れに拍車が掛かる。正直、それは歓迎されない。市場に出回らないように工夫が必要だ。


「いえ、この近辺はサイクロプスはあまり出ません。多いのは、ウィスプやリザードですね」


 有り難い。サイクロプスは少ないのか。余計な手間が少し減った。遠慮なく無双しよう。

 というか、聞き慣れない魔物なんだけど……。サイクロプスよりも強いのかな。


「俺は見たことが無いな。どんな魔物なんだ?」


「ウィスプは魔力の塊で、物理攻撃が効きません。しかも、魔法で攻撃をしてきます。

 リザードは魔法こそ使いませんが、鋭い牙と爪が極めて危険です。皮が固く、刃物を通しません。

 この連中が押し寄せたら、大きな街でもあっという間に壊滅します。そうなる前に、なんとか食い止める必要があります」


 門番は、深刻な顔で言う。その様子から、割と逼迫した状況だということが窺える。

 ただ、どちらもサイクロプスよりは弱そうなんだよなあ。勝手な先入観を持つのは良くないか。全力で取り組もう。


「相手の攻撃は、魔法と斬撃がメインになるんだな。金ボアコートなら、刃物も通さないし魔法をはじく。全員着替えよう」


「え……全員でその格好ですか……?」


 ルナが複雑な表情で言う。

 金ボアコートの見た目は相当派手だ。俺1人でもかなり目立つのだが、全員となると想像を絶するほどに目立つだろう。リーズとリリィさんはノリノリで着替えているが、ルナとクレアが若干嫌そうな顔をしている……。まあ、安全のためだ。気にしない。


「街の外で戦うんだ。誰かに見られるわけじゃないぞ」


「それもそうね。諦めるわ……」


 嫌々着られる服って……。これでも滅茶苦茶高級品なんだけどなあ。

 俺たちは門番の前で堂々とマジックバッグを使っているが、こいつはオマリィの兵士。特に問題無い。オマリィ自身も堂々と使っているので、文句を言われる筋合いはない。そして、この門番も何も言わなかった。



 コートを着替え終わると、門番が顔を引き攣らせて声を漏らした。


「その格好は、いったい……?」


 あまりに派手な見た目に、戸惑っているようだ。でも気にしたら負け。


「魔法対策の装備だ。じゃあ、俺たちは行くぞ」


「はい、お気を付けて……」


 門番と挨拶を交わし、スライムが集中しているであろう現場に向かった。



 1時間ほど走っただろうか。俺たちは先に進めなくなった。無数のスライムが地面を覆い尽くしている。見渡す限り、地平線の向こうまでぎっしりとスライムが詰まっている。ボコボコした地面が、見ていて気持ち悪い。


 ちまちまと踏み潰しても埒が明かない。日が暮れるどころか、3日掛けても半分も減らないだろう。魔法で一網打尽にするしかない。


 火の魔法では事後が大変だし、雷では自爆の恐れがある。かと言って、アンチマテリアルライフルでは時間がかかりすぎる。ハインツの魔法を参考に、岩を投げよう。


 上空200メートルあたりに直径10メートルほどの岩を出し、魔法で軽く加速して落とす。


『ズゴウゥゥゥン……!』

 大岩が轟音を轟かせて地面に激突した。激しい震動と地鳴りの余韻を残す。爆風で飛ばされたスライムが、俺たちに向かって飛んできた。適当に振り払って地面に叩きつける。


 爆風がおさまり、周囲を見渡した。爆心地付近に居たスライムは、跡形もなく消し飛んでいる。深いクレーターだけが地面に残された。


「すっごーい!」


「容赦無いわね……」


「一晩で国が滅ぼせるぞ」


「……緊急時以外は使わないで下さいね?」


 みんなが口々に感想を言う。

 大げさだな。俺が本気の大岩を落としたら、この程度では済まないと思うぞ。岩の大きさ、高さ、速度もかなり手加減した。本気を出せば、直径100メートルの大岩を上空1キロから音速で落とすこともできる。ただの隕石だ。

 たぶん一撃で終わらせることができるのだが、同時にカルールも滅びると思う。危ないので本気は出さない。


「これはそんなに凄いことじゃないぞ。

 しかし、思ったより減らないな……。長くなりそうだ。休憩しながらやろう」


 一度で駆除できる数は、500匹くらいだと思う。全体から見ると微々たる量だ。数をこなすしか無いな。



 この付近には、スライム以外の魔物は見当たらない。スライムに囲まれているが、大した脅威ではない。戦地のド真ん中にテントを設営し、休憩と仮眠のスペースを作った。ローテーションで1人ずつ休憩を取る。


「過働の指輪なら、たくさんあるぞ。使うか?」


 リリィさんがマジックバッグを漁り、指輪を取り出した。寝ずに戦えということか?


「いや、遠慮しておく。リリィも、ちゃんと休憩してくれ」


「そうか……」


 リリィさんは残念そうに呟いた。事あるごとに推してくるが、相当な自信作なんだろうな。俺は副作用が怖いので、極力使わない。



 とにかく潰す。ひたすら潰す。岩を落とす魔法は俺しか使えないので、俺が休憩している間はペースが格段に落ちてしまう。俺の休憩は最小限に抑える。

 ルナとリリィさんは魔法が使えるので、それなりのペースで進んでいる。しかし、クレアとリーズはコツコツと1匹ずつ潰さなければならない。手数の多さでカバーしているが、どうしてもペースは上がらない。長丁場になりそうだ。

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