後始末
無事生き返ったボナンザさんは、少しふらつきながらも普通に動けるみたいだ。つくづく、人間かどうか疑わしい人だ。
「好き放題殴ってくれたわね。まだあちこち痛い気がするわよ」
ボナンザさんは、困った顔で嘆いた。本当に悪いことをしたな……。
「まさか生きているとは思わなかったからな……。やりすぎでも足りないような相手だったんだよ」
「アレはいったい何だったのよ……。後で説明してよ?」
ミルズのことは、ボナンザさんには話していない。完全に当事者だったんだ。話さないと拙いだろう。
「帰ったらな。今は早くここから離れよう」
「申し訳ありません、その前に……ミルズは間違いなく消滅したのでしょうか……?」
ルミアが不安げに言う。
「それは間違い無い。完全に消滅したはずだ。ハインツの時と同じだぞ」
「……そうですね。それらしき気配は感じられませんね……。ご迷惑をお掛けしました。私に代わって討伐していただき、ありがとうございます」
ルミアは、上品にお辞儀をした。きっと自分で始末したかったはずだ。内心は複雑なのだろうが、表情は穏やかだ。
「獲物を横取りして悪かったな。ミルズの駆除は俺の意志だ。まあ、大変なのはこれからだがな」
俺たちは今、雪隠結界の効果切れを待っていた。ミルズに魔力を少し吸われていたので、いつもよりも早く解除された。
ボロボロになったロングコートと、あちこちに散らばったマジックバッグの中身を回収してボナンザさんの店に帰る。このロングコート……直したばっかりなんだぜ? また修理が必要だぞ。
いつものロングコートは、大穴が空いてあちこち破れている。もう着られそうにないので、金ボアコートを着ておく。
「いいコートじゃない。
その毛皮、見覚えがあるんだけど……それを討伐したのも、あんただったのね……」
金ボアコートを見たボナンザさんが、物欲しげにこちらを見ている。仕立てを依頼した防具屋は、ボナンザさんの知り合いだった。仕立ての最中に見たのだろう。ボナンザさんには悪いことをしたから、お詫びにプレゼントしようかな。
「欲しいならやるよ。今回の迷惑料だ。いつもの防具屋に素材を預けておくから、仕立ては自分で依頼してくれ」
「あら、悪いわね。ありがたく貰っておくわ」
会話をしながら歩き始めると、ルナが何かに気付いたように呟いた。
「あ……すみません。コーリーさんはどうしましょう……」
「うわ……面倒臭い……」
おっと、本音が出ちゃった。このまま放置したら、確実に捕まって処刑される。俺には関係無いことだが、ちょっと寝覚めが悪いな。
「コー君、気持ちは分かるが……移動させるくらいはいいだろう?」
リリィさんにそう言われ、コーリーを小脇に抱えた。道中で適当に投げ捨てよう。
「そのコ、行く所が無いって言ってたわね。ウチで預かってもいいのよ?」
ボナンザさんが提案する。
「いいのか? 言っちゃあなんだが、こいつはかなり扱いにくいぞ? 相当なトラブル発生源だ」
コーリーは、思慮が浅いくせに、やたら攻撃的な性格をしている。トラブルが湯水のごとく湧いてくるタイプだ。
「ウチはそんなコばっかりよ。女は元気過ぎるくらいでちょうどいいのよ」
うわあ……俺はあんまり仲良くないけど、飲み屋の女の子はコーリーみたいな人ばかりなのか……。奴隷商のイケメンは、おとなしそうで優しそうな印象だった。苦労しているんだろうなあ。
体調が万全ではないボナンザさんを気遣い、ゆっくり目に走った。ボナンザさんは、当たり前のように並走する。さっきまで死にかけていたとは思えないな。
そう時間が掛からず、ボナンザさんの店に着いた。コーリーを地面に置くと、ボナンザさんはコーリーを抱えて従業員のイケメンの所へ向かった。何か話をしているようだ。
俺達は使徒の2人とアーヴィンを探す。一通りの問題が解決したので、この3人を回収しようと思う。
「ずいぶん遅かったね。何かあったの?」
一条さんが俺を見つけ、声を掛けてきた。
「いろいろあったぞ。かなり大変だった。でも問題は解決した。ここで預かってもらう理由が無くなったから、帰るぞ」
「帰るって……どこに?」
一条さんは怪訝な表情を俺に向けて言う。行くならエルミンスールなんだけど……。
ミルズを討伐した時、キャパシタが全て充填された。長い時間を掛けて溜め込むつもりだったのだが、たった1日で終わった。俺たちが試作したキャパシタは、異世界転移に必要な魔力の半分を供給してくれる。
往復分で想定していたので、現時点で片道分は確保できている。
「俺の別荘に帰るか、日本に帰るかの二択だ」
「え! 帰れるの?」
「まあな。ただ、今帰ったらこの世界には戻れない可能性が高い。またここに戻りたいなら、まだ帰らない方がいいぞ」
キャパシタを充填できれば戻れるが、魔法が無い世界で充填する方法が分からない。地球で魔道具が正常動作する保証も無い。情報不足だ。一方通行になると思っておいた方がいい。
「あたしはそれでいいけど……」
「けど?」
「善くんがね……ちょっと嫌がるかも。フィリスさんが居るから」
善の女の趣味がよく分からない。どうしてフィリスなんだ? 顔はいいかもしれないけど、性格がなあ……。
「あれ? そういえば善は?」
ここに居るのは一条さんだけだ。善とアーヴィンが見当たらない。
「ふてくされて寝てるよ。フィリスさんに勝てなかったことも、後のことをコーくんに任せちゃったことも、善くんは気に入らないみたい」
意外と面倒臭い奴だなあ。
「引き摺り起こせ。ここに居座り続けるのは迷惑だ。あと、アーヴィンも連れてきてくれるか?」
一条さんは、「わかった」と言って走り去った。アーヴィンは店の奥で手伝いをしているらしい。
善とアーヴィンを待つ間に、ボナンザさんと話をしよう。従業員と話をしているボナンザさんに声を掛け、一緒に応接室に入った。
ソファに座って話を始めようとした所で、アーヴィンが入室してきた。アーヴィンを適当に座らせ、改めて話を始める。
「何から話そうか……単刀直入に言うと、さっきボナンザさんに乗り移ったのは、ミルジアの神、ミルズだ」
「はぁ?」
ボナンザさんがぽかんと口を開いて絶句していると、横からアーヴィンの叫び声が聞こえた。
「会ったの!? どこで! 今どこに居るの?」
当初、ミルズを見かけたらアーヴィンにも会わせるつもりだった。しかしアーヴィンがあまりにも戦力にならなさすぎたため、その計画は頓挫した。運が良ければ会わせられたが、その運も持ち合わせていなかった。
「ずっと俺の中に居たらしい。さっき俺の中から飛び出して、ボナンザさんに乗り移った」
「は!? え? じゃあ、今ボナンザさんの中に……?」
アーヴィンは神妙な面持ちでボナンザさんを見た。
「いや、違う、違う。もう居ない。と言うか、俺が消滅させたよ」
「え……?」
アーヴィンは、絶望したような顔で俺を見た。一応、ミルズの討伐はアーヴィンの生涯の目標だったんだよなあ。ちょっと悪いことをしたかな。
「ちょっと待ちなさい。あたしは神に乗っ取られていたってこと?」
ボナンザさんがようやく再起動したようだ。
「まあ、そうなるな。俺がボナンザさんを刺した時は、俺が乗っ取られていた」
俺に乗り移った時間が短かったのは、まだ生きていたからだ。戦闘中で魔力が乱れたスキを狙われた。
ボナンザさんとの会話中、しびれを切らしたようにルミアが口を挟む。
「恐れ入りますが……皆様が『神』と呼んでいる者は、神ではありません。ただの精神体、ゴーストと神の中間のような存在です。神と呼ばれるのは……少し違和感があります」
ルミアは相当大昔から『神』と呼ばれていたはずなのだが、ずっとモヤモヤしていたらしい。
「以前から言っていたよな。どういう意味なんだ?」
「精神体よりも上位の存在になれば、本物の神になれます。ハインツやミルズは、それを目指していました。……使徒を材料にして。
土地の管理をするだけでしたら、土地から得られる魔力だけで十分なのです。彼らは神になろうとしたので……」
「なるほどな。それなら、どうして使徒召喚なんて面倒なことをしたんだ? この世界だけで事が足りるだろ」
「使徒の魔力の源泉である、魔力の付与です。強制的な魔力の付与は、転移中の不安定な体にしか行なえません。この世界の人を別の世界に飛ばすというのは手間が掛かるので、コー様たちの世界が選ばれました」
さらに詳しい話を聞いた。神は一度に吸収できる人数が少ないので、人数を減らす必要があるらしい。
この世界の神モドキたちは本当に傍迷惑な連中だな……。自分たちのワガママを通すためだけに何人が犠牲になったんだよ。止められて良かった。
「ルミアは本物の神になる意志は無いんだな?」
「そうですね……過ぎた力は必要ありません。現状に満足していますよ」
ルミアはそう言って、静かに微笑んだ。
よし、計画通り進行しているぞ。ルミアが神になっている間は安心できる。このままルミアを神に戻して、教会の混乱をおさめてもらおう。
「ちょっといいかしら? ルミアちゃん、ホントに神だったの?」
ボナンザさんが不満げな目で俺を見ながら割り込んだ。ボナンザさんには愛称だと説明していたからだ。
「まあ、そういうことだ。あの時は説明する時間が無かったんだよ」
この場で改めて俺達の話をした。これまでの経緯や、俺たち全員の素性など。今まで伏せてきた全部だ。
元の世界に帰るという話の中で、転移魔法もバレた。ずっと隠してきたのに……。転移魔法には、1回金貨100枚という値段を付けた。これでコキ使われることは避けられると思う。
「よく分かったわ。先に言ってほしかったけどね」
説明を終えると、使徒の2人が応接室に入ってきた。ずいぶん長く話し込んだ気がする。話すべきことは全て話したので、ボナンザさんに挨拶を済ませて店を出た。
「で、どうする気だ?」
「本当に帰れるの?」
「まあ、片道だがな。ここに戻る気がないなら、近いうちに送ってやるぞ」
転移剣の要領で、他人を飛ばすことはできる。ただし、無抵抗の相手に限る。戦闘中に敵を飛ばすようなことはできない。
「コーはどうするんだ?」
「俺はまだ帰らない。往復できないんだよ。魔力を溜める魔道具を量産してからだな。大急ぎで準備すれば、1カ月くらいだろう」
毎日魔力を空にする勢いで充填すれば、1カ月くらいで準備が完了すると思う。その間にキャパシタを改良できれば、もっと早くなる可能性もある。
「……そっか。僕はコーの準備が終わるまで待つよ。美織だけ送ってやってくれ」
「え……? それならあたしもここに残るよ? 1人で帰ったら、絶対に面倒じゃない」
俺たちは、おそらく行方不明になっている。そこに1人だけ帰ったら、質問攻めにあうだろう。確かに、帰りたくない気持ちはよく分かる。
「じゃあ、しばらくはエルミンスールで過ごそう。転移するぞ」
「あ……いや、せっかくだから、王都の宿に泊まるよ。お世話になった人に挨拶もしたいんだ」
「それは止めた方がいいぞ。まだ教会が落ち着かないんだ。もうすぐ解決するだろうから、挨拶するならそれからにしておけ」
「そっか。教会にも挨拶に行きたいんだけどね」
使徒の2人は相当教会の世話になったらしい。俺には不親切だった連中も、使徒の2人にはかなり親切だったからなあ。
「なおさら今じゃない方がいいぞ。たぶん誰も起きていない」
みんな寒空の下で仲良く寝ている。非戦闘員まで武装して出てきていたようなので、教会の建物の中には誰も居ないだろう。
ひとまず全員をエルミンスールに送る。まだ日が高いので、その後は自分の用事を済ませよう。王に報告をしないといけない。






