最終決戦
ボナンザさんの姿をしたミルズと睨み合いが続く。こちらの攻撃手段は全て読まれているので、新しい攻撃手段が必要だ。時間稼ぎをしながら攻撃手段を考えよう。
まずは着替えるタイミングを探す。ミルズの主な攻撃手段は魔法だ。魔法を無効化する金ボアコートを着れば、かなり戦いやすくなるはずだ。
ただ、肉体はボナンザさんなんだよなあ。物理攻撃が超強力なんだよ。特に、鈍器による打撃がヤバい。ミルズが持つ武器はメイスだ。ハンマーよりはマシだが、要注意だな。
「余計なことをしなければ、命くらいは助けてあげてもいいのよ?」
ミルズは面倒臭そうに言う。
「それは俺のセリフだ。余計なことをしなければ、命くらいは助けてやったのにな」
手に持った雪隠結界の本体をコートのポケットに仕舞い、言葉を返した。
これを地面に置いたら、たぶん集中的に狙われる。戦闘の要になるので、手放さない方がいい。
「ふぅん? ずいぶん上からものを言うじゃない。神様にでもなったつもり?」
上から目線はわざとだ。挑発に乗って冷静さを失ってくれれば、少しは戦いやすくなる。
「その言葉はそっくりそのままお返しするよ。神様気取りのゴーストもどき」
「フン。吠えるだけ吠えるがいいわ。アンタが調子に乗っていられるのも、今日まで。アンタを吸収できないのは残念だけど、しょうがないわね」
挑発は失敗だったか。単純にイラッとさせただけだった。冷静さを失った様子は見られない。戦闘を開始しよう。
呑気に話をしているミルズは、今ならスキだらけ。転移剣で先制攻撃を仕掛けよう。
刀身をミルズの腕に転移させ、叩きつけた。すると、『ガキッ!』と音がして弾かれた。ミルズは神官のメイスを手にしている。さっき俺が蹴り飛ばした時、地面に無数に転がっているメイスを拾っていた。
「アンタの手の内は全部知ってるわよ。どれだけ一緒に居たと思ってるのよ」
だよなあ……。約半年間、俺の中から俺の様子を見続けていたんだ。今までの戦法は、全く通用しないかもしれない。
「ははっ! まさか、今までが俺の全てだと思っているのか?」
うん、ただのハッタリ。今までの戦法が俺の全てです。これで無駄に警戒してくれれば儲けものだ。
「くふふふふっ。アンタがそんな虚勢を張るのは珍しいわね」
ミルズは厭らしく笑いながら言う。
バレてるじゃん。手の内を知られているというのは、かなり厄介だな……。
「虚勢だと思うなら、そう思っておけばいい」
一度ついた嘘は貫き通す主義だ。バレても認めなければ大丈夫。まあ、時間稼ぎの会話だからな。今までとは違う戦い方を考えないと拙い。
だが、ミルズはかなり油断していることが分かった。付け入るスキはあるはずだ。
まずは転移剣で牽制。当然、弾かれる。だが、気を逸らすことには成功した。アンチマテリアルライフルの弾丸を、ありったけ浮かべる。500発くらいだ。
弾丸を準備している間に、ミルズも魔法を準備していたようだ。無数の氷の槍が宙に浮いている。即座に完全版身体強化を発動させた。冴え渡る頭で矢の軌道を計算し、スレスレで回避する。
「ほらほらぁ、避けなさぁい。避けないと死んじゃうわよぉ?」
ミルズは厭らしく笑いながら言う。やはりまだ舐めているな。助かる。
回避した先で、突然地面から尖った氷の柱が突き出してきた。横腹を掠め、ロングコートを貫いた。その穴から、氷が侵食してくる。コートを脱ぎ捨ててその場を離れた。ポケットに入ったままの雪隠結界の本体が心配だが、まだ狙われていないようだ。
俺の周囲の地面が氷に覆われ、次々に氷柱が襲いかかる。なんとか避けたが、左腕と脇腹を刺された。傷口はすぐに凍りついたため、血は流れていない。冷たさで感覚が麻痺しているのか、痛みも感じない。
俺が出した弾丸は、そのほとんどが発射前に撃ち落とされた。ミルズの攻撃は、俺に当てるよりも弾丸を落とすことに集中していたようだ。
「アンタが準備した鉄の弾、ほとんど無くなっちゃたわねぇ。うふふふ……どんな気持ち? ねぇ、今どんな気持ち?」
うっぜえええ……。こいつの底意地の悪さは底が知れないな……。
追加の弾丸を準備しつつ、ミルズの攻撃を避ける。追加の弾丸は、大型の魔物を縦に貫く特大の弾丸だ。
「あらぁ、まだ出すんだぁ。無駄無駄ぁ!」
ミルズは愉快そうに笑いながら、氷の槍を投げつけてくる。
氷の槍は、射出速度がかなり遅い。避けるのはそう難しくない。地面を転がって必死で避けるフリをしながら、鉄の塊を地面に埋めていく。反撃の糸口になるはずだ。
「必死ねぇ。無様ねぇ。とっても愉快よぉっ!」
マジックバッグの中身をぶちまけながら地面を転がる俺を、上機嫌で見ている。俺はだいぶ不愉快だ。思い切りぶん殴りたいが、残念ながら接近することは難しい。下手に近付くと、氷柱に襲われてしまう。
攻撃は遠距離じゃないと無理だ。冷却の魔法はたぶん効かない。炎の魔法は射速が遅すぎて、まず当たらないだろう。となると、俺の遠距離攻撃はアンチマテリアルライフルと転移剣しか無い。
ミルズもそれを理解して、執拗に弾丸を狙ってくる。弾丸を浮かべると、すぐに撃ち落とされる。どれだけ浮かべても、次から次へと落とされていく。地面には夥しい量の弾丸が落ちている。
「はっはぁ! これで終わりよっ!」
ミルズが上機嫌にそう叫ぶと、辺りの気温が急激に下がり始めた。吐く息が白い。革の服の温度調節機能を貫通し、体が冷える。
ミルズの頭上には、相当な量の氷の槍がスタンバイしていた。俺の動きを冷気で鈍らせ、一気に打ち込む気だ。
マジックバッグから金ボアコートを引き摺り出して羽織った。
しかし、ミルズはその瞬間を狙っていたらしい。俺に急接近し、金ボアコートを引っ手繰った。コートを強引に剥がされ、体温が下がる。
自分から俺に近付く時を待っていた。やっとだ。やっとトラップに引っ掛かってくれた。俺が手間を掛けて準備した、渾身のトラップ。それは、地面に埋めた空のキャパシタだ。金ボアコートにも忍ばせてある。大量に試作した時、空のまま放置していた。
キャパシタは一度起動すると、触れている人の魔力を強引に吸う。ミルズからすれば微々たる量だろうが、動きは鈍る。
「……終わりだったな」
一言呟き、キャパシタに魔力を注ぐ。起動したキャパシタは、触れているミルズから遠慮なく魔力を吸い上げていく。
発動していた魔法が霧散し、ミルズは動きを止めた。凍った地面は元に戻り、下がった温度も常温になった。ここで一気に畳み掛ける。
ミルズは誤解していた。アンチマテリアルライフルの弾丸は、別に浮いていなくても発射できる。撃ち落とされた弾丸は、地面に落ちただけ。消えてはいないのだ。
地面に落ちた大量の弾丸を全部撃ち込む。同時に俺も飛びかかり、全力で斬りつけた。四方八方から飛んでくる弾丸は、ミルズの近くにいる俺にも襲いかかる。
気配察知と軌道計算、持てる力全てを総動員して飛んでくる弾丸を避けた。転移魔法で移動しながら、ミルズに攻撃を当てる。距離が空いたら転移剣も使う。手数の勝負だ。とにかく殴る。
腕を折り、足を折り、首を折り……体を構成するほとんどの骨を砕いただろう。もしこれでも動けるなら、正真正銘の化物だ。
「ちょっと、やりすぎじゃない? もう動けないわよ……」
ミルズは仰向けに倒れたまま言う。口が動いていないように見える。たぶんもう、ボナンザさんの体に見切りをつけているんだ。脱出する気だな。
トドメの一撃を突き刺すために、一気に距離を詰める。すると、ミルズの口から黄色い霧のようなものが吹き出された。勝手なイメージだが、なんだか臭そう……。
臭そうな霧を全身で浴びてしまった。案の定、臭い。激臭だ。目に染みて涙があふれる。鼻水とよだれも出てきた。手足が痺れ、足がもつれる。風の魔法で毒霧を飛ばしたいが、魔法が上手く使えない。体の中で魔力が乱れているようだ。
「やっぱりしぶといね。オーガを一瞬で昏倒させる毒よぉ?」
ミルズには、まだ軽口を叩く余裕があるらしい。
魔法毒だ。これがミルズの切り札だな……。魔法毒は自然毒と違い、魔法で無効化できる。しかしこの毒には、魔法を妨害する効果が付いている。ミルズはこのまま俺が力尽きるのを待つつもりだろう。だからといって、素直にやられはしないぞ。
クソ神官から奪い取った治癒の魔道具が、ズボンの右ポケットに入ったままだ。ポケットの中で握り込み、魔道具を起動した。
手足の痺れが少しだけ緩和された。ほぼ効いていないが……魔力の流れも少し良くなった。この状態ならどうにか魔法が使える。治癒魔法と風魔法を交互に何度も使うと、霧を散らして体を回復させることに成功した。
まだ少し目と鼻が痛いが、戦闘には支障がない。改めてトドメを。そう思ってミルズの前に立つと、既に気配が消えていた。逃走を図っているようだ。しかし、ここは雪隠結界の中。魔力を帯びた状態では出られない。
五感を研ぎ澄まし、注意深く周囲を見渡した。ミルズは、コートのポケットに入った雪隠結界の本体の周りに居る。魔道具の魔力を吸収しているらしい。機能を強引に停止させようとしているのだろう。
そうはさせない。残った魔力を全部使い、全力の浄化の魔法を風に乗せた。低い唸り声のようなものを轟かせ、ミルズの気配が消えていく。
勝った……。
かなり厳しい戦いだった。まずはこの場から立ち去ろう。地面に落ちた金ボアコートを拾ったら、ボナンザさんを抱えて結界の外に……ボナンザさんが重すぎる!
身体強化を切らなければならないので、魔法による補助無しで背負う。ボナンザさんの重量が、俺の足にのしかかった。
疲れた体にムチを打ち、どうにか結界の外に出た。
結界の外では、ルナたちが待機していた。周囲には、気絶した神官が増量している。どうやら追加の襲撃があったようだ。
重たいボナンザさんを地面に下ろし、俺もその場に座り込んだ。
「大丈夫ですか?」
ルナが駆け寄ってきて声を掛けた。
俺が依代にされている可能性もあるはずなのだが、みんなは警戒を解いた。俺には自分で気付いていない癖があるのかな……。
「ああ、俺は問題無い。あとはボナンザさんだが……」
「そうですね……」
「店の従業員たちに……何て言えばいいのかな……」
みんなの表情は暗い。当然だろう。なんだかんだでかなり世話になった相手だ。
俺の軽率な行動で、俺たちの問題に巻き込んでしまった。
「店の人には俺が……」
そう言い掛けると、突然ボナンザさんがむくりと起き上がり、声を出した。
「ぢょっど……痛いんだげど……早ぐ治じでぐれない?」
「……なんで生きているんだよ!」
嬉しいことなのだが、思わず突っ込んでしまった。
「生ぎでぢゃ悪い? 早ぐ治ぢで!」
毒突くボナンザさんに何度も治癒魔法を掛け、怪我を治した。
いやいや、痛みを感じないミルズでも立てないほどの怪我なのに、どうして普通に起き上がったんだよ。やっぱり化物だな……。
「迷惑をかけたな……。毒で死んだんじゃなかったのか?」
「前に言ったでしょ。あたしには毒が効かないの。ちょっと気絶しただけよ」
うーん……即死級の超猛毒だったよな? マジで人間じゃないかもしれない。本人は気絶と言い張っているが、たぶん仮死状態だったのだろう。まあ、何にせよ、生きていて良かった。






