トラブルメーカー
善とフィリスによる茶番劇は、両者TKOで終わりとなった。2人がほぼ同時に魔力切れで倒れたのだ。
その様子を見て、一条さんが呟く。
「コーくんたち……どうしてそんなに平然としていられるの?
2人死にそうになってるじゃない」
「悪いけど、お遊戯にしか見えなかった。魔法は弱いし、動きも遅いし、お互いに舐めているんじゃないかと。
だいたい、なんで詠唱のスキを狙わないんだよ。相手の詠唱に合わせて詠唱を始めるし……。馬鹿なのか?」
「え……? そんなこと、考えたことも無かった……」
ああ、これは訓練教官が悪いな。実戦を意識した訓練なんか、やっていなかったんだろう。魔物を前にして詠唱のスキなんか見せたら、あっという間に蹴り飛ばされる。
教官は誰だよ……。後で文句を言っておくか。
「まあいいや。ただの魔力切れなら、放っておいても死にはしない。
この神官たちはどうする?」
「教会に返すわ。大した相手でもないようだし、危険は無いでしょ。ついでに、厳重に抗議しておくわよ」
今回、教会は確たる証拠も無いままに攻め込んできた。非があるのは教会側だ。多少手荒になっても責められる謂れは無い。
「了解。これだけの人数を運ぶのは大変だろ。俺も手伝うよ」
俺がボナンザさんと行動を共にしていることを知られるのは、良いことではない。だが、フィリスを生かして返すので、どの道教会に知られる。使徒を拉致した実行犯として、追われることになるだろう。既に追われる身なので特に問題は無い。
追われていると言っても、教会本部に顔を出すことは特に問題無い。闇討ちや暗殺を狙っているだけだ。堂々と顔を出せば、奴らは手を出せないはずだ。クソ神官が居たら面白そうだな。奴の引き攣った顔が目に浮かぶ。
ルミアも手伝いを申し出たので、俺のパーティメンバーとボナンザさんとルミアの7人で教会に行く。
ボナンザさんの店は教会の南にあるので、壊れていない南側の方が近い。壊れた北側の様子が見たいという気持ちはあるが、南側から教会の敷地に足を踏み入れた。
南側も多少は壊したのだが、外見上はすでに修理が終わっているようだ。侵入に使った大穴は、既に塞がれている。
その壁に新しい穴を開け、襲撃者を放り込んだ。派手めに穴を開けたので、すぐに警備が駆けつけるだろう。穴を開けたのは、ノックの代わりだ。
「何者だ!」
警備が集まってきて、怒鳴り声を挙げた。今日は喧嘩をしに来たわけではないので、威圧の魔法は使わない。
「あたしの店が襲われたんだけど、どういうつもりかしら?」
ボナンザさんは不遠慮に言う。最初に教会を襲撃したのは俺たちなので、教会からしたら報復しただけだ。でも問題なのは、証拠が無いこと。俺達は決定的証拠を残していないので、教会は予想だけで報復してきたことになる。
「この壊れ方……先日の襲撃の犯人だな! 神妙にせよ!」
警備が武器を構えると、ボナンザさんが答えた。
「いったい何の証拠があって、そんな言い掛かりを付けるわけ? あたしは襲われたの。その抗議をしに来ただけよ」
うん、白々しい。疑いを掛けられて証拠を求めるやつは、たいてい犯人だぞ。
俺たちはただの付き添いなので、口は出さない。
「フン。そんなことは関係ない。審問に掛け、神に裁いていただく!」
審問って、俺が受けたアレかな。ヌルい裁判みたいなものだった。アレで何かが分かるとは思えないんだけどなあ。
武器を構えた警備に囲まれ、さらに追加の審問官もやってきた。穏便に済ませる気は、全く無いらしい。ちょっと予想外だったかな。大人の対応で上辺だけの謝罪を貰って帰れると思っていたぞ。
偉い人の引き攣った顔が見たかっただけなのに、予想外に大事になってしまった。この教会は『平和』を目標に掲げながら、かなり暴力的だ。自分たちの言動に矛盾を感じないのかな。
『ズドォォォン!』
突然、教会の奥から爆発音が聞こえた。みんなで顔を見合わせると、ボナンザさんは怪訝な顔で俺に問いかけた。
「今の何? あんた、何したの?」
「俺じゃないぞ。なんでもかんでも俺のせいにするなよ……」
「今のは魔法みたいですね……。危ないかもしれません。ここから離れましょうか」
ルナは不安げな表情で言う。
「そうだな。何が起きたのか気になるところだが、離れた方が良さそうだ」
気配察知やマップは、遠隔地の状況が分かるほど便利な物ではない。現場に行って確認したいが、余計なことはしなくていい。
この場から離脱するため、俺たちを取り囲んでいる警備たちを見る。すると、俺達と同じように動揺しているようだ。教会が何かをしたわけではないのだろう。
警備たちはざわざわと騒ぎ、教会の奥へと消えていった。残されたのは、10人の審問官だけだ。もう帰ってもいいのかな。
「大変そうだな。俺たちはお暇させていただくぞ」
「帰すわけにはいかない。貴様ら、いったい何をした?」
俺じゃないと言っているだろうが……。なぜ俺のせいにしたがるんだよ。
「俺は知らない。誰かの屁が爆発したんじゃないか?」
「貴様! 愚弄する気か!」
あ、怒っちゃった。場を和ませるための冗談だったんだけど、失言だったかな。
「本当に知らないんだって。これ以上話すことは無いぞ」
今回の爆発は本当に知らない。とても良いタイミングで爆発しただけだ。
そろそろ面倒になってきた。威嚇の魔法で気絶させて帰ろう。
いつものように狙いを定めて威圧を発動すると、目の前の審問官たちは膝をついた。気絶しまいと耐えているようだ。審問官たちの手元で何かが光を放つと、威圧が解除されてしまった。
治癒の魔道具を使ったらしい。以前教会に乗り込んだ時、威圧の魔法を使いすぎたな。対策が研究されていたようだ。
「この奇妙な術……やはり教会を破壊したのは貴様らだな!」
バレちゃったよ。魔法が成功していれば有耶無耶にできたのになあ。
「こんな物はありふれた魔法だろう」
俺はそう言いながら、審問官に接近した。威圧がダメならスタンガンだ。
地球のスタンガンはどうか知らないが、俺のスタンガンは気絶しない。物凄く痛くて動けなくなるだけだ。少し使い勝手が悪い。
『バチッ!』
手から青白い火花を散らし、スタンガンを当てた。しかし、審問官はすぐに治癒の魔道具を起動して耐えた。スタンガンもダメか……。
「ぐっ……何をする! 抵抗するなら覚悟せよ!」
審問官は、そう言って武器を構えた。
面倒だが、真面目に戦おう。一歩身を引き、マジックバッグから訓練用の鉄の棒を取り出した。それを見たみんなも、訓練用の武器を構える。ボナンザさんだけはガチのハンマーだが。
「悪いけど、殴ってでも帰らせてもらうぞ」
と言い切る前に、ボナンザさんが殴った。審問官の1人が飛ばされて教会の壁に激突する。そして壁に穴を開け、教会の中に消えた。死んでいないよな……?
ボナンザさんの攻撃を追うように、俺たちも攻撃を開始した。
審問官は、教会の中で暗殺者のような仕事をしている。そのため、一般の神官よりもかなり強い。威嚇の魔法が効かない以上、それなりに苦戦するだろう。
いつも使っている威嚇の魔法は、相手の強さに関係無く効く。場合によっては魔物にも効くくらいだ。回復手段を持っていないと、回避できない。
あまりにも便利なので、最近は多用しすぎた。これは反省だな。使いすぎたせいで、対策されてしまったのだ。
「じゃ、安全第一で。これは訓練じゃないから、危ないと思ったら身を引いてくれ」
みんなに指示を出し、戦闘を開始した。
本当にヤバイと思ったら、転移魔法でこの場を離れる。でも、これだけの大人数の前では使いたくない。できれば、この魔法のことは伏せておきたいんだ。もしバレたら、誰に何をさせられるか分かった物じゃないからなあ。
ここに居る審問官の平均的な強さは、グラッド隊の中堅くらいだろうか。俺にとっては苦戦する相手ではない。いや、俺だけじゃないな。ここに居る全員がそうだ。
しかし、これは訓練ではない。死に物狂いで向かってくる相手の気迫は、訓練では感じられないものだ。気持ちで負けると危険だな。
殺気を放ちながら向かってくる審問官の腹を蹴り飛ばすと、ゴロゴロと転がりながら動きを止めた。
その先でルナに襲い掛かろうとする奴を見かけた。少し距離があるので、剣先だけを転移させる。以前開発した、遠隔地を斬るための魔法だ。鉄の棒を持った手を振ると、審問官の頭に当たって倒れた。
突然背後から、審問官のケツが飛んできた。押されてよろける。真剣勝負でヒップアタック?
不思議に思って飛んできた審問官を見ると、すでに気を失っていた。飛んできた先にはリーズが居る。リーズがふっ飛ばしたらしい。
「リーズ! 飛ばす先を考えろ! 俺に当たったぞ!」
「ごめーん!」
リーズは俺に謝りながら、相対する審問官をふっ飛ばした。その先にはボナンザさんが居る。言ったそばから……。
ボナンザさんに注意を呼び掛けようとしたが、その前に気付き、ハンマーで打ち落とした。可哀想に……。死んでいないよな?
ボナンザさんは人間相手でもやりすぎる傾向があるな。ちょっと危険だ。
他のメンバーも確認した。ルナは確実に急所を狙い、クレアは向かってくる攻撃を器用に捌いている。ルミアは避けるだけだ。リリィさんは、1人ずつ丁寧にボッコボコにしていた。
俺の心配とは裏腹に、手こずる様子は見られなかった。
審問官の始末が終わる頃、教会の中から騒がしい音が聞こえていた。その音は、どんどんこちらに近付いている。追加の敵か?
そう思って警戒を強めると、壁に開いた穴からコーリーがひょっこりと顔を出した。
「あれ? ルナとリリィじゃん。迎えに来てくれたの?」
「ぅわっ! そんな所で何をしているのだっ!」
リリィさんが驚いて声を上げた。
「術式を取り上げられちゃったじゃない?
もう教会に用は無いから、逃げ出そうと思って」
「もしかして、今の爆発って……」
「そうだよ。爆発の魔法、上達したでしょ?」
コーリーは自慢げに胸を張りながら言った。
うわあ……関わりたくない……。爆発の犯人じゃないか。こいつは確実にトラブルメーカーだ。リーズも結構トラブルメーカーだが、そういう奴はチームに2人も要らない。1人で手一杯だ。
「逃げたいんなら勝手に逃げろ。俺たちは関係ない」
「あなたの意見は聞いていませんー! ルナ、リリィ、一緒に逃げよ?」
ちょっとイラッとする言い方だな……。俺が術式を持ち逃げしたことを根に持っているのかな。
「いえ……あの……無理ですよ?」
「勝手なことを言うな。私たちは別の用事でここに来ただけだ」
ルナとリリィさんが立て続けに断りを入れる。2人とも、コーリーに付き合うつもりは無いらしい。その姿に少し安心する。
「ルナとリリィは俺の仲間だ。逃げたいなら1人で逃げろよ」
「えぇ? じゃあ、あたしも連れてってよ。行くあて無いのよ」
「嫌だよ。あてが無いなら宮廷魔道士に戻れよ」
魔導院は人手不足だ。戻りたいと言うなら受け入れるだろう。俺から主任に頼んでやってもいい。
「いまさら戻れないよ。だって、辞める時に結構揉めたもん」
ルナとリリィさんはすんなり辞めたはずなのだが、コーリーは揉めたようだ。こいつのことだから、辞める時も問題を起こしたのだろう。
そうこうしているうちに、壁に開いた穴の中から続々と人が出てきた。警備と審問官、それに続いて一般の神官たちだ。
コーリーに気を取られて逃げ遅れてしまった。威嚇の魔法は通用しないぞ。全員殴り飛ばさないといけないのか……。面倒だなあ。






