管理人募集
エルフの村のいつもの広場に到着した。転移魔法なので一瞬だ。今日は日帰りのつもりなので、テントは設営しない。
警備の女の子を探し、長老を呼んでもらった。
長老は、今日も転移で現れるはずだ。周囲を注意深く観察していると、俺たちの真上が少し歪んで見える。あれが転移の前兆だろうか。
「みんな、転移するから寄ってくれ」
みんなを呼び寄せ、少し離れた林の中に転移した。いつもの広場には長老が現れ、1人ポツンと立っている。
その様子を気配察知で確認し、広場の上空に転移し直した。
「待たせて悪かったな」
全員でストッと着地し、長老に挨拶をする。
「のわぁぁっ!」
長老は、驚きに顔を歪めて尻餅をついた。
今日の長老の出現ドッキリは『上空から参上』がテーマだったらしいので、そのままやり返しただけだ。あまりの驚き様に、こっちがびっくりしている。
「おいおい、大丈夫か?」
俺が右手を差し出すと、長老はその手を無視してスッと立ち上がった。
「うむ……。転移魔法は無事習得できたようじゃの。
しかし、お主も忙しいのじゃろう。こんなに急がんでも良かったのだぞ?」
「いや、忙しいからこそ今日なんだよ。結界の仕組みが早く知りたかったんだ」
「なるほどのう。ではさっそく始めるとするかの。儂と共に転移してもらう。近くに寄ってくれるか」
俺に気を使ったのか、すでに準備を終えているらしい。転移で現場に向かうと言うが、転移してしまうと現場までの道順がわからなくなる。正確な位置を知りたいので、転移は辞退する。
「走って行けない距離なのか? できれば転移しないで行きたいんだが……」
「ふむ。大した距離ではないぞ。ではついて参れ」
長老の後ろを追う。その時、初めて村の住宅地に足を踏み入れた。小奇麗な木造建築が並んでいる。日本の古民家のような作りの家が多いようだ。
住民も何人か見ることができた。若い人が多いようだけど、エルフは見た目と年齢が比例しないからなあ。若く見えるだけで、意外と長生きしている可能性があるな。
村の規模は、俺が思っていたよりも小さいようだ。人口はかなり少ないのだろう。畑も狭い。よく今まで生きてこられたな、というのが率直な感想だ。大きな川が近くに無いので、小川と井戸の水だけでやりくりしているらしい。
畑は枯れかけの水路で区切られ、丁寧に区画が分けられている。すべての収穫を終えたらしく、茶色い地面が剥き出しだ。
住宅地と畑を抜けると、長老が立ち止まった。現場に到着したらしい。長老の足元には、黒曜石のような黒光りする石の塊が地面に突き刺さっている。
「では始めるぞ。よく見ておれ」
長老は石の塊を地面から引き抜いた。深く刺さっていたわけではない。20センチほどの部分が、土で汚れている。
その石をひっくり返すと、中がくり抜かれていた。そこには金属の塊などのよく分からない物が詰まっている。
俺にはよく理解できないので、ただぼんやりと作業する様子を見た。
ルナとリリィさんはメモを取りながら熱心に眺めている。リーズも見ているのだが、あまり熱心な様子ではないな。薄っすらと笑みを浮かべながら、うんうんと頷いている。
クレアは何もしないことに負い目を感じているらしく、カメラを取り出して作業風景を撮影していた。それは地味に助かるな。
「修理はこれで終わりじゃ。理解できたかの?」
うん、俺には無理。ざっくりとした魔力の流れは分かったが、どの部分に何の意味があるのかは分からない。俺以外の誰かが理解できていればいいんだよ。
「あの……これは魔力を溜める装置ですか?」
「そうじゃ。詳しく見たいなら、次の結界装置を分解して見せるが……」
ルナが長老に説明を求めている。どうせ俺には理解できないことなので、ルナに全部任せた。
「クレア、撮影は上手くいったか?」
「あ、うん。ばっちり。でも、印刷してみないと分からないわよ?」
俺たちが試作したカメラは、おっさんオマリィが持っていた物を少し改良してある。木の板を焦がして印刷するのは同じだが、保存できる枚数をかなり増やした。
本当はデジカメみたいなプレビュー画面を付けたかったのだが、俺たちの技術では無理だった。文字を表示するだけで手一杯だ。テレビが作れるようになるのは、まだ先だな。
クレアと話をしていると、周囲の空間が揺れた。結界が起動したらしい。
「終わったのか?」
「はい。終わりました。結界の資料もお借りしましたよ。私たちも同じ物を作れそうです」
俺が目を離しているスキに、ちゃっかりと資料を借りたらしい。これで用は済んだな。
「爺さん、助かったよ。今日は食料を持ってこられなかったから、今度改めて礼をする」
「礼など要らぬ。忘れたか? お主に貰ったルビーが無ければ、この結界は修理できなかったのだぞ。礼を言わねばならんのは儂の方じゃ」
長老は、畏まって頭を下げた。
「いや、頭を上げてくれ。
ちょっと気になったんだけど、そもそもこの結界を修理する意味はあるのか?」
「む……どういう意味じゃ?」
「この村の立地だよ。とても住みやすい場所だとは思えないんだ。水は少ないし、畑も狭い。これでは慢性的に食糧不足になるだろ」
以前この長老は、結界を修理すれば畑が広がると言っていた。だが、たとえ畑が広がったところで水が足りないのでは収穫はさほど増えないだろう。それに、この森の中でどれだけ土地を確保しても、広がる畑の面積はたかが知れている。
「痛い所を突くのう……。確かに、食料はギリギリじゃ。しかし、ここ以外には結界に適した場所が無い。いまさら結界の外で生きるのは不可能じゃよ」
エルフの生活は、結界ありきで考えられているようだ。この結界は、人間を拒むだけでなく、魔物も遠ざける。村を存続させるために、とても重要な役割を担っている。
他に結界が張れる場所があればいいのか……。あるじゃないか、ちょうどいい場所。
「エルミンスールに行けばいいんじゃないか?」
ただ1つ問題があるとすれば、ルミアの存在だ。上手いこと誤魔化してやれば大丈夫だろう。
ルミアをここに連れてこなかったのは、単純に混乱を避けるためだ。説明している時間がもったいないからな。作業が遅れる事を避けたかっただけだ。それに、上手く事が進めばルミアはエルミンスールから居なくなる。
「エルミンスール……聖地エルミンスールか? 行っても良いのか!」
長老は興奮して顔が赤く染まっている。
俺がエルフの国を発見したことは、既に報告済みだ。その時は、そこに行きたいとは言わなかった。
「結界は俺が壊したから、張り直す必要があるけどな。元はエルフの土地だろ? ここよりは住みやすいと思うぞ」
「うむ……しかし、帝国の手が伸びるようなことは……無いのか?」
長老が言っているのは、たぶん大昔のハン帝国のことだ。その流れをくんだユーガ帝国も、エルフにとっては脅威だろう。
「問題無い。どういうわけか、あの周辺は人間の国の間では未踏の地という扱いなんだよ。帝国に放棄されてから、何百年も経過しているんだろうな」
「すまぬ……恩に着る。移動の時は案内を頼んでも良いか?」
案内というか、転移するだけだ。長老1人を一度連れていけば、あとは勝手に転移するだろう。
「いいぞ。準備ができたら声を掛けてくれ」
「承知した。村の他の者とも相談してから、改めて答えを出そう。
……世話になりっぱなしじゃのう。お主らも、困ったことがあったら、何でも言ってくれ」
「まあ、その時は頼むよ」
長老との話を進めていると、ルナが複雑な表情を浮かべて俺の肩をトントンと叩いた。
「あの……良いのでしょうか……。コーさんは自分の家のように使っていますよね?」
俺にしか聞こえないような小さな声で言う。
確かに、エルミンスールの宮殿は別荘のつもりで使っている。だからこそ、誰か住民が居てほしいのだ。誰も居ないまま放置すると、どうしても傷む。あの建物は状態保存の魔法のおかげでキレイなままだが、埃はたまるし、それなりに汚れる。
「掃除係は多い方がいいだろ。ルミアだって、いつまでもあそこに住み続けるわけじゃないんだ」
「あ……渡してしまうわけではないのですね」
ルナは軽く微笑んで言った。何か勘違いしていたらしい。
「当たり前だろ。あの宮殿は俺の家だ。宮殿の外は広いんだから、そこに家を建てて住めばいい」
多少の整地は必要だが、十分な広さがある。崩れた建物の残骸を軽く除けただけでも、この村と同じくらいの広さになるだろう。家はそこに建てればいい。後は、たまに宮殿に入って掃除をしてもらうだけだ。
別荘の管理人みたいなものだ。新しく結界を設置してもらい、その管理も任せる。相当快適な空間になるはずだ。
ルナは小声だが、俺は遠慮なく普通の声量で話していた。長老も聞いていたので、話に割り込んできた。
「うむ。今、あの土地の王はお主じゃ。お主の立場を理解できぬような輩は連れていかぬぞ」
あ、爺さんも何か勘違いしている。王じゃないんだけどなあ。あの周辺は俺の家と庭だが、別に王になったつもりは無い。まあ、俺は管理人として働いてもらえればいいだけだから、どうでもいいんだけどね。
「まあ、行くか行かないかは各々が判断してくれ。じゃあ、人を待たしているから、帰るぞ。
今日はありがとう。助かったよ」
爺さんに挨拶をして、この場を離れた。
ボナンザさんの店からルミアを回収し、宿の部屋に戻る。ボナンザさんは外出中で、使徒の2人とアーヴィンはボナンザさんの店を手伝っていた。そのため、特に話はしていない。
ボナンザさんの店に変わった様子も見られない。預けっぱなしの3人は、もうボナンザさんの店から回収しても良いような気がする。でも、まだ油断はできないんだよなあ。
教会は盛大に破壊したので、教会が報復に動き出すのはまだ先になるだろう。しかし、ミルズのことが気掛かりだ。
最近の俺は、ミルズを誘き出すために行動している。変なタイミングでミルズと遭遇したら嫌なので、もうしばらく預けておこうと判断した。
正直、あの3人は戦力外だ。ミルズが出てきた時にあの3人がそばに居ると、危なっかしくて集中できない。
外はまだ日が高い。昼を少し過ぎたくらいだろうか。街に出た所で、必要な買い物も無い。今日は部屋に籠もって魔道具を作成する。
さっき見たばかりの魔力を溜める装置だ。名前を決めておかないとややこしいな。かと言って、『電池』と呼ぶのは何か違和感がある。
「この魔道具なんだけど、『キャパシタ』でいいよな?」
コンデンサとも言う、電気を溜める電子部品だ。溜めるのは電気じゃなくて魔力だが、細かいことはいいんだよ。
「え? はい。いいですけど……また変な意味じゃないですよね?」
変な? 雪隠のことかな。別に変じゃないと思うんだけどなあ。
「俺が居た世界でよく使われている部品だよ。変な意味は無いぞ」
そうこうしている間に、1つ目の試作が完成した。とにかく莫大な容量が欲しかったので、安全性を無視して容量だけを増やした。サイズは単一電池4個分くらい。
試しに軽く魔力を送り込むと、俺の意志を無視してガンガン吸われた。まだ回復しきっていない体には応えるな……。
「ごめん、失敗だ。勝手に魔力を吸われた。ちょっとめまいがする」
失敗したが、これはこれで使えそうな気がする。敵の攻撃魔法なんかも吸収できるんじゃないかな。後で試そう。
「ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
「ああ、全然大丈夫。でも、逆にそれが問題なんだよなあ。強引に吸われたのに、俺はピンピンしているだろ? まだ容量が足りていないんだよ」
使徒召喚の魔法を起動するための魔力には全く足りない。これが10個あっても足りないだろう。これは時間を掛けて研究する必要があるなあ。
こうして材料が尽きるまで、試作を作り続けた。






