猪突猛進
ボナンザさんからの連絡で起こされた俺たちは、夜が明ける前から行動を開始した。
転写機では詳細な情報が送られていない。直接説明するつもりなのだろう。簡潔に一言で済ませてあった。王もこれくらい簡潔に送ってもらいたいものだ。
服を着替えて部屋を出た。部屋から転移せず宿のカウンターに顔を出したのだが、朝早いこともあって誰も居なかった。出発する旨を書き残して宿を出る。
ボナンザさんの店に到着すると、準備万端のボナンザさんが待ち構えていた。
「おはよう。早かったじゃない。もしかして、起きてた?」
「いや、寝ていたよ。転写機に起こされた」
「へぇ……ずいぶん足が速いのね。もしかして、あたしと移動してる時は手を抜いてる?」
ボナンザさんは怪訝な顔で問いかける。ボナンザさんが予想していたよりも早く到着した事が気になっている様子だ。
「多少は、な。部外者に手の内を見せるのは良くないだろ」
ボナンザさんと並走している時は、少し手を抜いている。でも、今日の移動は転移だ。時速で計算するとエライことになる。
「ふうん……。なんだか腹立つから、今度から本気で走ってちょうだい」
ボナンザさんは不満げに言う。手加減されることはプライドが許さないらしい。ボナンザさんと居る時は、振り切るつもりで走った方がいいみたいだな。
「わかった、気を付けるよ。それよりも、詳細を教えてくれ」
「昨日目指した建物じゃなかったわね。あの建物は、ただの宿舎だったわ。重役共の宿舎よ」
見る限り重要そうな建物だと思っていたが、これはこれで重要な建物だな。でも、昨日乗り込んでいたら面倒なことになっていただろう。ボナンザさんの勘は鋭いな。昨日は中止して良かった。
ボナンザさんの説明で、研究施設の場所が判明した。昨日向かっていた場所とは逆側の、かなり離れた所にある。昨日は南側から乗り込んだが、北側から攻めるのが正解だったらしい。
「なるほどな。今日は北に回り込んでから潜入しようか」
「そのつもりよ。今うちのコたちが監視してるわ。今日はグラッド隊が居ないみたい。昨日は何だったのかしらね」
飲み屋の女の子たちが店を休んで夜通し監視していたらしい。たぶん、俺と一戦交えた女の子たちだろうな。あの人たちは結構戦える。初見で威圧の魔法を回避したんだ。少なくとも審問官よりは強い。
従業員全員が戦える系女子の飲み屋って、ちょっと怖い気がするんだけど……そういう需要もあるのかな。
今日グラッド隊が撤収しているのは、たぶん俺のせいだ。王には俺にすべて任せろと言ったので、王が手を引いたのだろう。
「昨日、王と話し合ったんだよ。俺のやり方でやっていいという許可を貰った。たぶん、グラッド隊はそれで帰ったんだと思うぞ」
「そういうことは早く言いなさいよ! 王城にも監視を派遣しちゃったじゃない」
ボナンザさんは怒鳴るが、気を悪くした様子は見られない。まあ、王城の監視も無駄ではないからなあ。
「いや、悪かったな。まさか人員を割いているとは思わなかった」
「まぁいいわ。さっそく行きましょう」
「あの……作戦はどうしましょうか。侵入経路やチーム分けはどうしますか?」
ルナが遠慮がちに言う。確かに、こんなことは現場に着いてから話し合うことじゃない。至極当然な意見だな。
「今回は全員で行動するつもりだぞ。最優先はコーリーとの接触だ。目的地に到達しても、ルナとリリィさんが別行動していては意味が無い。
それと、侵入経路は現場の様子を見て決めよう。警備の状況は直接見ないとわからない」
「あ……そうですね。わかりました。では行きましょう」
他に意見は無いようなので、教会に向けて出発する。全員で屋根に上り、駆け出した。今日は大きく回り込んで北側から攻める。かなり遠回りになるので、少し急ぐ。
ボナンザさんのリクエスト通り、街の中で出せる最高速で走る。あまり速く走ると屋根が壊れるので、外を走る半分くらいの速度だ。
ボナンザさんは涼しい顔でついてきているのだが、足元からバキバキと激しい騒音を立てている。
俺たちとは体重が違いすぎたんだ……。俺たちは軽いから、この速度が出せているだけだ。ボナンザさんの最高速はもっと遅い。速度を大幅に緩めた。
「ちょっと、なんで速度を緩めたのよ。ちゃんとついていけてるでしょ?」
「どこが『ちゃんと』なんだよ。王都がボロボロになるぞ」
ボナンザさんは豪快な所が良い所なんだけど、たまに豪快すぎて困る。
途中で速度を落としたのだが、大きな遅れが出ること無く教会の北側に到着した。
数人の黒装束の女の子が屋根の上から監視している。ボナンザさんの店の女の子だ。ボナンザさんに気付き、ボナンザさんの周りに集合した。ボナンザさんはその子たちから何か報告を受けているようだ。
報告が終わったようだが、何を喋っているのかは聞き取れなかった。女の子たちが持ち場に戻り、ボナンザさんは俺たちの方に向き直した。
「教会の警備は南側に集中しているわ。まぁ、穴が開いてるから当然ね。北側の警備は普段と同じみたいね。行きましょうか」
「どのルートで侵入するんだ?」
「あたしが先導するわよ。地図は頭に入れてきたから」
ボナンザさんは、不敵な笑みを浮かべて言った。もしかしたら宿屋の店主が使っている侵入経路を聞いてきたのかもしれないな。
「了解。任せた。
今日の最優先は、研究施設に居るはずのコーリーという人に会うことだ。内通者になってくれる可能性がある。
うちのルナとリリィに会わせる必要があるから、そのつもりで動いてくれ」
今日の目標を明確に宣言しておく。使徒召喚を止めるだけならコーリーに会わなくても問題無いのだが、教会に協力する意図が知りたい。それによって今後の動きが変わるので、できるだけ早く会っておく必要がある。
「わかったわ。じゃ、行きましょうか」
ボナンザさんはそう言って歩き出した。徐々に速度を上げ、そのまま教会の壁に激突する。『ドガァ!』と大きな音を立て、壁が壊れた。
「ちょっ! 何しているんだよ!」
俺の声は『ドガァ!』という壁が壊れる音にかき消された。肩で体当たりをして、次々に壁を破壊していく。何かの部屋の中に入っても、目の前の全てを蹴り飛ばしながらひたすら前進を続けた。
ハンマーを振りかぶる時のタイムロスが無いので、昨日よりもかなり速い。警備が集まる前に、教会の中庭に到達した。
「この建物ね。さっそく入りましょう」
ボナンザさんはそう言って1棟の2階建ての建物を見上げた。王都では珍しく、木造の建物だ。漆喰で白く塗られた土壁が建物を覆っている。
「確かに速いけど! もっと穏便に侵入できなかったのか?」
「最短ルートを選んだだけよ。誰にも止められず目的地に到着できたでしょ?」
到着することが目的ならそれで良かったんだけど、俺たちの目的は『対話すること』なんだよ。これだけ派手に動いたら、絶対に邪魔が入る。
現に、気配察知で警備がここに集結しようとしていることが分かっている。先に警備を黙らせなければ……。
「できれば邪魔されずに話がしたいんだ。警備は俺が食い止める。みんなは先に行ってくれ」
ここは俺に任せろ。死亡フラグモリモリのセリフだが、そんな大げさなものではない。集まってくる警備を、不意打ちで気絶させるだけの簡単な作業だ。
「あの……お気を付けて……」
「ああ。簡単な作業でも油断はしないさ。すぐに追い付くよ」
死亡フラグを重ねた気がするが、威圧の魔法が使えるのは俺だけだし、不意打ちするなら1人の方が動きやすいからな。
まずは、教会に開いた大穴から数人出てこようとしている。物陰に潜み、外に出た瞬間を狙う。
威圧の魔法でサクッと気絶させたら、物陰に……隠す場所が無いな。その辺に転がしておこう。
次々に襲い掛かってくる警備を、流れ作業で気絶させる。次第に審問官も混ざり始めた。同じく気絶させて邪魔にならない場所に放り投げる。
中庭の奥からも続々と集まってきているが、広いのでやりやすい。数人まとめて気絶させた。
何人気絶させただろうか。気配察知で分かる範囲には、動ける人間は1人も残っていないようだ。
もう邪魔される心配は無いだろう。ボナンザさんが壊した壁から、みんなの後を追う。
ボナンザさんが通った跡は、台風の後のように荒れ果てている。椅子や机がひっくり返り、何かの書類や本が散らばっていた。足場に気を付けながら先に進む。
さっきのペースで進んでいたなら、すでにコーリーと接触できているかもしれない。急ごう。
暫く進むと、無事みんなと合流することができた。
「おまたせ。警備と審問官は黙らせたぞ」
「おかえりなさい。凄い人数が集まっていたようですが……大丈夫でした?」
「問題無い。雑兵しか居なかったぞ」
さっき倒した連中の中には、審問の場に居たような重役は居なかった。重役連中はさっさと避難したのだろう。身分が低い者だけを前線に送り込むという根性は気に入らないが、まあよくあることだ。
「早かったわね……こっちはまだ会えてないわよ」
それは合流した時に気が付いた。それらしき人影はどこにも無いからな。
この建物の2階が宿舎になっているらしく、これから2階に乗り込むと言う。1階にある研究室で、俺の到着を待ったそうだ。ということは、今俺が居るここが研究室なのだろう。
「先に2階に行っても良かったんだぞ?」
「いえ……こんな物を見つけてしまったので……」
ルナがロール状に巻かれた1枚の紙を差し出した。大きさはA4よりも少し大きいくらい。
「ん? なんだ?」
受け取って広げてみると、そこには大きな魔法陣と詩のような言葉が並んでいる。
「使徒召喚の術式です。ここで厳重に保管されていました」
「へえ、これがそうなのか」
「あ、初めて見るんですね。使い捨ての魔法みたいなものです。普通の魔法の術式もありますが、アレンシアでは滅多に手に入りません」
この紙を掲げて詩を読み上げるだけで発動するそうだ。魔法が使えない人でも簡単に魔法が使えるという便利な紙。詠唱魔法がベースになっているので、攻撃手段として使うことが多い。
主な生産国はミルジアと神聖ユーガ帝国で、ガザルの一部でも作られている。しかしアレンシアではほとんど作られていない。その理由は、魔道具があるからだ。魔道具があれば、こんな紙切れに頼る必要が無い。
普通は文字さえ読めれば誰にでも使えるのだが、使徒召喚は特殊な手順があるので、この紙だけでは発動しない。使徒にしか聞こえない鈴が必要だし、10人の術者と連携するための手順もある。
作成方法は魔道具と変わらないそうだ。材料費は安いが、使い捨てなうえに戦闘にしか使えない。そのため、アレンシアでは研究されていない。
「こんな紙切れ、この部屋の中でよく見つけたな……」
今俺たちが居るこの部屋も、例に漏れず荒れ放題になっている。こんな酷い状態の部屋の中、どう探したら見つけられるんだろう。
「その中に入ってたよー。叩いたら開いたー!」
リーズの野生の勘が発動したらしい。リーズの指の先には、鉄でできた頑丈な箱がある。冷蔵庫くらいの大きさだ。おそらく金庫だろう。叩いたくらいで開くのかな……。まあいいか。
「良くやった。ありがとう。1つ目の目標は達成だ」
これはもっと手こずると思っていたのだが、嬉しい誤算だな。当初、コーリーに術式の場所を聞いて、そこに乗り込むという順序を予定していた。これが逆になったので、コーリーとの交渉が有利に進められる。
術式をマジックバッグに放り込み、2階へと続く階段に足をかけた。






