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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
最終章 使徒召喚
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弁解

 せっかく意気揚々と教会に乗り込んだのだが、グラッド教官に水を差されて引き返すことになった。王から何かしらの用事があるという。仕方なく王城に来た。


 謁見の間に入る前に、無視していた王からの通信を確認しようと思う。

 転写機は掲示板のようになっていて、ある程度の文字数は蓄積されるようになっている。放置すると、古い文字から順に勝手に消えていく。


 マジックバッグから布に包まれた転写機を取り出すと、付き合いたてのカップルかと言うほどのメッセージが来ていた。画面は未読のメッセージで埋め尽くされ、どこから読めばいいのか分からない。どうせ序盤は無駄な挨拶なので、適当に途中から読み出す。


 大量の文字を読み始めたのだが、同じ内容の繰り返しだったので、げんなりして読むのを止めた。内容をざっくり言うと、ただの謝罪。序文からの挨拶を経て近況、そして謝罪。

 今朝から何度も送り続けていたらしく、このセットを何度も何度も何度も何度も……読んでいて頭がおかしくなりそうだった。


 ただ1つ分かったのは、魔導院の主任の話を聞いたらしいということ。どうやら俺が帰った後、主任からも話を聞き、そこで俺の話が正しいということが分かったらしい。そのため、急遽使徒召喚を延期することに決めた。


 だからと言って、俺への謝罪は要らないと思うんだけどなあ。身分も欲しくないし。でもこのまま謝罪を受け取らないと、話が拗れそうだ。話をしておこうと思う。



 謁見の間を警備している兵士に挨拶して、謁見の間に入る。


「コーよ、よく来てくれた。先日はすまなかった。気分を害しておらぬか?」


 王は顔色一つ変えること無く、いけしゃあしゃあと言う。そんなにイラっとするような話じゃなかったけど、害していないとは言えない。ちょっとはムカついた。そして、今の態度にもちょっとムカついた。

 できるだけ笑顔を作って答える。


「害していないなら、転写機を無視していないぞ」


「ぬ……ここは嘘でも『害しておらぬ』と答える場面ではないか?」


 王はニコニコと笑いながら言う。


「悪いが、俺はこの世界の人間じゃないからなあ。そんな常識は知らないぞ。それに、俺はもうただの冒険者だ。言葉が荒いのは仕方ないだろう」


 俺も全力の作り笑顔で返す。


「何を言っておるか。其方には騎士相当の身分を与えておるだろう」


 うわあ……身分を剥奪した事実を無かったことにしようとしているぞ……。


「あれ? 俺には『二言は無いな』とか言っておきながら、自分はあっさり撤回するのか?」


「先日の対談は、余と其方の個人的なものだったからな。余も少し冗談を言いたくなってしまったのだよ」


 もしかして、「冗談だから許してね」と言いたいのか?


「へえ。王はずいぶんと冗談が下手なんですねえ。普段からもっと練習した方が良いのではないですか?」


 敬語に戻したのは、嫌味だ。笑顔で敬語の方が嫌味っぽく聞こえるだろうという、俺なりの配慮だ。

 王は笑顔を崩すこと無く会話を続けているが、額に薄っすらと青筋を立てた。


「下手は承知だ。余も練習したいのだが、文官たちが許してくれんのだよ。余も、この程度の冗談が通じないとは思わなんだ。其方は若い割に頭が固いのう」


 皮肉が返ってきたぞ。冗談でゴリ押すつもりだな。まあ、そろそろ折れてやるか。


「まさか王が冗談を言うとは思っていなかったからな。それで、どういうつもりでここに呼んだんだ? 俺たちも忙しいんだよ」


「うむ。まずは先日の冗談で、コーが気分を害したのではないかと心配したのでな。その確認をしたかった。それと、後で個人的な話もしたい。謁見が終わったら、余の部屋に来い」


 あくまでも『冗談』と言い張るのか。まあいいけど。しかし、個人的な話ってなんだろう……。使徒召喚についてかな。


「わかった。休憩室に行くよ」


「うむ。今日の用はそれだけだ。其方から報告することは何かあるか?」


 聞きたいことがあるのは、むしろ王の方だろう。王がここで話を切り上げたということは、この場に信用できない人間が居るということだ。それなら俺から話すことは何もない。


「今日は無いな。謁見は終わりでいい」


「うむ。では、前室で待っておるぞ」


 王はニヤリと笑い、退出する俺たちを見送った。

 俺たちは謁見の間の扉を抜け、休憩室に向かって歩き始める。


「ヒヤヒヤさせないでよ……さっきのやり取りはなんだったの?」


 クレアが冷や汗をかきながら言う。


「いや、ちょっとムカついたから嫌味を言っただけだぞ。向こうも皮肉で返してきたから、おあいこだよ」


「文官さんたち、凄い目で睨んでたわよ? もう、あんな雰囲気はもう嫌だからね?」


 さっきあの場に居た人たちは、みんな揃って口元を引き攣らせていたな。アレンシアでは身分違いの者から失礼な態度を取られても、めったに怒らない。態度が悪いくらいで怒ることを恥と考えているからだ。今回も、最初に怒った奴が馬鹿にされることになる。

 怒られる可能性は低いと踏んで、嫌味を言ったんだ。でも怒られたところで何も困らないんだけどね。



 廊下を曲がって兵士の視界から外れたので、転移魔法で休憩室に転移する。薄暗い部屋に出た。まだ王は来ていないようだ。

 この部屋は、小さなテーブルを挟んでソファが設置されている。片側は豪華な1人用ソファ、もう片方は普通の3人用ソファを2脚くっつけて並べてある。ランプに明かりを灯し、一番高そうなソファに座った。


「コーさん……そこ、王様の席です……」


「ん? そんなことが決まっているのか?」


 前回来た時もここに座ったが、特に何も言われなかった。たぶん、どこに座ろうが自由なんだろう。


「なんとなく、そう思っただけなんですけど……そのソファでは私たちが座れません」


 俺が今座っているソファは1人用だ。人数分のソファを向かい側から移動させた。


「ねぇ……王様が座る席が無くなったわよ?」


 移動させたソファは、3人用が2脚だ。俺たちは5人なので、俺が1人用に座ったら、必然的にこうなる。

 壁際に置いてある安っぽい木の丸椅子を見つけ、ソファがあった場所に設置した。


「これで大丈夫だ。このまま王を待とう」


「私……立ちましょうか?」


「気にしなくていい。椅子はあるんだ。勝手に座るだろう」


 王は「冗談を練習したい」と言っていた。その言葉が本気なら、このソファの並びにツッコミを入れるだろう。もちろん本気だとは思っていない。ちょっとした嫌がらせだ。



 しばらく待っていると、王が扉を開けて部屋に入ってきた。王は額に青筋を立てながらしばらく何かを考え、俺が準備した椅子にスッと座った。


「なあ、話ってのは何だ?」


「その前にコーよ……何かおかしいとは思わぬか?」


 王は顔を引き攣らせながら必死で笑顔を作っている。


「何か? 何がおかしいんだ?」


 俺がそう返すと、王は疲れたような笑みをこぼして言う。


「いや……良い……。

 先日の対談はすまなかった。今日はあの話の続きをしたい」


 ツッコミは無しか……。ツッコまないなら椅子はこのままだ。


 王は硬い丸椅子に座り慣れていないのか、尻の置き場に困っているようだ。王は落ち着かない様子で防音の魔道具を起動する。それに合わせ、俺も手持ちの防音の魔道具を起動した。本来は1つで十分なのだが、聞かれたら拙い話なので念のためだ。


「延期が決定したらしいな。グラッド教官に聞いたよ」


「それはそうなのだが、余が延期を言い渡す前に、教会から延期の申し出があった。なんでも、教会がならず者の襲撃を受けたと言うのだ」


 あら、可哀想に。たぶん、壁が何枚もぶち破られたのだろう。修理が大変そうだ。顔を見られる前に気絶させたので、犯人が誰かはグラッド教官しか知らないはずだ。この事件は迷宮入り確定だな。


「それは気の毒な話だな。しかし、延期が決まったのならそれでいいだろう。実行する気は無いんだろ?」


「そうだな。まぁ、犯人が誰かは聞かぬよ。

 使徒召喚の延期については、城内には納得しておらん者も多い。本当なら中止したかったのだが、延期で濁すことになってしまった」


 使徒の2人が不甲斐なさ過ぎたな。かなりの予算を使い、大きな期待を背負った使徒が、新兵程度の実力しか無いんだ。入れ替えを希望する声が出るのは否定できない。まして、使徒召喚の真実を知らないわけだしな。


「いっそのこと、使徒召喚の全てを公表したらどうだ?」


「そんなことができるわけ無かろう。戦争になるわい」


 確かにそうか……。神のやることを全否定するんだ。教会は猛反発するだろうし、ミルジアや帝国が黙っていないだろうな。


「じゃあ、どうする? やっぱり先に教会を破壊するか?」


 絶対その方が早い。教会を焼けば、さすがのミルズも黙っていないだろう。何らかの形で顔を出すはずだ。


「……それも止む無しか……だが、まずは教会が持っている術式を国に提出してもらおうと考えておる」


「素直に渡すとは思えないが……」


「うむ。そこで、コーリーにも協力を頼みたい。余からの要請はすべて無視されておるが、ルナとリリィからであれば耳を傾けるだろう」


 ルナとリリィさんの元同僚であるコーリーは、今は教会で使徒召喚の魔法を指導している。その人の協力を得られれば、主任が隠し持っていた術式を奪い返すことができるはずだ。


「いや、王よ。それは難しいぞ。彼女は何か考えがあって教会に協力しているはずだ。それが分からないうちは、私たちも手が出せない」


 王の問いかけに、リリィさんが難しい顔で腕を組みながら答えた。


「む……金で雇われたのであろう? 国から予算を出す。その金で国に引き込んでくれ」


「宮廷魔道士に金だけで動く人間は居ない。何か理由があるはずなのだ。それも相手はコーリー。一筋縄では行かないだろう」


「ふむ……それならば仕方が無い。余から其方らに依頼を出す。コーリーに接触を試みてくれぬか」


 王は名前を借りるくらいのつもりだったらしい。それでは無理だと知り、正式な依頼に切り替えた。

 でも、金以外で動く人を動かすのは難しい。そして、コーリーという人はかなり難しい性格をしているみたいだ。俺たちのやりたいようにやっていいなら、なんとかなりそうなんだけどなあ。


「それは構わないが、こちらにも条件を付けさせてくれ」


「何だ?」


「1つ、手段は問わない。2つ、この依頼は国が術式を手に入れるまで有効とする。以上だ。この条件なら喜んで引き受けるぞ」


 王は少し考える素振りを見せると、ゆっくりと口を開いた。


「良かろう。方法は其方に任す」


 とりあえず言質は取った。また冗談とか言われたら困るので、キッチリと書面にしておく。紙に正式な命令として証拠を残し、お互いの署名を入れた。

 忘れる前に報酬の話をしておこう。


「で、報酬だが。余計な報酬は要らない。金だけくれ」


 おかしな身分や領土を押し付けられると困るので、あらかじめ断っておく。金額は明示していないが、別にいくらでも構わない。


「承知した。準備しておこう」


「それじゃ、さっそく行動を開始するぞ」


「うむ。頼んだ」


 王に一礼して城の外に転移した。訓練場は兵士の訓練で使用中の時間なので、王城近くにある庁舎の裏だ。そこから少し歩き、待たせていたボナンザさんたちと合流する。

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