貸し借り
次は武器屋だ。またアーヴィンの装備品。アーヴィンも短いダガー1本を持ち歩いているのだが、気休めにもならないガラクタだ。戦闘に参加する予定は無いが、護身用の武器を持っておいた方がいい。
向かう先はいつもの武器屋だ。今いる防具屋とも近く、歩いて数分だ。
到着して扉に手をかけると、今日も開かなかった。
「あれ……今日も休みか。冒険者ギルドに行っているのかな」
「そうですね……ギルドに行ってみましょうか」
店主は、最近冒険者に剣術を教えている。ついでに武器を売っているので、商売の一環だ。
冒険者ギルドに行けば店主に会えると思うのだが、今は行けない。確実にアーヴィンについて聞かれる。誤魔化す自信はあるが、わざわざ取らなくてもいいリスクを取る趣味は無いんだ。
冒険者ギルドにも用があるんだけど、それはアーヴィンを預けてからだな。
「いや、今日は止めておこう。先に銀行で手形を換金するよ」
この国の『支払手形』は、日本の小切手のように使われている。振出人の口座残高から引き出す形で、手形の持ち主に金が渡される。
銀行の場所は王城のすぐ近く。詐欺師を引き渡したついでに寄れば良かったのかな。忘れていたから仕方がないんだけど。
銀行は国の施設なので、庁舎の中に入っている。
転移魔法で、目立たないであろう庁舎の裏に移動した。そこから回り込んで庁舎の中に入る。
庁舎の中は、長椅子に座って退屈そうにしている人たちで割と賑わっている。その雰囲気は、日本の市役所に近い。たぶん待たされているんだろう。
日本のような「番号札を持ってお待ちくださーい」的なシステムは無いので、そのままカウンターに向かった。
「手形の換金なんだけど、ここでいいかな?」
「あ、はい。では身分証と手形をお渡しください。手続きが終わったら呼びますんで、椅子にかけてお待ち下さい」
カウンター係は無愛想に言う。まあ、愛想よく接する仕事じゃないから、態度は仕方がないか。
雰囲気から察するに、どうせ長時間待たされるんだろうなあ。1人で来れば良かった。6人でアホ面下げてボーッと待つって、傍から見たら間抜けじゃないかな。
そう思いながら長椅子に向かうと、見覚えのある男がアホ面を下げてボーッと座っていた。いつもの武器屋の店主だ。
ベストなタイミングなんだけど、こんな場所で会うとは思っていなかった。
「おい、こんな所で何をしているんだよ」
「ん? おお、久しぶりだな。あんたらこそ、銀行に何の用だ? ついに商人に転職したのか?」
店主はアホ面を崩し、笑顔で言う。
「違うぞ。たまたま高額取引があったんだよ。手形を渡されたから、その換金だ。
ていうか、あんたこそ銀行に何の用だよ。あんたの店、手形が必要なほど売れていないだろ」
「痛い所を突くな……。でも最近は調子がいいんだ。今日は、手形口座の開設をしに来たんだ。駆け出し商人が越えるべき壁の1つなんだよ」
なんでも、手形を振り出すためには、専用の口座が必要になるそうだ。日本で言う、当座預金みたいなものだな。
条件は、金貨3000枚以上準備すること。口座には常に3000枚ある状態にしないと、すぐに凍結されてしまうそうだ。かなり厳しい。
商人ギルドへの登録は必要無いので、実は俺でも作れる。要らないから作らないけどね。
確実に定期的に収入がある人じゃないと作れないので、商人でもこの口座を持っている人は少ないそうだ。依頼者の商人は、意外と腕の良い商人だったらしい。
ちなみにこの国の銀行は、預かった金を貸すということをしていない。そのため、預かり手数料や利用料で利益を出している。預けた金に利息が発生するなんてことも無い。地球の銀行とは似て非なるものだ。
「どうして金を貸さないんだ? 銀行の金庫の中は金貨で溢れているだろうに」
「……は? 預かった金を、貸す? 返ってこなかったらどうする気だ?」
店主がアホを見るような目で言う。この世界の常識ではないようだ。
「貸した金には利子がつくだろ。それで利益を出すんだよ。利益が出ているうちなら、多少踏み倒されても問題無い」
なんで俺がこの国の銀行にダメ出しをしているんだろう。こんなことは俺の仕事じゃないんだけど。
でも、日本の感覚と違うというのは違和感があるんだよなあ。
「何を言っているんだ? 商人に貸した金は返ってこない。これは常識だろう?」
ああ、完全に常識が違った。この世界では、借金は踏み倒すのが標準らしい。これでは貸すのは無理だ。俺もうっかり貸さないように注意しよう。
「……店主殿、さすがにそれは言い過ぎだぞ。みんな返す気はあるのだ」
リリィさんが困った顔でフォローしたが、結果的に返せていないなら同じことだぞ。
店主とリリィさんの話では、個人向けの小額な貸付はやっているが、商人や職人向けの高額な貸付はやらないという。
この国の仕組み上、高額な借金を取り立てるのが難しいのは確かだ。担保になるべき土地は、個人では所有していない。国や貴族が個人に土地を貸し出すという形で、上に建物が建っている。担保がなければ高額な貸付は難しい。
そもそも、高額な貸付を要求する人は、駆け出しの商人や潰れそうな商会ばかりなのだそうだ。貸せないのも無理は無いな。
「変なことを言って悪かった。ただの思いつきだ。忘れてくれ」
やり方次第でどうにかなりそうなものだが、それをやるのは俺の仕事じゃないからなあ。
話をしていると、カウンター係に呼び出された。手形換金の手続きが終わったようだ。カウンターで1980枚の金貨を受け取った。手形を振り出した商人は、5%の手数料を払うらしい。意外と馬鹿にならない額の手数料を取られるな。
一見何のメリットも無いように思えるが、大量の金貨を保管したり持ち歩いたりするのは危険だし、場所も取る。金持ちや商人は、銀行を使わざるを得ないみたいだ。貸し金庫みたいな使い方になるらしい。
カウンター係はしきりに預け入れを要求していたが、俺は預けるつもりは無い。手数料が無料で、僅かでも利息がつくなら考えるが、この国の銀行制度では預ける気が起きない。
カウンター係の勧誘を振り切り、店主が待つ場所に戻って会話を続ける。
「店に用があったんだけど、まだ時間が掛かりそうか?」
「いや、たぶんもうすぐ終わると思うが……。
今日はこの辺りで泊まるから、店には戻らないぞ」
あ……そうだった。一般人は馬車で移動するから、店がある南地区までは移動に半日掛かるんだ。不便だなあ。
「買い物は今日中に終わらせたいんだ。俺が送っていくよ」
「送る……?」
「アクイラさん、どうぞ」
店主が怪訝な表情で聞き返したが、カウンター係に会話を遮られた。店主は立ち上がり、「悪い」と言ってカウンターに歩いていく。
暫く待つと、店主がニヤニヤしながら戻ってきた。
「手続きは終わったのか?」
「ああ、ばっちり。くふふふ……これで一人前の商人になれたよ。あんたのおかげだ。ありがとう」
ん? 俺は何もしていないと思うが……。売上にはそれなりに貢献したけど、大した額じゃないしなあ。
「俺は関係ないだろ。あんたが頑張った成果じゃないか」
「ふふふ。あんたがそう言うなら、そういうことにしておこう」
「じゃあ、さっそくだが帰ろう。今日中に欲しいんだ」
送ると言っても、転移魔法を見せるのは良くない。特に商人には、絶対に知られたら拙い。機動力を見込まれて、こき使われる未来が見えるんだ。金は儲かると思うが、たぶん休む隙もなく働かされるだろう。
転移で行ったり来たりするだけの仕事。きっと楽な仕事だろうが、クソつまらない。せっかく異世界にいるのだから、楽しいことしかしたくないんだ。
店主をおんぶして、屋根を走る。アーヴィンはリリィさんが抱えた。
「ぅわぁっ! ちょ……もう少しおとなしく走れないのかっ! ぬおっ!」
後ろで店主が騒いでいるが、無視だ。ほんの十数分くらい、我慢してもらおう。
「死ぬかと思った……」
店の前で店主を下ろすと、真っ青な顔で呟いた。
「あれくらいで死ぬわけ無いだろ。そんなことより、早く店を開けてくれ」
「すまん、店はここじゃないんだ。案内するから、ついてきてくれ」
店主は気まずそうな顔で言う。
店を移転したらしい。狭い店だったからなあ。さっさと移転してくれて助かったよ。前よりも小さくなっていたら笑うけどな。
店主の案内で向かった店は、コンビニくらいの大きさの2階建ての建物だった。その建物の横には、車4台分くらいの空き地がある。
「ここがそうか?」
「あぁ、そうだ。剣を打ち合う場所もあるんだ。いい店だろう?」
空き地は訓練スペースらしい。王都で空き地って、かなり珍しいな。王都ではとにかく建物が密集していて、どんな狭い土地であっても建物が建っている。
「よくこんな場所があったな」
「そうだな。隣の建物を壊すのに、苦労したよ」
ぶっ壊したのか……。退去する時に、直さないといけないんじゃないのかなあ。まあ、俺が心配するようなことじゃないか。
店の中に入ると、棚も無い状態。箱に入ったままの武器が床に平置きされていた。移転して間も無いのだろう。欲しい物を自分で探すのは不可能だな。
「じゃあ、さっそく剣を持ってきてくれ。使うのは彼だ」
そう言ってアーヴィンの両肩を掴み、グイッと前に押し出した。
「この少年が? ということは、訓練用か、護身用か……」
「護身用だな。扱いやすい物を頼むよ」
「待って! 訓練用がいい! 片刃の片手剣、できれば細身で!」
アーヴィンが細かい注文を出した。前世の時の慣れもあるのだろう。
店主が持ってきたのは、反りが浅い片手剣だ。斬るよりも突くタイプの剣だな。両刃のロングソードよりは斬れるだろうが、マクハエラほどの切れ味は期待できない。
「こいつは、ミルジアでは一般的な剣だ。上級兵の標準装備としても有名だな。手入れも比較的簡単で、扱いやすい。片手剣を訓練するなら、これがいいぞ」
アーヴィンは剣を受け取ると、嬉しそうにブンブンと振り回した。
「気に入ったようだな」
「うん! お父様は『まだ早い』って言って、買ってくれなかったんだ」
あれ? 勝手に買い与えても良かったのかな? おっさんオマリィの教育方針もあるだろうし……。まあいいか。武器を持っていないことの方が問題だ。
「店主、いくらだ?」
「ん? 金ならいらないぞ。送ってもらった手間賃だ。俺も宿代が浮いて助かった」
店主はカラカラと笑いながら言うが……それは逆に困る。アーヴィンの装備品は、おっさんオマリィから徴収できるんだ。タダにしてくれると言うのなら、俺たちの装備品を貰わないと何か損した気分になる。
「いや、店舗移転の祝儀だ。払うよ」
「……そうか? 本当に感謝しているんだぞ?」
「だったら次回まで貸しにしておいてくれ。とにかく、今回は受け取れ」
「うーん……そう言うなら仕方がない。金貨5枚だ。
あまり質の良い材料を使っていないから、折れやすいぞ。硬い物を叩かないように気を付けてくれ」
相変わらず安いなあ。でも、この剣は本当に安物みたいだ。訓練用だから、こんなもんだろう。
店主に金を払い、店から出る。
その後、足りなくなった素材と大量の食用を買い、宿に帰った。食料はほとんどが保存食だ。季節的に、新鮮な食材が手に入り難くなっているらしい。エルミンスールに置いてくる食料なので、むしろ都合がいい。
買い物は終わった。明日、起きたらすぐにエルミンスールに転移する。






