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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
最終章 使徒召喚
172/317

寝てない

「本当にバレないかしら……」


 王都の宿から外に出た道の上で、クレアが心配そうに呟いた。

 今日は密入国者のアーヴィンを連れて、王都の店でお買い物。バレたらかなり厄介なことになる。


「堂々としていれば問題無い。挙動不審になるからバレるんだよ」


 大抵、服装と態度が怪しいと職務質問される。現地に合った服装で、当然のように歩いていれば怪しまれにくいものだ。あとは顔だな。人相が悪いだけでも怪しまれるからなあ。まあ、アーヴィンの顔なら大丈夫だろう。


「でも、ほら。アーヴィンを見てよ……」


 そう言われてアーヴィンを見ると、壊れたおもちゃのように首を振り、興味深そうにあちこちを見ている。

 アーヴィンの頭を手で掴んで止める。


「こら、キョロキョロするな。迷子になるぞ」


「子ども扱いやめてよ!」


 アーヴィンはふくれっ面で俺を見る。


「かなり挙動不審だったぞ。逮捕されたくなければ、おとなしくしていろ」



 アーヴィンが街を見たいと言うので、今日は珍しく道を歩く。まず行く場所は、ボナンザさんの知り合いの革職人の工房。ボナンザさんからアトラスの代金が預けられているはずだ。買い物の前に、金の補充をしておきたい。

 ボナンザさんから渡された封筒を開け、中の地図を確認する。そこには、店までの道と共に『革職人ブライドルの店』と書かれていた。見覚えがある店だな……。


 ルナにも地図を見せて確認する。


「これ、いつもの防具屋さんですね……」


「やっぱりそうだよな」


 やはり間違いない。知り合いだったのか。仕立ての依頼もしているので、ちょうど良かった。



 いつもの防具屋に直行する。


「店主は居るか?」


 気配察知で居ることは分かっているのだが、礼儀として声を掛ける。


「あ……コーさんですね。お待ちしておりました」


 店の奥から、疲れ切った顔の店主がのそりと現れた。


「……どうした? ずいぶん疲れているみたいだが……」


「ははは……わかりますか。急ぎの仕事が入りまして、しばらく寝ていないんですよ……」


 寝てないアピールは鬱陶しいだけだが、本当に寝ていないなら話は別だ。この人はどう見ても睡眠不足だな。クソ不味いポーションを1本取り出し、店主に渡した。


「気休め程度だが、飲んでおけ。ちゃんと寝た方がいいぞ」


 普通に不味い新型ポーションの量産体制が整ったので、クソ不味い旧型ポーションが大量に余った。後で売るつもりだったが、1本くらい人にあげても問題無い。


「ありがとうございます。いただきます。

 寝られるものなら寝たいのですが、またしても初めての素材でして……。初めての素材がこんな立て続けに入ることなんて、初めてですよ」


 ボナンザさんの依頼だな。ミルジアで会った時、服が壊れたとか言っていた。となれば、素材はアレしか無い。


「アトラスの素材だよな? そんなに珍しいのか?」


「あれ……? どうしてそれを?」


「ん? ボナンザさんに聞いていないのか? ボナンザさんに素材を渡したのは俺だよ」


「あぁ……ボナンザさんが言っていた冒険者って、コーさんだったんですね。お名前までは聞かなかったので。失礼しました。

 念のため、紹介状を見せていただけますか?」


 紹介状……? この封筒のことかな。

 よくわからないので、封筒をまるごと渡した。


「ありがとうございます。確認できました。

 しかし……なぜコーさんばかり、こうも珍しい魔物に遭遇するのですかね?」


 店主は封筒の中身を広げながら、不思議そうに呟いた。

 確かに、俺はかなり運がいい。金ボアとアトラスだけじゃない。エルク、巨大スライム、バブーンの群れ。思えば、数多くのレア魔物に遭遇してきた。スライムは金にならなかったが、レア魔物のおかげで、かなり稼がせてもらった。


 神に感謝とか言っちゃいそうなくらい、ついている。神とは犬猿の仲だから、神の思し召しなんてことはあり得ないんだけどね。


「そうだな。俺は幸運に恵まれているよ」


「……普通の人なら、5回くらいは死んでるからね?」


 クレアがボソッと言う。

 まあ一般人には辛いかな。でも、訓練をした兵士や冒険者であれば、あれくらいの魔物は普段から倒しているんじゃないかな。


「それはそうと、ボナンザさんから金を預かっていると思うんだけど」


「あ! そうでした。先にお渡ししておきますね」


 店主はそう言って、1枚の紙と布袋を持ってきた。

 紙には、ボナンザさんの文字で感謝の言葉と金額が書かれていた。金貨300枚。これが多いのか少ないのか、俺には判断できない。


「ありがとう。後で確認するよ」


「あの……できればこの場で確認してください」


 店主にそう言われたので、クレアに任せた。クレアが金貨を数えているうちに、金ボアコートの受け取りを済ませる。



 店主の後ろには、これ見よがしにド派手な金色のコートが、5着掛けられている。あれが俺たちのコートだろう。

 俺の注文通り全員のデザインを変えてある。俺のコートが異常なほどド派手で、他のみんなはほどほどに派手だ。これを着て街中(まちなか)を歩くのは、少し勇気が要るな。


「ありがとう。ところで、代金なんだが……」


「あ、それでしたら、先日お預かりした分で、なんとか足りました。かなりギリギリだったので、次回はもう少し余分に欲しいですね」


 店主は得意顔で答えた。

 少しは返ってくるんじゃないかと期待したのだが、ダメだったな。1着あたり金貨60枚、次回はそれ以上になる。滅茶苦茶高い。壊さないように気を付けよう。



 俺が受け取りの手続きをしている間、アーヴィンは店内を物色していた。いろいろ見た結果、どうやら気に入った服が見つかったらしい。

 上着はショート丈の真っ赤な革ジャン、下は真っ黒なストレートパンツ。インナーは白のシャツだ。


 ヤンキー小学生?


「……何か言いたいことでも?」


 俺がじろじろと見ていると、アーヴィンが不機嫌そうに言った。でも俺は思ったことは口に出さない。トラブルの元だからな。


「なんでもない。気に入ったのなら買うか?」


 俺がそう言うと、アーヴィンが目を輝かせた。


「いいの?」


 あれ? 俺が買うとは言っていないぞ。


「いや、後からお前の親に請求するつもりだからな。それに、今着ている服じゃ寒いだろ。買っておいた方がいい」


 まあ、あのおっさんなら払うだろう。貴族からすれば大した金額じゃないし。


「え……いいのかな……」


「気にするな。安いもんだ」


 俺が払うわけじゃないけどね。アーヴィンが選んだ服は、全部で金貨48枚だった。高い。超高い。子ども服って、どうしてこんなに高いんだろう……。でもたぶん、貴族なら余裕で払える金額だ。


 アーヴィンは、俺のお古の布の服を着ている。最初に着ていた貴族の服では目立ち過ぎるからだ。それに、デザインが複雑だから着たり脱いだりが面倒過ぎる。

 風邪をひかれても困るので、今買っておいた方がいい。



 俺の服もボロボロになってきたので、新調しようかと思う。どういうわけか、俺の服だけ異常に劣化しているんだよなあ。

 全体に擦れたような傷があり、細かい破れが何箇所か。水濡れでシミになった部分もある。


「ルナの服よりも後に買ったはずなんだけど……おかしいな」


「それは仕方がありませんよ。コーさんは、誰よりも動いていますから」


 確かに、戦闘回数で言うなら俺が圧倒的に多い。

 でも、それを言うなら、ルナだってかなり動いているはずなんだよなあ。食事の準備やテントの設営など、雑用で一番働くのはルナだ。


 俺たちが買い替えの相談をしていると、店主が大慌てでカウンターの中から出てきた。


「せっかく味が出てきたのに、今買い換えるなんてとんでもない! すぐに修理するので、待っていてください!」


 店主はそう言って、俺のコートを引っ手繰る。さらにジャケットとズボンも脱がされ、持っていかれた。寒いので、外套を羽織って待つ。


 革製品は使い込むと味が出るなんて言われるが……ボロくなっただけに思えるんだよなあ。



「確認終わったわよ。金貨300枚、間違い無いわ」


 クレアに任せていた、金貨の確認が終わったようだ。

 面倒な……と思ったんだが、後から足りないことが分かると、それはそれは面倒なことになる。店主が盗んだという疑惑が生まれ、誰が間違えていたとしても全員が傷つく。誰も得しないので、この場で数えるのが最善だ。


 金貨の確認が終わると、店主も奥から戻ってきた。


「お待たせしました。補修終わりましたよ」


「ん? 早いな。こんなもんなのか?」


「専用の道具もありますし、こんなもんですよ。酷い損傷ではありませんしね」


 戻ってきた服に袖を通す。着心地は変わっていないが、ボロくなった部分は補修され、味と言っても良いような状態になっている。この状態なら着続けてもいいかな。

 と言うか、破れた革って直せるんだな。初めて知ったよ。



 補修の手数料は、全部で金貨3枚だった。アーヴィンの服と合わせて金貨51枚を店主に渡す。


「アトラスの革ですが、こちらは半分ですね。残りの半分は、ボナンザさんが持っていかれました」


 アトラスと言えば、身長10mくらいの巨体だ。その革ともなると、かなりの大きさになる。半分でも、両手で抱えきれないほどだ。マジックバッグの容量を圧迫する。

 店主に仕立てを依頼して、革も渡してしまえば楽なのだが……。これ以上仕事を増やしたら、店主が死んでしまいそうだ。


 エルミンスールに放り込んでおこう。普段使わない素材は、全部エルミンスールに置いておけばいいかな。


 金ボアの素材は、最初から必要な分だけしか渡していない。端切れは店主が勝手に処理するはずだ。捨てるには惜しい素材なので、何かに活用するだろう。


「確かに受け取った。ありがとう」


 そう言って店を出ようとした俺を、リリィさんが制止する。


「ちょっと待ってくれ。

 店主殿、こんな物があるのだが……」


 そう言って『過働の指輪』を取り出した。ここでも売り込みをするのか……。寝る間も惜しんで仕事をしているみたいだから、店主なら欲しがるだろう。

 でも、そのヤバイ指輪を普及させるのは、あまりオススメしないぞ。王都がブラック戦士で溢れかえるじゃないか。


「これは……?」


「改良版『過働の指輪』だよ。寝ずに働けるという効果はそのままに、付けたままでも寝られる。さらに、ほんの少しの睡眠でも十分疲労回復できる、すぐれものだ」


 あれ? ちょっと欲しいかも……。いやいや、騙されたらダメだ。うーん、睡眠時間を短くできるというのは魅力的なんだよなあ。


「な……素晴らしい! おいくらですか? すぐにお支払いしますよ!」


 案の定、店主がバッチリ食いついた。ちょっと心配なので、確認しておく。


「なあ、リリィ。指輪を外すとどうなる?」


「ぐっすり眠れる。起きた時に少し体が痛むが、なかなか心地良い痛みだぞ」


 副作用が酷くなっているじゃないか。危ない危ない。騙されるところだった。


「いいですねぇ。ぐっすり眠れるなら、多少の傷みは我慢しますよ!」


 あ……いいんだ。副作用に納得できるなら、まあいいんじゃないかな。


 指輪の代金を受け取り、店を出た。


 指輪の値段は、金貨5枚に設定したらしい。魔道具にしては安い値段だが、材料費が安いので妥当な値段だ。ボナンザさんからも注文が入っているので、余分に量産したそうだ。

 いずれボナンザさんの店にも顔を出す必要があるが、ボナンザさんの店は奴隷商と飲み屋。どちらも子どもが遊びに行くような店じゃない。今日じゃなくてもいいだろう。

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