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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
最終章 使徒召喚
171/317

基準

 グラッド教官は「仕事がある」と言って去っていった。夕食までまだ少し時間があるので、魔導院に寄ってから帰ろうと思う。

 ちょうど元従業員のルナとリリィさんしか居ないし、翻訳の指輪を作るための資料も借りっぱなしになっているからな。


 魔導院の扉をノックしたが、誰も出てこない。中に人の気配が感じられたので、扉を開けて勝手に入った。

 いつもなら騒々しく作業しているはずなのに、今日は活気が無い。


「誰も居ないのか?」


 そう問いかけると、奥から主任が出てきた。


「おや、ルナちゃんとリリィじゃないか。よく来たね。ゆっくりしていきなさい。コーは帰れ」


 この人、ルナとリリィさんの元上司なのだが、ルナに物凄く甘い。そして俺には物凄く厳しい。

 以前よりもさらに厳しくなった気がする……。リリィさんも連れ出したからかな。


「俺が帰るなら2人も連れて帰るぞ」


「……ゆっくりしていけ」


 主任は「ちっ」と舌打ちをしながら言う。

 応接室の椅子に座ると、ルナがお茶を入れてきた。古巣だけあって、慣れた手付きだ。


「妙に静かだが、何かあったか?」


「ミルジアの骨董市だよ。手分けをして街を回っているからな。

 だが、そろそろ終わった頃だ。数日中に戻るだろう」


 最低限の作業員を残し、多くの人員が外出しているらしい。もちろんミルジアにも行くのだが、国内の古道具屋も見て回るという。ミルジアで買い付けした骨董品が狙いだそうだ。

 今残っているのは、急ぎの仕事を抱える人と、魔導院の責任者だけだ。


「主任は行かなかったのか?」


「責任者がここを離れるわけにはいかないだろう。リリィはどうだ? 今年は行けたのか?」


「あぁ、連れていってもらったよ。今年の骨董市は、とても刺激的で楽しかった。魔導院では味わえないものだったよ」


 リリィさんがニコニコと笑いながら言う。刺激……サイクロプス狩り競争のことかな。ボナンザさんと意気投合して、とても楽しそうにしていた。俺としては若干心配だ。「ボナンザさんになりたい」とか言い出さないよな?


「それは良かった。ルナちゃんはどうだ? 楽しかったか?」


「はい。初めてでしたので少し戸惑いましたが、楽しくお買い物ができました」


「コーが嫌になったら、いつでも帰ってきていいからね。いつでも帰っておいで。コーが死んだらすぐに帰ってくるといい」


 縁起でもないことを言うなよ……。腹立つから、意地でも長生きしてやろう。


「ふふふ。心配ありません。いつも楽しく過ごしていますよ」


 ルナが笑顔で返す。でもちょっと、目が笑っていないかな……。主任の軽口に、イラッとしたらしい。ルナの目が怖いから話題を変えよう。


「近況報告はこれくらいにして、翻訳の資料を返すぞ。助かったよ。ありがとう」


「役に立て良かった。

 しかし、今更どうして神託の指輪なんだ? コーは十分喋れるだろう」


 主任は困惑した表情を浮かべながら、資料を受け取った。

 リリィさんは借りる時に説明しなかったのか。まあ、説明しにくいことではあるよな。深く説明しようと思うと、エルミンスールとエルフの話題になってしまう。主任ならそれなりに信用できるが、それでも軽々しく話せるものではない。


「たまたま神代文字の資料を見つけたんだ。何が書いてあるかが知りたかった」


 そう言って、魔導書『ディエゴの日記』を取り出した。


「むむ……こんな資料が……どこに?」


「どこにあったかは言えないが、これを読むために必要だったんだ」


 はい、大嘘。これを読むためにも使ったが、本来の目的は別にある。嘘をつくときは真実を半分混ぜる。これ、嘘つきの常識。


「これには……何が書いてあったんだ?」


 主任が物凄く真剣な顔つきで聞く。


「残念だが、ただの日記だったぞ。かなり個人的で可哀想な内容だったから、俺の口からは語れない」


「嘘をつくな! ただの日記が、どうしてこんなに上等な本になっているんだ!」


 主任は必死の形相で俺の腕を掴んだ。


「そうなんだよ。俺もそれに騙された。本当にただの日記なんだ。一応、当時の権力者が書いた物だった。

 試しに読んでみるといい」


 翻訳の指輪を渡し、ディエゴの日記の中でも最も残念なページを開いて見せた。


 しばらくの沈黙の後、主任は顔を赤らめて言う。


「……妙な物を見せるんじゃない。こっちまで恥ずかしくなるじゃないか」


 そう言って、本と指輪を突き返してきた。まあ、こんな物を読みたがる奴は余程の物好きだけだからな。


「だから、ただの日記だと言っただろう。どうする? 研究でもしてみるか?」


「遠慮しておく。いや、読みたがる奴も居るかもしれないな……」


 あ、ヤバイ。ちょっと食いついた。この魔導院には、物好きしか居ないんだった。


「冗談だ。本人の名誉のため、近々焼くつもりなんだ」


「そうか……。当時の生活を知ることができる、貴重な資料なんだがな」


 そういう見方もできるのか……。でも、ディエゴは当時としてもおかしな奴だったと思うぞ。あれが標準だと思われたら、当時のエルフが可哀想だ。


「今度、もっとまともな資料を持ってきてやるよ。だからこれは諦めろ」


「ふむ……。そういうことなら仕方がない。次に何かを見つけたら、私にも見せてくれ」


 主任には落胆した様子が見られない。この日記を本気で研究したいとは思っていなかったようだ。


「コーさん、そろそろ……」


 ルナが俺の服を引っ張る。夕食の時間が来たようだ。魔道具の話もしたかったが、それはまた次回だな。


「邪魔して悪かった。また来るよ」


「む……まだいいだろう。せっかくだから泊まっていきなさい。

 あ、コーは帰っていいからな」


「だから、俺が帰るんなら2人も一緒に帰るって。じゃあ、またな」


 ルナとリリィさんが主任に礼をして、魔導院から出た。俺も主任に軽く手を振って後に続く。

 外は既に薄暗くなっている。宿屋待機組を待たせるのも悪いので、転移で即座に帰った。行き先は宿の俺の部屋。リビングがあるので、そこに飛ぶ。



「ぅわぁっ!」


 アーヴィンの叫び声が響く。ソファの前に座って何かを書いていたが、驚いて転がった。


「良い子にしていたか?」


「だから子ども扱いしないでって言ってるじゃん」


 不満そうに頬をふくらませる。微妙なお年頃だからなあ。


 アーヴィンの部屋は、クレアたちと同じだ。てっきりそっちに居ると思っていたのだが、リビングで寛いでいた。


「クレアとリーズは一緒じゃないのか?」


「ううん。クレアさんはトイレに行ってる。リーズさんは寝ちゃったから、ベッドに連れていったよ」


 気配察知でリーズの居場所を確認すると、隣の部屋に居ることがわかった。俺のベッドで寝ているらしい。とりあえず起こしておこう。


 寝室のドアを開けて声を掛けると、寝ぼけたリーズがリビングに来た。

 クレアも部屋に戻ったので、揃って食堂に向かった。



 夕食を終えて部屋に戻ると、いつもの雑談が始まった。今日の話題は、アーヴィンの今後だ。


「しばらくの間、俺たちの隠れ家に居てもらおうと思っている」


 エルミンスールの詳細を教えることはできないので、隠れ家ということにしておく。転移魔法で飛ぶため、位置や詳細を知られることは無いだろう。


「え? 秘密基地? 凄い! 秘密基地を持ってるんだ!」


 アーヴィンのテンションが上がった。変な所で子どもっぽいんだよなあ。よしよしと頭を撫でると、ふくれっ面で俺の手をどけた。


「街からはかなり離れているから、見つかる心配は無いぞ。そのかわり、食料が不足したら死ぬ」


「え……なんて場所に作ったの……」


 俺が作ったんじゃないんだから、文句は言わないでほしい。

 でも、単独行動できるくらい強ければ、周囲のジャングルでいくらでも食料が手に入る。


「現地調達は可能だぞ。身体強化はできるようになったのか?」


 アーヴィンの訓練は、クレアとリリィさんに任せた。心と体は女の子なので、俺が訓練するのは拙い気がしたんだ。というか絶対拙いだろ。


「う……それは……」


 言葉に詰まるアーヴィンに代わり、クレアが言う。


「正直、あまり良くないわね。アタシたちの時と何が違うのかしら」


 クレアの言葉に、アーヴィンが俯いて黙った。

 使徒時代から考えると、経験には問題が無い。年齢の問題か……それとも、やっぱり一度ハードな訓練をした方がいいのかな。


「どうする? 手っ取り早く、一度死にかけてみるか?」


「嫌っ!」


「コーさん、それはさすがに……」


 アーヴィンの即答と共に、ルナから窘められた。いいアイディアだと思ったんだけどなあ。

 言い方が悪かったのかな。言い直してみよう。


「死にそうになるけど、ギリギリで死なないような、絶妙なバランスの訓練だぞ?」


「ダメだって……。コーの基準で『ギリギリ死なない』は、一般人にとっては『九死に一生』のレベルだから……」


 クレアからも窘められた。言い方の問題でも無かったらしい。

 うーん、俺は先日のハインツ戦で思い切り死にかけたんだけど、おかげでかなり魔法が使えるようになったんだよな。他のみんなも、キツめの戦闘訓練で強化魔法が使えるようになっている。アーヴィンも、戦闘させないと上達しないかもしれない。


「わかった。少しレベルを下げて、『怪我をするかもしれない』訓練にしよう」


 これは兵士の模擬戦くらいの訓練。辛いのは最初だけで、後は慣れだ。


「う……それくらいならなんとか……」


「こんさんの基準だとねぇ、骨折は怪我じゃないよー」


「やめとくっ!」


 リーズが余計なことを言うから、アーヴィンが拒否してしまったじゃないか。


「リーズ、それは言いすぎだぞ。手足はともかく、首や背骨が折れたらさすがに怪我だよ」


 戦闘中の骨折なら手足でも命取りだが、訓練中なら問題無い。怪我の基準は、痛みを我慢して動けるかどうかだ。


「手足は怪我じゃないんだ……」


 アーヴィンは、口元を引き攣らして呟いた。心を閉ざしてしまったらしい。キツめの訓練は無理っぽいな。残念。

 ゆっくり地道にやるしかないが、どれくらいの時間があるんだろう。


「ところで、アーヴィンはいつまで身を隠せばいいんだ?」


「わかんない。半年くらい? でも屋敷の様子を見てみないと……」


 それなりに長期間匿う必要があるらしい。定期的にオマリィ邸を見に行くのか……。かなり面倒だな。転写機を買って渡しておこう。代金は、アーヴィンの世話代と一緒に必要経費として請求する。貴族だから金はあるだろう。


「わかった。明日起きたら隠れ家に案内するよ」


「ちょっと待って! 食料! 無くなったら死ぬんでしょ?」


 アーヴィンは、焦ったように『バン』と机を叩いて大声を出した。


「そうだったな。先に買い出しをしよう」


「……それに、アレンシアの王都……見物したいよ」


 アーヴィンの本音がポロッと出た。普通はミルジアの人が王都に入ることは無い。この辺りのルールはミルジアに行く時とほぼ同じだ。越境許可証を持つ人だけが、限られた街に入ることができる。

 ミルジアの人がアレンシアの王都に入るには、特別な理由が必要になる。ちなみにアーヴィンは、密入国だ。


 アーヴィンのリクエストに応え、買い物に行こうと思う。そろそろ金ボアの服が仕上がっている頃だし、ちょうどいいな。たまった雑用を終わらせよう。

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