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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
最終章 使徒召喚
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折り合い

 詐欺師を念入りに気絶させ、顔に布袋を被せたら準備は完了だ。エウラを出発する。

 転移魔法を使い、一瞬でアレンシアの王都に到着した。アーヴィンは、仕方がないので密入国させることにした。

 仮身分証を偽造することも考えたが、転移魔法で街中に転移すればバレることは無いと判断した。詐欺師の引き渡しを終えたら、エルミンスールのカベル(ルミア)に預けようと思っている。


 転移した先は、宿屋の庭。アーヴィンを宿屋に残し、俺たちだけで王城に行く。詐欺師を引き渡すだけなので、すぐに終わるはずだ。


「本当に一瞬でしたね……。凄いです!」


 ルナが目を輝かせて言うと、みんなも口々に感嘆の声を上げた。特にアーヴィンのテンションが凄い。


「今のは何? 魔法? 聞いたことも無いよ? どうやってやるの?」


「魔法だよ。詳しい話は後だ」


 質問がちょっと鬱陶しいので放置する。

 転移できる距離は圧倒的に延びた。今まで行ったことがある場所なら、おそらく一瞬だ。


 そういえば、エウラを出る手続きと王都に入る手続きをしていないな……。手続きのためだけにエウラに帰るのも面倒だ。次行った時に謝ろう。



 宿の手配を終わらせて、王城に向かう。転移魔法で一瞬だ。


「ちょっと待ってよ。1人で待つのは退屈だよ」


 というアーヴィンのわがままに答えるため、クレアとリーズは居残りする。子どもみたいなわがままを言うなよ……。

 ちょっとムカついたので、紙の束に平仮名で『おえかきちょう』と書いて渡した。


「これで遊んでいろ。おねえちゃんの言うことをよく聞けよ」


「子ども扱い、やめてよ……」


 アーヴィンが心底嫌そうな表情を浮かべた。嫌がらせは成功だ。



 不満げなアーヴィンを無視して、王城に転移する。行き先は兵士の訓練場。今の時間だと、ちょうど午後の訓練が終わった頃だ。


 誰も居ないと予想して転移したのだが、グラッド教官とギルバートが模擬戦をしている最中だった。かなり集中しているのか、こちらにはまだ気付いていない。このまましばらく見学する。


 ギルバートは少し腕を上げたようだな。グラッド教官の攻撃を上手く捌いている。ただ、少し様子がおかしい。グラッド教官は、ギルバートの手元を執拗に狙っている。

 グラッド教官の一振りが、ギルバートが持つ剣の根本に当たり、ギルバートの片手剣が折れた。すかさず予備の剣を抜いて応戦するが、即座にもう一度折られて両手を上げた。


 2人に近付いて、ギルバートに声を掛ける。


「構える時に無防備になるのは当然だろ。一歩引くなり、柄を投げつけて牽制するなり、何か対処しろよ」


 抜刀術のつもりなら、剣を抜く動作の速さが重要だ。折られてから対処したのでは遅い。


「うわっ! いつから居たんだよ!」


「フム。久しぶりだな、コーよ。ギルバート、コーの言う通りだぞ。目の前でのんびり剣を抜いているから狙われたのだ。実戦であれば、突きを受けて死んでいただろう」


 グラッド教官がウンウンと頷きながら言うと、ギルバートが反論した。


「コーだったらどうするんだよ。偉そうに言うってことは、上手くできるんだろ?」


 矛先がこっちに向いた。そんな予定じゃなかったんだけどなあ……。


「そうだな。コー、手本を見せてやれ。訓練用の剣を持ってこい」


 面倒なことになったぞ。まあ、簡単な模擬戦だ。すぐに終わるだろう。

 ギルバートに2本の片手剣を渡され、開始位置についた。剣は一般的な両刃の片手剣だ。使い慣れない武器だが、まあいいだろう。


 グラッド教官の威圧感がビリビリと感じられる。最初から本気のようだ。1本目の剣を構えて開始の合図を待つ。


「始め!」


 ギルバートの合図で、模擬戦が開始された。さっきの模擬戦を見て、勝負は武器破壊だと予想した。先に壊した方が勝ちなのだろう。


 まずはグラッド教官の一撃。これは挨拶だな。軽く受け流し、グラッド教官の大剣の付け根を狙って剣を振る。

 俺が振るった剣は、軽く弾かれた。今のも挨拶みたいな攻撃だ。弾かれることはわかっていた。


 挨拶を終え、本気の打ち合いが始まる。お互いに武器だけを狙う打ち合いなんて初めてだ。ゲームっぽくて意外と楽しい。

 片手剣は折れやすいが、2本ある。大剣は折れにくいが、1本だけ。大剣の攻撃をまともに受けたら、片手剣は一撃で折れる。だが大振りなので避けやすい。大剣は片手剣ではなかなか折れないが、手数を増やして対処できる。

 戦略性もあって、普段の模擬戦には無い楽しさだな。何より、模擬戦なのに痛くない。


 楽しんでばかりもいられないな。そろそろ勝負を決めようか。

 振り下ろされた大剣を、片手剣で受ける。微妙に角度をずらし、剣を折らせた。振り抜かれた大剣が、地面に刺さる。すぐに剣から手を離し、次の剣に手を掛けると、すぐに引き抜いてそのまま大剣の根本に当てた。


『ビキィッ!』

 金属がぶつかる音が響き、片手剣の刀身が飛んでいった。

 予定外。この片手剣、脆すぎるだろ。訓練用とは言え、もう少し良い材料を使ってくれよ。



 グラッド教官は、俺の手元に残る剣の柄を見てニヤリと笑う。拙いな。このままでは負けにされてしまう。

 折れた剣を放り投げて牽制する。そして地面に刺さったままの両手剣の鍔を掴み、足で強引に押し込んだ。


『ベキッ』

 俺の足の裏を支点にして、大剣が真っ二つに折れた。


「よしっ! 引き分けだ!」


「よしじゃない! 今のは私の勝ちだろう! どう見ても! なぁ?」


 グラッド教官がムキになって抗議し、ギルバートに同意を求めた。


「おいおい、コー。それは酷くないか?」


「いやいや、引き分けだ。剣を使って破壊しろとは聞いていない」


「そもそも、武器を破壊する勝負じゃないからな?」


 あれ? 勘違いしていたらしい。

 武器を手放すか、戦闘不能になるか。これが勝敗の条件だそうだ。確かに剣は手放したけど……。


「俺は両腕が武器だから。手放していないから」


 俺は両手を広げて反論した。


「苦しい言い訳をするんじゃない。だったら私も負けていないぞ。私は存在自体が武器なのだ」


 グラッド教官はそう言いながら腰に手を当て、胸を張る。屁理屈勝負か? 負ける気がしないぞ。


「ちょっと待ってください! こんなことをしに来たんじゃないんです。

 コーさんも、変なことで張り合わないでくださいっ!」


 ルナが大声を上げながら割り込んだ。

 すっかり忘れていたが、俺は詐欺師を引き渡しに来ただけだった。


「そうだったな。この話は後だ」


「後じゃないです。終わりです。

 引き分けでいいじゃないですか。この勝負は引き分け! 終わりですっ!」


「むぅ……お主もコーの肩を持つのか……?」


「話は終わりです! コーさん、本題をお願いします」


 グラッド教官も、ルナの剣幕に押されてしぶしぶ納得したようだ。いや、納得はしていないのかな。腕を組んで拗ねてしまった。


 ギルバートに話をすればいいだろう。隅っこに転がしておいた詐欺師から布袋を剥ぎ取り、ギルバートの前に放り投げた。


「以前俺が報告した、詐欺師だ。たまたま見つけたから連れてきた。後は国でどうにかしてくれ」


「……どうしてこんなにボッコボコになっているんだ? 暴れたのか?」


「俺たちは尋問には慣れていないんだよ」


 話を聞くために、かなり頑張った。ボッコボコになっているのは、頑張った結果だ。詐欺師には、死なない程度に治癒魔法を掛けてある。


「なるほどな……。まぁいいだろう。後のことは引き受けたよ。悪いね、わざわざ連れてきてもらって」


 ギルバートは気絶したままの詐欺師の足首を掴み、そのまま詰め所に引き摺っていった。

 この場には拗ねたままの教官が残されている。


「教官、いつまで拗ねているつもりだよ。用は終わったから、俺たちは帰るぞ?」


 グラッド教官に声を掛けると、リリィさんがおずおずと手を挙げた。


「コー君、ちょっと待ってくれ。私も今の勝負をやってみたい」


 リリィさんの言葉に、グラッド教官がピクリと反応する。


「うむ。お主も元宮廷魔道士だったな。面白そうだ。いいだろう」


 グラッド教官も乗り気みたいだ。

 リリィさんだけは、まだグラッド教官との模擬戦を経験していない。今ならいい勝負ができるだろう。今日はもう何も予定がないから、やってみてもいいんじゃないかな。リリィさんにもいい訓練になる。


 グラッド教官が新しい両手剣を取りに行っている間に、リリィさんは「武器を破壊すればいいのだな」と呟いていた。ちょっとルールを勘違いしているみたいだ。面白そうなので敢えて指摘しない。



 グラッド教官は両手剣を構える。対するリリィさんは、いつものメリケンサックを両手にはめた。


「ん? どうした? 早く武器を持て」


 グラッド教官は、メリケンサックを武器と認識していないらしい。ただの鉄の塊だからなあ。


「大丈夫だ、グラッド殿。武器は準備できている」


 リリィさんは、両手のメリケンサックを『チンチン』と打ち付けながら言う。


「それが武器なのか? それならいいが……」


 メリケンサックは打撃武器なので、訓練用にも使える……のだが、リリィさんにとってはトドメ用の武器なんだよな。まあ、武器破壊の勝負だ。問題無いだろう。



 睨み合う両者。準備ができていることを確認し、開始の合図を出す。


「始めっ!」


 合図と同時に飛び出したのは、リリィさんだ。勢いを付けて殴りかかった。拳は刃に当たり、少しバランスを崩した。

 グラッド教官はまだ本気を出していない。威圧感がほとんど出ていないのだ。油断しているのか、舐めているのか。早く本気にならないと、あっという間に剣が折られて終了するぞ。


 リリィさんが追撃する。両手剣の根本を狙って殴りかかった。拳が剣に当たり、火花を散らす。

 俺の真似をしているのかな。ただ折るだけなら、真ん中辺りで折った方が楽なのになあ。根本は一番頑丈にできているから折れにくいんだ。そのかわり、剣を折れば一緒に戦意も折れる。


 グラッド教官の威圧感が変わった。ようやく本気になったらしい。今までとは比べ物にならない速度で、勢いよく切りかかった。

 リリィさんもそれに対応する。剣の軌道を読み切り、拳を出して剣を弾いた。


 グラッド教官はその動作に驚いたのか、一瞬だけ怯む。そのスキを狙い、剣を手で掴んで根本を殴りつけた。


『パキィィン!』

 激しい火花を散らして両手剣が根本で折れると、グラッド教官は剣を手放した。勝負ありだな。

 一応俺が審判なので、終了の合図を出す。


「やめっ!」


「やったぞ!」


 リリィさんが両手を上げて叫ぶと、グラッド教官は苦々しく口元を歪めた。


「くっ! やはりコーの仲間ということか……。お前たち、いったいどんな訓練をしているんだ!」


「普通の訓練だよ。強いて言うなら、兵士より実戦多めだな」


「……普通ではないと思いますよ?」


 ルナがボソリと呟いた。おかしいな。俺が受けた訓練と、大差無いはずなんだけど。


 落ち込むグラッド教官に、一応フォローをしておこう。


「今回はルールが良かったな。リリィ向けのルールだった」


「そうだな。剣での打ち合いでは勝てないだろう」


 リリィさんも俺の言葉に続く。リリィさんは剣の扱いが圧倒的に下手だ。それも絶望的なほどに。刃が付いた剣が鈍器にしかならない。


 武器破壊を目的にした場合、打撃武器を使うリリィさんが有利なのは分かっていた。力さえあれば勝ちだ。

 片手剣では武器の強度にも左右されるからな。俺が勝てなかった言い訳ではない。俺の武器が、あのゴミみたいな片手剣でなければ……とは思うが、負け惜しみではない。


 いまいち釈然としない模擬戦だったが、リリィさんの実力がわかったので、良しとしよう。

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