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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第八章 異世界放浪の旅
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閑話 ある商人の天国と地獄

 俺はとある大商会の三男。親はアレンシアの王都で店をやっている。扱う商品は、いわゆる雑貨だ。高級品を多く取り揃えることで、貴族に評価されている。

 但し、私はこの商会とは関係無い。長男が継ぐからだ。次男もその補佐を務める。私には席が無いのだ。そのため、自分自身で身を立てる必要がある。


 幸い、店の看板を背負うことは許された。下手なことはできないが、大商会の後ろ盾は強力だ。この看板を使うことで、行商人として有利に振る舞うことができている。

 最も重要なことは、ミルジアとの交易だ。ミルジアまでの街道は整備されておらず、警備も薄い。盗賊の巣窟になっている。ミルジアとアレンシアの交易は、難しいが故に同業者が少ない。



 そんな中、私は未曾有の危機に晒されている。1年で最も大きな商機である骨董市に、間に合わない可能性が出てきたのだ。いや、本当なら間に合っていた。ミルジアに到着した時、商品の半分を忘れてきたことに気が付いたのだ。マジックバッグ1つ分。宿屋に置き忘れてきた。


 大急ぎでアレシフェに帰り、商品を手にした時には出店登録期限の前日だった。藁にもすがる思いで、冒険者ギルドにお願いした。無理は承知だ。報酬は金貨60枚。手数料込みで金貨66枚。かなり痛い。

 しかし、骨董市のために仕入れた商品が残ることの方が痛い。マジックバッグの容量一杯の商品だ。もしこれが売れなかったら、他の商品を仕入れることができなくなる。


 冒険者ギルドで紹介された冒険者は、若い男と若い女性が4人。羨ましい構成だ。でも冒険者としては、どうなんだろう。一般的にハーレムパーティと呼ばれているが、あまり多いパーティ構成ではない。

 ハーレムパーティは、雑用をちまちまと受ける場合が多いと聞く。派手な戦闘は苦手だろう。リーダーらしき男性も、あまりに若い。兵士で言うなら一等兵か、出世が早い人でも伍長くらいだと思う。


 依頼を受けてもらえたのだから、文句は言えない。有名なAクラス冒険者も同伴してくれるというので、盗賊に襲われても大丈夫だ。


「冒険者のコーさんと、愉快な仲間たちだ。全員、戦闘評価Bという腕前だから、安心してほしい」


 ギルド職員さんから紹介された。とてもそうは見えないのだが……。魔法使いなのかもしれないな。


 走る速さを聞かれたが、私は一般人だ。魔法で体を強化するような人にはついていけない。



 彼らは移動手段に困っているようだが、手段は1つしか無いだろう。経験が浅いのか、気付いていない。


 ……まさか、試験? 話には聞いたことがある。あまりにも無理な依頼をすると、勝手に冒険者の昇級試験に当てられる。それも落とす前提の試験だ。

 生意気だったり、実績が少なかったり、分不相応な試験を受けようとする冒険者を(たしな)めるため、わざと落とす事があるらしい。そういう時に、どう考えても達成不可能な依頼が使われる。


 わかっていたつもりだが、私の依頼はそんなにも無理な依頼だったのか……。少しは手助けが必要だな。


「馬車は私が用意しよう。君たちは、速く走れる馬を準備してほしい」


 あとは夜通し走れる馬を数頭準備するだけだ。買ったばかりの馬車……できれば使いたくなかった。無茶な走行になるはずなので、馬車の寿命が一気に縮む。修繕費も嵩みそうだ……。



 彼らは馬を準備してこなかった。彼ら自身が牽くという。いくらなんでも無茶だろう。そう思っていたのだが、馬車はとんでもない速度で走っていった。馬車にしがみつく手が痺れる。


 走り出した直後は、商機を感じた。しかし今は、正気を疑っている。

 人が動かす馬車は、街中でも人気が出そうだと思った。手軽な移動手段になる。だが、この速度では無理だ。全力で走る馬よりも速い。たぶん落ちたら死ぬ。ロープで括り付けられても、まだ足りない。尻を椅子に接着してほしいとまで思った。


 この移動速度は、やはり異常だったようだ。馬車を牽くコーさんよりも速く、Aクラス冒険者のシュアンさんが音を上げた。女性たちは平然と走っているのに……。戦闘評価Bは本物らしい。


 ただ、シュアンさんを私の横に座らせるのは止めてほしい。私の()()は伝えてある。この距離で長時間は、絶対に吐く。買ったばかりの馬車……汚したくないのに……。



 そんな心配をしていたが、関係なかった。酷い馬車の揺れで、たとえ1人で乗っていても吐いていただろう。今までに感じたことが無い揺れ方だった。馬車が曲がる度に、体が横に持っていかれる。ロープが無かったら、何度も落ちていた。

 私とシュアンさんが気を失うまで、そう時間は掛からなかった。次に目を覚ました時、そこは既にミルジアだった。


 グントゥールの手続きをしているうちに、1つの疑問が湧き上がる。どうしても気になって、聞いてしまった。


「こんなに早く到着できるとは思っていなかった。まさか、丸1日気絶していて、実は期日を過ぎている、なんてことは無いよな?」


「そんなにぐっすり寝られたのか? 寝心地の良い馬車なんだな」


 寝ぼけたことを言うなと言いたいのか、皮肉が返ってきた。あんな酷い揺れの中で、平気で寝られる奴が居るのか? 逆に聞きたい。

 しかし本当に間に合ってしまったようだ。感謝はしている。だが、二度と依頼したくない。依頼のためなら手段を選ばない、立派なことだ。だが、少しは依頼者のことも考えてほしい。死ぬ気で頑張るとは思っているが、死んでもいいとは思っていないんだ。



 骨董市を前に、今回の出費を計算し直そう。まずは仕入れ。これはいつも通りだ。全部売れてくれれば、金貨500枚くらいの利益が出る。売れ残りも出るので、例年通りなら300枚くらいだろうか。

 その中から依頼料が66枚。これは地味に痛い。だがまだ許容範囲内だ。問題は、馬車。たった1日なのに、10年分くらい傷んだ。すっごい痛い。物凄く痛い。利益がまるごと飛ぶかもしれない……。頑張って売るしかないな。



 決意を新たに、骨董市当日を迎えた。気合は十分。いつもよりも早く起き、街の中を歩いて様子を窺う。すると、街の外に突然建物が立ち並んでいることに気付き、目を奪われた。

 昨日までは無かったはずなんだけどなあ。ぼんやりと眺めながら歩いていると、冒険者のコーさんに声を掛けられた。


「悪いけどちょっと協力してほしい。あんたの損にはならないはずだ」


 正直、嫌な予感しかしない。だが、この人の実力は確かだ。話だけでも聞いてみよう。



 そう思った私が間違っていたのだろうか。

 私が建物だと思っていた物は、見たことも無いような大きな魔物だった。オーガに似ているが、二回り以上大きい。目が1つしか無いところを見るに、おそらく噂に聞くサイクロプスなのだろう。


 面倒の匂いがプンプンと漂っている。しかし、間違いなく商機。コーさんはこれを、1匹あたり金貨30枚で売ってくれると言う。

 それを聞き、面倒の匂いがさらに濃くなったことを感じた。しかし、面倒さえ解決できれば莫大な利益が出る。



 取引の最中、さっそく面倒事が現れた。コーさんがミルジアの冒険者に絡まれている。私には関係の無いことだが……関係無いよね? このサイクロプスを巡っての問題のような気がするのだが、気のせいであってほしい。


 金貨30枚で66匹、仕入額は金貨1980枚。当然こんな金額を持ち歩いているはずがない。手形を発行し、銀行で受け取ってもらう。

 全て売り切った場合の利益は……どうしよう。安く売ってくれと言われたのだが、売値に迷う。あまりにも安い値段では、市場が混乱して反感を買うことになる。様子を窺いながら、金貨100枚くらいでゆっくり売ろう。



 サイクロプスの解体を業者に依頼し、出店の準備を進めた。

 すると、またしても問題が……。次の問題は、ミルジアの商人ギルドだ。


「表のサイクロプスは何だ? どこで手に入れた?」


 複数の商人が私を囲み、口々に苦情を言ってくる。予想はできたが、実に面倒だ。コーさんはこれを見越して、安値で売ったのかもしれない。


「アレンシアの冒険者から買い取った。元々知り合いだったのでな。

 出店許可証は持っている。何か問題があるか?」


「あんな物を大量に売られては困る。ギルドにもルールがあるのだ。まずはギルドに半分寄贈しろ。この街の各商会にも1匹ずつだ。残りは自由に売っていい」


 足元を見られている。要求に従って渡してしまったら、私の取り分は10匹も残らない。正規の金額で売っても赤字だ。

 この要求を逃れるために、商人としての力量が試される。


「その要求には答えることはできない。ギルドと商会にも安く売るから、それで目を瞑ってほしい」


 こんなことを言っても、素直に応じてくれるとは思えない。ここからが腕の見せどころだ。

 と思ったら、身なりが良い男性が突然割って入ってきた。


「フンムゥ。安値とな。いくらで売るつもりなんだァ?」


 身なりの良い男は、商人たちに目もくれず言った。

 貴族かもしれない。面倒事が増えたぞ……。ここで下手をうつと、全て没収される危険もある。緊張感のある交渉になりそうだ。


 商人たちのつぶやきが聞こえる。


「うげっ……変人オマリィ卿……」


 オマリィ卿……ということは、やはり貴族だ。しかし変人という枕詞が気になる。言葉と態度には気を付けた方が良さそうだ。


「お初にお目にかかります。アレンシアから来た商人、ビスワズ商会のサントスと申します」


「そンなことはどうでも良いィ。いくらで売るゥ?」


「1匹分で、金貨100枚を予定しております」


「フンムゥ……それは安いのかァ?」


 オマリィ卿は、ピンと伸びたヒゲをさすりながら言う。

 かなり安いと思うが、納得していない様子だ。もう少し値引こう。


「では、金貨80枚で……」


「ン高いィ! どうだァ、そこの商人。いくらなら安いと思うゥ?」


「え……金貨50枚くらいでしょうか……」


 ミルジア商人のその一言に、オマリィ卿はニヤリと笑った。


「ン良しィ! その値段なら全て買おォ!」


 良くないです! 安すぎです!

 そう叫びそうになったが、ぐっと我慢した。なぜなら、その一言で場の空気が変わったからだ。


「いえ、オマリィ様。我々の商会の方が先に話をしておりました。申し訳ありませんが、少しはこちらに譲ってください」


「いや、儂の方が早かった! 儂が買おう!」


 タダで奪い取ろうとしていた商人たちは、我先に「売ってくれ」と言う。この場が一気に騒々しくなった。

 騒ぎを聞きつけた兵士が集まり、騒動を見物しようと庶民が集まり、さらに他の貴族が寄ってきて、収拾がつかなくなった。


「ン騒がしいィ! お主ら少し黙れィ!

 庶民は散れィ。商人と貴族だけ残って話し合いをするゥ」


 オマリィ卿の提案で、明日改めて抽選を行うことになった。完売は確定だ。

 予定よりも安くなったが、利益は確保できている。1匹あたり金貨20枚。経費を差し引いても金貨1000枚ほどの利益が出る。

 しかし何より、オマリィ卿をはじめとする貴族の方々が味方に付いたのは大きい。しばらくは何を売っても文句を言われないだろう。そして、貴族との繋がりができた。気軽に、とは言えないが、貴族への商品の売り込みが可能になった。



 それから数日。紆余曲折があったが、骨董市は無事に幕を閉じた。

 もしもサイクロプスを金貨50枚以上で仕入れていたら……考えただけでもゾッとする。大赤字どころか破産していたかもしれない。


 成功しなければ地獄。結果的には大黒字だったから良かったが、コーさんと関わると、こんなことになるのか。もう二度とコーさんの口車には乗らないと心に誓った。

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