後始末
ハインツの気配はどこにも感じられない。水洗トイレに汚物を流すように、風に流されて消えた。
スマホで終了の報告をしたのだが、全く応答がない。なんとなく予想していたが、雪隠結界はスマホの通話も遮るらしい。
設置結界の効果が切れると、周囲の景色が元に戻った。ルナとリーズがアーヴィンを抱え、警戒しながらこちらに近付く。
「……コーさんですか?」
ルナが恐る恐る問いかける。
一瞬「何で?」と思ったのだが、この質問は正しい。俺が負けていた場合、そのまま依代にされていた可能性が高いからだ。俺が俺である証明が必要だが……難しいな。
「ああ、俺だ。どうやって証明すればいい?」
「いえ、十分です。お疲れ様でした」
ルナは安心したように笑顔で言う。どこで判断したんだろう……。変な癖でもあるのかな。
「ん? いいのか? 何の証明にもなっていないだろ?」
「表情と仕草でわかります。それに、コーさんは会話の過程を省略する癖があるんです。今も、説明が省かれました」
省略? してたかな……。思い当たるフシが全く無い。でも会話が成立しているんだから、問題無いだろう。
「……ケインさんはどうなったの?」
アーヴィンが複雑な表情で言う。
「残念だが、既に死んでいた。死体に憑依するタイプの魔物が取り憑いていたんだ。放置すると危険な相手だったから、俺が駆除した」
魔物ではないんだけどね。似たような物だ。神のことを言ってしまうと、ちょっとややこしいことになる。
「そう……なんだ……。うん、覚悟はしてた。生きていることの方がおかしいよね。ありがとう」
アーヴィンは気丈に振る舞っているが、ショックを隠しきれない様子だ。ぬか喜びさせられたんだ。ショックは倍増だろう。こういう時、どういう顔をしたらいいかわからないんだよなあ。慣れていないから。放っておけばいいのかな。
気まずい沈黙を破るように、ルナが話し始める。
「あの……それで、何かわかりましたか?」
あ……情報を聞き出すことができなかった……。いったい何を企んでいたのか、何のために獣人を攫っていたのか、何もわからないまま、ハインツは消滅した。
「悪い、そんな余裕は無かった。帝国に乗り込んで調べようか?」
「詐欺師に聞けばいいんじゃないかなぁ」
「それでもいいが、一度見失ったからなあ。リーズなら居場所が分かるか?」
「大丈夫! まだこの街に居るよ」
リーズの気配察知では、まだ捕捉できているらしい。
詐欺師は下っ端だろうから、詳しいことは知らないかもしれない。でも、捕まえて兵士に突き出すことは決定事項だ。ついでに話を聞いてもいいだろう。
しかし詐欺師を捕まえてしまうと、すぐに王都に帰らなければならなくなる。クレアの講習が終わるまでは泳がそう。
「悪いけど、しばらく見張っていてくれ。クレアのポーション講習が終わったら、すぐに捕まえに行く」
街から出ていきそうなら、即座に捕らえるけどね。
「ところで……その、完全に消滅したんですよね? ハインツ教や、帝国はどうなるのでしょうか……。きっと混乱しますよね?」
ルナの心配はもっともだ。たぶん混乱するし、加護が無くなって崩壊する都市も出てくると思う。でも、俺にも考えが無いわけではないんだ。
「身代わりを立てるよ。1人、食っちゃ寝している奴が居るだろ。予定通りいけば、あいつを身代わりにできる」
ミルズに追われているんだから、ミルズを排除すればいい。しれっと差し替えておいても、たぶん気付く奴は少ないと思う。現に、ルミアとミルズが入れ替わっても、アレンシアでは誰も気付いていないからな。
「……身代わり?」
あ、ルナは話を聞いていないんだった。カベルの中の人のことは、まだ俺しか知らない。
「ちゃんと考えてあるから。問題無い」
ひとまず話は終わりだ。冒険者ギルドの広場が半壊状態だ。石畳は残らず剥がされ、あちこちに石の残骸が転がっている。俺がやったわけじゃないんだけど、きっと怒られるのは俺だ。とりあえず逃げる。
広場から出ようと足を踏み出すと、突然体がピキィッっと硬直した。足に力が入らず、その場で膝をつく。
「どうしたんですか!」
ルナが心配そうに手を差し伸べる。
「大丈夫だ。魔力を使いすぎた反動が、今来たらしい」
さっきまで平気だったのだが、全身の筋肉が悲鳴を上げている。少し体を動かすだけで、ピリついた痛みが走る。歩けなくはないが、かなり苦痛だ。
歩けないでいるうちに、ギルドの職員が広場に出てきて悲鳴を上げた。
「何ですか! これは!」
ヤバイ。逃げ遅れた。言い逃れできるような状況じゃないな……。
「申し訳ない、訓練中の事故だ」
ガチの戦闘があったことは言わない方がいいだろう。あれは俺の訓練だった、ということにしておく。
「何の訓練をしたら、こんなことになるんですか……。修理費を支払っていただきますが、払えます?」
職員が不安げに言う。たぶん払えると思うけど、いくらくらい掛かるのかな。
「いくらだ?」
「金貨1000枚くらいですかね」
たっけえ! 払えなくはないんだけど、俺がやったんじゃないのに……。これは払いたくないなあ。大変そうだけど、自分で直せそうだ。
なるほど、こういう時のための昇級試験か。試験内容の『建築』は、石を使った建造物の修復についてだった。未経験だが、知識はある。
「それは払えないから、自分で直すよ」
「それでも構いませんが、とにかく元通りにしてください」
職員は俺の身分証を確認し、建物の中に帰っていった。
「お手伝いします」
「あたしもー」
「僕も手伝うよ……」
みんなからの申し出を、ありがたく受け取る。クレアの講習が終わるまでの間、俺たちは石畳の修理をして過ごす。タダ働きが悔しいが、『建築』の実務経験だと思って割り切ろう。
それから数日間、石畳の修理に費やした。かなりの重労働だったが、新しく石を形成する魔道具を作ったおかげでなんとかなった。
1枚の形が揃っているので、日本で見かける石畳のような、近代的な仕上がりになった。アレンシアの石畳もそこそこ揃っているが、ここの石畳はそれ以上だ。
作業は思いのほか捗り、クレアが終わるよりも早く終わった。暇になってしまったので、広場の隅に勝手にモニュメントを作ることにした。モニュメントのモチーフは、ポーションの瓶と片手剣。生前のケインをイメージして、アーヴィンがデザインする。
俺は彫刻なんてできないので、アーヴィンに丸投げした。彫刻刀はファルカタの製法で作ったので、異常なほどよく切れる。
モニュメントの作成中、現場を見に来たギルド職員が、感嘆の声を上げた。
「素晴らしい! アレンシアの冒険者さんは、こんな技術を持っているのですね! 特にこの石でできたポーション……まさにエウラを象徴する物です!」
大絶賛だ。実はこのモニュメント、ケインの墓なんだけど、それは言わない方がいいかな。
モニュメント作成の間は暇になってしまったので、俺は魔法の検証をする。身体強化の妙な感覚は、今も残っている。今ならいくらでも転移魔法が使えそうだ。
3kmほどだった転移の有効範囲は、格段に広がっていると思う。思考が加速されているので、凡その位置が掴みやすくなっているのだ。
さっそく試す。目的地は、エウラに向かう途中でテントを張った場所だ。
目の前が黒くなり、気持ちが悪い浮遊感に襲われる。するとすぐに目の前が明るくなり、目的の場所に出た。距離は30km以上離れている。すぐにエウラに戻ったが、魔力切れになる様子も無い。成功だ。これなら王都に帰るのも一瞬だな。
帰りは転移で一気に帰ろう。詐欺師の護送もあるから、ちょうどよかった。
さらに数日後。モニュメント作成が終わり、クレアの講習も終わりが見えた。
「ごめんね……思ったより時間が掛かっちゃった」
「仕方が無いさ。それで、作れるようになったのか?」
「なんとか……ね。でも材料はここでしか揃わないみたい。
作り方も特殊だったから、普通のポーションも効果が上がったと思うわよ」
クレアから1瓶のポーションを受け取る。エウラポーションではなく、エウラの製法で作った普通のポーションだ。
試しに飲んでみると、口いっぱいに苦味が広がり、舌の上をサラリと流れていく。口の中には、大量のミントを放り込まれたようなスースーする感覚が残る。
うん、不味い。
「少しは飲みやすくなったかな……」
ドロリとまとわりつくような不快感が無くなった。それだけでも大進歩だ。多少の不味さは目を瞑る。
「これ、水で薄めるとすっごい美味しいのよ?」
俺の反応が良くなかったのか、クレアが不満そうに言う。
「それなら薄めてくれよ」
「効果も薄まるから……」
濃縮しすぎるせいで不味くなるのか……。味にこだわって効果が無くなったら本末転倒だもんなあ。味は諦めよう。
思っていたよりも長期の滞在になったが、これでいつでも出発できる。そろそろ詐欺師を捕獲しようと思う。
「それじゃあ、みんなは出発の準備をしておいてくれ。リーズ、詐欺師に動きは無いか?」
「大丈夫ー! ずっと宿に居るよ」
この宿ではない、安い宿に留まり続けているらしい。ハインツから待機の指示でも受けているのかな。
リーズと共に、詐欺師のいる場所に向かう。捕獲したらすぐに出発だ。
詐欺師の潜伏先は、物凄くボロい小屋のような宿だ。詐欺師はそこで、今にも壊れそうな椅子に腰掛けていた。初めて会った時は小奇麗な服装をしていたのだが、今はみすぼらしい布の服に身を包んでいる。
とりあえず挨拶しておこう。
「やあ。久しぶりだね」
「……ん? 誰だ?」
気付かないか。リーズも横に居るんだけどなあ。ターゲットの顔くらい覚えておけよ。
「はるばるアレンシアから追いかけてきたんだ。誰だ? は無いだろ」
ニヤリと笑って答えると、ガバっと立ち上がって逃げる素振りを見せた。
すかさず威圧の魔法で気絶させる。これで捕獲完了だ。縛り付けて尋問しよう。
出発の前に宿で尋問をしたのだが、予想に反して割と詳しいことまで知っていた。
帝国では、獣人を使徒召喚の術者にしているという。それも、魔力が多い純血に近い獣人だ。使いすぎて減った獣人を増やすために、他国からかき集めているらしい。
聞く話によると、純血に近い獣人は本当に手厚く保護されているようだ。目的を考えるとイラッとするが……。
詐欺師は『使徒召喚の手順で術者が死ぬ』ということを知らないので、本気で保護されていると思っていた。
「獣人の方々はどうしましょう……助けた方が良いですよね?」
みんなは帝国に乗り込む意志がある様子だが、たぶん必要ない。使徒召喚の指示を出す奴が居なくなったので、このまま手厚く保護してもらおうと思う。
現状の確認は必要だが、保護してくれるのであれば、無理に引っ掻き回す必要はない。
「せっかく保護してくれているんだ。変に騒いで獣人の立場が悪くなるのは拙い」
純血じゃない獣人の立場は物凄く悪い。俺たちが騒いだ結果、保護対象になっていない獣人の立場がさらに悪くなる危険性は高いと思う。
「それもそうね……。自分の目で確認したい気持ちはあるけど、アタシたちの仕事じゃないわね。国に報告して終わりにしましょう」
忘れがちだが、俺の仕事は冒険者兼調査員だ。グラッド隊の尖兵ではない。敵陣に潜入して破壊活動を行う任務は、グラッド隊の連中に任せる。
エウラでの活動は終わった。詐欺師の引き渡しもあるので、一度アレンシアに戻る。出発の準備をしていると、アーヴィンが怪訝な表情で口を開いた。
「僕はどうしたらいいのかな? 行くあてが無くなっちゃったんだけど……」
完全に忘れていた。どうしようかな……。






