密会
薬師ギルドから出た後、今後の打ち合わせをするために宿に戻った。広い建物1棟が、まるごと1部屋になったコテージのような宿だ。
クレアとリリィさんは別行動中なので、4人でテーブルを囲む。
「ケインって人には、世話になったのか?」
「……そうだね。何度か会ったことがあるよ。使徒だった時にもね。すっごい強い人だった」
前世からの知り合いか……。複雑な心境なのだろう。まずは落ち着かせた方がいいな。1人暗い顔をしているアーヴィンに、風呂を勧める。
このコテージ、まさかの風呂付きなんだ。1棟に1つずつ、小さな風呂が付いている。水は簡易的な水道から流れてくる。ただし、冷水。
自力で沸かせと言わんばかりに、冷たい水が湯船に溜まる。魔法でゆっくりと温度を上げ、40℃くらいに調整した。他の客はどうしているのか気になるな。
こういう小さな質問に答えてくれるのが、クレアとリリィさんなんだよなあ。今はどちらも居ないから、謎は謎のままだ。
「コーさん……最近クレアさんと仲良すぎじゃないですか?」
ルナが頬を膨らまして言う。
「そうかな? 普通だと思うけど」
「うぅ……コーさんを見るクレアさんの目が、最近気になるんです……」
いつもと変わらないような……。よく分からないな。でも、クレアを気にする前にリーズじゃないのかな。
「リーズはいいのか?」
「あたしはもう大丈夫だよー!」
何が?
「リーズさんとは話が付きました。あとはコーさん次第です」
だから何の? 下手に突っ込むと、話がややこしくなりそうだ。話を切り上げよう。
ルナとリーズが目を合わせて微笑んでいるが……気にしない。
「そんなことより、今は捜索だ」
妙な話になる前に、本題に入る。今後の打ち合わせだ。
目的は人探しだが、どちらかと言うと遺体捜索に近い。行方不明から1カ月、湿原のど真ん中で生きていられるとは思えないからな。
「闇雲に歩いても、見つかりそうに無いですよね……」
「そうなんだよなあ。流されている可能性もあるし、沈んでいる可能性もある。そもそも無理に探す必要はあるのか? っていう問題でもある」
残酷だが仕方がない。アーヴィンを風呂に追いやったのは、この話をするためだ。
「探すことは無駄ではないと思います。私たちが通った辺りですよね? 何回か往復してみましょう」
ニュンパエアの群生地と言えば、あの辺りだ。探すならそれよりも下流だろう。さらに下流に向かうと、1本のやたら大きな川になって、神聖ユーガ帝国との国境になるそうだ。
さすがに帝国までは流されていないと思うが……。一応近くまでは行ってみよう。
風呂から上がったアーヴィンに、ブロアの風を当てる。試作品のドライヤーだ。エルミンスールに居るうちに作った。ぬるい風が出る。
俺が作ると凶器になると言われ、設計に参加することができなかったんだ。600℃のスチームが噴出するドライヤーとか、面白そうだと思ったんだけどなあ。
「ドライヤーだよね……凄い。アレンシアにはこんな物もあるの?」
アーヴィンは、すでに落ち着きを取り戻していた。ドライヤーから出るぬるい風を浴びながら、感嘆の声を上げている。
「作ったんだよ。俺たちは冒険者だが、職人集団でもあるからな」
「え……凄い……ねぇ、これ売ってよ」
「まだ試作品だからなあ。完成したら売り出すよ」
風量も熱量も、圧倒的に足りていない。これじゃあ普通のドライヤーと変わらないんだよな。せっかく魔法の力があるんだから、もっと威力を上げたい。
スチームオーブンにもなるドライヤー、もしくは鉄も溶かせるドライヤー。多機能ドライヤーとして売れないかな。
着替えを済ませ、街に出る。捜索は明日からにして、今日は保存食を買い足す。長期戦になる可能性もあるからな。今ある食料では心許ない。
適当な商店に入り、保存食を物色する。干し肉もあるが、燻製もある。でもドライフルーツは少ない。アレンシアとはラインナップが違うな。
中でも異彩を放っているのが、ハムとソーセージ。これはアレンシアには無かった。というか、この世界に来て初めて見た。
「この世界にもあるんだな……」
「あ……これは珍しいですね。買いましょう」
「え? これが珍しいの? ミルジアでは普通だけど……」
「これ、かなり塩を使うだろ? ミルジアには海が無いよな?」
「塩なんて、砂漠に行けばいくらでもあるよ。岩塩さ。僕も初めて見た時は感動したね」
塩はミルジアではいくらでも手に入るのか。海水から塩を作るのって、かなり手間が掛かるんだよな。
「塩も足りていないんですけど……アレンシアで作ると、上手くいかないんです。毒が混ざることがあって……」
ボツリヌス菌だ。確か海水塩で作ると発生しやすいんだよな。亜硝酸が含まれる岩塩を使わないと拙い。ソーセージがロシアンルーレットになる。
それならガザルでも同じことが言えるハズなんだけど、たぶんガザルでは海水塩を作っていないんだろう。岩塩が採れるなら、そっちの方が早いし安い。
燻製も岩塩を使った方がいいかな。帰りに買おう。いや、自分で採りに行った方が早いか。
食料の調達を終え、一夜を明かした。クレアとリリィさんは、今日も薬師ギルドで講習会だ。その間に、俺たちはケインの捜索をする。
門に向かって街の中を歩いていると、どこかで見たような男が歩いている。どこで見たんだったっけ……。
記憶を手繰っていると、隣でリーズが殺気立っている。
思い出した。詐欺師だ。アレンシアで行方をくらましたまま、どこに居るかわからなくなったんだ。こんな所に逃げていたのか。
「あれって……」
ルナも気付いたらしい。
「そうだな。とりあえずリーズは落ち着け。気配を消して後をつけるぞ」
リーズを売り飛ばそうとした実行犯。いずれ落とし前をつけるつもりだったが、こんな場所で出会えるとはな。
「え? 誰? 尾行してどうするの?」
アーヴィンが不思議そうに言う。状況を理解していないので、ざっと状況を説明した。
「仲間が居ると思うんだ。でなきゃこんな所に逃げない。仲間と一緒に捕らえて、アレンシアの司法に任せる」
王とアレンシアの兵士への義理立てだ。これは本当なら兵士の仕事だからな。俺が横槍を入れたら、兵士がいい顔しないだろう。
今詐欺師を捕らえてしまうと、ケインの捜索が遅れてしまう。そのため、今日は詐欺師の動向を確認するだけだ。仲間と潜伏先が分かったら、ケインの捜索を優先する。
この世界では移動手段が限られているので、多少行動が遅れても問題無い。転移で逃げられたらそれまでなんだけど、それは行動の早い遅いは関係ないからな。転移魔法を使われたら、即座に行動していても逃げられる。
詐欺師に悟られないよう、後をつける。
しばらく歩くと、街の外に出ていった。俺たちも門を抜けて外に出る。視界から外れても関係ない。気配察知とマップがあれば、追跡できる。
門で出発の手続きをしているうちに、詐欺師は街から少し離れた場所で、誰かと会っていた。ゆっくりと近付く。
すると、密会の相手がこちらに気付いたようで、急激に接近してきた。
「離脱! 気付かれた!」
足元が泥で滑り、少し遅れた。そのスキに、密会の相手がここに到達してしまった。
「君たち、こんな所で何をしているんだい?」
スラッとした中年男性だ。チャラいイタリア人のような服装で、顔もなんとなくそんな感じ。少しだけ白髪が混じった短い髪を、ツンと尖らせている。
ただ、気配が誰かに似ている。どこかで会った事があるかな……。見覚えは無いんだけどなあ。
「……ケインさん……?」
アーヴィンが驚いて目を見開いている。ケイン? まさか、生きていたのか。相当運が良かったのかな。
「……ああ、アーヴィンくんか。久しぶりだね。元気だったかい?」
「え……? はい、元気ですけど……」
「どうしてこんな所に居るか知らないけど、危険だから早く帰りなさい」
こいつがケインだったとして、なぜ詐欺師と会っているんだ? 明らかに待ち合わせ風だった。偶然出会ったわけではない。詐欺師と関わりがあるような男に、アーヴィンを渡してもいいのかな……。
アーヴィンに腕輪を持たせて様子を見るか。囮捜査みたいなことになるけど、契約上こいつに引き渡す必要がある。それに、アーヴィンも少しは自衛できるはずだ。なんせ元最強の使徒だからな。
「ああ、待ってくれ。あんたを探していたんだよ。
アーヴィンの父親から頼まれた。しばらく保護してほしいそうだ」
「うん? そうなのかい? まぁいいだろう。私は今は忙しいからね。後で君たちが居る宿に出向こう」
「ごめんなさい! ちょっと待って! 冒険者ギルド。そこで待ってるから。絶対来てね!」
アーヴィンが焦るように会話を遮った。まるで宿泊先を知られたくないみたいだが……。
さっさと歩き出したアーヴィンを小脇に抱え、宿に戻る。あまりにも早い帰還に門番が怪訝な顔をしていたが、深い詮索は無かった。
宿の椅子に座り、アーヴィンの話を聞く。
「様子がおかしかったが、どうかしたか?」
「……何かおかしいの。違和感がある。見た目はケインさんだったけど……」
「見ればわかるって言ったじゃないか。見ても分からないのか?」
「ううん。間違いなくケインさん。でも、何かが違う。何が違うんだろ……」
アーヴィンもよく分かっていないみたいだ。もう一度会ってから判断した方が良さそうだな。
「ねぇ、こんさんは何か感じなかった? あの人なんか変だったよ?」
リーズも何かを感じたようだ。
「変と言われてもなあ……特に変なことは無かったと思うぞ。何が変だった?」
リーズは「うーん」と唸って考え込んでしまった。やっぱりリーズに説明を求めたらダメだな。
冒険者ギルドに行くにあたり、アーヴィンに予備の腕輪を渡す。スマホは渡せないが、腕輪くらいならいいだろう。緊急時に救難信号を発信することができる。
「これも……凄いね。どうして売らないの?」
「この腕輪は修正しながら使っている物だからな。まだ完成していない」
いずれは売り物に、とは考えている。救難信号の部分だけ抜粋して量産してもいいかもしれない。考えておこう。
準備を整え、冒険者ギルドに来た。エウラの冒険者ギルドは、どこのギルドよりも簡素な作りになっている。高床式の小さな建物があるだけだ。そのかわり、敷地内には丁寧に石畳が敷き詰められた大きな広場がある。
狩った魔物を並べることが多いので、屋内ではなく屋外を広くしてあるそうだ。まあ、高床式の木造では床が抜けてしまうからなあ。
この広場はギルドの建物の裏手にある。屋根付きのベンチが備えられており、座って休めるようになっている。アレンシアのギルドのような、食事が出来るようなテーブルは準備されていない。
自前のテーブルとティーセットをマジックバッグから取り出し、休憩しながらケインを待つ。
「なあアーヴィン、違和感の正体は分かったか?」
「ダメ。分かんない。もう一度会えばはっきりすると思うんだけど……」
「念のため、警戒しておいてくれ。最悪の場合は俺が足止めをするから、ルナとリーズはアーヴィンを抱えて逃げろ」
こんな最悪は起きて欲しくないが、想定しておいた方がいい。何があるかわからないからな。実はなりすましの別人だったという場合、最も危険なのはアーヴィンだ。先に逃さないと拙い。
ゆったりと平和な時間が流れる。お茶をすすりながら、ケインが来るのを待つだけだ。あ……日付の指定をしていないな……。まあ、近くに居るんだ。今日中に来るだろう。






