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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第八章 異世界放浪の旅
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特殊用途結界

 ミルジアの未踏区域にある荒野でテントを設営して仮眠をとる。今日は比較的危険なので、交代で見張りをする予定だ。

 寝る前に、オマリィ邸で思い付いたことを試しておきたい。リーズが買ったエルフの結界だ。動作の確認だけをして、その後は使っていない。話では、音と視界を遮ると聞いている。


「リーズ、エルフの結界を出してくれ」


 ややこしいな……。エルフの村に張られているのも、エルミンスールで俺がぶっ壊したのも、全部エルフの結界だ。呼び名を変えたい。


「こんなとこで何に使うの?」


「上手くいけば、トイレ専用の結界にするつもりだ」


「貴重なエルフの魔道具を……トイレ専用ですか?」


「他に使い道が思いつかないからな。

 ややこしいから呼び名も変えるぞ。雪隠(せっちん)結界でいいか?」


「いいですけど……『せっちん』とは何でしょうか?」


「俺が生まれた国の古い言葉で、トイレのことだよ」


 通じなかったか。一般的な言葉じゃないからかな。方言と古い表現には気を付けよう。


「その名前……やめない?」


 クレアが嫌そうに口元を歪めて言う。


「ちょうどいい名前だと思ったんだけどなあ。まあ、とりあえず試してくるよ」


「堂々と宣言しないでよ……いってらっしゃい」


 クレアは何を勘違いしたか知らないが、魔道具を試すだけだぞ……。

 テントの外に出ると、すぐに結界を発動した。20mほど先に、白い壁が現れる。周囲を確認すると、魔道具を持つ手を中心にドーム状の白い壁で覆われていた。広すぎるな……。通した魔力の量によって、大きさが変わるらしい。

 今はテントまで覆われている。これではトイレ専用にならない。効果が切れるのを待って、もう一度試そう。


「ちょっと! 中止! 早くその魔道具を切って!」


 クレアがテントの中から叫んだ。テントの中に顔を出して理由を聞く。


「どうした?」


「マップの反応が全部消えたわ。気配も遮断しちゃうみたい」


 え……俺の気配察知は正常なんだけど。もしかして、結界を手に持っているからかな。雪隠結界を地面に置くと、今まで感じていた気配がフッと消えた。


「本当だな……。何も感じなくなった」


 どうしよう。トイレ専用としても使えないぞ。用を足している間、魔道具をずっと握っておかないといけない。それじゃあ不便過ぎる。


「結界の外はどうなっているのでしょうか……」


 ルナが不思議そうに首を傾げている。確かに気になるな。


「ちょっと行ってくる」


 そう言って結界の壁に向かって走った。そのまま突き抜けようとしたのだが、グニャッとした感触に阻まれ、抜けることができない。

 聞いていた効果と違うぞ……。遮断するのは音と視界だけだ。人間は素通りできるはず。もう一度壁に触るが、やはり結界の壁がグニャッと伸びるだけだ。


 石を拾って投げてみる。すると、何の抵抗もなくすり抜けた。……魔力かな。試しに身体強化を無効化して壁に触れると、煙の中に手を入れたようにスカッとすり抜けた。魔力だな。


 身体強化を無効化したまま壁の向こう側に抜け、身体強化を使う。今度は中に入ろうとするが、壁に阻まれて入れなくなった。中の気配も感じられない。


 対攻撃魔法の結界? いや、戦闘用じゃないよなあ……。いくら身を守っても、音と視界が遮られたら危険だ。俺だったら大量の石を投げ込むぞ。たとえ痛くなくても、見えない所から石が飛んできたら嫌だ。


 結局本来の用途が見えなかった。一応、気配を隠したい時に使えるかな。結界を使ったことがバレバレなので、使い勝手は物凄く悪い。うーん、よく分からない結界だなあ。

 しばらく検証していると結界の効果が消えたので、テントに戻った。検証の結果を報告し、雪隠結界を仕舞う。いつか使うのかな……。


 ルナとリリィさんの話では、魔導院で復元した雪隠結界には、魔法を遮るような効果は無かったそうだ。むしろ、そっちが欲しかった。



 夜も更けてきたので、見張りのローテーションを決めて順番に仮眠をとる。索敵はマップ頼みになるのだが、アーヴィンにはマップのことを教えていないため、ローテーションから外した。



 ライノを警戒しての見張りだったのだが、来客は別の方向からやってきた。


「緊急事態! みんな起きて!」


 見張り番はクレアだ。俺は眠りが浅かったので、クレアと同時に気付いて目を覚ました。

 移動速度はライノよりもかなり遅い。しかし、問題は接近方法だ。マップの表示は二次元なのでわかりにくいが、気配察知での方角は『斜め下』だ。地中から接近されている。普通に目視していたら気付かないだろう。


「敵は地中だ! まずは全員でテントから出るぞ!」


 テントから脱出する前にテントの下に到達されたら拙い。身動きが制限されてしまう。敵の対処は、広い場所を確保してから考える。


 みんな眠い目を擦りながらテントに出る。アーヴィンだけはぐっすりだったので、小脇に抱えて強制的に外に出した。変な所で子どもなんだよなあ。

 アーヴィンを地面に放り投げて叩き起こす。いつもならこんな手荒い起こし方をしないのだが、緊急事態だ。手っ取り早く起こすには、これが一番だろう。


「きゃっ……何? 何も居ないじゃない!」


 アーヴィンは女のような悲鳴を上げ、半分寝ぼけながら辺りを見渡す。見えてはいないが、敵は確実に接近してきている。

 外に出たはいいが、結局俺たちの真下に来られると拙いことには変わりない。地中約2mくらいか……。土を操作すれば掘り起こせそうだな。


「地面を掘るぞ。離れてくれ」


 全員を俺の後ろに退避させ、敵影に向けて溝を掘る。見えない大きな腕で、目の前の土をかき分けるようなイメージだ。

 敵影までは約50m。幅は5mくらい。無事に掘り終えることができた。土埃が収まると、中からドロリとした泥水の塊のような物が姿を現した。そのサイズは、ちょうど俺たちのテントと同じくらいだ。


「スライムよ! かなり成長してる。こんな大きいの……見たことない……」


 ああ、これがおっきくなっちゃったスライムか。クレアの発言が若干エロいんだけど、指摘している場合じゃないな。


 半液状のスライムは、土と同化して移動していたようだ。土には通過した痕跡が見当たらない。

 いつも見るスライムは手乗りサイズだ。踏めば水風船のように破裂する。少し成長した個体だと、ゴムボールくらいの抵抗感があり、潰した時にスライムの体液で靴が汚れる。


 月明かりに照らされた、大きな泥水の塊を眺める。

 あいつを踏み潰すのは無理かな。踏めるサイズじゃない。それに、体液が見るからに汚い。臭そう。


 焼くか……水蒸気爆発を起こしそうだ。やめよう。あの泥水が周囲に撒き散らされたら、落ち着いて眠れない。凍らせるのが安全かな。その後、細かく砕いて焼こう。


「……あんなの勝てないよ。逃げよう! 早く!」


 アーヴィンが後ろで騒いでいるが、無視でいいだろう。ゆっくりと前進するスライムに狙いを定め、温度を下げる。目指すは-273.15℃、ヘリウムも凍る0(ケルビン)だ。


 スライムの周囲から白い煙が立ち上り、次第に固まっていく。ゲル状の不定形だったスライムは、一定の形を保ったまま動かなくなった。しかし、気配察知では魔物の反応が残っている。溶けたらまた活動を開始するのだろう。


「リリィなら、あれを砕けるかなあ?」


「任せろっ!」


 リリィさんは、そう言ってメリケンサックを指にはめる。


「ちょっと待った。冷え過ぎた奴相手に、その武器は拙いぞ」


「……そうなのか?」


「冷えた金属が皮膚に張り付いて、皮膚がめくれる」


 メリケンサックには治癒の効果が付与されているんだけど、安心はできない。

 スライムの周囲の温度は、予定よりもずいぶん高い-160℃くらいだ。二酸化炭素は凍るだろうが、窒素は液体にもならない。予想はしていたが、魔力消費が大きい。やっぱり温度は上げるよりも下げる方が難しいな。


 十分に冷やしたとは思えないが、まあ固体になっていれば割れるだろう。



 リリィさんは両手剣のクレイモアを取り出し、覚えたての武器強化を使った。あの武器は一応刃物なのだが、リリィさんが使うと鈍器になる。氷を割るには最適な武器だな。

 クレイモアを振りかぶり、スライムにぶつける。表面が少しだけ弾け飛んだが、すべてを砕くには足りない。魔力を帯びているせいなのか、簡単には砕けてくれないようだ。


「くっ! 意外と硬いぞ」


 文句を言いながら、スライムを数回殴りつけた。大きな一枚岩のようだったスライムは、いくつかの破片を飛ばして一回り小さくなった。しかし次第に溶け始め、再び活動を始める。


「リリィ! 離れろ!」


 リリィさんをスライムから離し、再度冷却する。拙いな。このペースじゃ夜が明けるぞ。

 ファルカタで切り刻む……それは無理だ。対象が大きすぎて時間が掛かる。アンチマテリアルライフルも同じ理由で無理だ。特大の弾丸を使っても、粉々にするには時間が掛かる。それに跳弾が危険過ぎる。


 やっぱり焼くのが一番か……。


「ほら、やっぱり早く逃げようよ!」


 アーヴィンが泣きそうな目で訴える。まあ、それはいいとして、倒す方法を考えなければ。


「ねぇ、炎じゃダメなの? いつもウロボロスに使ってるやつ」


「いや、水を急激に熱すると、爆発するんだよ」


「え……爆発……?」


 俺の回答に、みんなの顔が青くなる。水蒸気爆発なんて、この世界の一般人には馴染みが無いだろうなあ。

 辺り一面泥塗れだ。気持ち悪いからやりたくない。ただの泥なら我慢できるけど、スライムの体液だからなあ。臭そうだから絶対に浴びたくない。


 ……いや、爆発。いいかもしれないぞ……。


「確かスライムって、水と魔力でできているんだったよな?」


「そうよ。多少の不純物もあるけど、ほとんどが魔力を帯びた水ね」


 行けるな。焼こう。雪隠結界を取り出して、スライムに近付く。


「みんなは下がっていてくれ」


 そう指示を出すと、みんなは物凄い勢いで離れていった。ビビりすぎだと思うけど……。まあ、離れていた方が安全だな。


 スライムの前で雪隠結界を起動する。余裕を持ってスライムを覆えるくらいの白いドームが発生した。本体が壊れないように耐熱魔法を掛け、スライムに超高温の火球を投げると、すぐに結界の外へ逃げた。

 それと同時に、結界の壁が大きく膨らみ、大量の水蒸気が噴出した。スライムから蒸発した、超高温の水蒸気だ。気持ち悪いから吸い込みたくないが、これくらいは我慢しよう。


 スライムの体液は魔力を帯びている。ということは、雪隠結界で受け止めることができる。魔力を失った、ただの水蒸気だけが結界を通過する。

 結界の中はきっと大惨事だ。残りを焼くためにもう一度入る必要があるが……気が進まないなあ。


 意を決して結界の中へ。内壁にへばりついていた破片が、俺の服にまとわり付いた。だから嫌だったんだよ……。

 スライムの原形は一切残っていない。生臭くてドブ臭い、ネバついた液体が散乱しているだけだ。気持ち悪い。


 高温の炎で残骸を焼き尽くし、結界の外に出る。服にへばりついた粘液は、結界が取り去ってくれた。もう一度中に入り、最後の残骸を焼いて討伐は終了だ。

 地面は掘り起こされ、その上高温で焼かれていたため、とんでもないことになっていた。適当に均して誤魔化す。


「お疲れ様でした……。大丈夫でしたか?」


 作業を終えてみんなのもとに駆け寄ると、ルナがお茶を持ってきた。軽く一息入れる。


「ああ、大丈夫だ。

 あいつ、すっげえ臭いぞ。もう出会いたくないな」


「倒せるんだ……そんなに簡単に……」


 呆然とした様子のアーヴィンを小脇に抱え、テントの中に戻った。



 深夜の予定外の来客は、無事に排除できた。おそらく間もなく夜が明ける。もうゆっくりなんてできないが、少しでも休んでおこう。

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