異世界はフラグに満ち溢れているのか?
「もうすぐ着きます」
目的地付近に到着したみたいだ。30分以上掛かったんじゃないかな。
「ここって、王都のどのあたり?」
「南門の近くです。冒険者ギルドもこのあたりですよ」
馬車を止めてもらい、歩道に降りた。大通りだと思われるこの道沿いには、飲食店らしき建物や武器屋らしき建物が並んでいる。
ルナの案内で、路地に入っていく。宿って大通り沿いにあるんじゃないのか?
「ここです」
と言って中に入った建物は、2階建てのきれいな宿。ロビーは八畳ほどの広さで、小さなソファーとテーブルが備えてある。
イメージでは、入ってすぐに食堂的な所があって、カウンターには看板娘が居て……と想像していたのだが。
ここは小さな受付カウンターがあるだけで、簡素な作りになっていた。
「泊まり?」
カウンターに突然ぬっと現れた、従業員らしきおばさんがぶっきらぼうに聞いてきた。
「はい。とりあえず、一晩」
「大銀貨2枚。先払い」
フレンドリーに接しているつもりなんだが、いまいち無愛想なおばさん。連泊するとなると、ちょっと躊躇するな。
代金を支払って鍵を受け取る。見た目は簡素な鍵だが、たぶん魔道具だ。
「5号室。鍵の持ち出しは禁止だよ」
この国の宿の従業員はこれが標準なのか?ふとルナを見ると、そっぽを向いて顔を隠している。
俺の知らないマナーか何かがあるのだろうか……。
「行こうか」
と言って歩きだすと、後ろからルナがついてきた。
宿の廊下は狭い。重装備の冒険者には不向きじゃないのか?
鍵を開けて中に入ると、中は割と広い。二人がゆっくり過ごすのにちょうど良い空間だ。
テーブルと椅子があり、体を拭くための桶とタオルが標準装備。そして、ダブルベッド。
……。ダブルベッド?
いろいろを確認していると、ルナが恥ずかしそうに入ってきた。
「ルナ。ちょっと聞きたいんだけど、ここ、どういう宿?」
笑顔を作って聞いた。
「防音がしっかりしていて、清潔で、個室のある宿です……」
「ここ、連れ込み宿だよね?」
現代風に言うと、ラ○ホテル。そういう目的で使用される宿泊施設。
「……はい。私は初めて来たのですが、噂通りの造りですね」
「いやいやいやいや、普通の宿で良かったんだけど?」
「いえ……。声が聞こえてしまうので……。あまり良くありません」
どういうこと?
「隣の声がうるさいと気になるからっていうことだったんだけど……」
「え……?」
「いや、冒険者なら作戦会議とかするじゃん。だから静かな方がいいかなって」
ルナが顔を真っ赤にして涙目で俯いている。
「ごめん、ルナと同室が嫌とかじゃなくて! この部屋にも満足してるよ! ちょっとびっくりしただけ!」
「そうですか……。では、ここを出て宿を取り直しましょうか」
「大丈夫! いい宿だよ。うん。ありがとう」
何がありがとう? とか聞かないで……。せっかく案内してくれたんだし、お金も払ってる。
「じゃあ、とりあえず今後について話をしようか」
ルナも落ち着いたところで、打ち合わせを始めよう。
「ところで、コーさんの今の身分はどういうものなんですか?」
そういえばまだ説明してなかったな。
身分は騎士と同等。任務は各地を視察して報告するだけ。それ以外の任務は拒否可。簡単な説明を済ませた。
「そうですか。おかしなことはありませんね」
「むしろ、身分証明の面倒が無くなるから便利だと思うよ」
打ち合わせをしていると、日が暮れてしまった。夕食をどうしようか迷ったのだが、王城で貰ったパンがかなり余っていたので、今日はこれで済ますことにした。
この宿、一度入ると外出するのが面倒なんだよ。手続きなしで外出するとチェックアウト扱いになるから。
今後は冒険者として活動しながら魔道具の作成やポーションの研究なんかもしていこう、ということになった。
多くの冒険者は30代までに引退して次の仕事をするのだが、それまでに何かの技術を身に着けておかないと碌なことにならないそうだ。
目利きを鍛えて商人に転向する者、農村に居着いて畑を耕す者、ギルド職員になる者。中には死ぬまで現役という猛者も居るそうだ。ちょっと会ってみたい。
他にもいろいろ居るが、何も無い冒険者は何にもなれず10代の若者に混じって下働きをしなければならない。
当面は王都を中心に活動しつつ、冒険者のルールや一般常識について勉強することになるかな。
実はこの部屋、魔道具で防音しているので周囲の音はほぼ聞こえない。鍵も魔道具で、セキュリティだけは一級品だ。
タオルやベッド、シーツも清潔。そのまま使えるレベルだ。地球でも、極端に安い宿だとシーツに南京虫が居るとか結構普通なのに……。
この手の宿では標準だそうだ。一般的な個室の宿なら、防音無し普通の鍵で、桶とタオルが有料になる。その代り、代金は大銀貨1枚ほど。
明日は普通の宿に泊まることにする。そんなにお金ないし。
ルナは結構持っているみたいだけど、ホテル代を女性に出してもらうって、どうかしていると思う。
「寝る前に、聞いてほしいことがあります」
あたりもすっかり暗くなり、これから寝ようか、というところで深刻な顔をしたルナが話しかけてきた。
「どうしたの?」
「私が宮廷魔導士を辞めたわけです」
これはずっと気になっていたけど聞けなかったこと。聞いちゃいけないことかと思って聞かなかった。
「聞くよ」
「一応国家機密ですので、ご内密にお願いします。
コーさんは使徒召喚でやってこられたわけですが、使徒召喚がどういった術式かご存知ですか?」
「知らないな。何も聞いていない」
「あの術式は教会から渡されたのですが、私達は召喚の前に解析を試みました」
あの人たちならやるな。絶対。神がどうのこうのとか完全に無視して解析するよ。そういう人たちだ。
「エルフの魔道具に近い術式でしたので、意外と簡単に解析できました。
あの術式は、一人の魔法使いと十人の補佐が同時に実行する術です」
おや。俺が召喚された時そんなに居たかな。
「十人も居なかった気がするけど……。ルナも居なかったよね?」
「はい。私は補佐でした。鈴を鳴らす係です。召喚が終わった後、倒れて医務室に運ばれました。リリィさんもそうですね」
「それで居なかったわけだ」
「なぜか倒れるだけで済んだのです。術式が完全に発動していれば、私たちは死んでいました」
死ぬ? え?
「どういうこと?」
「術式の内容は、十人の魔法使いの魔力と魂や肉体を構築している魔力、すべてを吸い上げて使徒に吸収させるものでした」
「え? 死ぬじゃん」
「でも、術式の途中でどこからかよくわからない魔力が流れ込んできて、途中で終わりました。
結果的に、私は魔力切れで倒れただけで済みました。
そのせいで、あなたを巻き込んでしまいました。私たちの命が助かることと引き換えに」
それで罪悪感を覚えているのか? 気にしなくていいのに。
「ルナが助かったんだから良かったじゃないか」
「でも、あなたがこの国に来たのは本意ではないですよね?」
「前にも言ったと思うけど、大丈夫。貴重な体験だし、かなり楽しみなんだよ。
未知の技術、未知の文化。元の世界にいたら経験できない。
それに、ルナと出会えた。今はこの偶然に感謝しているよ」
「……ありがとうございます」
ルナは困った表情をしながら笑顔を浮かべた。
「でも、王は死ぬとわかってて実行したのかな」
「それは……。わかりません。この国では初めてのことですし、術式も教会が用意したものです」
「実行前に拒否できなかったの?」
「無理……、ですね。この解析結果は、宮廷魔導士の中でも3人しか知りません。
もし拒否するのなら、解析結果を公表する必要がありますし、もし公表してしまったら、私たちは処刑されます」
うわー。詰みだ。何しても死ぬ。そして、二度目の召喚があれば次こそ死ぬ。だから、その前に逃げたんだな。
前にリリィさんも辞めるかもしれないと言っていた。こういうことか。
もう一度召喚を行うとなれば、ほぼ確実に今回の術者が担当することになる。
宮廷魔導士を続ける限り、死刑台に乗ったままの状態ということだ。
「そっか……。偶然でも、死ななくて良かった。
教会と王の動向は気にしておこう。幸い、情報が入りやすい立場に居るんだ」
「そうですね……。私はこのままついていってもいいですか?」
「当たり前だろう。頼りにしているよ」
「ありがとうございます。長々とお話してしまいました。ごめんなさい」
「いや、話してくれてありがとう」
「では、寝る前に体を拭きましょう。お水を汲んできます」
この宿には風呂がない。当然といえば当然か。宿の裏手に井戸があり、そこで客が自分で水を汲むそうだ。
「魔法で出すよ。桶一杯くらいなら何とか出せるよ」
「え? 魔法の水は消えてしまうじゃないですか」
魔法で出した物質は魔力が無くなると消える。
完全犯罪余裕じゃねえか! と思ったこともあるんだが、科学捜査が無いこの世界では、現行犯以外はほとんどが完全犯罪だった。
指紋とか血痕とか検出のしようがないからね。ルミノールなんて無いから。オキシドールすら無いんじゃなかろうか。
「消えない方法を見つけたからね」
40℃くらいに調整してお湯を出してあげた。もっと大量に出せれば風呂も簡単なんだけど。空気中の水分はそんなに多く無いんだよな。
「すごい……。教えてください!」
「そうだね。身体強化を教える約束だったし、明日からどちらも教えるよ」
「はい!」
お。元気になったね。しかし、宮廷魔導士は皆知識欲がすごいな。
しまった。リリィさんにも教える約束してた……。今度でいいか。
と思案していると、ルナが上半身を脱ぎだした。
「うわっ! ごめん、外に出ているよ」
「え? 何でですか? 拭いてくれないんですか?」
ルナは真っ赤で恥ずかしそうな顔をしている。顔と行動が合ってないよ?
「そんなこと、男に言っちゃだめだよ」
「誰にでも言うワケ無いじゃないですか!」
真っ赤な顔を膨らませて抗議してきた。プンプンという擬音が聞こえてくるようだ。
うーん。いつフラグが立ったんだろう……。謎だ。