死んだふり
今日は早朝にアレシフェを出発し、エルミンスールに立ち寄る。その後のことは考えていないが、もう一度ミルジアに行って骨董市を見てもいいかな。でも貴族が居るグントゥールは避ける。
エルミンスールまでの道のりは、大急ぎで走って2日の距離だ。かなり遠い。早くまともな転移魔法が使えるようになりたい。
毎日少しずつ練習を繰り返し、消費魔力を半分くらいまで減らすことができた。ただし、距離は延びていない。根本的な何かが違うのかもしれない。ついでなので、もう一度本を漁ってみよう。
たまに休憩をはさみつつ、今日の目標地点である、ミルジア東の乾燥地帯に到着した。エルミンスールがあるジャングルの、少し手前だ。今日はここで野営をする。
ミルジアとアレンシアでは、気候がかなり違う。この荒野は割と暖かいのだが、アレシフェはかなり寒い。温度変化で風邪を引きそうだ。気を付けなければ。
次の日も、一気に移動する。最近ウロボロスを見ていないのだが、いつの間にか絶滅したのかな。それとも、ここではないどこかに出張しているのだろうか。まあ、会わないならそれでいい。
日が暮れる頃、エルミンスールに到着した。宮殿の管理をすべてカベルに任せてあるので、到着したらすぐに生活できる。
……そう思っていた時期が俺にもありました。
「カベル! 何だよ、この有様は!」
調理場にしていた部屋は、あちこちに食材の残骸が散乱して腐っている。もう元が何だったのかも判断できない。鍋は錆び、包丁は錆びたうえに刃が欠けている。
食器や道具は全部出しっぱなし。ちゃんと洗っていないから、木の食器にはシミが残ってしまっている。
カベルが出入り口の陰から顔を半分出し、こちらを窺っている。
「ごめんなさい……どうしたら良いか分からなくて……」
と、悲しそうに呟いた。
カベルは元々エルフの女王で、中の人もたぶん良い所の人だ。家事なんかやったことが無かったのだろう。これは俺の落ち度でもあるか……。もっとしっかり指導しておくべきだった。
「クレア……頼めるか?」
「任せておいてっ!」
クレアが元気に掃除を始めた。心なしか楽しそうだ。もしかして、汚れていた方が燃えるタイプなのかな。そう言えば、母親のマリーさんも相当な汚しっぷりだった。掃除が生活の一部なんだろう。
掃除はクレアに任せ、俺は道具の手入れをカベルに教える。しかし、ここに置いていったコッヘルは、薄い鉄板でできている。鋳物のように焼いて錆を落とすことができない。地道に砥石で擦るしかないな。
カベルと並んで道具の始末をする。俺は包丁を復活させることに忙しいので、鍋磨きはルナたちにも手伝ってもらう。
「こうなる前に、どうにかならなかったのか?」
愚痴っても仕方がないことは分かっている。しかし、地道な作業が続くと、つい愚痴がこぼれてしまうものだ。
「なりませんでした……」
カベルは申し訳なさそうに俯きながら作業を続けた。
「それで、少しは料理ができるようになったのか?」
「はい。切って焼くことはできるようになりました!」
カベルは得意げに胸を張る。まあ、たかが焼くだけと言っても、焦がさず中まで火を通すのは難しい。それができるのなら胸を張ってもいいだろう。たとえ調理場がゴミ塗れになっていても。
鍋の錆は落とした。包丁も研ぎ直した。最後は、シミが残った木の食器だ。これはもう無理だな。紙ヤスリがあれば、削り落としてどうにかなる。しかし、この世界には無いんだ。普通の金ヤスリでは、曲面を磨くのは難しい。専用の道具も持っていない。
「コーさん、油を塗って誤魔化しましょう」
というルナの提案を採用する。シミを隠すなら、シミで覆ってしまえという発想だ。アレシフェで買った、2級品のオリーブオイルを使う。
「何から何まで、申し訳ございません……」
布の切れ端に油を染み込ませ、薄く塗っていく。全体に塗れたらそのままよく乾燥させる。それを何度か繰り返せば、シミが目立たなくなるはずだ。
力が要るわけでもない、地味で退屈な作業だ。雑談でもして気を紛らわせよう。
「まあ、それはいいんだが。
ところで、アレンシアでカベルの同類を見たぞ」
カベルが持っていた食器を落とした。『カラーン』という乾いた音が部屋に響く。
「……何の冗談ですか? 驚かせないでください」
カベルは真っ青な顔を引きつらせて言う。
「いや、本当だ。依代がどうとか言って、消えたよ」
「ミルズに……会ったのですか?」
ん? ミルズってミルジアの神だよな。サルマンもミルズがどうのって言っていた……。どうしてミルズなんだろう。アレンシアの神ならルミアだろうに。
「いや、誰だったのかは分からなかったが、ミルズじゃないことは確かだぞ」
「え……じゃあ……」
もしかしてミルズも同類なの? 神じゃん。じゃあ、カベルの中の人も神なの?
うわぁ……すげえ嫌な予感がする。絶対面倒じゃないか。使徒召喚って、もしかして神同士のいざこざに関係しているのか。
「俺には誰なのか分からなかった。ルミアは誰だと思う?」
「おそらく、ハインツだと思います……」
はあああ。ため息が出るぜ。本物かよ。試しに鎌をかけてみたら、凄く自然に返された。カベルの中の人、アレンシアの神じゃん……。
そして、サルマンの中の人は帝国の神かよ。帝国の神がアレンシアに潜り込んで、獣人を探していた。帝国で何かをさせるつもりなんだ。
「他の神の可能性は無いのか?」
「アレンスは消滅しましたし……レイテスは力を失いました。ハインツしか残っていません」
相当動揺しているのか、言ったらいけないことをボロボロと喋っている。今更だけど、俺が知ってもいいのかな……。
まあ、教会は敵になったんだ。知っておいて損はしないだろう。動揺しているうちにガンガン聞く。
「ルミアはどうしてアレンシアを離れたんだ?」
「擬死です。ミルズに襲われました。死んだと思わせて……何でそんなことを聞くのですか! 答えられませんよ!」
あ、気付かれた。話はここまでか。
「おいおい、神話の話かい? コー君も意外と好きだね」
少し離れた場所に居たリリィさんが、呑気に言う。ちゃんと聞こえていなかったようだ。神話じゃないよ。事実だよ。
これまでの話をざっとまとめると、使徒召喚が実行された時には、既にアレンシアはミルズに乗っ取られていたわけだ。その混乱に乗じて、帝国の神も潜り込んでいた。善と一条さんが会ったちんちくりんな神は、ミルズだったんだな。
ミルジアの侵略を教会が後押ししていた理由がわかった。教会南派が幅を利かせていた理由も。ミルズは、ミルジアとアレンシアを統合するつもりだ。ミルジアは不毛な地だからなあ。豊かな環境が欲しいのだろう。
敵の親玉はミルズだな。ただし、どこに居るかはわからない。神の国とかいう場所なのかな。探し出してぶん殴ろう。もうこれは決定だ。ゴーストみたいな奴なんだ。そのまま成仏してもらう。
でもまあ、目下の敵はハインツだ。実害が発生しまくっているから、先に止めておきたい。あと、リーズ拉致未遂の時の借りを返したい。あの時は黒幕が誰かわからなかったからなあ。帝国の方面に向かうべきかな……。
気まずい無言が続く。カベルに警戒されて、雑談すらもできない。重い空気の中、ルナが桃を切って持ってきた。甘い香りが立ち込める。
「パーシチを準備しました。休憩しましょう」
「ああ! 持ってきていただいたのですね。ありがとうございます」
カベルが満面の笑みでお辞儀をした。相当楽しみにしていたようだ。
アレンシアで試食した時は、少し硬めのパキッとした桃だったのだが、今は熟して柔らかくなっている。この状態になるとすぐに腐るよな。かなりギリギリだったようだ。
夢中で桃を頬張るカベルに話しかける。
「なあ、俺たちは今回はすぐに出発するつもりなんだ。聞いておきたいことは無いか?」
「……」
カベルは無言のまま桃を口に放り込む。
「料理のこととか、道具の手入れとか。聞いておくなら今のうちだぞ?」
「……コー様とはお話しできません。つい喋りすぎてしまいます」
ぷいっとそっぽを向いた。かなり警戒されているな……。ちょっと調子に乗りすぎたか。でも会話にならないのは困るなあ。
「もう隠さなくてもいいだろう。十分知ったよ」
「そう……ですか。そうですね。申し訳ありません。喋りすぎました。
もしミルズやハインツに狙われたら、ここに逃げ込んでください。エルフの結界がある限り、悟られることはありません」
ハインツには既に目を付けられているんだけどね。エルフの結界にはそんな効果があるのか……。
ん? あれ? ヤバイ! その結界は壊したぞ。ここに来る途中、ウロボロスごと完全に破壊した。復元は不可能だ。
「ああ、カベル。言いにくいんだが、その結界はもう無い」
「え……?」
エルフの長老に仕組みを聞くことはできるが、もう元の状態には戻らない。
「ここに来る途中、うっかり壊してしまった」
わざとじゃないんだ。本当だよ?
「ええ……あの結界は壊せるんですか? どうやって壊したんですか?」
カベルが真剣な目で俺の両肩に手を置き、詰め寄る。肩に桃の果汁が……。
「高温で焼いただけだが……」
あ、いや。焼いたというより、蒸発して無くなった感じだな。状態保存の魔法を貫通しただけだ。
「……ここはもう絶対安全とは言えないのですね。心しておきます」
カベルは俺の肩から手を離し、難しい顔で腕を組んだ。
まあ、ここ以外のどこかに行く方が危険だろうな。ここまで来ようという人はほぼ皆無だ。俺たちが漏らさない限り、ここの情報は誰にも知られない。
「それで聞きたいんだが。あんたらみたいな連中は、どうやって倒すんだ?」
「え……倒す?」
「ちょっとハインツに狙われているんだよ。ルミアとは別件だから安心してほしい」
「何をしたんですか……。逃げて下さい。
私たちは、もう人間ではありません。精神体という存在です。同じ存在になれば倒せますが……」
「うーん……ゴーストと何が違うんだ?」
「それはですね……」
カベルが掻い摘んで説明してくれた。ゴーストは『魔力体』という存在で、空気中の魔力を取り込んで生きる。ゴーストでも呼吸が必要だったり、全身を物と重ねられないのは、このためだ。
では『精神体』はと言うと、実体を持たず自身が管理する土地から入る魔力で生きるそうだ。言葉を濁していたので、まだ何か隠しているかも知れない。
精神体を消滅させるには、精神体で殴るか、管理する土地を奪うしか無いという。ルミアは両方食らったので、精神体と戦える力は残っていないそうだ。
連中は、普段は世界の狭間のような場所に居て、そこには精神体しか行けないという。そこでは依代が無くても生きられる。しかしルミアは死んだことになっているので、そこに戻ることができない。
依代が無くなっても消滅するが、すぐに別の依代に移るだけだ。キリがない。俺や俺たちの誰かが精神体になるという案も却下だ。人間に戻れなくなる。戦う方法を探す必要があるな……。
カベルの口は依然として重く、これ以上の情報を聞き出すには至らなかった。十分といえば十分なんだけどな。目下の敵が『神』だと知れただけでも大収穫だよ。
神と言っても“自称”神で、神と精神体は別物。どっちでもいいじゃん、と思うのだが、カベルはそれを強調した。強い拘りがあるらしい。
神は神話では英雄扱いだったけど、そんなことは知ったことではない。現在進行形で実害を垂れ流しているんだ。害虫と同じだ。次に見かけたら、遠慮なく駆除しよう。






