嫌がらせ
グントゥール南西にある荒野で、テントを張ってサイクロプスの狩りに勤しむ。ここは危険と言われる地域の中にあって更に危険な地域だ。
スライムを踏み潰しつつ、サイクロプスを探し回った。既に1日が経過して、勝負は明日の朝まで。マジックバッグの容量が足りなくなったので、リーズの得意技のツギハギで1つ作った。
俺たちは今、成果の確認をするために集合している。今は昼過ぎくらいだが、現状の俺たちの成果は全員合わせて31匹だ。1人あたり6匹なので、やや負けていると思う。
「そういえば、ボナンザさんは水の確保ができているのかな」
持っていた水筒に口をつけながら言う。
俺たちがいる場所は僅かに湿気があるので、魔法で水を出すことができる。しかし、ボナンザさんが拠点にしている地域は、砂漠寸前なほどに乾燥している。水の確保が難しいはずだ。
「準備しているとは思いますが……。行ってみましょうか」
まさか水を持たず荒野に出るようなことはしないだろうが、足りなくなる可能性は十分考えられる。ボナンザさんが居る場所に向かおう。
ボナンザさんは荒野の真ん中に小さなテントを張り、座り込んでいた。少し具合が悪そうだ。
「大丈夫か?」
「あら。情けないところを見せちゃったわね。悪いけど、水を持っていないかしら。その実を食べてから、ずっと具合が悪いのよ……」
ボナンザさんの視線の先には、スイカに似た小さな実が転がっている。毒があるけど薬になるという実だ。王都で売れば高値が付く。
「え……毒があるでしょ。知らなかったの?」
クレアが呆れたように言う。高ランクの冒険者なら知っていて当然で、ボナンザさんは元Aランク冒険者だ。
「もちろん知ってるけど、あたしは余程の毒じゃなきゃ効かないのよ。これは余程の毒だったようね……」
普段から、毒の有無なんか気にして生きていないのか。ボナンザさんは本当に人間なのかな。本気で疑わしくなってきたぞ。
「水ならあるから。飲んで少し休めよ」
水が入った水筒とポーションを渡す。植物毒は魔法で取り除くことが難しいので、ポーションは気休めだ。
この植物の毒は、上手く調整すれば強力な下剤になる。しかし水が貴重な荒野で食べてしまうと、下剤の効果で脱水症状を起こす。死ぬような毒ではないが、脱水状態で死ぬこともありえる。
「助かるわ。お金は後で払うわね」
ボナンザさんは水筒一杯の水を飲み干し、少し元気を取り戻したようだ。しかし、依然として疲れが残っているように見える。まあ、これは仕方がないよな。自業自得だし。
「しばらく休んだ方がいいぞ。じゃあ、俺たちは行くから」
そう言ってこの場を離れようとすると、リリィさんが自分のマジックバッグを漁りながら話し始めた。
「あぁ、待ってくれ。ボナンザさんに良い物がある」
そう言って取り出したのは『過働の指輪』だ。
リリィさんの説明を、ボナンザさんは熱心に聞いている。24時間、寝ずに動き続けることができるという、極めて危険な魔道具だ。俺はオススメしない。
これはたぶん、元気の前借りだと思う。効果が切れた時、一気に疲労が押し寄せる。リリィさんは「すぐに熟睡できていいぞ」と言っているが、それは寝ているんじゃない。気絶しているだけだ。
「これ、5個注文するわ。言い値で買うから。今度店に持ってきて」
ボナンザさんは凄く気に入ったらしい。欲しがる人、居たんだ……。しかも5個も買うのか。これ、宿屋の店主もはめることになるんじゃないか? 可哀想に……。
リリィさんとボナンザさんが妙に意気投合してしまったので、少しの間行動を共にすることにした。
ボナンザさんの休憩に合わせ、少し早いが食事休憩にする。
ルナたちが食事の準備をしている間、リリィさんとボナンザさんが2人で話し込んでいた。
リリィさんはボナンザさんの特大ハンマーに興味を示し、何か講釈を受けているようだ。メイスを持つことは嫌がっていたのに、ハンマーは許せるのか。
食事を終えて一息ついていると、近くでサイクロプスの気配があった。ボナンザさんはまだ動かない方が良いだろう。誰が行こうか……。
「私が行こう」
リリィさんが立候補した。ボナンザさんの話に感化されたのか、かなりやる気だ。
「任せた。リーズも補助の準備をしておいてくれ」
「わかったよー」
俺も心配なので、見学に行く。俺が動き出すと、全員が立ち上がった。結局全員で見学することになった。
相手は標準的な量産型サイクロプスだ。
リリィさんは、両手剣のクレイモアを握りしめてサイクロプスに殴り掛かる。剣を鈍器のように扱い、斬るというよりも殴っているだけだ。下半身を中心に攻撃を仕掛けている。
サイクロプスも黙ってはいない。大きな動きで振りかぶり、その拳を叩きつけた。リリィさんは剣で受け止める。しかし、力で負けて飛ばされた。初日よりはマシになったが、まだ辛いようだな。
「何やってんの! そんな武器は捨てちゃいなさい!」
苦戦するリリィさんにボナンザさんが指示を飛ばした。
リリィさんはクレイモアを投げ捨て、メリケンサックを指にはめた。腰を回して拳を打ち込む。標的は、サイクロプスの膝だ。『バキィ!』と嫌な音が鳴り響き、サイクロプスが片膝を突いた。もう一方の膝にも拳が当たる。
またしても嫌な音が鳴り、両膝を突いた。サイクロプスも腕を振って応戦するが、リリィさんの拳に相殺されて弾かれる。
「セェイ! セェイ! ソイヤァ! シャァァァッ!」
リリィさん掛け声とともに、拳が腹、腰、胸と次々にめり込み、トドメと言わんばかりに顎先を砕く。サイクロプスは、そのまま仰向けに倒れて動かなくなった。
「やったぞ!」
リリィさんが大喜びではしゃいでいる。ずいぶん野蛮な倒し方だが、リリィさんには合っているようだ。もう無理にクレイモアを使わせるのはやめよう。
喜びを噛みしめるリリィさんに、ボナンザさんが近付いて労う。
「やるじゃなぁい。だから言ったでしょ? 『打撃に勝る攻撃は無い』って」
ボナンザさんの差金かよ! まあ本人は納得しているんだ。このままメリケンサックを使ってもらおう。
その後ボナンザさんと別れ、本格的に狩りを始める。マジックバッグを増やしたというのに、もう容量が足りない。そのため、みんなには急遽剥ぎ取りをお願いした。
みんなは拠点に居るので、アンチマテリアルライフルの解禁だ。狩ったサイクロプスの回収は、足が速いリーズに任せる。
これからは接近して狙撃して離脱するだけ。1匹狩るのに1分掛からない。とは言え、発見と移動に時間がかかるので、効率が良いとは言えない。マジックバッグがもっと大容量だったら、最後まで全員で狩れたのになあ。
時間ギリギリまで狩りを続け、グントゥールの近くでボナンザさんと再会した。狩ったサイクロプスをマジックバッグから取り出し、街の外壁に並べていく。壁際に並んだ50匹近いサイクロプスは、なかなか壮観だ。
最終的に俺たちが狩ったのは、全部合わせて55匹だ。18匹分は解体した。ボナンザさんは単独で11匹。頑張りすぎだと思う。本当に体調不良だったのか疑うレベルだ。
「引き分けね。なんだかスッキリしないわぁ。重さでも競う?」
俺としてはこのまま引き分けでも良いのだが、ボナンザさんは納得できないらしい。決め手になるかわからないけど、アトラスを見せてみよう。
「実はもう1匹居るんだよ。間違えて狩ったやつが」
そう言って、アトラスの黒い腕をマジックバッグから引っ張り出した。
すると、ボナンザさんの顔色が変わる。
「はぁ? こんなやつ、よく倒したわね……。最初っからそれを見せなさいよ。
あたしの負けねぇ、残念だけど」
ボナンザさんは深いため息を吐き、悩む素振りを見せて言葉を続けた。
「相談なんだけど、この素材売ってくれない?」
ボナンザさんは、アトラスの素材がご所望らしい。どうせこれはアレンシアで売るつもりなので、ボナンザさんが相手でも構わない。俺は金ボアの素材で満足している。これは俺たちは使わないだろう。
「いいぞ。まるごと持っていくか?」
「そうね……あんたたちも持っておいた方がいいわよ。次はもう手に入らないかもしれないから」
使うかわからない素材を持っていても仕方がないような気もするが……。そう言うなら一応持っておこう。
冒険者ギルドで加工してもらうつもりだったのだが、知り合いの革職人の伝で安く加工できると言う。せっかくなので任せることにした。アトラスは、一度ボナンザさんに預ける。代金と素材の残りの受け取りは後日だ。
ボナンザさんとの交渉が終わると、サイクロプスを眺めていたクレアが視線を俺に向けた。
「でも、どうする気? アタシたちの許可証じゃ売れないわよ?」
「考えがあるんだ。ちょっと待っていてくれ」
そう言って街に入る。探し人はすぐに見つかった。俺たちがここまで連れてきた、依頼者の商人だ。早朝だったこともあり、呑気に道を歩いていた。彼なら出店許可証を持っているので、期間限定でミルジアでも商売ができる。
戸惑う依頼者を町の外に連れ出した。
「なんだ、これは……」
壁に並んだサイクロプスは、街の中からでも確認できた。注意して見ないと、突然建物が建ったように見える。
依頼者は、これがサイクロプスだと気付かなかったようだ。目を見開いて驚いている。
「サイクロプスだよ。この辺りでは有名な魔物だ。買い取り相場は金貨150枚らしいが、程度を無視して1匹30枚でどうだ?」
完全な状態で150枚。30枚という金額は、ボロボロの最悪な状態での値段。半数は完全な状態なので、文句無しに破格の安値だ。
「な……。それは願ってもいないが、いいのか?」
「但し、条件がある。必ずミルジアで売り切ってくれ。できるだけ安く、早くだ」
これが俺の嫌がらせ。大量のサイクロプスが同時に出回れば、絶対に相場価格が落ちる。俺が安く売り飛ばすことで、暴落に拍車がかかるはずだ。
さらに今日は骨董市の初日。各地から貴族や商人が集まっている。大量のサイクロプスが安く売られたという噂は、近いうちに国中に広がるだろう。
革鞣しの処理に時間が掛かったとしても、大量にあることは変わらない。これで、サイクロプスの革に高値を付けることができなくなったわけだ。ざまあみろ。
「ははははっ! そういう意味だったのね! いい気味よ。拾った素材で大きい顔をするからいけないんだわっ」
クレアが上機嫌に言う。
安くなることも重要だが、大量に出回ることが重要だ。わざわざ不快な相手から買う理由は無いんだ。件の冒険者は、誰からも相手にされなくなるだろう。
しばらくすると、街の中から件の冒険者が血相を変えて出てきた。
「なんだよ、それ……。どこで拾ってきやがった!」
「拾ったのは、あんただろ?」
「どうしてそれを……。
テメェら、余所者だろ! 勝手なことをしてんじゃねぇ! それはオレの物だ! 全部置いて帰れ!」
冒険者は大げさに手を振り回しながら、険しい顔で剣を抜いた。もう冷静な判断ができなくなっているようだ。
「あんたと違ってさ、俺たちは自力でサイクロプスを狩ってきたんだ。
暴力の勝負なら、俺たちの方が有利だと思わないか?」
そう言いながら、突き出された剣を素手でへし折る。安い剣を使っているなあ。こんな剣で、サイクロプスの首を落とせるわけないじゃないか。
「くっ……タダで済むと思うなよ!」
冒険者は残念な捨て台詞を吐いて去っていった。この後どうなろうと、俺の知ったことではない。この国の人間じゃないからな。二度と会うことは無いだろう。俺の嫌がらせはこれで終了だ。
大量過ぎるサイクロプスは、たぶん兵士あたりから何か言われる。しかし、それを切り抜けるのは商人の技量だ。俺には関係無い。そういうリスクも含んでの安値なんだ。あとは依頼者がどうにかするだろう。






