試験
朝の鐘が鳴り、準備をしてアレシフェの冒険者ギルドに来た。
一夜漬けは万全だ。よく漬かっているぞ。忘れないうちに試験を受けたい。カウンター係は年配の男性だ。引退した冒険者なのか、歳の割に筋肉が凄い。
「やあ。冒険者の昇級試験を受けたいのだが、いいか?」
「いらっしゃい。昇級試験ね。推薦状はあるかい?」
正規のルートで試験を受ける場合、ギルドの推薦状が必要になる。俺たちは特例なので、そんな物は持ち合わせていない。でも、話は通っているはずだ。
「国からの特別試験だ。王都から連絡が来ていると思うが」
カウンター係に身分証を渡すと、難しい顔で手元の資料と見比べる。
「えーと……コーさんと、その御一行様だね。聞いているよ。よく来たね」
無事資料を発見したらしい。笑顔で歓迎された。
「ああ。よろしく頼む」
「えー……パーティ名は『コーさんと愉快な仲間たち』で良かったかな?」
良くねえ!
「待ってくれ。何だ、その絶妙に恥ずかしい名前は」
「未設定だったから、ギルドの標準名になっているのだよ。気に入らないなら、『コーちゃんとビューティ・エンジェル』という名も……」
「もっと酷い!」
「女性パーティ限定の標準名なんだけどねぇ。意外と人気だよ」
どこで人気なんだよ。デフォルト名が酷すぎる。もう少し何とかならなかったのかよ……。逆に男性パーティ限定の名前も気になるわ。
しかし、女性限定ってハーレムパーティにも適用されるんだな。
「ちょっと考える。待ってくれ」
いざパーティ名を付けるとなると、迷うな……。前にも一度パーティ名を付けるように言われたが、そのまま忘れていた。
レイモンドのパーティは『鋼鉄の斧』だったかな。若干恥ずかしいけど、こんな感じで付ければいいのかな。あいつ、大剣使いなのになんで斧なんだろう。
「ねぇ、無理して今付けなくてもいいのよ?」
無言で考え込む俺に、クレアが声を掛ける。
「そうなの?」
「試験中の呼び名だから。仮の名前で登録しておけばいいわ」
あ、話の流れで騙されていた。昇級試験とパーティ名は無関係だ。そもそもパーティ名は任意だから、付けたくなければ付けなくても良い。もちろん、後から変更することもできる。今は仮名で十分だな。
「そういうことだから、標準名にしておいてくれ」
「承知した。では、『コーちゃんとビューティ・エンジェル』という名で」
「なんでそっちなんだよ! 愉快な仲間たちで頼む」
今、カウンター係が持つ資料がチラッと見えた。男性向け標準名は、『漢の筋肉祭』だった。最悪だ。もし男性だけのパーティだった場合、『コーと漢の筋肉祭』というパーティ名にされていたのか……。
「では手続きをしよう。受験ランクはAランクだったね」
「は? いやいやいや、Bランクで頼んだはずだが……ちょっと見せてくれ」
カウンター係が手にした資料をひったくり、内容を読む。
そこには、『受験ランク:A』『戦闘評価:B』と書かれている。AとBが逆じゃないか。
エリシアさん、書き間違えたな……。話をしながら書いていたから、ちょっと心配だったんだよ。俺たちの戦闘評価は『A』だと言っていたから、書き間違いで間違いない。
「え……どうしましょうか……。変更できますか?」
ルナが資料を見て驚き、心配そうに呟いた。
「すまんな、嬢ちゃん。これで受理しているから、今更変えられない」
「ギルドの受付の書き間違いみたいなんだが、それでもダメか?」
「ふむ、それなら変更できるが……。
一度ギルド本部に差し戻し、再度申請書を書き直す必要があるぞ。受験は来月になるだろう」
くそ。こんな所でもお役所仕事か。面倒だな。
「仕方がない、このまま受けよう。なるようになるだろう」
ダメなら正規のルートで受け直せばいい。どうせ降って湧いたチャンスだからな。無くなっても惜しくはない。
「そうね……。望みが無いわけじゃないわ。受けてみましょう」
クレアが決意した様子で小さく拳を握った。
幸い、筆記が0点でも不合格とは限らないそうだ。その分、実技で挽回すればいい。まあ、実技のハードルが上がるんだけどな。
「変更しなくてもいいんだね。
では手続きをしよう。今回はパーティで?」
「そうだな。パーティで頼む……あ、すまない。ちょっと待ってくれ。試験を受けている間に査定を頼む」
うっかり忘れるところだった。昨日討伐したグリーンブルを渡す。
「さすがだな。Aランク試験を受けるだけあるよ」
カウンター係はしきりに感心していたが、この程度なら普通のことだよなあ。傷が少ないからかな。1匹を除いて、程度は良好だ。
手続きが終わり、試験が開始された。まずは筆記試験だ。パーティで受けると言っても、筆記は個人。会議室のような部屋に通され、それぞれに問題用紙を配られた。
内容は思っていたよりも難しい。Aランクだから仕方がないか。法律とギルドのルールは問題無いが、やっぱり建築だよなあ。どこの村で産出された土が適しているとか、全くわからない。地名を出されても全て初耳だよ。
武器や戦術についての設問は皆無だった。模擬戦があるというので、実際の動きを見れば良いということなのだろう。
筆記試験が終わると、リーズがシュンとしながらトボトボと歩いてきた。
「どうだった?」
「うーん、ぜんぜんダメー」
だろうね。仕草でわかるよ。リーズは法律と薬草と建築が苦手だった。要するに、ほとんどダメ。実技で頑張ろう。
「結構難しかったわ。実技、頑張んないとね」
今回の試験は、クレアでも難しかったらしい。
ルナも険しい顔で「うーん」と唸りながら来た。成果は芳しくないようだ。リリィさんだけはなぜか笑顔。手応えがあったのかな。
「調査員の試験とよく似ていたよ。意外と簡単だったね」
そういえば、リリィさんはクソ難しいと評判の国家資格を持っているんだった。なんというか、リリィさんが賢いって、ちょっと意外なんだよな。普段の行動が脳筋だから。
次は模擬戦だ。カウンター係に言われるがまま、ギルドに併設された訓練場に行く。見た目は普通の運動場だ。そこには、ロングソードを携えた冒険者風の男が、直立で待機していた。背筋を伸ばして後ろで手を組み、軍隊スタイルで指示を出す。
「私はパーティ『コーさんと愉快な仲間たち』の昇級試験の試験官を務める、シュアンだ!」
男は直立不動のまま大声を出す。俺たちの返事を待たず、説明を続けた。
その恥ずかしいパーティ名を叫ばないでくれ。
「これから1対1の模擬戦を行う。と言っても、君たちの戦闘評価が適正かどうかを確認するだけだ。これによって合否が決まることは無い。気負う必要はないぞ。
武器は、刃が付いていなければ何を使ってもいい。持っていなければ貸し出す。
救護係の治癒魔法使いも待機している。安心してかかってきなさい」
試験官の後ろには、軽装の男が控えている。彼が治癒魔法使いなのだろう。
ギルドの戦闘評価は、討伐した魔物で判断している。それには魔法や罠も含まれるので、単純な戦闘能力ではない。合否に関係なくても、模擬戦は個人の力を見極めるためには必要なことだ。
「あたし! あたしやりたい!」
リーズが満面の笑みで鉄の棒を振り上げた。試験で鬱憤が溜まっていたのかもしれない。
せっかくの立候補だ。リーズに一番手を任せよう。昨日のうちに非殺傷武器を準備している。リーズの武器は鉄の棒だ。
「さあ、いつでも良い。かかってきなさい」
合図もなく、模擬戦は始まった。リーズが勢いよく踏み込み、牽制の一振り。が、クリーンヒット。試験官は転がっていった。
救護係が即座に駆け寄り、治癒魔法を掛ける。
「……合格!」
試験官はすっくと立ち上がり、手を挙げて叫んだ。
「これで良かったのかなぁ?」
リーズが不思議そうに首を傾げている。本当に良かったのかなあ。俺も不思議だ。
「え……と、君たちは戦闘評価がBだと聞いているのだが?」
試験官が不安そうに問いかけてきた。
「それ、書き間違いなんだよ。俺たちの戦闘評価はAだそうだ」
「なるほど、承知した。では次の者!」
試験官の顔つきが変わった。真剣な眼差しでこちらを睨み、威圧感が膨らんだ。どうやら本気になったようだ。
次の相手はルナ。少し不安げな表情をしているが、まあ大丈夫だろう。ルナの武器は、短い警棒が2本だ。
「では、行ってきますね」
救護係が開始の合図をする。
試験官が合図と同時に距離を詰める。ルナはすかさず躱し、眉間と首元に警棒を当てた。勝負アリだな。
「ご……ごぉかく……」
試験官は冷や汗をかきながら、小さな声で呟いた。ルナも合格らしい。合格ってなんだ? 戦闘評価の確認をするだけだよなあ。
次はリリィさんだ。俺達の中で、戦闘経験が最も浅い。ただ、宮廷魔道士時代から結構な武闘派だったみたいなんだよな。
開始の合図があったが、両者睨み合ったまま動かない。牽制しあっているようだ。
先に動いたのは試験官。ロングソードを中段に構えたまま、勢いよく距離を詰めた。試験官が振りかぶる。リリィさんは振り下ろされる剣を避けた。しかし、それはフェイントだ。方向を変えた剣が、横薙ぎにリリィさんを襲う。
胸に当たる、という瞬間。『ガチィ!』と金属音が鳴り響き、リリィさんの拳が剣を弾いた。メリケンサックだ。バランスを崩した試験官の顔面に、リリィさんの拳がめり込む。
試験官はその場で崩れ落ちた。救護係が治癒魔法を掛けると、何事もなかったかのように立ち上がり、服についた土を払った。
「……見事だ! 合格!」
だから合格ってなんだよ。合否関係無いって言ったじゃん。
次はクレア。落ち着いた様子だ。安心して見ていられるな。逆に、試験官には焦りが見られる。緊張した面持ちで、剣を構えた。
開始位置につくと、試験官は開始の合図を待たずクレアに突撃した。クレアはまだ武器を構えていない。完全な不意打ちだ。剣の軌道はクレアの肩を捉え、鋭い一撃がクレアを襲う。が、クレアは片手で受け止めて押し返した。
「ちょっと、それは卑怯なんじゃない?」
クレアが不機嫌そうに言いながら、剣の先をガッチリと掴む。力比べだな。握った剣を押し込むと、試験官はたまらず膝をついた。
「合っ! 格っ!」
息も絶え絶えに合格を宣言した。終わりってことでいいのかな?
クレアは「フンッ」と鼻を鳴らして踵を返した。ちょっと怒っているみたいだな。後で宥めよう。
満を持して俺登場。俺を最後にする理由は無いのだが、リーズが一番手になったので、いつもの隊列の順番になった。
刃が付いていない短剣をブンブンと振り回す。ちょっとした準備運動だ。
試験官から、より一層強い威圧感が飛ばされてきた。この動作はグラッド教官も毎回やってきている。模擬戦の礼儀なのかもしれないな。俺もやっておこう。
気絶しない程度に威圧感を飛ばす。ちょっと怖いかな? くらいのつもりで。
「よし、やろうか」
試験官を見ると、真っ青な顔でこちらを見ている。
「合格!」
いや、戦っていないぞ!
「何でだよ。せっかく準備したんだ。やろう」
「勘弁してくれ……」
試験官は足をガクガクと震わせながら言う。
威圧が強すぎたのかな……。威圧は戦闘を回避するために必要なことだと教わったが、模擬戦を回避するつもりは無いぞ。まあ、終わりならそれでいいんだけど。
試験官が模擬戦の終了を告げたので、ギルドのホールに戻る。次は実技試験だ。試験官はトボトボと歩き、筆記試験が行われた部屋に入っていった。俺たちもそれに続く。






