例え話
就寝前に宿屋の部屋で、ルナと2人きりになった。普段から2人部屋を取っているので、特別なことではない。
いつもはこの時間に他愛もない話をしたり、新しい魔道具の案を話し合ったりしている。今日の話題は、先日買ったキャンプ用品についてだ。
いろいろ問題が発生したため、出発の前日になるまで確認できなかった。と言うか忘れていた。
「見てもらってもいいですか?」
ルナは不安そうに、マジックバッグからキャンプ用品を取り出していく。
焚き火台やテーブルなど、俺のオーダー通りワンランク上の物で揃えられていた。ついでに、陶器の器も追加されている。燻製を作る時に重宝しそうだ。燻製器も新調されている。使ってみないとわからないが、作りはしっかりしているようだな。
以前持っていなかった道具も追加されていた。それはお茶を淹れるためのケトル。これまでは小さなコッヘルでお湯を沸かしていたが、確かにあった方が便利だ。
最後に取り出された、見慣れない布袋が気になった。ボコボコに膨らんで、球体の何かが入っていることが分かる。
「これは?」
「カベルさんからの依頼です。この袋がプミラで、こっちがパーシチですね」
プミラはリンゴだ。しかし日本のリンゴよりもだいぶ酸っぱく、生で食べるよりもドライフルーツの方が美味い。
パーシチは桃だった。どんな果物か謎だったが、これはもう完全に桃だ。試しに齧ってみたが、やっぱり桃だった。懐かしい味がする。
次にエルミンスールに行くのはまだ先だ。道中で腐るかもしれないので、ヤバくなったら俺たちで食べよう。リンゴは焼きリンゴにした方が美味いかもしれないな。
「ありがとう。問題なさそうだよ」
ルナはホッと胸をなでおろし、余った金を返してきた。余ったのは約金貨40枚。「みんなで分けろ」と言ったのだが、それは固辞された。まあ、俺が持っていても同じだからな。どうせ買い物するときは俺が金を出すんだ。
騒動があった次の日は、諸々の後始末と試験勉強のために1日休んだ。勉強用の問題集のような物が売られており、ルナたちが気を利かせて買ってきてくれている。これで一夜漬けを試みた。
内容は建築用の魔道具の使い方や、材料の選定など。それほど難しくないようなので、何とかなりそうだ。
そして次の日、昇級試験に向けて出発することにした。
店主とマイラに声を掛け、王都を後にする。目的地はアレシフェという街なのだが、方角が近いのでエルフの村にも立ち寄る。特に用は無いが、転移魔法を見てもらいたい。
いつも通り結界を解除して村に侵入する。この村に訪れる人間は俺たちしか居ないのに、警備の女の子は今日もブラブラしている。農作物の様子を見るのが主な仕事だそうだ。
若干キョドる女の子に長老を呼んでもらい、テントを設営した。テーブルや食器は、今日初めて使う。漆などの加工がされていない木の食器は、下処理があると聞いたことがある。しかし、この世界の物はそのまま使えるようだ。
日本に居た時に木のボウルにスープを入れてみたことがあるのだが、木の匂いが染み出して酷い目に遭った。これは大丈夫なんだけど、素材が違うのかな……。
木の器を手にとって眺めていると、『ズシャァ!』と音を立てて目の前の地面が突然膨れ上がった。
「どわぁっ!」
土埃が晴れると、土塗れになった長老が現れた。
「グェホッ! グェッ! ペッ」
長老は、口の中に入った土を、しきりに吐き出している。そんな所から出てくるから……。
「大丈夫か?」
「お水をどうぞ」
ルナが水の入ったカップを長老に渡した。
長老は差し出された水を口に含み、口を濯いで吐き出す。余程盛大に土が口に入ったらしい。俺を脅かすためだけなのに、必死だな。
「うむ。すまんかった。よく来たのう」
何事もなかったかのように挨拶をするが、頭の上には土が乗ったままだ。服も顔も土塗れ。俺が気にしたら負けだな。
「今日は特に用は無いんだけど、俺も転移魔法が使えるようになったんだよ」
「ふむ、それは良かった。見せてくれるか?」
長老に促され、転移魔法を使う。目標は長老の背後でいいだろう。距離は数メートルだ。目の前の空間が歪み、視界が一変する。
「こんな感じでどうだ?」
「な……」
長老はこちらに振り向き、信じられないような目で口をパクパクさせている。
不思議なことなど無いだろうに。あんたがいつもやっていることだ。
「どうした?」
「なんじゃあ! そりゃあ!」
長老はつばを飛ばして叫び、俺の肩を左手でぐっと掴んだ。
「何だよ、転移しただけだろうが」
「……うむ。お主はよくわかっとらんようじゃの。1つ例え話をしよう。
この器に水を入れようと思ったら、お主ならどうする?」
長老は手に持ったカップを掲げて、真顔で話を始めた。俺なら、魔法で水蒸気を集めて水にする。が、たぶんそういうことじゃないよな。
「ケトルに入れた水を注ぎ込む」
普通ならそうする。今もルナはそうやって水を差し出した。川の水を使う時もそうだ。一度煮沸してからカップに注ぐ。
「うむ。そうするだろう。それが普通じゃな。しかしお主がやっておることは、水が入った鍋をひっくり返しとるだけじゃ」
長老はそう言いながら、水が残ったカップをひっくり返した。足元が濡れる。
「いまいち意味がわからない。何が言いたい?」
「魔法を使うために必要な魔力が器一杯じゃとすると、ケトルから注いでやればケトルの中の水は残る。波々と水が入った鍋をひっくり返しても器を満たすことはできるじゃろうが、辺りは水浸しで中の水も空になるじゃろう」
要するに、無駄が多いってことかな。鍋をひっくり返してカップに水を注ぐ……アホだな。俺はアホだったのか。
「なるほど……。よくわからないが、気を付けよう」
「むしろ、何故発動するのかが不思議じゃよ。お主は魔力量がおかしいようじゃのう」
長老はそう言いながら俺を覗き込んだ。爺さんに接近されて喜ぶ趣味は無いぞ。
どういう理由か知らないが、俺の魔力は多いらしい。使徒に向かうはずだったチートがこっちに来たのかな……。でも、チートの元になるはずだった術者たちは生きている。それは無いな。
「まあ、多い分には困らない。別にいいだろう」
「うむ……。お主は、幼少期から何か特別な訓練を積んでおるのか?」
特別なことをしていた記憶は無いな。強いて言うなら、キャンプか。1人で山に籠もって、暇さえあれば瞑想をしていた。これは魔法を使う時の基本になっている。
でも、それのおかげとは考えにくいか。まあ、ただの特異体質だろう。気にする必要は無い。
「普通の少年だったさ。生まれつきなんじゃないか?」
「む……。そういうことにしておこう」
長老はなにか腑に落ちない様子で、不承不承に頷いた。
しかし、まだ練習をしなければならないな。改善しないとアホのままだ。瞑想からやり直すべきかもしれない。頑張ろう。
「助言ありがとう。練習してみるよ」
「そうじゃな。
ところで鍋といえば、儂の鍋が錆びついてしまったのじゃ。新しい鍋をくれぬか?」
長老はマジックバッグから真っ赤になったダッチオーブンを取り出して言う。
渡した時に注意したのに、しっかりと錆びだらけにしてしまったようだ。鉄鍋はすぐに錆びる。気を付けていても、一瞬の気の緩みで真っ赤になってしまう。
「仕方がないな。砂利で磨いて火の中に突っ込め」
金属ブラシで根気に磨いた方が良いのだが、この世界には無いだろう。多少錆が残っていても思いっきり加熱すれば復活する。
「そんなことで良いのか?」
「ああ。鉄は錆びるもんだ。鋳物なら焼けば復活するぞ」
刃物や農具はやっちゃダメ。一回焼いたら脆くなる。この村で鉄器と言えば、包丁か農具だけだそうだ。そのため、鋳物の扱いに慣れていない。手入れの方法は基本的に同じはずなんだけどなあ。水気を取って油を塗るだけだ。
「うむ。さっそく試す。世話になった」
長老はそう言っていそいそと帰っていった。しまったな。カベルやディエゴについて聞けばよかった。何か知っていたかもしれないのに。
まあ、カベルの中の人については知らないか。あっちはアレンシアの教会関係者だ。昇級試験と骨董市が終わったら、一度エルミンスールに行ってみよう。
食事を終え、ルナが俺の魔法について言及してきた。さっきの長老の話で、気になることがあるらしい。
「コーさんの魔法、私も不思議に思っていたんですよ」
「そうなのか?」
「はい。身体強化は真似できるようになりましたが、他の魔法はどうも……」
ルナとリリィさんは練習しているのだが、上手くいっていない。特に、炎や雷のような魔法がどうにもならない。魔道具にできるのだから理解しているはずなのだが……。
「リーズは出来ていたけど?」
元々魔法が使えないということで、リーズとクレアは練習していない。でも、リーズは見よう見まねでエクソーサイズを発動させた。
「そうなんですよね……。詠唱が邪魔をしているのかもしれません」
俺は詠唱魔法として存在する魔法をアレンジして、独自の魔法を使っている。その魔法を使おうとすると、詠唱が先に頭に浮かんで、上手くいかないらしい。
そもそも詠唱って何なんだろう。俺には聞き取れないしなあ。そうボソッと呟くと、リリィさんが答えてくれた。
「詠唱魔法は、神が作って伝えたと言われているよ。詠唱に使われるのは、古代語とも違う古い言葉だ」
また神か。国によって、発音の仕方や言い回しが違うらしい。俺には聞き取れないので、その違いがわからない。
リリィさんの話では、魔法の技術は帝国が最も発達しているそうだ。逆に、アレンシアではあまり研究されていない。アレンシアは魔道具の方が重要だからなあ。
食後の雑談を終え、試験勉強を進める。まあ一夜漬けだ。気合を入れて暗記する。
一晩ここで明かし、明日はアレシフェだ。エルフの村よりも少し南西にあるらしい。主要な産業は、油だそうだ。近くの農村でオリーブを育て、街で加工して売っている。
搾油くらい村でやれよ、と思ったのだが、大規模な搾油機は高すぎて、村では買えないという。世知辛いな。
「ところで、試験はどうする?」
クレアが何かを思い付いたように指を立てて言う。
「どうするって?」
「パーティで受ける場合と、個人で受ける場合があるのよ。
全員登録したから、パーティで受けることもできるわ」
クレアの話では、その場で決めてもいいそうだ。試験は、試験官が冒険者ランクとその街の環境に配慮して決める。試験官に指定された依頼を実際に受けることが多いという。
パーティで受けると、受かった時は全員が昇級、そのかわりダメだったら全員が据え置き。個人で受けるなら、手助けはできないが、合格基準に達した者は合格できる。
前者の場合はパーティで協力し合える分、より厳しい内容にされることが多いらしい。でも、せっかくなら全員で昇級したいんだよな。
「うーん、1人だけ落ちるとかは嫌だな。パーティで受けよう」
試験の内容は行ってみないとわからないが、まあ悪いようにはならないだろう。
模擬戦があることはわかっている。刃がついていない武器なら持ち込みできるというので、非殺傷武器の手入れをしておこう。






