閑話 とある王様の苦悩
私は王だ。一国の民を背負う責任ある立場である。
しかし、権力は無い。判断の決定権を持つのは確かに私だが、神の代行者という立場は変わらない。
結局、教会の言いなりになるしか無い。
先日の使徒召喚もそうだ。個人的には乗り気ではない。教会の決定を反故にできるだけの理由が見当たらなかっただけだ。
使徒召喚は、やたらに金が掛かる割に得られるものが少なすぎる。
使徒に掛かる金は、基本的に国庫から賄われる。そのくせ、世話係は教会から派遣され、王城の関係者はメイドですら関われない。
これは、使徒を政治利用されないためだ。国が金を払うというのは、教会に口を出すための口実である。
つまるところ、使徒は国にも教会にも所属せず、国のために戦うことも、教会のために活動することも無い。
もちろん、教会からの指示で奉仕活動に参加することもあるのだが、あくまでも民衆のため、国民のためだ。
間接的に国のために働いているわけだが、直接指示することは叶わないのだ。
そんな中、国にとって非常に都合が良い問題が発生した。
使徒ではない人間が紛れ込んだのだ。
話では、使徒の友人であったと。近い人間であるということは、使徒と同等の能力を持つ可能性がある。
能力的に並であったとしても、使徒との橋渡しになる人間を無下にはできない。
そして、使徒でないのであれば、兵士や文官として勤務させることも可能になる。
兵士訓練教官のグラッドの報告を思い出す。
「使徒ではない方、コーですが、あれは化物です」
「と言うと?」
「訓練初日、私と模擬戦をやったのですが、練気法を使った私の攻撃を難なく避けきりました」
「ふむ。其方の攻撃を避けるとは。なかなかやるではないか」
「それだけではありません。戦闘態勢に入った瞬間、間合いを空けて降参したのです」
「む? どういうことだ?」
「私は練気法の出力をある程度コントロールできますが、コーはそれを知りません。
これまで難なく避けられた攻撃、普通のものなら相手の雰囲気が少し変わったところで戦えると判断するでしょう」
「ふむ。明らかに不利になったと感じて降参したと」
「そういうことになります。もしかしたら、相手のオーラを感じることができるのかもしれません」
「であるか。達人だったというわけだな?」
「これが、剣は全くの素人でして。剣を振り回しているだけのように感じられます。
カンで振り回し、カンで避けているのではないかと」
「なるほど。よくわかった。奴は使徒ではない。よく鍛錬させるが良い」
グラッドはこの国でもトップクラスの兵士だ。この者が稽古をつければ、すぐにでも兵士として戦えるであろう。
「私もそう思いまして、先日早朝訓練に参加させました」
「ふむ……。大丈夫だったのか?」
早朝訓練は何度か視察したことがある。山頂に至るルートはいくつかあるが、どれも過酷で危険だ。
普通の新人兵士は参加することも許されない。
「はい。最短コースであるにもかかわらず、しっかりと完走しました」
「むっ? 最短コースをか?」
最短コースとは、地図上で王都から山頂を直線で結び、そのまま直進するコースである。
川も、崖も、森も、全て無視してただただ直進するだけのコース。魔物との遭遇率が最も高く、最も体力を要求されるルートだ。
過酷と言われる早朝訓練の中で、群を抜いて最も過酷なルートである。
「はい。途中、ボアの幼生体と遭遇し、無事撃破。後半はボアを引き摺ったまま王都に帰還しました」
「ふむ……。化物だな」
「早いうちに、兵士登用することを進言致します」
グラッドの進言を重く受け止めるべきだったのかもしれない。
さっき、奴は謁見の間に来た。ものすごい剣幕で、である。
殺気立っていたが、冷静であろうと努めている様子が見て取れたため、無礼は黙認された。
「俺を奴隷として扱おうとしているのですが、どういうおつもりでしょうか?」
この言葉で衝撃が走った。近年で最も驚いたことである。
前回の謁見にて、この国に来たばかりのような不自然な口調が無くなり、普通に喋っていることも驚いたものだが。
神官共がどういう対応をしていたのか。こちらでは関与できない。口頭で報告させることしかできない。
「客として扱うように」この命令が曲解されたのか、無視されたのか。
兎に角、奴は到底客とは思えない対応を受けておったようだ。
そのことで心を乱してしまった。間髪容れず出立の報告。思わず許可を出してしまった。
奴はこの状況をすべて利用しようとしておったのだ。
「幸い、俺の部屋にはいろいろな物がありまして。
必要そうな物をまとめて部屋にあったバッグに詰めてきました」
これは酷い。本当に酷い。出してきたバッグはマジックバッグ。小さな倉庫一つ分は入る高級品だ。
ルームメイクの時にあると便利なので、倉庫に保管してあった。
そう。奴が住んでいた部屋は倉庫だったのだ。
自分の置かれた環境、対応、物。すべてを利用しようとした。自分に危害を与えられることは無い、と高をくくってだ。
事実、多少の問題ならば目を瞑らなければならない。
今回のこの件も、倉庫に住んでいたことを把握していなかったために起きたことだ。
このようなことで奴に罰を与えるなどの行為をすると、王の求心力が揺らぐ。
おそらく此奴は、ここまで計算に入れて動いた。どこからどこまでが計算かはわからない。
正直、此奴は野放しにはできない。首に縄を括って王城に縛り付けてやりたい。
グラッドを唸らせる戦闘センス、この私を手玉に取る小賢しさ。此奴が臍を曲げて他所の国にでも居着いたら……。
考えただけでもうんざりする。
簡単に罪を犯すような馬鹿ならば問題は無かったのだが、残念ながらというか、当然ながらというか、そのような愚行は犯さない。
その結果、適当な役職と権力を持たせて国の子飼いにするという結論に至った。
与えた権力に溺れて身を滅ぼすならそれでも良し。権力を利用して活動するならそれで良し。
マジックバッグとその中身は痛手だったが……。結果としてはこれで良かった。
直接監視することは叶わないが、程良い任務を与えることができた。しかも無給で、だ。
宮廷魔導士のルナが懐いたのは何故なのか。それは分からず仕舞いだったが、彼女と共に行動するのであれば悪いようにはならんだろう。
ここまでお読み下さいまして、誠にありがとうございます。
ブックマークを頂いたこと、非常に励みになります。
正直、誰も読んで無いんじゃね?と思って心が折れかけました……。
これで第一章が終了です。
IFストーリーというかなんというか
もしコーがまともな待遇で生活した場合、教会側とも友好的な関係となって使徒の活動にも参加しました。戦闘訓練も使徒と一緒に行進の練習とトレーニングをしていました。
そして、王城にはもう少し長く滞在します。ルナは先に王城を出て、王都で魔道具工房を開きますが、当然最初からうまくいく筈もなく、資金が底を尽きて冒険者になるはずでした。
ただし、この場合だと王城内でルナとコーが仲良くなることはありません。本来コーの言語習得は神官の仕事なのですから。
コーは魔法の訓練にも積極的に参加し、詠唱魔法を身に着けてから出発します。ただし、王都で兵士として活動しつつ空いた時間に冒険者、というスタイルになっていました。
ルナと出会うならこの時になりそうですが、もしもの話ですので……。