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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第七章 神と教会
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男ならどんなパンツでも良い

 朝になり、朝食を済ませて戦いに備える。暴れるつもりは無いけど、用心するに越したことは無いからな。

 部屋で軽く雑談をしていると、部屋のドアがノックされた。どうやら迎えが来たらしい。


「じゃあ、行ってくる」


「お気を付けて。

 私たちはお買い物に行ってきますね」


「頼むよ。金は自由に使っていい」


「勝手に選んでもいいんですか?」


「任せる。もし迷ったらスマホで報告してくれ。

 スマホを通話状態にしておくよ」


 無いとは思うが、教会の罠という可能性も捨てきれない。お互いにすぐに連絡が取れる状態にしておいた方がいい。


 通話と言っても、俺は返事ができないから声を聞くだけだ。ただし、すべてが筒抜けになると集中できないので、ミュート機能を追加した。これで必要なときだけ会話ができる。

 まあ、俺は終始ミュートにしておくつもりだ。教会の話なんて聞いても面白くないだろう。



 宿の入口に、神官のローブを着た若い男が立っている。無愛想で、会釈すら無い。俺の姿を確認した男は、ぷいっと背中を向け、宿の外に出ていった。ついてこいという意味だろうか。外には馬車が停車しており、男はその中に入る。俺もその後に続いた。



 無言のまま馬車に揺られること約3時間。ようやく教会に到着した。この距離なら、走れば十数分なのに。

 教会の建物は、先が鋭く尖った屋根で真っ白な壁に覆われている。敷地はかなり広いようで、複数の建物と広場、小さな農園まである。石造りの建物もあれば、木造の建物もあり、どれも漆喰のようなもので白く塗られていた。


 その中の一際大きな石造りの建物の中に進む。通された部屋は、テレビで見た裁判所の中のような作りだ。

 フロアの両横の壁際と正面の一段高い所に、3人分の椅子と机が設置されている。フロアの手前には、傍聴席のように椅子が並べられている。俺はフロアの真ん中にある、小さな台の前に立たされた。


 神官が次々とフロアに現れ、椅子に座っていく。先日のクソ神官も来ているな。奴は正面の左に座った。正面と両サイドの椅子が埋まった所で、左サイド手前の神官が立ち上がる。


「これより、使徒コーの審問を始める」


 使徒じゃねえよ。そして審問って何だよ。いちいちイラっとさせるなあ。

 神官の発言と同時に、スマホからも声が聞こえてきた。



『野営道具は買えました。前回と同じような物です。後でご確認ください。

 お言葉に甘えて、日用品を買ってきますね』


 ルナの声だ。特に相談も無かったので、問題無く買い物できたらしい。


『下着を買いに行ってくるよー』


 この声はリーズだな。その報告は要らないぞ。勝手に行って好きに買ってくれ。

 俺はここからが本番だ。手早く話を終わらせて、さっさと帰りたい。



「まずは使徒コー。先日の無礼な立ち居振る舞いについて、真意を述べよ」


『いっぱいあるねー』


 こいつらの現在進行系の無礼な振る舞いはどうなんだよ。


「まず言っておくが、俺は使徒じゃないし、使徒になる気は無い。俺に関わるな」


「言葉を慎みたまえ。ここがどこで、我々が誰かをよく考えよ」


「はぁ? テメェらがクソで、ここは肥溜めだろ?」


『えぇ? ここは下着屋だよねー? それも下着なの?』


 イラっとして言い過ぎた。落ち着いていこうと思ったんだけど、無理だったか。

 しかし、さっきから絶妙なタイミングでリーズの声が聞こえるな。ミュートにすることを忘れているらしい。


「有罪! 直ちに処刑せよ!」


『そんなの無理だよー』


「待ちなさい。彼には意図があるだろう。感情に流されてはなりません」


 クソ神官が怒鳴ると、正面の真ん中に座る男が冷静に言った。勝手に深読みしてくれたらしいな。

 この男は比較的話が通じる相手かもしれない。


「あんたらも少し口を慎んでくれないか?

 この教会の中では偉いのかもしれないが、俺には関係無いんだよ。偉そうな態度をとられると、腹が立って言葉が荒くなる」


「何をっ!」


「待ちなさい。

 それは悪かったね。非礼を詫びよう。私は司祭枢機卿のカムロンだ。君の考えを聞きたい」


 カムロンと名乗る男は、立ち上がろうとするクソ神官を抑えて頭を下げた。

 この人だけはまともな人間のようだ。教会関係者で初めて会ったよ、ちゃんとした人。


 言葉が通じそうだから、会話を試みてみよう。


「何が聞きたいんだ?」


『このぱんつなら悩殺できるかな?』


 知らないよ! さっきからリーズの声がうるさい。度々聞こえてくる声が、すっごい邪魔。早くミュートに気付いてくれないかな。



「君は教会と神について、どう考えているのかね?」


『コー君は可愛いのとセクシーなの、どっちがいいと思う?』


「俺に聞くなよ!」


『リリィさん、邪魔しちゃダメですって! コーさんも、返事は要りませんから』


「……聞くな、とはどういう意味だ?」


 あ、しまった。リリィさんの変な質問に反応したせいで、おっさんの質問を忘れていた。


「いや、悪い。どちらも関わる気は無い。だが、教会がしつこく絡んでくるから、イライラしている」



『私のサイズだと、かわいい下着が選べないのか……。いや、どうしてこんなにダサいのしか無いのだ!』


 今度はリリィさんの声も混じってきたよ。邪魔だって。リリィさんの胸は規格外のサイズだから、種類が少ないんだよ、きっと。


「それは済まなかったね。こちらにも少し事情があるのだ。

 そんなに毛嫌いしないで、我々の話も聞いてもらえないだろうか」



 カムロンはとても真面目な顔で喋っているのだが、さっきからリーズとリリィさんの声が気になって……。


『何だ、この下着は! なんでこんな所に穴が空いているのだ! 大事な所が丸見えじゃないか』


 何だよそれ。すげぇ気になるじゃないか。


『ねー、これ見てー! ただの紐だよー。隠す気あるのかなぁ』


 マジでどんな下着だよ。その店は本当に下着屋なのか? ずいぶんとアダルトな商品ばかり並んでいるようだが……。



 全く集中できない。何の話だったかな。


「すまないが、もう一度話してくれ」


「おお、聞いてくれるか。

 人は神の下に平等。我々は、人々は平等でなければならない、と考えている。我々はすべてが平等な世界を作るために、日々尽力しているのだ」


 ん? そんな話だったっけ? まあいいか。


 教会の考え方は、冒険者ギルドの理念と似ているようで大きく違う。教会の言う平等は、100あるものを10人に分ける場合、無条件に10ずつ配れ、という意味になる。

 冒険者ギルドは『能力と成果に応じて分けろ』という意味だ。


 平等が神の教えなのかな。平等が悪いなんてことは無いんだけど、すべてが平等というのはおかしい。


「俺には共感できないな」


「不平等で良いと言うのか?」


『コーの下着も買っておきましょう。どれがいいかしら……』


 薄っすらとクレアの声も聞こえてきた。リーズかリリィさんのマイクが拾っているのだろう。俺の下着なんか適当でいいんだよ。履ければ何でもいい。


「男ならどんなパンツでもいいんだよ……違う。

 不平等でも公平ならいいんだよ。すべてを平等にしようとすることの方が不自然だ」


「男ならどんなパンツでも良いか。深い言葉だ。男なら細かいことは気にするなと言うのだね」


 深くない、深くない。そのままの意味だよ。恥ずかしいから深読みするな。


「そうじゃない。公平さを軽視するなと言いたいんだ」


 時と場合によって平等と公平を使い分けなければならない。なんでもかんでも平等が良いという考えでは、社会が成り立たないんだ。

 1日でゴブリンを100匹狩る奴と10匹狩る奴が居たとする。公平を謳う冒険者ギルドだと1匹あたりで計算するが、平等を謳う教会では日給で計算する。教会の考え方では努力するだけ無駄だ。


「君は平等と公平をどう考えているのだ?」


『これじゃない?』


『ふんどしじゃないか。コー君はそんな物履かないだろう』


「ふんどし!?」


 は? なんで異世界にふんどしがあるんだよ。誰が履くんだろう……。

 なんでもいいと思ったが、ふんどしは嫌だな。


『女性用もあるよー』


 なんで? どこに需要があるんだ?


『ちょっと2人とも、ミュートになってないわよ。全部聞こえてるわ』


『あっ! ホントだー。こんさんごめーん』


 クレアが気付いてくれたらしい。ようやく静かになったな。



「フンドシ……。なるほど、深いな。

 男でも女でも、大人でも子どもでも、痩せていても太っていても、誰にでも履ける下着……。正に平等にして公平!」


 勝手にテンションを上げるなよ! 深くないって。変な深読みは止めてくれ。

 まいったな。うっかりふんどしに反応して、つぶやきが漏れてしまったんだ。適当に誤魔化そう。


「いや俺は、対価を受け取る権利は平等でなければならないが、対価は公平に分けられるべきだと考えている」


「ふむ。君は冒険者だったね。冒険者ギルドを例に出そう。

 君の言い分だと、一部の高ランクの者が報酬を独占してしまうのではないか?」


「だったら高ランクになればいいだろう」


「高ランクになるためには金が要るだろう?

 武器や防具、宿代だって馬鹿にならない。しかし、高額な報酬は高ランクが独占して、低ランクは実力があっても昇級できないのが現状だ。これについてはどう思う?」


「あんたらは不平等と感じるかもしれないが、公平だと思うぞ。冒険者たちも納得している。

 で、結局何が言いたいんだ?」


「世の中から『金』が無くなれば、すべてが上手くいく。そんな平等な世界を作るため、我々に力を貸してほしい」


 ああ、ダメだ。根本から考え方が合わない。冒険者にとって、報酬は評価だ。評価されない仕事はやり甲斐が無い。平等かもしれないが、公平じゃない。

 教会関係者の中では初めてまともに会話ができたと思うが、わかり合うことはできないな。



『お買い物は終わりました。先に宿に戻りますね。気を付けてお帰りください』


 ルナから報告が来た。もう終わったのか。ここに居ても時間の無駄だな。俺も帰ろう。


「全く共感できない。話は終わりだ。帰らせてもらう」


「うむ。問答は終わりだ。君とは考えが合わないようだね。しかし、興味深い話が聞けて良かった。また会おう」


 カムロンの中で、俺の評価がうなぎのぼりらしい。たぶん俺のことを『深いことを言う人』だと思っているぞ。勘弁してくれよ。


「待て! この者は危険因子だ。直ちに処刑するべきだ」


 振り返って退出しようとすると、クソ神官が物騒なことを言い出した。それをカムロンが止める。


「それは神の教えに背く。他者の考えを尊重する、古くから伝わる言葉だろう」


 神も結構立派なことを言っているじゃん。ちょっと意外だな。


「いつの話をしているのだ! 教えに背く者に遠慮は要らぬ。これも神の言葉だ」


 感心して損した。やっぱりクソだわ。


「人の数だけ教えがある、とも仰っている」


「古い言葉を持ち出すな。今は『神の教えは1つである』と言っておられる」


 おっさん2人が俺を無視して激しく口論している。同じ神を奉じているとは思えない言い合いだ。

 もしかして、神は2人居る? 主張が違いすぎるぞ。


「神の言葉は古い物ほど重い。これも教えの1つだろう?」


「そんなことだから神の声が聞こえなくなるのだ!」


「それは今は関係無いだろう。

 あ、君はもう帰っていいから」


 カムロンが俺に向き直して言った。


「待て! 話は終わっておらん!」


「このまま続けても議論にならないだろう。今日はこれで解散とする。皆も退出してくれ」


 カムロンが強引に解散を決めると、辟易した顔の人達が次々と部屋を出ていく。ここに居たほとんどの人たちが、この口論にうんざりしていたようだ。ここに居続けても良いことは無いな。俺も帰ろう。

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