果たし状
次は冒険者ギルドだが、防具屋からギルドまでは、屋根を走れば数分の距離にある。転移魔法の有効距離だ。練習も兼ねて転移で行こう。
「転移魔法を試すぞ。俺に掴まってくれ」
全員での転移はまだ試していないが、原理上は何人でも問題無い。掴まる必要があるかは謎だが、掴まった方が無難だろう。
「全員で転移できますか?」
「たぶんできる……はず」
みんなは不安そうな顔で俺を掴んだ。
転移魔法の展開を始めたが、人数が増えると魔力消費が激しいな。気にせず目的地を捕捉。行き先はギルドの屋根の上だ。一気に魔力を放出して転移する。
「クァッハァッ! ハァハァハァ……」
屋根の上で膝をついた。
息が切れる。物凄く疲れた。絶対に走った方が楽だし速い。
でも、転移には成功したようだ。全員がギルドの屋根の上に来ている。
「大丈夫ですか?」
「問題無い……こともないな。かなりキツい。もっと練習が必要だよ……」
転移魔法は、まだ実用段階にないな。ディエゴよりはマシ程度だ。まだ長老の足元にも及ばない。頑張ろう。
息を整えて屋根から降りた。
冒険者ギルドに入り、エリシアさんが座るカウンターへと向かう。
「やあ。久しぶり」
「お久しぶりです。また王都から離れていたようですが、どちらへ?」
エリシアさんの爽やかな笑顔に安心する。ギルドのカウンターは、ワンオペが基本らしい。よその冒険者ギルドでもカウンターは1人だった。混む時間帯だと違うのかもしれない。俺がギルドに行く時間は、冒険者が働いている時間だからな。
冒険者ギルドは、朝の二度目の鐘が鳴る頃に込み始め、昼前にはガラガラになる。夕方の鐘が鳴る頃にもう一度混むが、それ以外の時間は閑散としている。
「詳しくは言えないが、ちょっと調べたいことがあってな」
具体的な話はできないのだが、エリシアさんもそれを理解している。深く詮索するようなことはしない。
「そうでしたか。
城から報告が来ていますが、今日はそのご用件で?」
「そうだ。報酬と、昇級試験だな」
「はい、伺っています。昇級試験はいかがなさいますか?」
「全員Bランク試験で頼むよ」
「教会からの要請も来ていますが……」
エリシアさんは眉間にシワを寄せ、指先で机をトントンと叩きながら言った。ちょっと不機嫌なのかな。
「それは無視してくれ」
「助かります」
エリシアさんは指の動きを止め、疲れた笑みをこぼした。教会、嫌われすぎじゃね?
「教会からの要請は、そんなに困ることなのか?」
「そうですね。塩漬け依頼を減らしてくれることには感謝していますが……。問題が多いのも事実です。
真面目に昇級している人からは疎まれますし、何よりギルドの理念に反します」
「理念?」
「はい。すべての人に公平に。これがギルドの理念です。好機はすべての人に公平に与えられてほしい、そういう願いが込められています」
ずいぶんと高い理想を掲げたもんだな。ちょっと共感するけどね。言われてみれば、ギルドのやり方は公平さを強調するようになっている気がする。
例えば今回の“特例”もそうだ。与えられる権利が少ない。というか、与えられたのは好機だけだ。リリィさんのDランクも制限が大きい。俺たちが特例でEランクになった時も、Fランクになっているという条件があった。
基本的に、楽して無条件にランクアップできない仕組みになっている。面倒なルールだと思ったが、考えようによってはかなり公平だな。
「特例でいきなりAランクになったりしないのか?」
「絶対に無いとは言えませんが……。正規のルールに従えば、ありません。
でも、皆さんならAランクでも受かりそうですよ?」
何か裏技があるみたいだ。それも良くない裏技だろう。ギルドにも、他の冒険者にも、嫌がられる方法なんだと思う。使うべきじゃないな。
しかし、Aランクか……。試験内容が分からないので、返事に困る。どうなんだろう。
「クレアはどう思う?」
「え……もしかしたら受かるかも、とは思うわよ。でも、筆記がね。アンタまだ勉強してないでしょ?」
あ、落ちるわ。Bランクにしておこう。
Dランク試験の勉強は少しだけやった。読み書き計算が出来る前提の試験で、薬草知識とギルドのルールについてだ。ランクが上がると、それに法律や建築が入る。読み書き計算と法律には問題無いが、建築が拙い。全くわからない。
なんで建築なんだよ、と思ったのだが、ギルドには補修作業の依頼が多いから仕方がない。高ランク冒険者ともなると、有事の際に最前線で砦を作ったりするそうだ。そんな勉強はしたことが無い。
建築ができそうなのはリリィさんだけだな。でも、逆に法律と薬草が心配だ。クレアならAでも受かりそうだが、全員でBランクが無難だろう。
「やっぱり全員Bランクで頼むよ」
「承知しました。申請をしておきますね」
「試験はいつどこで受けるんだ?」
「毎月どこかのギルドでやっていますよ。今だと……アレシフェですね」
エリシアさんは申請書を書きながら、同時に書類を探して教えてくれた。器用だな。書き間違えとかしないのかな。
しかし、都市名で言われても、どこかわからない。
「ここから南、ミルジアの手前よ」
クレアが俺の肩にそっと手を掛け、首筋に息を吹きかけながら囁くように教えてくれた。
「なるほど。そこに行けばいいんだな?」
「はい。期間中ならいつでも受けられます。今月中に行ってくださいね」
期日は割と緩いらしい。カレンダーを見せてもらうと、まだ20日くらい余裕があるようだ。のんびりしても十分間に合うな。
「どんな試験なんだ?」
「試験官や街の環境で違いますので、私からは言えないですね。あ、模擬戦はどこの街でもやりますよ」
「そうか。ありがとう」
行ってみないと分からないか。模擬戦の準備だけは整えておこう。
「皆様の戦闘評価をAにしておきましたが、大丈夫でしたか?」
「ん? なんだそれ?」
「戦闘能力と冒険者ランクは比例しないですよね?
ですから、ギルドでは戦闘能力の評価も別に記録しているのです。Cランク以上の方だけですけどね」
薬草採取専門や壁修理専門の冒険者は、Aランクでも弱かったりする。弱いと言ってもそれなりには戦えるのだが、狩り専門と比べるとやはり弱い。危険が伴う依頼の場合、この評価で斡旋するかを判断するそうだ。
「なるほどね。それは構わないが……Aの目安は?」
「国の精鋭兵士さんがAと同等です」
グラッド教官クラスでAということか。なかなかハードルが高いが、無理ではないな。高ランクの冒険者も訓練が激しいのだろう。
「それなら問題無いぞ。そのまま申請してくれ」
「待って! アタシもAなの?」
クレアが焦った様子で大きな声を上げた。自己評価が厳し目だから、自分がAということに納得できないのだろう。でも、今ならグラッド教官ともいい勝負ができるはずだ。おそらく力比べに持ち込めば勝てる。
「討伐された魔物から判断しています。Aで大丈夫ですよ」
「わかったわ……。それでよろしく」
クレアは不本意だと言いたげに頷いた。
「わかりました。書類はこちらで提出しておきますね。
では、報酬をお渡しします。ご確認ください」
申請書を片付け、代わりに金貨が乗ったトレイを足元から取り出した。あらかじめ用意していたらしい。
渡された金貨は40枚だ。思っていたよりも多いな。1人あたり金貨8枚だ。日給としては悪くないだろう。
「ありがとう。じゃあ帰るよ」
「ちょっと待ってください。そちらの、リリィさんの分は別になっています」
エリシアさんがリリィさんに視線を移して微笑んだ。
「ん? なんで?」
「その時はまだ国の所属だったのですよね?」
そういえば、あの時はまだ宮廷魔道士だったな。
5枚の金貨を渡されたが、これはパーティではなくリリィさん個人のお金だな。宮廷魔道士としての給料だ。
「これはリリィが受け取るべきだろう」
「そうか? コー君に預けてもいいと思うのだが……」
渋るリリィさんに強引に金貨を押し付け、ギルドを後にした。
一通りの用事が終わった。特に予定がないので、キャンプ用品を買いに行こう。
そう思って歩き出した時、マジックバッグの中で転写機が震えだした。
文章を確認すると、いつも以上にさらにクソ長い文字が並んでいた。冒頭だけで原稿用紙5枚分くらいある。一度にこんなに送れるのか……。意外と高性能だな。
ちょっとした短編小説ほどの文章量を読み進めていく。
まずは挨拶と謝罪文だけで原稿用紙5枚分。次に近況報告で3枚分、そして本題が1枚分。本題が短い! 挨拶と謝罪が要らないんだよ。近況報告はもっと要らない。
要約すると、『教会がすんごい怒っているから、謝ってきてね』という内容だった。しかも、俺1人で。ヤンキーの呼び出しみたいだな。謝罪はこれについてだ。本題を説明する前に謝罪しているから、最初は何のことか分からなかったよ。
「どうでした?」
「教会が怒っているらしい。謝罪に行けってさ」
何についてどう謝ればいいのやら。そもそも謝る必要あるのか? いや、無いよな、どう考えても。
顔を出したら文句を言って帰ろう。
「しょうがないわねぇ。いつ行く?」
「いや、俺1人で来いって。だから別行動になる」
「え……」
クレアが右の眉を下ろし、小さく口を開けて声を漏らした。
「何だよ、不安か?」
「暴れないでね?」
クレアは不安そうな顔をしたまま言う。
人を無法者のように言うなよ。
「たぶん大丈夫だ。向こうが何もしない限り、暴れはしない」
「教会の前で待つわ」
「それはやめておいた方がいいだろう。使者が迎えに来るらしいんだ。下手に刺激したら拙い」
難癖を付けられる材料は、少ない方がいい。クレアの提案を却下すると、次はルナが反応した。
「それなら仕方がありませんが……あの、暴れる前には連絡してくださいね?」
暴れる前提かよ!
「いや、リーズ君。怒りを鎮める魔道具を作ろう。王都が消し飛ぶ前に!」
大げさだって! 消し飛ぶのはせいぜい教会周辺だけだ。
「魔道具より、ルナが子守唄を歌った方が早いと思うよっ!」
どこかの大怪獣かよ!
「冗談はさておき、俺が教会に行っている間はどうする?」
「足りなくなった物を買っておきますね。テーブルとか、食器とか」
キャンプ用品の大半は、エルミンスールに置いてきた。王都に居るうちに買わなければならない。どれも一度買った物なので、俺がついていく必要は無いだろう。
確か前回は、テントも合わせて金貨50枚くらい使ったはずだ。ちょっと良い物を選ぶとして、金貨100枚渡しておけば安心だな。
「ああ、頼むよ。お金を預けておくから、これで買ってきてくれ」
そう言ってルナに小袋に詰めた金貨を渡すと、ルナは目を丸くして驚いた。
「こんなにですか?」
「前よりも良い物を頼むよ。他にも欲しい物があったら、遠慮なく買ってくれ。個人の日用品も、必要なものがあれば買うといい」
個人の日用品。要するに下着だが、俺が直接言うといやらしく聞こえそうだからな。それに、その買い物には付き合えない。別行動だからこその提案だ。
「ありがとうございます。行ってきますね」
使者が迎えに来るのは明日の早朝だ。俺たちは宿に帰ってその時を待つことにした。






