腹黒トラップ
さて、できれば30分ほど時間を潰したいぞ。転移魔法で宿に行けたら楽なのだが、残念ながら5回ほど転移を繰り返す必要がある。5回も連続で使ったら、相当ヘロヘロになってしまう。
仕方がないので、その辺をぶらついて時間を潰す。鉢合わせのリスクを減らすために、兵営の方に行こう。
いつもなら必死で訓練しているはずの広場に、誰も居ない。謁見の間に集まっていたからだろう。手が空いた兵士が全員集合していたらしい。
ただの散歩になってしまった。雑談をしながら散策して帰ろう。
「ところで、教会は何の権利があってCランクに昇級させようとしたんだ?」
「それね……みんな迷惑しているのよ。教会特別枠って言うんだけど、要するに割り込み。酷い時は、ランクなしを飛ばしていきなりCランクよ」
クレアがうんざりとした様子で答えた。
ギルドのルール完全に無視だな。ギルドのランクは、人間性と能力を査定するための制度だ。ノーチェックな人間を混ぜたら機能しなくなる。教会はどういうつもりなんだ。
「何の意味があるんだよ」
「教会から出される依頼、あるわよね? 報酬がすっごい安いじゃない。その依頼が放置されないように、定期的に消化するのが役目なの」
俺は無視しているが、確かにそんな依頼がある。教会清掃や炊き出しの手伝いなど、どれも簡単で激安だ。依頼によっては無報酬ということもある。
ランクなしが手軽に受けられる依頼として重宝される反面、ランクなしが居ないと放置されることになる。誰が片付けているのか不思議だったが、専門の冒険者が居るのか。
もし俺がこの報酬を受けていたら、おそらくこの役割を押し付けられていた。最悪だな。
「そんなこと、ランクなしの冒険者でもできるじゃないか」
「教会が紹介する人間なら信用に値する、それが彼らの言い分。まぁ、本当に使える人かどうかは半々ってとこね」
むしろ半分使えることに驚く。俺が見てきた教会関係者が酷いだけで、実際は俺が思っているほど酷くないのだろう。俺の中での教会の評価は0点以下だから……。
「うっかり受け取らなくて良かったよ」
「そうね。まぁ、その前にアタシが止めたわ。どんなに優秀でも、孤立しちゃうのよ」
「嫌われるのか?」
「人間性によるわね。いい人も居るわよ。でも、安い依頼ばかり受けるでしょ? 一般の冒険者は誰も組みたがらないわ」
カス依頼掃除機だもんなあ。どれだけ有能でも、パーティメンバーに欲しいとは思えない。
でも、さっきと言っていたことが違うな。カス依頼を片付けてくれるなら、誰も困らない。むしろ喜ばれることだ。
「誰が迷惑しているんだ?」
「それは無能な半分のせいよ。本っ当に最悪。Cランクだからって偉そうにしてるし、依頼はまともに完遂できないし……。後始末するのは誰だと思っているのよっ!」
クレアが眉を吊り上げて握った拳を振り下ろした。思い出し怒りをしているらしい。Dランク時代に嫌なことでもあったのだろう。
Cランクになると、それなりに難しい依頼が増える。薬草は森の奥だし、護衛は長距離、配達は量が無理ゲーだったりする。
まともな冒険者なら自分の限界を見極めて依頼を選ぶが、できない奴は無理目な依頼を平気で選んで自爆する。後のフォローはまともな冒険者の仕事だ。契約不履行からのスタートになるので、当然報酬は下がる。誰も得しない。
深く聞くともっと思い出し怒りをしそうだな。さっさと話を変えよう。
「まあ、うん。大変だったんだな……。
王の提案は良かったのか?」
「そっちは大丈夫。それを狙ってる冒険者は多いわよ。試験は通常よりも難しいけど、何年分も短縮できるの」
なるほどね。難しい試験があるのなら、変な奴が高ランクになることは無いだろう。自分でランクを選ぶという点に、王の底意地の悪さが出ていて面白い。
自己評価が高すぎると試験に受からない。客観的に自分を見えているかが試されるわけだ。腹黒王らしいトラップじゃないか。嫌いじゃないぞ。
「じゃあ、みんなで受けてみよう」
「いいの? アンタの報酬でしょ?」
「そんなことは言われていないぞ? 俺たちの報酬だ。全員有効だろう」
断られたらゴネるよ、悪いけど。正当なクレームだと思う。でもまあ、心配無いだろう。あの王なら、それくらいの先読みはしているはずだ。
「ねー、それあたしらも?」
リーズが期待に満ちた笑顔で聞く。自信がありそうな態度だが、多分違うな。単純に試験が面白そうだからだ。
「そのつもりだよ」
「私の実力で、大丈夫でしょうか……」
「俺が受かるなら全員受かるよ」
逆にルナは自信が無いようだが、心配無い。俺たちの中で一番心配なのは、Dランクのリリィさんなんだよな。特例のDランクだから、冒険者としての経験が浅いんだ。そこは知識でカバーしてもらおう。
誰も居ない中庭を散歩しながら、いつの間にか時間が過ぎていた。そろそろいいだろう。もう日が暮れる時間になってしまったので、急いで宿に向かう。いつものように屋根を走った。
宿はいつもの『風鈴亭』だ。宿は他にもたくさんあるのだが、慣れた宿が一番いい。それに、この宿は食事が美味い。
部屋で少し寛いだ後、食堂で提供される夕食に手を付ける。
リーズが真っ先に料理を口に放り込んだが、すぐに不思議そうな顔をした。
「あれっ?」
「コーさん、これって……」
「そうだな……」
料理を口に入れた後、全員が一様に不満を口にする。
素材はほとんど保存食、煮込み料理も十分に煮込まれていない。パンもパサパサ。不味いわけではない。不味くは無いのだが、手抜きだ。
調理をしている店主と話をするために、いつもの看板娘に声を掛けた。
「悪い、店主を呼んでくれ」
「はーい!」
看板娘はパタパタと走って厨房に消えていった。
暫く待つと、調理場からげっそりと痩せた店主が顔を出した。病気を疑うレベルで憔悴しきった様子だ。何かあったのだろうか。
「ずいぶん痩せたようだが、大丈夫か?」
「いや、あまり良くないな。用件は料理の質についてだろう?
申し訳ない。頼まれ事が長引いているのだ。料理に時間が掛けられない」
クーデターの前くらいに駆り出されていた。一晩だけかと思っていたが、あの後も何かしているらしい。
「昔の仲間ってやつか?」
「そうだ。予想以上に手間取っている」
まだ解決していないのかよ。昔の仲間とやらは、ずいぶんと人使いが荒いようだな。
「そいつは誰だ? 俺が文句を言ってくる」
「やめてくれ! 奴の手伝いは俺の意志でもあるんだ。できるだけ早く解決させる……」
フラフラと歩いて厨房に帰っていった。解決するのが先か、倒れるのが先か。早期の解決を願っておこう。
もしかしたら店主の昔の仲間は傭兵なのでは、と疑っていたが、完全に否定されたな。クーデターに関わった奴は全員逮捕され、今頃どこかで強制労働させられている。
王都の傭兵ギルドも解体され、不当な借金を負わされた傭兵たちも解放されたそうだ。まあ、ほとんどの奴は別の犯罪がバレて逮捕されたらしいが。
朝になり、まず向かうのはいつもの防具屋だ。
金ボアで新しい服を作る。と言っても、素材は毛皮だ。作れるのはコートかマントくらいだろう。ジャケットやパンツを作ったら、ごわついて仕方がないよ。
「店主は居るか?」
店の奥に向かってに声を掛けると、奥からのそりといつもの店主が出てきた。
「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」
仕立ての依頼をするのは今回が初だが、商品は何度も買っている。遂にこの店でも顔を覚えられたようだ。
「今日は仕立てを頼みたいんだが、手は空いているか?」
「もちろんでございます。何着でもお申し付けください」
店主は腰を浅く曲げ、ヘソの前で手をモミモミしながら言う。これだけ商売っ気を出されると、逆に清々しいな。
まずは素材を見せよう。話はそれからだ。
「これを見てくれ。ボアの特殊個体だ。安く手に入れたのだが、これで何かを作ってほしい」
「ふむふむ……これは……初めて見ますね。どういった素材か、教えていただけますか?」
店主は毛皮を手に取ると、まじまじと見つめ、頬に当てて肌触りを確認したり、引っ張って柔軟性を確認したりと忙しくしている。金色の毛皮に興味津々だ。
「刃物を通さず、魔法をはじく。打撃には弱いが、それは革ならどれも同じだろう」
「へぇ、刃物を……。どうやって裁断するのでしょう?」
あ、やっべ。全く考えていなかった。下手をすると、ここでもナイフ代を請求されるぞ。大鷲屋で適当なナイフを大量に買ってくるか……。
「コー、ファルカタなら斬れるんじゃない?」
俺が困っていると、クレアがぼそっと呟いた。ほとんどの魔法をはじく毛皮だが、確かにファルカタなら斬れそうだ。
「そうだな。
裁断は俺たちに任せてくれ」
もしダメだったとしても、ナイフを自分で調達できれば安く上がるはずだ。
「承知しました。かなり大きな素材ですが、何着のご予定でしょうか」
「ここに居る全員分作るつもりだ。意匠は任せるが、それぞれ変えてほしい」
「私たちの分まで、いいのですか?」
「ああ。この素材はそのつもりで回収したんだよ」
ルナが小声で聞くので、それに答えると、みんなから口々にお礼が返ってきた。
全員分のコートを作っても、毛皮は余るだろう。
「ありがとうございます。腕がなります。
初めての素材ということもありますので、1着あたり金貨60枚ほどいただきたいのですが……いかがですか?」
高いな……。確実に高いと断言できる。高い! 素材持ち込みでこの値段か。素材費を入れると、余裕で金貨100枚超えるのかよ。仕立て服、ヤバイな。
「これは普通の値段なのか?」
「ごめんなさい、分かりません。仕立て服なんて作ったことがありませんよ」
「貴族か大商人くらいだな。私もよく知らないが、妥当な金額じゃないのか?」
ルナとリリィさんも知らないか……。当然、クレアとリーズも知っているはずがない。職人を相手に値切るのは失礼だな。言い値で払おう。
「いいだろう。その値段で頼む」
採寸してざっと裁断した。まだデザインが決まっていないので、後で細かく裁断する必要がある。俺はもう1回来るつもりだったのだが、店主がそれを断った。
どうやら俺たちがスパスパと切る様子を見て、大丈夫と判断したらしい。どうなっても知らないぞ……。
「後は任せるけど、本当にいいのか?」
「もちろんです。採寸は最小限がモットーですので」
聞く話によると、他の仕立て屋では1着のために数十回採寸するらしい。仮縫いと試着を繰り返して作っていく。それはさすがに付き合いきれないぞ。
ここの店主は採寸を一度で済ませることに拘っているようで、たとえ裁断のためであっても、完成までは来店してほしくないと言っていた。俺にとっては有難い拘りだな。
店主に任せて店を出た。一月ほどで完成すると言っていたので、その頃にまた来よう。
次は冒険者ギルドだ。国からの報酬の受け取りと、昇級試験について話を聞く予定だ。昇級試験は少し楽しみだな。






