いらない報酬
王城の廊下を歩き、謁見の間の近くに着いた。この先の角を曲がれば扉が見えるのだが、数人の知らない気配を感じたので立ち止まった。おそらく教会関係者だ。
その人たちが先に部屋に入ったことを確認し、謁見の間の番人に声を掛ける。こいつもグラッド隊の隊員で顔見知り。訓練で何度もボコボコにしたから、よく覚えている。
「今のが枢機卿とかいう人か?」
「どこから見ていたんだよ。
そうだが、先に入らせたのは良い判断だ。ちょっと気難しい人だからな」
番人が笑顔で答えた。
この国の教会のシステムをよく知らないが、枢機卿と言えば教皇の補佐役だ。要するに偉い人だ。この国の貴族は偉そうに振る舞うことを恥と思っているようなのだが、教会の偉い人はそうでもないらしい。
王ですら偉そうな振る舞いをしないのになあ。言葉遣いは偉そうだが、態度は謙虚だし、無礼な物言いも気にしない。まあ、あの王はそれすらも計算の可能性があるんだけどね。
「ちょっと嫌な予感がするよ……」
「くくく。暴れるなよ?
お前が暴れたら、止められる奴が居ないんだから」
小さく笑いながら言う。それはちょっと言い過ぎじゃないかな。本気のグラッド教官が殺す気で向かってきたら、勝負はわからないだろう。
でも大丈夫。たぶん俺が暴れる前に、みんなが止めてくれると思うよ。
意を決して謁見の間に足を踏み入れる。
謁見の間の中には、先程の6人のおっさんが部屋の横に並び、王の横に偉そうなおっさんが立っていた。少し離れた場所に、見慣れないおっさんとおばさんが立っている。たぶんそっちは枢機卿の付き人だろう。
そしてその周りを、20人を超える兵士が囲んでいる。よく見る顔ぶれ、グラッド隊の隊員だ。グラッド教官も居る。たかが冒険者の謁見に、ずいぶん物々しい様子だな。
「よくぞ参った」
まずは王の一言。頭を下げず、豪壮な椅子に座って背筋を伸ばしたまま言う。一見すると偉そうな態度だが、まあ王だからな。むしろ頭を下げないのがマナーだ。不快には感じない。威厳のある振る舞いというやつだろう。
「遅い! どこで何をしていた? 普通は扉の前で待っているものだろう」
続けてやたら豪勢な神官服を着た偉そうなおっさんが言う。こっちは酷いな。不快感が服を着ているようだ。
普通ってなんだよ。イラっとするなあ。先に入らせることが正解だったということは、扉の前で顔を合わせたらもっとイラッとするのか。気を付けよう。
「この者はまだこの国に来たばかりなのだ。そう言うでない」
王が枢機卿らしき偉そうな神官に向かって嗜めるように言う。
神官は気に留める様子もなく俺たちを観察し、鬱陶しげに口を開いた。
「フン。この場に必要無い部外者が紛れているようだ。退出を命ずる」
なんでこいつが命令するんだよ。
こいつが言う『部外者』はルナたちパーティーメンバーのことだろう。俺と同じく功労者なんだから、ここに居るのは当然だ。おかしいのはこの馬鹿。
俺が反論しようと息を吸い込んだところで、後ろからルナに軽く服を引っ張られた。そのスキに王が口を挟む。
「余が呼んだのだ。退出する必要は無い」
「それなら良い」
王の言葉に、神官はしぶしぶ引き下がった。ちなみに、転写機で王が呼んだのは俺だけだ。みんなのことは書いていなかった。この場を収めるための方便だな。
この偉そうな神官、どこかで見たことがあると思っていたんだが、俺が召喚された時にも居たな。初対面で俺を怒鳴った奴だ。あの後は見なかったら、二度と会わないと思っていた。できれば会いたくなかったな。
「それでは、謁見を始める。冒険者コーに、王より謝辞が送られる。コー、前へ」
横に並んだおっさんの1人が言う。進行役なのだろう。言われた通り、一歩前に出た。
「国の平和を守るため、其方の助力が有ったことに感謝の意を表す」
王が畏まった様子でそれだけを言い、視線を進行役に移した。
「先日の暴動に於ける支援についての報酬だ。
冒険者徴用の法令に基づき、規定の報酬を支払う。冒険者ギルドから受け取りなさい」
進行役のおっさんが言う。打ち合わせで内容は聞いているが、王が直接言わないのは形式的なものだろう。
それにしても、規定の報酬か。金額を聞いていないけど、安そうだな。
「承知しました」
「教会から謝辞がある。枢機卿殿、お願いします」
あれ? 昇級の話はどこに行った? てっきりこの場で明言されると思ったんだけど。まあいいか。
話の主導権は神官に移り、王の横の偉そうな神官が話し始めた。
「アレンシア教会本部司祭枢機卿のフルークである。
此度は教会内部の問題解決に一助が有ったことを認め、貴君に恩賞を与える」
突っ込みどころが多すぎて、どこからイジったらいいのやら……。
まず、役職の正式名称長すぎ。もう覚えてないわ、名前も。覚えなくてもいいか。
で、クーデターを『ただの教会の内輪揉め』で済ませようとしていないか? なんで教会内部の問題なんだよ。問題が外部に漏れまくりじゃないか。
そして、その上から目線は何だ。王ですら『感謝』を丁寧に言っているのに、暴動の元凶がどうしてそんなに上からなんだよ。
教会の今までの行いと今の言い方を考慮すると、教会からの恩賞は一切貰わない方がいいな。どんな高額な報酬だったとしても受け取ったらダメだ。後からそれが弱みになって、利用される可能性が高い。
「お断りします」
「ん? 話も聞かず断るとは、どういう了見だ?」
神官が怪訝な顔で俺を見る。さすがに不自然だったか。話を聞いてから断るべきだった。さて、どう誤魔化したものかな。
「教会から報酬を受け取るような行動を取っていないからです」
よし、我ながら良い答えだ。嘘はついていない。むしろ教会に敵対しているようなものだからな。今も。
「ふむ、良い心掛けだ。
しかし今回は特別に許可する。恩賞はすでに準備されておるのだ」
「話を聞きましょう」
俺がそう言うと、神官が一瞬不機嫌そうな顔をした。何が悪かったんだろう……。
「貴君は新人の冒険者だろう。教会の恩賞を与える相手として、Fランクでは相応しくない。特例でCランクにしてやる」
いや、俺はEランクだけどな。そして『してやる』って何だ。試験はスルーかよ。冒険者ギルドのルールを無視するなよ。そんなことが可能なのか? 今聞くと話が拗れそうだから、後で誰かに聞こう。
しかし、王は上手いこと先手を打ったなあ。すでにBランク以上の試験を受ける許可が下りているんだよ。いまさらCランクなんてどうでもいい。
「お断りします」
「何故だ? このままでは恩賞を与えることはできんぞ?」
「この者はBランク以上の試験が内定しておる。その心配は必要無い」
俺に代わって王が言う。俺に喋らせないつもりなのかな。有難いから任せよう。
「そうでしたか。しかし、それはまだ先でしょう。このような下賎の者に与える恩賞ではない」
あれ? こいつ、俺の身分を知らないのか? そういうことは事前に教えておけよ……。
「それも問題無い。余の命により、騎士相当の身分を与えておる。実績も揃っておるぞ」
あ、更新の話にはこういう意味もあったのか。もうすぐ期限が切れる身分じゃ説得力が無いもんな。やっぱりこの王は油断できないわ。
ほぼ活動していないのに『実績が揃っている』とはね。完全に言い過ぎだよ。具体的に聞かれたら困るやつだ。
「そういうことなら問題ありませんな。
では恩賞の話をする。心して聞け。まず、貴君には教会関係施設を一部利用することを認める」
言い方が腹立つな。何ができる施設なのか知らないが、こんな不快な奴が居るような所は行きたくない。そんな施設は使わないし近付かない。いや、近付くかもしれないか。焼くために。
これは断るのもおかしいよなあ。こんな権利は貰っても困るんだけど……。
「ありがたく……」
ないです。今の俺の精一杯の言葉だ。礼なんか言いたくない。嫌な奴から欲しくもない物を貰っても、喜ぶ奴は絶対居ないだろう。
「フン。礼の言い方も知らんのか」
神官が鼻を鳴らしながら言う。
違う。断じて違う。イライラが最高潮だよ。そろそろ限界だよ。帰りたい。
俺はゆっくりと深呼吸をしてイライラを鎮めようと努力するが、神官は構わず言葉を続けた。
「そして、これが本題である。
貴君を使徒として認めてやっても良いとの決定が下った」
まさか、恩賞ってコレか? こんな物が恩賞になるわけ無いだろうが。
言い方も腹立つ。まるで俺が使徒になりたがっているようじゃないか。そんなこと、誰一人として望んでいないぞ。
「断る」
よし、王からも何か言え。と王を見ると、額から汗を垂らしながら口を噤んでいる。今は当てになりそうにないか……。
「言葉に気を付けなさい。教会の意向は神のお言葉だ。ありがたく受け取れ」
「なぜテメェにそんなことを言われないといけない?」
うっかり言葉が荒くなってしまった。ディエゴの上から目線もそれなりにイラっとしたが、こいつの方が腹が立つ。実害がある分余計に、だな。
「もう一度言う。言葉に気を付けろ。これより共に教会に足を運んでもらう」
王も黙っていないで何か言えよ。と思って王に視線を移すと、眉間に数本の縦皺を作って眉をハの字にし、口をへの字で固めている。すっごい分かりやすく困っているようだ。
俺だって困っているんだよ。助けろよ。とりあえずこの馬鹿を黙らせてくれよ。
「断ると言っているだろう。脳みそ腐ってんのか? 俺が言っている意味、理解できているか?」
「何度も言わせるな! いいから来い!」
クソ神官が激しく足を踏み鳴らしながら怒鳴る。偉そうで高圧的で命令口調で、とにかく腹立つ要素しかない。
「理由がない。あんたに従う理由も、使徒になる理由も。
人間の言葉が通じないなら話をする意味も無いな。帰ろう」
「神の意志を無視する気か!」
「関係ないんだよ、俺には。勝手に連れてこられて迷惑しているんだ。あんたらと神をぶん殴ってもいいのなら教会に行くが、どうだ?」
ついでに教会をこんがりと焼いてやるぞ。いや、灰も残さずキレイに蒸発させてやる。今なら躊躇なくすべてを焼く自信がある。
「ふざけるな! この話は保留だ! 気分が悪い。帰るぞ!」
お、上手く話がまとまったな。良かった良かった。
クソ神官が退出するのを見届け、ほっと胸をなでおろした。
「コーよ、其方はもう少し穏やかに話ができないのか……」
王が深いため息をついて言う。心なしかやつれたようにも見える。
「無理ですね。この世界に来てから一番腹が立ったかもしれませんよ」
「暴れだすのではないかと肝を冷やしたぞ……。こんな謁見はこれっきりにしてくれ」
王が安堵の表情を見せ、椅子に大きくもたれかかった。いつもは背筋を伸ばしてビシッと座っているのだが、今はだらけているように見える。緊張が緩んでプライベートな部分が出ているようだ。
「教会にはあんな奴しか居ないんですか?」
「いや、公明正大な人間の方が多い。しかしな、どういうわけか出世する者は、あんな者ばかりだ」
腐ってんな。潰した方がいいんじゃないかな。何か大義名分があれば、報酬を無視して潰しに行くぞ。もう1回クーデターを起こしてくれないかなあ。
謁見の間で雑談を続けるのは良くない。話が終わったので、すぐに退出することにした。この部屋の外に居る番人に、クソ神官が帰ったことを確認して外に出る。
今すぐ王城を出ると、鉢合わせしてしまうかもしれないな。適当に時間を潰してから帰ろう。






