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初めての旅は異世界で  作者: 叶ルル
第七章 神と教会
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ハムスター

 ベーコン作りが終わった後、対ゴーストの魔法を練習して使えるようになった。今回は『手加減』を重点的に特訓したので、うっかり討伐してしまうようなミスはしないだろう。

 もし討伐してしまっても誰も怒らないんだけどね。むしろ喜ばれそうだ。でも、放置しても危険は無いし、そこまで悪い奴でもない。意思疎通が図れる相手を無条件で討伐するのは気が引ける。明らかに害があるなら、スカッと討伐するんだけどなあ。


 今日の朝食はベーコンだ。一晩風に当てて熟成させたので、食べごろになっているだろう。ブロアではなく自然の風。調理場に吊るしておいた。窓が無いので、容赦なく風が吹き抜けるんだ。


「やっと……食べられるのですね」


 カベルがしれっと食堂に居る。相当待ち遠しかったらしく、俺たちが起床した時間にはすでに椅子で待機していた。


「燻製は待ち時間がとにかく長いからな。できるだけ時間を掛けた方が美味いんだ」


「でも、長すぎだよー。昨日食べても良かったでしょー?」


 リーズもお待ちかねだ。燻し終えた直後に一番ゴネたのがリーズだった。味見くらいはさせても良かったかなあ。


「終わった直後は煙が落ち着いていないから、ちょっと渋いんだ。せっかくだから美味しい時に食べたいだろ?」


 まあ気になるほど渋いわけじゃないんだけどね。俺のこだわりなんだよ。



 ルナがスキレットで焼いたベーコンを持ってきて、朝食が始まった。

 表面に焼き色が付いた厚切りのベーコンは、少し塩味がキツいがジューシーだ。溢れ出る肉汁の中に、鼻から抜ける爽やかな香りが混じる。肉の熟成具合も良かったらしい。どっしりとした噛みごたえを残しつつ、十分に柔らかい。

 イノシシに似たボアの肉だけあって、脂身が多い。甘みがあるサクッとした食感の脂だ。燻製中に溶けて無くなってしまうのでは、と不安になったが、庫内の温度が低かったのだろう。しっかりと残っている。



 この世界での初めての燻製は概ね成功だったのではないだろうか。強いて言うなら、少し燻香が弱い。煙が漏れ放題だったからだろうな。これではあまり日持ちしないかも知れない。氷室で保管して、1週間ほどで食べきろう。


「初めて食べましたけど、かなり美味しいですね……」


「貴族が喜んで食べるわけだ。高いのも頷けるよ」


 ルナとリリィさんの感想だ。驚いて感心するかのように真顔で食べ進めている。クレアとリーズは夢中で食べているので、感想どころではない。

 カベルは……口いっぱいに頬張って、ハムスターみたいになっているな。気に入ってくれたようで良かった。


「でもこれ、大量の塩を使っていますよね?」


「そうだな。一度塩漬けにするから、かなり使うぞ」


 あ……アレンシアでは塩が高いんだ。と言うか、調味料全般が高い。逆に香草は安いんだよな。日本とは逆だ。


「やはり贅沢品ですね……」


「でも、塩なんて生活必需品じゃないか。なんでこんなに高いんだ?」


「税金を払うと、国から貰えるんです。塩は国が管理していますので」


 配給があるらしい。税金を無視すると塩が貰えないのか。そして高い金を払って買わないといけない。アレンシアでは脱税すると損するんだな。

 まあ、貰える塩は燻製をするには足りないだろうから、贅沢品であることには違いないか。ソミュール液は使い捨てになるから、一回分の材料費はそれなりに掛かっている。


 食べながら詳しく聞くと、どうやら調味料は半分が税金になっているらしい。日本の酒やタバコみたいなシステムだ。塩でそれをやるとは、アレンシアの税金はやり方が汚いな。

 逆に、海辺の街では塩が作り放題で使い放題になっているそうだ。塩を売るのはダメだが、使うのなら問題ない。そのため、塩漬け製品のほとんどは海辺の街で作られていると言う。海辺では木が少ないので、燻製はあまり作られていない。



 食事を食べ終えると、さっきまでハムスター状態になっていたカベルが話し始めた。


「ごちそうになりました。

 私が以前食べた物よりも美味しいと感じましたが、何が違うのでしょうかね」


 カベルは深々と頭を下げ、姿勢を正して言う。食後に『ごちそうさまでした』と言う文化は無いので、単純なお礼だ。

 アレンシアでは食後に決まった何かをする文化がなく、各家庭でルールが異なるらしい。多くの人は食べ終えたら勝手に解散する。それだと何となく寂しかったので、俺はお茶と雑談の時間を作った。


「俺の作り方はこの世界の物じゃないからなあ。この世界では一般的ではないかも知れないぞ」


 ソミュール液に漬け込むという文化がないかも知れない。塩を直接すり込む方法もあるんだ。それだと味が変わる。それはそれで美味いのだが、ソミュール液を使うよりも難しい。


「……この世界?」


 あ、しまった。カベルは教会関係者だ。使徒を連想させるような発言は不用意だったかな。


「ああ、まあ気にするな」


「皆様方は使徒なのですか?」


 やっぱり食いつかれちゃったか。別に隠すつもりは無いのだが、知られない方が良かったかもしれない。アレンシアの教会には興味が無いし、無視を貫いてきたんだよな。

 だからといって、いまさら隠すと後で拗れそうだ。正直に話しておこう。


「使徒ではないんだ。ちょっとややこしいんだよ。呼ばれてないのについてきた、というか……。

 まあ使徒と同郷であることは間違いない」


「そんなことが……使徒であることを拒否したのですね。賢明な判断です」


 ちょっと誤解しているな。俺は使徒じゃないと言い張っているのではなく、本当に使徒じゃないんだ。わざわざ言い直すのも面倒だから、このままでいいや。


「使徒だと何か問題があるのか?」


 教会に顎で使われるくらいしか思いつかない。その次は神のパシリになるらしい。どっちもゴメンだ。


「神送りの儀式だけは……絶対に拒否してください。詳しくは言えませんが、受け入れてはなりません」


 カベルが真剣な眼差しで言う。

 神送りは使徒召喚の仕上げだ。使徒を神の国に送る儀式だそうだ。神のパシリはそんなに過酷なのか。それとも、神がすげえ嫌な奴とか?

 どの道、俺には関係ないな。使徒じゃないし、打診されることも無いだろう。善と一条さんにはそれとなく言っておこう。



「忠告ありがとう。わけは聞かないでおくよ」


「そうしていただけると助かります。

 それから、教会とのご関係を伺っても良いでしょうか?」


「向こうがどう思っているか知らないが、俺は無関係だと思っているよ。

 俺が教会の指示に従うようなことは無い。逆に、俺が教会に何かをすることも無いと思う。事情があれば別だけどね」


 カベルの命を狙っているのは、たぶん教会関係者なんだろうな。どこの国の教会かは分からない。アレンシアの教会はクーデターでごたついていたから、他所の国からスパイが入り込んでいる可能性が高いんだ。


「申し訳ありません、それはミルジア教会ですか? それともハインズ教会ですか?」


 俺は“教会”としか言わなかったが、国によって宗教が異なるんだった。どこのか言わないと分からない。ハインズ教会は、ハン帝国滅亡後にできた神聖ユーガ帝国の教会だ。ハインズというのは神の名前らしい。どちらも使徒召喚が盛んな国だ。


「アレンシアだよ」


「え……アレンシアですか?」


 カベルは酷く驚いたように目を大きく見開いて言う。アレンシアでは、これまでずっと使徒召喚を拒否し続けてきた。俺が召喚された数カ月前が初めてだったんだ。その時にはアレンシアを離れていたので、知らないのも無理は無いな。


「ああ、初めての試みだったらしいぞ」


「……私が居れば……そんなことは許さなかったのに……」


 カベルは悔しそうにそう呟いて唇を噛んだ。アレンシア教会の重要人物だったらしい。かなりの発言力を持った役職だったのだろう。

 もしかしたら最高権力者だったのかもしれないな。クーデターの前にトップが交代したらしいからなあ。でもそれだと時期が合わないか……。



「しかし誰も死ななかったんだ。術者、使徒、共に無事だ。今回はそれで良かったんじゃないか?」


「死ななかった……?

 死なないはずがありません。それでは使徒召喚の意味が無いのです。途中で術式が止まっても、術者は絶対に死にます」


 おや、穏やかじゃないな。


「それではまるで、殺すためにやっているみたいじゃないか」


「ある意味、そうです。でも死ななかったのですよね?

 何の偶然か知りませんが、幸運でした」


 パンドラの話では、使徒召喚は神のためにやると言っていた。でも、カベルが言うには殺すためにやると言う。神のために術者を鍛えて殺すの? 支離滅裂じゃないか。神は何がしたいんだよ。

 とりあえず使徒召喚はやるべきではないな。おかしい所だらけだ。


「次にまた召喚が行われそうになったら、王をぶん殴ってでも止めるよ」


 召喚の儀式は王の一存で決まる。王がやらないと言えばできないのだ。それなりの理由が必要だと思うが、そんな物は適当にでっち上げればいい。最悪、教会を燃やそう。今なら灰も残さない自信があるぞ。


「その時は、私にも教えてください」


 カベルは元の穏やかな表情に戻して頭を下げた。元教会の重役として責任を感じているのだろう。

 ちょっとカベルのことを知りすぎた気がするな。このまま話を続けると、核心に触れてしまいそうだぞ。この人、ガンガン喋るからなあ……。この辺で話を切り上げよう。



「じゃあ、そろそろディエゴの所へ行くよ」


「コー君、その言い方はやめないか。

 我々は調査に行くんだ。アレに会いに行くのではないぞ」


 リリィさんが嫌そうに言う。名前を呼ぶのも嫌なのかよ。嫌いすぎじゃないかな。


「健闘を祈っております。どうか、ご無事で……」


 カベルが額に手を当てて言う。

 大げさ過ぎるって。戦いにいくんじゃないから。多少殴るかもしれないけど、手加減する。


「あたしもゴーストに攻撃できないかなー」


 リーズがしっぽを揺らして拳を振りながら言う。リーズは魔法が使えないから、ゴーストに攻撃する手段を持っていない。魔力は結構あるはずなので、練習すればできると思う。今度練習させようかな。


「では、お気を付けて……」


「図書室のことはアタシたちに任せて、頑張ってきてね」


 ルナとクレアが優しく手を振りながら言う。ついてくる気は無いらしい。まあ来ても楽しいことは無いだろうから、仕方がないな。



 ルナに扉を開けてもらい、球体に触れた。吸い込まれるように球体の中に入り、押し出されるように移動する。気持ちが悪い感覚は相変わらずだ。吐き気をこらえて廊下に立つ。

 リーズとリリィさんが移動してきたことを確認し、奥へと進んだ。

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― 新着の感想 ―
まだ途中なんですが予想を。 「神送り」は本当に神の所に従者となる者を送ってご褒美で加護を貰う……ではなく、鍛えて成長した使徒からエネルギーに抽出してそれを利用しする外法。なのではないかと。
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