受け取る恩は最小に、貰える物は最大限
朝食を済ませて、倉庫で資料を整理していると、突然扉が開き、フィリスがずかずかと入ってきた。
手には高そうな剣を持っている。兵士の支給品とは違う、ということが素人目にもわかる。
「どうしました?」
入室の許可など出していないぞ。
「使徒様の剣です。丁重に扱ってください」
使徒の? ってことは俺のじゃない。そもそも王は俺に渡す武具はねぇって言ってた。
「なぜこれを?」
「あなたの仕事です。手入れと保管をしてください」
はぁ? マジで何だコイツ。開いた口が塞がらない。
「あなたが使徒様にできる数少ない仕事です」
あー。もう無理。
でも逆にありがたい。求めていたカードだ。
神官が俺に対して問題を起こす。これが俺の切り札。待ちの姿勢だから可能性低かったんだよ。
「なぜ、それを、俺がやるんだ?」
初めて使う威圧の魔法。でもまだ未完成。同時に身体強化されてしまうから消費魔力が大きい。さらに、威圧中は身体強化の調整が上手くできない。
威圧感をダダ漏れにしてフィリスに言う。これ、声にも威圧感乗せられるんじゃね? 今度練習してみよう。
「ひぃ……」
と情けない声を出して腰を抜かした。
さらに威圧感マシマシでフィリスに向かっていくと、勢いよく後ずさりして廊下の壁に突き当たる。
しゃがみこんだフィリスを見ると、通った所が濡れている。漏らしたのか。汚いな。
「俺を、奴隷か何かと勘違いしているのか?」
フィリスは歯をガチガチと言わせるばかりで何も答えない。恐怖で顔が歪みきっている。
「それともあいつらの指示か?」
答えが返ってこない。一回リア充の所へ行くしか無いな。
マジックバッグを腰紐に引っ掛け、剣を持って部屋から出る。動かなくなったフィリスの襟元を掴み、そのまま引き摺って使徒ルームへ向かった。
『ドン、バキ!』
おっと。勢いよくノックしたつもりだったのにドアに穴を空けてしまった。
部屋の中から「ひっ」という声が聞こえた。居るな。
『ベキ!ボキッバキ!』
ドアノブに手を掛けて開けようとしただけなのに……。ドアが粉砕してしまった。
「邪魔するぞ」
そう言って、返事を待たず中に入る。
二人は確かに部屋の中に居たが、壁にしがみついて酷く怯えている。
この程度でビビリ過ぎだぞ? 本気モードのグラッド教官ならもっとヤバイ威圧感だ。
「おい、この剣を手入れしろとはどういうことだ?」
ガスッ! と音を立てて、丸テーブルに剣を突き立てる。ガッツリ貫通して剣の中ほどで止まった。よく切れるな。兵士の剣だったらテーブルに傷を付けるだけだぞ。
二人からの返事はない。ガタガタと震えながら壁を押している。メリ込む気か?
「俺を奴隷にでもしたつもりか?」
やはり返事はない。必死の形相で首を横に振っている。ムチウチになるぞ。
一条さんが涙を流しながらしゃがみこんでいる。心なしか床が濡れているような……。
参ったな。会話にならない。仕方がないので威圧を解除する。
「答えろ。どういうつもりだ?」
「知らない……。何を、言っている?」
善が声を絞り出して答えた。
「この剣を、俺が手入れしろと、コイツが命令してきたんだが。
どういうつもりか聞いている」
フィリスの襟元を掴んだまま目の前に掲げる。装備:神官の盾
「何のことかわからない……。その剣は……確かに僕のだけど……」
「じゃあ何故その剣の手入れを俺がやるんだ?」
「そんなこと……。お願いしていない……。フィリスさんが、やってくれるって……」
「よし。わかった。この件はすべてこのバカのせいだ。
邪魔して悪かったな」
テーブルに突き刺さった剣を引き抜き、フィリスを掴んだまま部屋を後にした。
フィリスを装備したまま謁見の間へ向かう。
途中、白目を剥いて気絶していたフィリスに治癒魔法を掛けて起こしてあげた。
「おい、コー。ずいぶん物騒な格好をして何の用だ?」
そりゃそうだ。抜き身の剣とグズグズの神官を装備して城内を歩く。どう考えてもヤバイ奴じゃないか。
この兵士は、名前は覚えていないが、訓練でよく一緒になる男だ。山賊風のイカツイ見た目だが気の良い奴だ。
「おっと。すまない。この剣を仕舞いたい、布か何か無いか?」
名無しの兵士さんは「ちょっと待ってろ」と言ってタオルを持ってきてくれた。
剣に巻きつけて先に進む。「その人はいいのか?」と聞かれたが、先を急ぐから。と言って誤魔化しておく。
謁見の間の扉には兵士が二人。こいつらは訓練で毎回ボコボコにしている奴。
対教官戦の準備運動にちょうどいいんだよ。適度に強いから。
お願いして謁見の間に入れてもらった。威圧をオンにして緊急事態と言ったら快く通してくれた。
「呼んだ覚えが無いが、何の用だ」
王はすでに玉座にスタンバイしていた。暇なのか?
「この方が俺を奴隷として扱おうとしているのですが、どういうおつもりでしょうか?」
「何のことだ?」
やっぱり知らなかった。管理不行き届きだよ。監督責任だな。
事の顛末を教えてやった。
謁見などの重要な通達は俺のもとまで届いていないこと。
服などの生活必需品は支給されていないこと。
神官とは、教育はおろか会話すら無かったこと。
そして、神官連中は俺のことを奴隷として扱おうとしていること。
「どういうことだ! 説明せよ!」
説明を終えると、王は細かく震えながら顔を真赤にして叫んだ。
そりゃ怒るよ。自分の思惑を台無しにされたんだから。それも、勝手な思い込みと勝手な行動で。
「この方は……、使徒様ではありません」
小さな声で答える。
フィリスは意識はあるんだよね。回復させたからね。
「だからどうした。客として扱うよう命じたはずだ」
「使徒様はお客様ですが……」
「余は三人を客として扱うよう命じたぞ。余の記憶違いか?」
「いえ……そのようなことは……」
「其方も、なぜ早くに言わなかった?」
「俺はこの国の常識を知りませんので。これが客に対する態度だと言われれば従うしかありません」
顔色を変えず答える。これを言われれば、王は何も言い返せまい。
フィリスが国の品位を貶めたという意味でもある。
まあ、居心地悪い場所では無かったんだけどね。割とくつろぎ空間だったよ。
「このままでは教会によって不当な扱いを受けることになります。本日昼の鐘までに出立致します」
王は俺に対して十分な生活を与えたと思っている。
もしそれが十分でなかったと知れば? 王はすぐに冷静さを取り戻すだろうが、その一瞬が交渉の時だ。
「うむ。許可する」
お。意外とすんなりいった。というわけで、持ち出し品の交渉に入ります。
「幸い、俺の部屋にはいろいろな物がありまして。
必要そうな物をまとめて部屋にあったバッグに詰めてきました」
そう言って、マジックバッグを差し出すと、あからさまに顔色が変わった。
こんなことは想定していなかっただろう。持ち出すと言っても、せいぜい紙数枚と羽根ペンくらいに思っていたはずだ。
マジックバッグが高級であることもあるが、問題は大量の物が入ること。
「なぜ其方が、それを持っている?」
「俺の部屋はまるで倉庫のように物がたくさんありましたので。
この国で寝泊まりさせていただいた部屋にあったものを持ってきただけですよ」
倉庫だとは言っていないよ? あれは客室なのだよ。
テーブルなどの調度品は無い。紙、ロウソク、布、毛皮など、主に消耗品と小物を詰め込んだ、と中身を軽く説明した。
「そうであるか……」
「王様も俺の部屋を把握しておられたのですよね?」
もし許可できないと言うのであれば、王に落ち度があったことになる。
落ち度を認めたくないなら許可せざるを得ない。
落ち度を認めるのであれば、謝罪のために許可せざるを得ない。
どう転んでもこのバッグは俺の物になる。
でも、冷静に考えると、王にはそんなことする義理は無いんだよ。タダ飯食わしてくれただけで十分な恩なんだから。
だからこそ、この一瞬だけ。考えるスキを与えたらダメ。
「そうであるな。持ち出しを許可する」
「では、このまま出立します。いいですね?」
王が少し考えるぞぶりを見せる。ヤバイ。スキを与えてしまった。
「相分かった。では、余から其方らの身分を与える。
身分は騎士相当とし、王直属の調査員として各地の調査を命ずる。定期的に城に戻り、報告せよ」
やっぱり来たな。でも割と良い条件だ。騎士相当の身分は重すぎるのだが、たぶん最終的に騎士として取り込むための布石だろう。
しかしまた、ずいぶんと高く買ってくれているな。何かした覚えは無いんだけどなあ。
「遠くまで行く予定なので、定期的に戻ることはできません。光栄な任務ではありますが辞退させていただきます」
「ふむ。であれば報酬を渡すことができんが、良いか?」
ある意味正当な交渉だな。この国の銀行制度がどれほど進んでいるか知らないが、基本は手渡しだろう。もしくは手形。
銀行に振り込んどいてーというのは現代人ならではの手法だ。
「報酬と過度の権利は求めていません。あくまで、冒険者ですので」
報酬と権利を求めるなら相応の義務が必要。義務がいらないなら権利を放棄するほうが早い。
「では『転写機』を渡す。これで定期的に連絡を入れよ。こちらからも連絡をする」
やったぜ♪ 王様とメル友だ!
じゃなくて、国の所属になっていれば問題ないという判断だな。王直属で自由に旅ができるのだから、かなり良い条件になった。
たぶん有事の際に戻ってこいという意味もあるだろうが、その意志はこちらに委ねられるということかな。
「任期はいつまででしょうか」
さらに交渉する。これを決めておかないと一生コキ使われる。
「そうだな、まずは次の1月まで。毎年更新する。問題が起きた場合、即座に解任することも考える」
契約社員みたいなもんだな。1月は納税の月だ。わかりやすくて良い。
即解任は、俺が犯罪者になった時の対処だ。盗賊が王の直属でしたとか笑えない。
「承知致しました。命は調査と報告とありますが、範囲外の命についてと任務変更の拒否権をいただきます」
「調査は各都市や街道の状況、魔物の分布、そして魔道具についての情報だ。拒否権は認める」
任務自体は冒険者の延長だ。冒険者をしながら気が付いたことを報告するだけ。報酬は無いが報告以外の義務も無い。
こちらにとって都合が悪い報告も必要なし。あとは、こちらが身分を濫用しないよう注意するだけだ。
結果的に、冒険者の自由と国からの保護、両方が手に入った。最高の結果なんじゃないだろうか。